最初は、そんなつもりじゃなかった…。30歳の女が、14歳年上の男にハマった理由
-“何者かになりたい”。
東京で生きながら、漠然とそう願ったことはないだろうか。
田園調布で生まれ、私立一貫校で育った裕太(34)、同じく目黒出身の修二(34)。そして丸の内OLの優子(30)と、生粋のお嬢様である麗華(31)。
そんな4人がいつも集うのは、とびきりの雰囲気の中でお酒や料理が堪能できる、東京のどこかのテラス席。
複雑に関係が絡み合う、“テラス族”の男女4人。今ここに、熱くて切ないラブストーリーが始まるー。
裕太と優子はドライブ中に偶然、麗華が知らないオジさんと歩いているところを目撃してしまい…
▶前回:「う、嘘だろ…!?」34歳の男がずっと憧れていた美女の、衝撃のヒミツとは

麗華の場合。
今年の長かった梅雨もようやく明け、夏らしい気候となった快晴の土曜日。
-ブォン….
『天現寺カフェ』を出て彼氏の晃弘と歩き始めた、その時だった。車のエンジン音と共に、見慣れた車が私のそばを走り去っていく。
「あれ?裕太…」
咄嗟に私は、繋いでいた手を思わず振り払ってしまった。
「麗華、どうした?知り合いでもいたの?」
晃弘の優しい眼差しと少し低くて渋い声に、小さく頷く。
「うん。幼馴染の車を見た気がして…ごめん」
「そっか。それは気をつけないとな」
そう言って、また距離をとって車まで歩き始めた晃弘。どこかホッとしつつ、寂しい気持ちにもなる。
私たちの関係は、誰にも知られてはいけないし、見られてもいけない。
なぜなら彼は、私より14歳も年上。
そして何より、彼は既婚者だから 。
何不自由なく暮らしてきたお嬢様が、苦しい恋に走った理由とは?
お嬢様の恋。
あれは、ちょうど1年前の夏のこと。友人から食事会に誘われ、私はしぶしぶ参加していた。
正直、食事会という類のものが苦手だった。知らない人たちと話しても楽しくないし、だったらいつものメンバーで遊んでいる方がよっぽど安心感がある。
「すごいお綺麗ですよね?」
いろんな人から口々にそう褒められ、愛想笑いも疲れてきた頃。寡黙な雰囲気でそれまで端に座っていた晃弘が、不意にこう言ってきたのだ。
「愛されて育ってきたんですね」
「え?」
その発言の真意が分からず、私は驚いて晃弘の方を見つめた。
みんな、チヤホヤしてくれた。みんな、甘えさせてくれた。
欲しい物は何でも買ってもらえて、小さい頃からオモチャやブランド物など、いつも友達の中でも最先端の物を持っていた。
そんな私に対し、周囲は持て囃し、そしていつもこう言われてきたのだ。
「いいなぁ。麗華ちゃんは。欲しい物を全部持っていて」

けれども、実際は全部なんて手に入れられていなかった。
父親はもうずっと昔から外に愛人がいて、母親はその憂さ晴らしをするかのように、毎月外商の方を家に呼んで好き勝手に買い物をしている。
もう沢山あるはずなのに、要らないはずなのに、彼らが来るたびに家にまた新しい宝石や鞄が増えていく。
母親の宝石や高価な鞄を見るたび、子供ながらに私は虚しさと悲しさで胸が押し潰されそうになっていた。
「そうなのでしょうか…自分でもよく分かりません」
乾ききった関係の両親を見て見ぬふりをしながら育ってきたけれど、本当は心のどこかでずっと寂しかったのかもしれない。
だから、晃弘の“愛されて育ってきた”という発言に、とてつもない違和感を覚えたのだ。
「良かったら、今度食事でもどうですか?」
晃弘から食事に誘われた時、私は興味本位でYESと答えた。
最初は全く本気ではなかった。むしろそんなつもりじゃなかった。
だって彼の左手の薬指には、キラリと光る指輪があったから。
でも今から考えると、これが全ての間違いだったのかもしれない。気がついたときには、私はもうどうしようもなく彼にハマって、そしてその愛情に溺れていたのだ。
周囲から羨望の眼差しで見られていた女が、道ならぬ恋にハマった理由とは
「まさか本当に来てくれるとは、思わなかったよ」
初デートの日。晃弘が予約してくれていたのは、パレスホテル東京の『ラウンジバー プリヴェ』のテラス席だった。

「夏だし、テラス席がいいかなぁと思って。麗華ちゃん、テラス席好きでしょ?せっかくだから、夕方から風が気持ちの良いこの席で飲みたいなぁと」
まるで自分のことを全て見透かされているような気がして、少し恥ずかしくなる。
自然なエスコートに、素敵なお店。そんなことは散々過去の男性たちや周囲の友達もしてくれたけれど、彼には何も下心がないように思えた。
「慣れていらっしゃいますね…」
「え?全然。久しぶりに緊張しているよ」
そう笑う晃弘が、急に可愛く見えた。そして大人な晃弘といるととても楽しくて、今までに感じたことのない感情が湧き上がってくる。
「あの…晃弘さんって、結婚されていますよね?」
この関係にハマってはいけない。そう頭では分かっている。
だから何度も自分に言い聞かせる。彼は人の物だと。自分の父親がやっていることを…同じことを私もするのか?と。
「うん…ごめん。でも、妻とはもう何年も一緒に寝てないから」
自分の父親が他の女に言ってそうな、嘘くさいセリフに騙されてはいけないのも分かっている。
でも、どうしようもなかった。
晃弘の優しさとなんでも受け入れてくれる心の大きさ。それに何よりも、どんなに渇望しても、どんなに駄々をこねようとも、絶対に“手に入らない”存在という価値…
もう止められなかった。そこから、私たちの秘密の関係が始まった。
◆
「麗華、大丈夫?さっきからぼうっとして」
晃弘の車の助手席で、私はハッと我にかえる。
-さっきのが裕太だったら…晃弘と一緒にいるところ、見られたってことかな。
心臓がバクバクする。一番、見られなくない人だった。周りの友達にも言えない。優子にも言っていない。
「今日は帰ろうかな…何だか暑くてクラクラするから」
「そっか、了解。じゃあ送っていくね」
東京の夏は、どうしてこんなにも暑いのだろう。ギラギラと照りつける太陽。その光がビルの窓に反射し、容赦なくアスファルトをヒートアップさせている。
いつもは大好きなこの街も、今日はうだるような暑さがわずらわしかった。
「あ、ここでいいよ。ありがとう」
「え?でもまだ家の前じゃないけど…」
「大丈夫!ありがう 」
そう言いながら、慌てて車のドアを閉める。その音は意外にも大きくて、周囲に響き渡ってしまった。
「気をつけて帰ってね」
それだけ伝えると、私は晃弘の方を振り返らずに一目散に走り出した。
今日はロエベのウェッジソールだから、こんなコンクリートジャングルでもしっかり走れる。
セミの鳴き声が、一気に大きくなる。
私は一体、どこへ向かえばいいのだろうか。いつから、大事なものが見えなくなり、そして何か大切なものを失っていたのだろうか。
「私って、幸せなのかな…」
とにかく裕太に見られたことがショックで、急に現実に引き戻された。
一緒に居るところを見られたくなかったから?それとも自分のしている行為が急に惨めになったから?
どちらも、正解だ。
母親と一緒だ。彼女は物で寂しさを埋めようとしていた。でも私はそれよりもっと最低で、“手に入れられない”愛情を追いかけることで、寂しさを紛らわしていたのかもしれない。
私が一番求めていた愛情を探してたどり着いた晃弘だけれど、友達に一緒に歩いているのを見られて恥ずかしいと思った瞬間に、もう終了なのだと悟った。
「これからどうしようかな…」
次に裕太に会ったら、どんな顔をすればいいのだろう。
「あれ?私って裕太のこと…」
それと同時に、さっきからひたすら裕太のことを考えている自分に気がついてしまった。
しかしこの時の私は、まだその車に優子が乗っていたことなんて知らなかった。
そして私が悶々としている間、二人が葉山で急接近していることにも、全く気がついていなかったのだ。
【今週末の東京テラス族】
店名:『プリヴェ』
住所:千代田区丸の内1-1-1 パレスホテル東京 6F

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一方の裕太と優子は葉山で進展していた…!?

