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これは本当に面白い映画だ。90年代のパリコレ取材でどちらかといえば若い、クリエイティブなファッションデザイナーを追いかけた私にとって、「YSL」は、正直言ってどうでもいい老舗メゾンの一つだった。ショーの招待状はなかなか手に入らない部類だけれど、それもどうでも良かった。他にエキサイティングな若手デザイナーのショーを、次から次へと追いかける毎日で十分充実していたから。でも少し気になっていたのは、フランス人にとって「YSL」は特別な存在だということを、時々肌で感じたからだ。ディオールでもなく、シャネルでもなく、サンローランが特別。それは何故なのか? 日本人の私にはまったくわかっていなかった。

私はこの映画を観て、フランス人にとってサンローランが特別な存在である、その理由をはじめてきちんと、把握することができた。1961年に独立したての、気弱な若手デザイナーが1965年に発表した「モンドリアンドレス」、あの幾何学柄が服として生まれ、そして評判を呼んでいった瞬間の、舞台裏の空気。ウォーホルとの交流から生まれたポップアートへの興味と“swinging 60s”が融合したポップアートコレクションのミニドレス。一度ファッションやアートに興味をもった者としては避けて通れない、「あの」名作誕生のリアルな背景が、この映画からいかにもたくさん踊りだしてくる。残念ながらマニッシュなパンタロンスーツなど70年代の名作はあまり出てこないけれど、そこは他の資料で補う。70年代、パンツスーツやマニッシュルックを送り出し、アンドロジナス・ファッションの元祖であることを考えると、女性を本当に解放した衣服の作り手はシャネルよりYSLではないかと、思えてくるのである。

この映画がここでしか見られない世界を見せていて、凄く変わっていて面白いのは、イヴとビジネス上のパートナーであり恋愛のパートナーでもあった実業家、ピエール・ベルジェがサンローランの軌跡を回顧していること。ベルジェは2人のパーソナルな関係と出来事を、惜しまず語る。そしてなんとこの映画は、イヴの死後、2人のすごした思い出の家にあった美術品のすべてをオークションにかける、その過程をつぶさにルポルタージュする。美術品が梱包される前の、2人が過ごした部屋のインテリアはいかにも、フランス的な室内だ。それらが梱包されて次第に空っぽになっていく場面を観ながら考えた。美術品とはこうやって蒐集されていくものなのだ。誰かの趣味にそって集められ、愛でられ、そしてまた、売られていき、他の誰かの手に渡る。


1966年にできたサンローラン リヴ・ゴーシュが、パリで初めてのプレタポルテのブティックで、それはシャンゼリゼへのアンチとして、若者のための土地の象徴として、左岸に建てられたということ(ソニア・リキエルなどもそれに続く)。左岸のサンジェルマンのホテルに宿泊しながらパリコレに通っていた頃の私は、店を素通りするだけで、そんな歴史を全く知らなかった。

1987年に出版された、イヴ・サンローランの作品集「Yves Saint Laurent Icons of Fashion Design」にはマルグリット・デュラスが序文を寄せている。アートに歴史があるように、ファッションにも歴史がある。ファッションは確実に文化なのだ、とにかくフランスにおいては。映画のなかに、ジャック・ラング文化大臣による1993年の演説シーンが挿入されている。<ファッションは 芸術的創造性に乏しいか? とんでもない。 まさに芸術そのものだ。ファッションは認められるべきだ。国として、 社会として、 正当に評価すべきだ。> この演説の一年後の1994年、まさにあのルーヴル美術館の地下の一区画に、パリコレクションのための会場が、設営されていた。ルーヴルにパリコレ会場を置くということは、何といってもファッションを、フランス文化の軸とすることの表明ではないだろうか。

この映画にはいくつもの貴重なシーンが出てくる。どこが貴重かは、その人によって異なるだろう。私は個人的に、パリの1968年5月革命の際のエピソードが心に残った。どういう視点から見るにしても、それが貴重な世界の断片であることに間違いはない。

文/林 央子



■映画 『イヴ・サンローラン』
4月23日(土)より、TOHOシネマズ六本木ヒルズ/ヒューマントラスト有楽町 ほか全国で公開
出演:イヴ・サンローランほか 語り:ピエール・ベルジェ
監督:ピエール・トレトン
配給:ファントム・フィルム
© Copyright 2010 LES FILMS DU LENDEMAIN - LES FILMS DE PIERRE - FRANCE 3 CINEMA

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