父と子の会話もほとんどない。後妻で星家に入ってきたという手前、百合は朋一と妹の星のどか(尾崎真花)に遠慮してばかりいる。対して人懐こい優未による鰻重への純粋な感嘆は、新鮮な空気だった。

 お祭りで金魚すくいを楽しんだ航一のエピソードを寅子がゲラゲラ笑いながら披露すると、場の空気は静まり返る。寅子と優未の快活さvs朋一とのどかの厳粛な重さみたいなものが、避けがたいわだかまりとなってこの食卓でせめぎあっている。食べる人・井上祐貴にとっては、脇を広げることを禁じられた演技の場でもある。

◆食卓の不和をひとり孤独に表現

 第21週第103回で星家の食卓シーンが再度描かれる。この日の店屋物は、鰻重ではなく天重。ここでも優未が素直に喜ぶ姿を朋一が微笑んで何度か見つめる。快活さと重々しさが拮抗する食卓の均衡が崩れる瞬間がそのあとすぐ。

 自分のプロポーズによって佐田姓から星姓に苗字が変わることを悩む寅子の心中をおもんぱかった航一が、家族に向けて改まり自らが姓を変えることを宣言する。

 これを聞いた百合が血相を変えて猛反対。結局、航一が一般的な婚姻関係にとらわれない夫婦のかたちを提案し、それぞれの姓を名乗るのだが、以降、食卓ばかりか星家全体の空気感は険悪な雰囲気に。

 第22週第106回、寅子と優未が星家宅に移り住み、共同生活が始まる(冒頭の食卓には紅茶? とクッキーが並ぶ)。お互いの本音を隠した状態の彼らが同じ屋根の下に暮らせば、そりゃすぐにぶつかる。きっかけは、百合が支度する朝食。

 百合は和洋を作りわけ、朋一とのどかがその日の気分でそれを選ぶ。そんな無駄があっていいものか。兄妹は手伝おうともせず、しかもまるで百合を家政婦か何かとしか思っていない。

 食事を済ませて帰宅した朋一が百合に風呂を沸かしてくれと言う。それまでの星家の当たり前に対して寅子が疑問符を投げかける。朋一は語気を強めて反論する。

「家族のようなもの」として迎え入れたに過ぎない気持ちは切実なものだが、朋一のエモーションがどれだけ高ぶろうと、脇を広げることを禁じられた井上はまったく余計な演技をしようとしない。

 鰻重と天重を食べながらほとんど視線の微動と一瞥くらいで演技を完了させる。そうすることで“食べる人”である井上雄貴は、星家の食卓の不和をひとり孤独に表現している。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu