とびきり明るいキャラクターで愛される料理愛好家の平野レミさんは、実は代々木上原在住歴45年。

この街で子育てをしながら、多くのレシピを生み出し、夫・和田 誠さんと数えきれない思い出を作ってきた。

街の変遷を見守り続けてきたレミさんに、住んでいるからこそ身に付いた、素敵なルールを伺った。



白を基調としたレミさんのキッチンスタジオ。約20年前、「眺めがいい場所が好きだから」と眺望に惹かれて手に入れた、代々木上原のマンションの一室だ

どこに行くのも便利だから毎日歩いて情報をキャッチ


平野レミさんが招き入れてくれたのは、マンションの一室であるキッチンスタジオ。

自宅からほど近いが、驚いたのは窓の外に広がる東京の絶景だ。

代々木上原周辺は低層建築が多いから抜群の抜け感。「神宮外苑の花火もキレイに見えるの」と、説明してくれた。

そんな気持ち良い景観の中、まずはこの街に住むきっかけから聞いた。

「長男を産んだ時はもっと都心に住んでいて。でも、すごく空気が悪くて、和田さんに“こんな汚い空気、子どもに吸わせたくない!”と言ったの。

そしたら和田さんが三島に土地を買って、引っ越そうとなったんだけど、建てる寸前の冬に行ってみたら富士おろしの風がとっても寒くて。“住めない!”となった。

それで和田さんが友達に“レミが困っちゃうんだ”と相談したら、その方が代々木上原の土地を紹介してくれて。見に行った時にもっといい所が売りに出ていて買っちゃった(笑)」

かくして、建築家であり映画評論家の渡辺武信さんに設計をお願いして1978年に現在の住まいが完成。「好きにしていいよ」という和田さんの言葉どおり、レミさんがすべての間取りを決めた。

一番のお気に入りは、やはりキッチン。南向きの庭に面し、子どもたちが遊ぶのもよく見えた。

当時は周辺環境も今とまったく違っていた。

「その頃の代々木上原は静かな街で、品が良くてお金持ちそうなおじいさんとおばあさんが高そうな杖をついて歩いていた。どこも緑が茂っていて竹林もあったのよ。

鳥も多くて朝はちゅんちゅんって声で目覚める。庭にヘビが出ることもあって、ある日ヘビと目が合っちゃって!カエルもたくさんいたの。

逆にレストランは何もなかったな」


スーパー『GAIA 代々木上原』
〜選りすぐりの食材を少し贅沢な気分で買う〜

「豆腐が500円したりするけど、味がとてもいい。和田さんはいつもよれよれの服で豆腐を買いに行くから、“この豆腐500円だけどいいんですか?”と念を押されてた(笑)」
食のレベルが高い街だからスーパーやパンもこだわる


仕事柄さまざまな食材を手にしてきたが、昔から信頼を置くのは『GAIA 代々木上原』。

「あそこの食材は全部良くて、嫁たちもみんな買っている。全部有機野菜でワインもオーガニック。

“GAIA”で買った添加物が入っていないものを食べると、他のものが食べられなくなっちゃう。不幸の始まりよ(笑)」



ちょうど住み始めた頃に千代田線が開通。環境はどんどん変化していった。

「ほとんど一軒家だったのがみんなマンションになって。街を歩く人もお店も増えて、若い子の脚が長くなって顔が小さくなって、本当に変わったの」

マンションの増加は街の人気の表れ。レミさんも立地の良さを断言する。

「すっごく便利。私は原宿も下北沢も新宿の“郄島屋"も歩いて行っちゃう。エクササイズにもなるから、45年ずっと歩きで電車にほとんど乗らないの。

ここら辺は道が細くて、スピードを出すクルマがいないのもいいことよね」

代々木上原は“歩く街”。料理愛好家として徒歩圏内で湧いたアイデアも。

「原宿にあった中華で“トンポーロー”を食べたの。そしたら肉の塊が箸でスッと切れる。

歩いて代々木上原に帰って“丸正”(駅前にあったスーパー)で塊肉を買って真似してみた。でも調味料を入れるほど、火を入れるほど固くなっちゃうし味が浸透しない。なんで!?

何度か試して理由が分かった。肉と調味料の関係って男女と同じ。肉が女だとしたら調味料が男よ。

肉が固い時に調味料が好きだと言ったって、どんどん肉は固くなっちゃう。でも女の受け入れ態勢が万全で、この人素敵と思った時に“好きだよ”って言われたら、スウッと気持ち(調味料)が入って柔らかくなる。

それから私は、素材を柔らかくしてから調味料を入れるっていう方程式を知ったのよ」


美容院『ATOMS』
〜せっかちな私でも平気な仕事の早い美容師さん〜


「くるくる(パーマ)をかけてもらっている美容室。私はじっと座っているのが苦手なんだけれど、ここは仕事が早くて上手いの。それに余計なことを聞いてこないのもいい」


パン屋『イエンセン』
〜“流行りじゃない”から幅広い人に喜ばれる〜

パンを買うのは老舗の『イエンセン』。長男が小さい頃から通う40年来の常連で、手土産にも重宝している。

「和田さん(店主)は東京農業大学在学中に、デンマークのパン技術専門学校に留学した人なの。だからデニッシュがいろいろあってどれも美味しい。

毎日朝の3時頃に起きて、冷凍生地を使わないで変わらない味のパンを作り続けている本当に真面目な人よ」




「デンマークのパン(=デニッシュ)を丁寧に作っていて、食べたら全然他と違う。あちこちにお土産として持参するし、クリスマス限定のペイストリーもオススメよ」


お気に入りのレストランで週に1回は外食をする


週に1回は外食もするというレミさん。“上原”には味もセンスも優れた店が多いが、その理由に心当たりは?

「いいお客さんが多いからじゃないかな。あるシェフが言っていたの。“安くすると逆に人が入らないんですよ"って。

代々木上原というステータスがあって、価格もまずまずの方がお客さんも入りやすいみたい。あれは驚いたわね。食べ慣れた人も多いから、美味しくないと続かないのもあると思う」

ステーキなら『モンブッフ』、イタリアンなら『グーイタリアーノ』、蕎麦なら『山せみ』、和食なら『一楓』と、お気に入りの店は数知れず。

その中でも、特別な感情を抱くのが『ジーテン』だ。1999年から現在の場所で続く中華料理店で、店名は店主・吉田さんの苗字の北京語読みである。


レストラン『ジーテン』
〜中華でホッとひと息つける特別な一軒〜


「中華は化学調味料を使うお店も多いけど、ここは無添加で優しい味。特に好きなのは、鴨の燻製揚げと蒸し豚かな。ここのカウンターは、いつ行っても落ち着くの」



「線路の反対側にあった時から通ってる。体に優しい中華で、安心して食べられるし本当に美味しい。和田さんとしょっちゅう行ってはカウンターで食べてたな。

この店では友達に会うことも多いし、お医者さんとか弁護士さんとかいろんな人がくるから、行けば何か問題があっても解決!みたいな雰囲気。

でも私は和田さんが死んじゃった後は悲しくて長いこと行けなかった。4年くらいかな。でも、吉田さんは街で会うと“レミさん!”って声をかけてくれる。いい人よね。普通、4年も行っていない人に挨拶しないよね」

長いブランクを経て、再訪したのは偶然にもこの取材の2日前。同店では近所に住む作家やデザイナー、アーティストの友人との思い出も多いとか。

レミさんの家族をはじめ、代々木上原にはモノ作りに携わる人も多く住んでいるのだ。それは人の創作意欲を持続させる心地よさと、上質なものがそろっているからかもしれない。

今、引っ越しを考えている人にもオススメする。

「代々木上原は本当に住みやすい街。マンションの家賃はちょっと高いけど、幡ヶ谷の方に行けば急に安くなる。例えば、幡ヶ谷に住んで“上原”をベースにするのもあり。

幡ヶ谷から歩くと、かき氷屋さん(『KON』)やパティシエのお店(『Equal』)もあって、パン屋さん(『カタネベーカリー』)を過ぎて代々木上原の商店街にぶつかるからいい散歩になる。

散歩でいうなら『ジーテン』のある道を“八幡”から“上原"までぶらぶら行く人もいるし、その道も面白いの」

よく歩き、美味しいものと優しい人に囲まれることが、レミさんが代々木上原を楽しむためのルール。

この話を参考に、まだなじみの薄い人は一度、幡ヶ谷か代々木八幡から歩いてみては。


■プロフィール
平野レミ 東京都出身。シャンソン歌手。主婦としての経験を生かしたアイデア料理を次々と発信し、料理愛好家としてお茶の間で人気者となる。53品のオリジナルレシピを収録した、最新のお料理エッセイ『エプロン手帖』(ポプラ社)が好評発売中。

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