憧れの彼と同窓会で再会。帰りにタクシーで2人きりになり、意外な展開に…
女医の世界には「3分の1の法則」というものが存在する。
「生涯未婚」「結婚した後、離婚」「結婚生活を全うする」それぞれの割合が、ほぼ3分の1ずつとなるというものだ。
彼女たちを取り巻く一種異様な環境は、独特の生活スタイルを生み出し、オリジナリティーに富んだ生き方を肯定する。
それぞれの女医は、どんな1/3の結末をむかえるのか…。
▶前回:「私たちどういう関係?」彼の家には行くけど進展なし。女が思い切って聞くと、男は…

Vol.9 小児科・亜香里(31歳)の場合【前編】
「亜香里、お医者さんになったんでしょ!すごいなぁ」
ホテル東京ガーデンパレスに集まったかつての同級生たちが、次々に亜香里に賛辞を送る。
「さすが。中学んときから頭良かったもんなぁ」
「そんなことないよ…」
謙遜しつつも、気分は悪くない。
普段パンツスタイルが多い亜香里は、今日のために購入したMax Maraのシルクのワンピースを着ていた。
少々気恥ずかしさを感じていたが、褒められてそんな気持ちも若干薄れる。
「亜香里、ほんと久しぶりだよね。10年以上ぶり?お医者さんて、やっぱり忙しいんだ」
「うん、とくに研修医のときはね。今は、研修期間も終わってだいぶ落ち着いたところ」
これまで同窓会の通知は何度か届いていたものの、日々の業務に追われてまるで余裕などなく、卒業して以来初めての参加となっていた。
「でもさ、うちのクラスから医者が2人も出るって、すごくない?」
「ああ、高杉もか。今日来るって言ってたけど、まだみたいだな…」
男性の口から出た名前を聞いて、亜香里の胸が高鳴る。
― 高杉君、やっぱり来るんだ…。
高杉孝治。
かつてのクラスメイトであり、成績のうえではライバルであり、密かに憧れを抱いていた存在だ。
彼に会うこと。それが、今回亜香里が同窓会に参加した1番の目的でもあった。
高杉の父親は医師であり、クリニックを経営していた。
跡取りである高杉は、成績優秀なうえに、サッカー部でスポーツも万能。常に話題の中心で、女子生徒たちの憧れの的だった。
亜香里も成績は良かったものの典型的な地味なタイプであり、遠くから高杉を眺めることしかできなかった。
― 当時の私は自信がまったくなかったから。でも、今なら…。
同じ医師という立場から、対等に話ができるかもしれないとの望みを抱き、同窓会に参加している。
「おお、孝治。遅えよ!」
背後から誰かの声が耳に届く。高杉が到着しようだ。
亜香里の心臓が、また大きく脈打った。
足音がカツカツと近づいてくる。
― 落ち着いて…。大丈夫。今の私ならきっと…。
亜香里は誰にも聞こえないように、「んんっ」と咳払いをして喉の通りを確認する。
「よう。みんな久しぶり」
声が聞こえたところで、ひと呼吸おき、無関心を装って振り返った。
「あ、高杉君。久しぶり。元気だった?」
目の前に、学生服姿からジャケット姿に装いを変えた、かつての憧れの人が立っている。

当時の印象を残し、さらに大人の色気を纏ったような風貌は、間近で見るにはあまりにインパクトが強く、立ち眩みしそうになるのを堪えるので精一杯だった。
◆
同窓会から2ヶ月前のこと。
亜香里は、小児科医として勤めている医大附属病院の後輩医師である英里子に、「報告したいことがある」と食事に誘われた。

『つかんと』で、ローストポークの「トンカツ」を食べていたとき、英里子が神妙な顔つきで報告してきた。
「実は、結婚することになって…」
― ああ、やっぱりそうだよねぇ…。
ある程度予想はしていた。だが、すでに妊娠3ヶ月であると聞いて、少し驚く。
よく2人で結婚について語り合い、お互いに子ども好きであることから早く欲しいという話もしていたので、報告しづらいところもあったのかもしれない。
「おめでとう。良かったね」
素直に祝福の言葉を贈ると、英里子は表情を和らげた。
「付き合って半年ぐらい? 順調だったね。キッカケは同窓会だっけ?」
英里子は半年ほど前に高校時代の同窓会に参加して、そこで再会した同級生と交際を始めていた。
「そうなんですよ。当時密かに憧れてた人だったから。同窓会に感謝です」
「同窓会かぁ…」
「亜香里さんはそういうのないんですか? ほら、中学時代にすごく好きだった人がいたって、言ってたじゃないですか」
すぐに高杉孝治の顔が頭に浮かぶ。
「実は、同窓会の案内状が来てるんだよね…」
「ええっ!?絶対行ったほうがいいですって!しかもその人、医者だって言ってましたよね?」
高杉は中学卒業後、有名私立高校に進学した。亜香里は公立高校に進んだため、接点を失ってしまった。
しかし、たまに更新されるSNSを覗いたり、友人たちからの情報を聞いたりして、だいたいの状況は把握していた。
「こんなこと言うのもなんですけど…」
英里子が少し声のトーンを落とす。
「医者って、なんだかんだ言ってやっぱり引きが強いと思うんです。
今まで、女医は敬遠されがちな気がしていたけど…。実際、私の彼も、当時は見向きもしなかったくせに、医者だって知った途端に食いついてきましたから」
「でも、彼も医者だし。周りに女医なんていっぱいいるんじゃない?」
「そんなことないと思いますよ。思い出を共有できる相手って貴重だと思うし。
それにきっと、同窓会では周りが気を使って、かえって浮いちゃうこともあると思うんです。そこで近くに亜香里さんみたいな同業者がいると、安心するんじゃないかな」
意中の相手を射止めただけあって、英里子の言葉には説得力があるように感じた。
同窓会後・・・
同窓会中は、ほかのクラスメイトたちとの会話が優先になり、思うように高杉と話ができなかった。
終了後、残った十数人でダイニングバーに向かうと、そこでようやく隣の席になり、プライベートな会話を交わすことができた。
「高杉君も、同窓会に参加するの初めてだったんだね」
「医学部のときはまだサッカーやってたし、研修医のときはどうしても忙しくて…。山野も同じような感じだろう?」
ただ名前を呼んでもらっただけで、喜びが込み上げる。
近況を報告し合い、お互いに住んでいるのが港区内で、それほど離れていないことも分かり、胸が弾んだ。
2次会の最中、高杉はずっと隣に座っていた。

― 英里子の言っていた通りかも。同業者だから親近感をおぼえて、安心しているのかもしれないな…。
そして、2次会が終わる直前、高杉から思いがけない誘いを受ける。
「同じ方面だし、一緒にタクシーで帰ろうぜ」
― ええっ!どうしよう。2人きりになるなんて、心の準備ができてないよ…。
中学のころ、期末試験の結果が正面玄関脇に張り出され、高杉が1位、自分が2位となり、ワンツーフィニッシュを決めたときの喜びを超えるほどの高揚感をおぼえる。
タクシーに乗り合わせ、緊張で息がつまりそうになるなか、高杉が口を開く。
「でも、山野も医者になるなんて思わなかったよ。中学のときから目指してたの?」
「…ううん、そんなの全然考えてなかった」
中学時代は、将来の具体的な目標など何もなかった。ただ、勉強はガムシャラに取り組んでいた。
― それは、あなたを追いかけていたからだよ…。
勉強は、やったぶんだけ結果につながった。得意なものなどほかになかった亜香里にとって、成績優秀だった高杉に追いつこうと努力することが、幸せに感じられた。
高校で進路は分かれてしまったものの、医師の道を志す高杉のことを思うと、やはり勉強に身が入った。
やがて、「もしかしたら私も医者になれるのかもしれない…」という思いが芽生え、校内トップの成績を維持することで、それが現実味を帯びてきたのだ。
― だから、私が医者になれたのも、今の私がいるのも、あなたのおかげなの。
亜香里は、思わず「ありがとう」と礼を述べてしまいそうになるのを思いとどまる。
◆
「あ、私の家、この近くだから…」
青山一丁目の交差点に差しかかったところで、亜香里は、運転手に一旦止めてもらうよう伝えようとした。
すると、肩の辺りを強く掴まれ、体を揺すられるような感覚を亜香里はおぼえる。高杉が肩に手を添え、自分のほうに引き寄せたのだ。
そして、彼が耳元で囁く。
「うち、来なよ…」
意識が吹き飛び、パニック状態に陥る。
― え…どういうこと…?
恋愛経験が豊富とは言えない亜香里には、すぐには状況が飲み込めない。
運転手が、「どうしますか?」と声をかける。
「そのまま麻布十番のほうに向かってください」
高杉が平然とした口調で言った。
沈黙のまま、タクシーは走り続ける。

― もしかして、この状況って…。
亜香里は、ようやく事態を把握した。頭のなかには、この急すぎる展開を回避するための言葉がグルグルと駆け巡るが、何ひとつ口から出てこない。
― ここで断ったら、もう会えないかもしれない…。
タクシーが麻布十番にあるタワーマンションの前に止まった。
先に高杉が車外に出る。亜香里は、動くことができない。
「ほら、運転手さんに迷惑だから」
高杉が手を差し伸べる。
亜香里は、自分の気持ちを信じることにした。
― 私は、今も高杉君のことが好き。
その思いは確かであり、揺るぎないもの。忠実に従って後悔はないはず…。
高杉の手を握り外に出ると、心地良い夜風が、まるで背中を押すかのように吹き抜けた。
▶前回:「私たちどういう関係?」彼の家には行くけど進展なし。女が思い切って聞くと、男は…
▶1話目はこちら:親が勧める相手と結婚したものの…。女は満たされず、つい元彼に連絡してしまい…
▶NEXT:10月30日 日曜更新予定
憧れの彼と関係を持った31歳女医。幸せを感じながらもある葛藤を抱え…

