騙されたのは女か、それとも男か?
「恋」に落ちたのか、それとも「罠」にはまったのか?

資産200億の“恋を知らない資産家の令嬢”と、それまでに10億を奪いながらも“一度も訴えられたことがない、詐欺師の男”。

そんな二人が出会い、動き出した運命の歯車。

◆これまでのあらすじ

詐欺師の策略により、智は夫と離婚し、詐欺師と恋人関係に。それを知った詐欺師の元カノが嫉妬に狂い、警察へ出向くがその捜査が、トップの命令により突然打ち切られてしまう。

その後、親太郎が、智の父・潤一郎を脅して200億を要求し、潤一郎は支払うという約束の電話をかけたのだが…。




親太郎と神崎智が初めての夜を過ごす4日前


「親太郎さんの秘密を、神崎さんに教えてあげたいな、って」

「…秘密?」

聞き返した後の言葉が続かない私を笑って、富田が続けた。

「そして、彼を私に返してもらいたいんです。というより彼から離れたくなると思います」

富田らしくない皮肉を込めた言い回しが挑発に聞こえ、私は反論を選んだ。

「富田さんと小川さんに秘密があったとしても、私には関係のないことだわ」

富田が私と親太郎さんの関係を知れば、きっといい気持ちはしないだろう、その時がきたらきちんと話して謝ろう、と思っていたはずなのに。ずっと胸にあった後ろめたさが消えて、言葉が強くなった。

「それに、返すとか離れるとか…小川さんは、モノじゃないでしょう?そんな言い方は…」

「でも親太郎さんは、神崎さんをモノだと思ってますよ。あ、違う、モノじゃなくてお金、か。しかも巨額のお金。あなたは彼にとって、ただのお金です。これがお伝えしたい秘密なんですけど、それでも関係ないとおっしゃるんですか?」

「何を…何の話かしら?」

私が問うと、富田の顔に哀れみの表情が浮かんだ。

「親太郎さんは、沢山の女性を騙して、お金を奪ってきた詐欺師かもしれないそうです。警察が動いていて、私のところにも来ました。まだ疑惑、ってところみたいですけど。

でもそう思うと全てが納得いっちゃったんです。親太郎さんが私を捨てた理由も。あなたを特別な人だと言った理由も。

決してあなたに恋をしたからじゃない。大金を手に入れるための、時間をかけた計画だったんですよ」


葉子の話を聞いた智の、意外な反応と、さらに意外な決断とは!?


静かに、でも一気に喋り終わった富田が、ジッとこちらを見ている。私は、その瞳を見つめ返しながらも、強い力で全身を揺さぶられたような感覚を悟られぬように必死だった。

「信じるな、疑え」

そう言われ続けた幼い日からの記憶。それが父の声で蘇る。

『あなたが好きです』

『あーもうやばいな。俺思ってたよりもずっと、智さんのことが好きみたいです…擬似恋人に乾杯』

親太郎さんの声が、彼の照れたような笑顔と、抱きしめられた温もりと共に蘇った。




頭はどんどん冷めていくのに、鼓動は早くなる。

「親太郎さんと体の関係がまだないって聞いて、私なんだかホッとしました。女としてまだちゃんと彼に愛されてない。彼を知らないなら…だったら、まだ引き返せますよ」

富田の声が、やけに大きく聞こえた。まるで直接脳に入り込んできたかのように。

―女として…愛されていない。

グワングワンという耳鳴りのような感覚に、指先が冷え、思わず嗚咽がこみ上げそうになった。

「彼のあの甘さを知ってしまっていたら…裏切られてたって知っても、引き返せなくなります。親太郎さんは、魔物みたいな人なんです。

あのルックスのせいだけじゃない。私だって、今までこんなに誰かに執着したことなんてなかった。なのに彼だけはどうしても忘れられない。彼に女として愛されたら…」

ーああ。

富田の苦悩の表情が、いつかの記憶と重なった。それはまだ親太郎さんと私が出会う前。富田が、恋人ができたと嬉しそうに報告してきた日。恋する女性というものは、こうも可愛いものかと思ったこと。

富田が会社の会議室で、心臓が痛い、と涙した日。その激しい感情を、どこかで羨ましいと思っていた自分。

それらを思い出すうちに、自分の乱れた感情が、まるで自動的に再起動されたかのように、律されていく。

―私は結局、彼女のようには、なれないのだ。

「…富田さん。まずは情報をありがとう、と言うべきかしら」

自分でも驚くほど、冷めた声が出た。それを聞くのは自分でも久しぶりな気がする。思わず苦笑いがこみ上げた。

「…神崎、さん?」

少し怯えたようにも見える表情で私の様子を伺っている富田に、私は微笑みを作り直して言った。

「その情報の信憑性を…真偽を確かめたいわ。だからまずは、あなたが知っていることを、全て教えて欲しい。小川親太郎とはどうやって出会って、なぜ別れたのか。なぜ彼を詐欺師だと言えるのか。捜査の情報も知っていることは全て、できるだけ正確にね」


親太郎と一夜を過ごした朝。智がとった予想外の行動とは?


六本木ミッドタウン。ザ・リッツ・カールトン東京の50階。スイートルームで目を覚ました親太郎の横に、智はいなかった。

午前7時過ぎ。

起き上がり、スーツの胸ポケットに入れていた携帯をチェックする。メールが1件で、起きたら連絡が欲しいというマサからの短いメッセージだけ。潤一郎からの連絡は、来ていないようだった。

ベッドルームを出ると、すでに明るさを取り戻したリビングルームの窓際に、身支度を済ませた智の姿を見つけた。




「おはよう。早いね」

親太郎の言葉が聞こえない距離ではないが、智は振り返らない。いつもならここで女性に歩み寄り背後から抱きしめたりしてみるが、智の背中にはそれを拒む何かがあった。親太郎はソファに座るともう一度話しかけた。

「…もしかして、眠れなかった?」

「少しだけ、眠ったわ」

そう言って振り返った智の後ろに、太陽が昇りはじめている。目を細めた親太郎に、そのシルエットがゆっくりと近づいてくる。

そして、ソファに座る親太郎の脇を、コーヒーを入れるわ、と通り過ぎた。親太郎は、その感情をはかることをひとまず止めて、状況に身を委ねることにした。

「俺もシャワー浴びてくる。コーヒーは後で自分でやるから」

親太郎はそう言い残してバスルームに向かった。

出た時には智はもういないかもしれない、などと思いながらシャワーを終えて戻ると、リビングはコーヒーの香りに包まれていて、今度は智がソファーに座っていた。その手には携帯が握られている。

濡れた髪にタオルを押し当てながら、その横に座った。智は親太郎の方を見て微かに微笑んだけれど、すぐに視線をそらした。

「…もしかして、後悔してる?」

「後悔なんてするわけない。私が望んだことでしょう?」

確かに夕食の後に、今夜は一緒にいたい、と言い出したのは智だった。それに答える形で親太郎は部屋をとったのだ。

「じゃあ…」

どうしたの、と声に出さずに聞いた親太郎の視線から逃げるように、智は手にしていた携帯をバッグに入れながら立ち上がった。

「先に出ていいかしら?」

答えを待たずに歩き出した智の手首を、親太郎が座ったまま掴んで引き寄せた。

「せっかくの日曜日なんだし、ゆっくりしようよ。朝食、ルームサービスをとる?ホテルのレストランに行ってもいいし」

「ごめんなさい。今日は先約があって、もう時間がないの」

ごめんなさい、ともう一度呟いて微笑んだ智の手を、親太郎が名残惜しそうに離し、2人はそのままドアまで一緒に歩いた。

「次はいつ会えるかな?」

「スケジュールを確認して連絡を入れるわ。今夜にでも」

短い抱擁と微笑みを交わし合った後、ドアはその重さに反して静かに閉まった。

部屋に残った親太郎は、携帯を取り出し、何処かへ電話をかける。

エレベーターを降りた智は、急いでタクシーに乗り込んだ。


智が急いで向かったのは…驚きの場所。そしてある人物を問い詰める智の目的は?


「リビングでお待ちです」

「ありがとう」

玄関で使用人に迎え入れられ、慣れ親しんだ廊下を歩く。

窓の外には、季節ごとに美しい色を見せる庭が広がる。それを一望できるリビングに入ると、随分久しぶりに会う父…神崎潤一郎が、新聞を読みながら待っていた。




「…智、久しぶりだな」

「急に押しかけてしまって、申し訳ありません」

ホテルを出た智がその足で向かったのは、生まれ育った実家だった。潤一郎の朝は早く、5時過ぎには起床することを知っていた智は、親太郎が起きる前に、ホテルの部屋から連絡を入れていた。

促され、テーブルの角を挟む形で、潤一郎の横に座る。

30畳ほどのリビングに置かれた濃い木目のダイニングテーブルは、智の祖父の時代にヨーロッパからやってきたものだと、幼い頃に智は聞いた記憶があった。

紅茶を運んできた使用人が立ち去る。その足音が遠ざかり消えるのを確かめてから、潤一郎が口を開いた。

「私から独り立ちすると宣言したお前が、久しぶりに連絡をよこしたかと思えば、できるだけ早く会いたい…とは。随分穏やかじゃないなとは覚悟していたが、やはりあまり…いい用件ではなさそうだな」

潤一郎はカップを口に運びながら、ちらりと智の方を見たが、智は紅茶に手をつける気はなさそうだった。

「今度は何をしたのですか?」

智の淡々とした声に、潤一郎がカップを持った手を止める。

「何をしようとしているのですか?警察の捜査を止めたのは、あなたですね?」

カシャン、と微かにカップが置かれた音の後、潤一郎は微笑み、ゆっくりと智を見た。

「警察の捜査?」

「小川さんに詐欺の容疑がかけられているのはもう知っています。しかも捜査が止まったのは、副総監からの指示だとか。彼には私もお会いしたことがあります。お父さん、あなたに紹介されましたよね」

「なるほど」

「副総監を動かせる人がそうそういるとは思えませんし、しかも捜査をされていたのは私のそばにいる人物です。だけど。捜査を止めたのがあなただということまでは辿りついても、その目的がわからない。

あなたにとっては、むしろ小川さんが裁かれて、私と離れることになった方がいいはずで、むしろ捜査は歓迎なはず。今、私と小川さんがどういう関係になっているか、もう調べ上げていらっしゃるでしょうから」

「…推理ごっこか?」

「茶化さないで。あなたがどんな目的で捜査を止めて、次は何をしようとしているのか、正直に教えて欲しいんです。今度こそ真実を。私はもうあなたに…あなたにだけは、誤魔化されたり、騙されたりしたくない…お願いします。

お父さん…お願いします…お父さん」

父と呼ぶ、その声を震わせながら、智はまっすぐに潤一郎を見つめた。

しばらくの沈黙を破ったのは、潤一郎の大きなため息だった。

「真実だの、誤魔化されたくないだのうるさいが…本当に聞く覚悟はできているのか?」

智が黙ったまま頷くと、潤一郎はもう一度ため息をついたあと、低い声で言った。

「お前が、あまりにも愚かだからだ。男に騙された浅はかな娘に、会社を潰されるわけにはいかないからね」

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智に問い詰められた父の決断と告白…そして全てを見通していた親太郎の行動は!?