欠点のない、完璧な男などこの世にはいない。人には誰でも長所と短所があるものだ。

しかし、女性が絶対に許せない短所を持った男たちがいる。

浮気性、モラハラ、ギャンブル、借金、ストーカー…

そんな残念男ばかり引き寄せる女が、もしかしたらあなたの周りにもいないだろうか。

橘梨子(たちばなりこ)、32歳もその一人。人は彼女を「男運ナシ子」と呼ぶ。

この話は、梨子がある出来事をきっかけに、最後の婚活に挑む物語。彼女は最後に幸せを掴むことが出来るのか、それとも…

化粧品会社で働く32歳の梨子は、美人だが残念男としか付き合ったことがない"男運ナシ子"。恋愛を封印し、仕事一筋に生きることを密かに決めていた。

努力が実りプロデュースしたオーガニックコスメが大ヒット、会社のMVPを獲得する。そんな矢先、梨子は卵巣嚢腫で倒れてしまう。手術を終えた彼女は、生まれて初めて“女としての生き方”について考え始めたのだった。




「乾杯!」

手術から一か月後。梨子は西麻布の『亀吉』で陽菜と竜也に快気祝いをしてもらっていた。

梨子は入院生活中、普通に生活して仕事が出来ることのありがたみを実感した。

今日は大好きな同期の仲間と、ずっと食べたかったもつ鍋だ。濃厚な味噌ベースのスープと新鮮なもつが絡み合い、アツアツの鍋からは食欲をそそる匂いが香り立っている。

―あぁ、美味しい。元気になって本当に良かった…。

「梨子、退院してから雰囲気変わったね。前よりもっと綺麗になった」
「俺も思う。なんかクールな感じになった」

2人から口々に褒められ、つい顔がほころんでしまう。入院騒動で多少体重が落ちたことも関係しているかもしれないが、"変わった"と言われるのには梨子自身も心当たりがあった。

退院後、これまで仕事が忙しくて手つかずだったワードローブの整理をして、今の自分に合わないと思う服や小物はすべて捨てたのだ。

30代の自立した女に合う服を買い揃え、髪の毛もバッサリと切った。Theoryのワンピースにジャケットを合わせ黒で統一したコーデの梨子は、MVPを取った日よりも、さらに艶やかで余裕がある大人の女だ。

「うん!これ以上ないくらい休ませてもらったし、早く仕事したい。でもね、私これからは、プライベートも充実させようと思って」

竜也と陽菜には、今までの辛い恋愛もすべて打ち明けてきた。梨子が恋愛を封印して仕事に捧げてきた3年間を一番近くで見てくれていたのもこの2人だ。

だから、2人にはこの場で婚活宣言をしようと決めていた。今回の手術を経験して心に芽生えた、"最後の婚活に挑む"という強い決意を伝えたかったのだ。

ところが、竜也と陽菜は明らかに何か言いたそうな顔で梨子を見ている。

「でも…梨子…」
「どうせ、"男運ナシ子"って言いたいんでしょ」

これまでもさんざんそう呼ばれてきたから、前の梨子だったら、自分の男を見る目に全く自信が持てずにいた。だけど今は違う。

梨子は、入院生活中に自分の恋愛の何がいけなったのかを振り返ったのだ。


生まれ変わった梨子。3年ぶりの食事会の舞台に立つ!


今まで付き合ってきた男たちは、高身長で細マッチョ、塩顔のイケメンばかり。だからこそ、彼らは女性からモテたし、大勢の中から自分を選んでくれたかと思うと、大事にしなくちゃとか、少しくらいのわがままは目を瞑ろうなどと思ってしまった。

そもそも見た目重視で男を選び、さらにそんな男の機嫌を伺うように付き合っていたのが問題だったのだ。

ー次に付き合う人は、顔ではなく中身で選ぶ。

そして、男に媚びる女ではなく、仕事もこれまで以上に頑張り、ファッションも自分の好きなものを身にまとう自立した女でいようと、決意したのだった。

「大丈夫。塩顔イケメンにはもうだまされない。顔がいいだけの男なんて、卒業したから」
「なんか、梨子やっぱり変わった。媚びてないオーラが全身から出てる!男運ナシ子、返上だね」

陽菜は調子の良いことを言いつつも、明るく励まそうとしてくれているのがわかる。

竜也は、最後まで心配そうな顔をしていたが、陽菜は「お食事会、開くからね!」と言って張り切っていた。



3年ぶりの食事会のために、梨子は青山の『カシータ』で男性陣の到着を待っていた。アジアンリゾート風のテラス席は、梨子の復帰戦にふさわしい華やかな舞台だ。

少し早めに着いた梨子に、陽菜が2人の女友達を連れて合流する。男性陣はオンタイムの到着になるらしく、まだ姿を見せていない。

「えぇ!パーフェクトオーガニックのプロデューサーなんですか?」
「私、大好きなブランドなんです。この口紅もシャドーも全部パーフェクトオーガニックです!梨子さんってかっこいい!」

自分らしいスタイルを追求したら、図らずも女子モテしてしまった。そんな梨子をけん制するように陽菜がいう。

「ちょっと、梨子。ちゃんと参戦しなさいよ。今日は幹事に頼んで既婚、彼女持ち絶対NG。結婚を真剣に考えてそうな人ってオーダーしたんだからね。狙い目は、余裕がある年上の男性だよ!」

「わかってる。今日は本当にありがとう」

女の子たちは、男性陣が到着するなり声のトーンをあげて臨戦態勢になった。

こうして、4対4の食事会が幕を開けた。まずは自己紹介からだ。

―この光景、久しぶり…。男性陣の年齢層が少し高いけど、陽菜が言ってたとおり年上男性は余裕も落ち着きもあるし、いいのかも…。




陽菜の言葉を思い出し、前に座った男性の自己紹介を聞く。

「木下智也です。医師です。趣味はゴルフと乗馬を少しだけ」

都内の開業医だという智也に、女の子たちの視線が一気に集中した。

とても医師には見えない、日焼けした爽やかな笑顔。モノトーンの白いシャツにグレーのジャケットが、智也の清潔感を引き立たせている。

―ゴルフに乗馬が趣味。爽やかな都内の開業医って…絶対モテるだろうなあ…。

智也の隣にちらりと目をやると、さっき梨子をかっこいいと褒めてくれた女の子ががっちりとキープしているではないか。

賑やかな雰囲気で会が進行していく様子を、梨子はつい冷静な目で見つめてしまう。

男に媚びない、と決意して婚活に挑んだものの、食事会では男の人に媚びる女の子の方が好かれるに決まっている。かつての自分も、そのために男性陣の話に大げさに相槌をうち、嬌声をあげていたのだ。

ーちゃんと参戦しなさい。

そのとき、陽菜の声が聞こえた気がして我に返る。途端に、病院で感じた心の底からの孤独感を思い出してハッとした。

ー残念男としか付き合ったことがない人生なんて絶対に嫌…。この男運の無い運命を、絶対に変えてやるんだから…!

食事会のテンションについていこうと梨子はシャンパンを飲み干し、隣の男性の話に耳を傾けるのだった。



会も中盤に差し掛かった頃。

少し酔った梨子は、テラス席で女の子達が甲高い声をあげている中、気持ちのよい春の風を感じていた。

水を頼もうとウェイターさんに手を挙げたそのときー。

「隣で、お話していいですか」

水を差し出しながら、智也が優しく微笑んでいた。


爽やかイケメン医師に胸が高鳴る梨子。彼は一体、何者なのか?


スマートに礼儀正しく声をかけてくれる智也を断る理由などなかった。

「梨子さんって化粧品の企画をしてるんだよね?なんていうブランド?」

「あ…はい、パーフェクトコスメっていうオーガニックブランドを作っているんです」

「知ってるよ。実は僕、皮膚科医だから粗悪なオーガニックっていうのが大嫌いで。でも、パーフェクトコスメは違う。肌に安全だし、すごくいいと思う」

智也が皮膚科医だったことにも驚いたが、自分が手塩にかけてつくった商品を褒めてもらえて嬉しさがこみあげてきた。

智也が聞き上手なこともあり、気が付くと梨子は商品開発の苦労話を延々と語ってしまっていた。

「ごめんなさい。自分の話ばっかりして…」

しかし、智也は視線を外さずにじっと梨子を見つめる。

「そんなことないよ。僕は梨子ちゃんみたいに自分の仕事に誇りを持って頑張ってる子、好きだよ」

世の中には、女性が仕事で活躍することにいい顔をしない男もたくさんいるというのに。今目の前にいる彼は、爽やかで聞き上手な上に、ありのままの梨子を素敵だと言ってくれる。

梨子は胸の高鳴りを抑えきれなかった。

その一方で、こんな素敵な男性が本当に独身なんだろうか、という疑惑の念が頭から離れない。

梨子はおそるおそる、その気持ちをぶつけてみた。

「失礼なのを承知で聞いてもいいですか。智也さん、独身なんですよね…?」

「42歳、独身。バツもないよ。何でそんなこと聞くの?」

ーだって、彼ほど女性にモテそうな人が独身なわけがない、って思っちゃう…。

今この瞬間だって、智也と喋っている自分は周りの女の子から痛いほど羨望のまなざしを向けられているのだ。

しかし、そんな考えを見透かしたかのように、智也は目じりを下げながら梨子を覗き込むと、あっさりとその答えをくれた。

「実は俺、一度普通の大学を卒業してから医学部に行ったんだ」

智也が医者になったのは30歳で、それからインターンで2年。大学病院の皮膚科で8年ほど経験を積んで2年前に開業したのだった。

「ようやく、最近一人前になって、焦って婚活中だよ。両親を早く安心させてあげたいしね」

そう言ってはにかむ智也を、心から素敵だと感じた。

「…あの!」

そのとき、2人同時に声を発していた。




ー今度良かったら、2人で食事でも行きませんか?

梨子はそう言うつもりだったのだ。2人同時に声が出たことが可笑しくて、笑い合ってしまう。

「お先にどうぞ」と、梨子が智也に話を譲る。

「今度、2人で食事でも行かない?」

気がつくと、智也が熱い眼差しでこちらを見つめていたのだった。



しかしそのときの梨子は、浮かれるがあまりにすっかり忘れていたのだ。

自分が、とんでもない残念男を引き寄せてしまう運命の持ち主であるということを。

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