「実はあの2人が付き合っていたなんて…」上司と部下の“ヒミツの男女関係”が、社内を混乱に陥れる!
問題児ばかりが集う閉塞的なオフィスに、ある日突然見知らぬ美女が現れたー。
女派閥の争いにより壊滅的な状況に直面した部署に参上した、謎だらけのゴージャスな女・経澤理佐。
理佐は、崩壊寸前の部署の救世主となるのか?
「墓場」と呼ばれる部署に、ミステリアスな女・理佐がやってきた。
派手で超美人な彼女は、お局女性陣・おつぼねーずから早速目の敵にされてしまう。しかし理佐の活躍により、結託していたおつぼねーずはついにバラバラになりはじめたのだった。
「おはようございます!」
梅雨入りしたにも関わらず、今日は快晴だ。春菜が爽やかな笑顔で挨拶すると、おつぼねーずボス・藤沢陽子はちらりと一瞥をくれただけで、すぐに視線をPC画面に戻す。
春菜の清々しい気分は、一瞬にしてどんよりと曇る。
-ほんと、挨拶とか返事って社会人最低限のマナーだと思うんだけど…。
理佐のもくろみにより、おつぼねーずの結託は失われた。いつもビクビクしていた部内の雰囲気も、これでも以前よりは和んでいる。
理佐が席替えを実行し、ナンバー3の水沢沙織の座席を、理佐と春菜の近くにしたのはつい先日のことだ。
だが残された2人は相変わらず。特におつぼねーずトップの陽子についてはこんな調子で、むしろ今まで以上に態度が悪く、人の話に返事もしなくなってきた。
それに加えて、春菜にはもう1つ気になることがあった。それは、ナンバー2の相沢由美の、理佐を睨みつけるような鋭い目線である。
◆
決算も終わり6月に入ると、業務量は多いものの調整がつけられるようになり、女子会やお食事会に参加できるようになってきた。
久しぶりの同期女子会。今夜は品川の『タカナワ フォレスト ガーデン』で開催された。ようやく仕事が落ち着いた春菜のお疲れ様会を、開放感あるテラスでしてくれるのだという。
「新しく経理部に入った女の人って、部長の愛人で、かなりのやり手だって聞いたけど?」
「営業部の解体って、経理部が仕掛けたんでしょ?」
「経理部の座席が変わったってザワザワしてたわよ。また何かあったの?」
女子の噂は回るのが早い。別部署にもかかわらず、既に同期女子はその噂を聞いているようだ。
墓場の経理部が、また一波乱起こしているぞ、といつも通り他部署から面白がられているのだろう。
すると、気になるワードが飛び出してきたのだった。
疑惑は部長だけではなかった!新たな男女関係の疑惑が経理部に!
「そういえば経理部内の誰かが、課長と“男と女のカンケイ”じゃないかって噂、だいぶ前からあるよね。」
例の“部長と理佐の噂”とは別に、今度は課長についての噂が飛び出したのである。
実は春菜も、以前この噂は聞いたことがあった。あくまで墓場の経理部に盛られた噂だろうと気にも留めておらず、忘れていたのだが、まだこんな噂が蔓延っているなんて。
-人の噂も75日って言うけど…みんな噂好きね…。
だが、火のないところに煙は立たぬ。そのことを春菜が目の当たりにするのは、それからすぐの事だった。
◆
昼休み後、春菜が経理室を出ると、思いがけない人物がコソコソと話をしていた。
盗み聞きすることに気が引けたが、どうしても気になって思わず春菜は物陰で足を止める。
どうやら由美が沙織に何やら詰め寄っているようなのだ。
「なんで、あんなことしたのよ?藤沢さんに目をつけられたらどうなるか、分かってるの?」
声量こそ小さく落としているものの、勢いからして相当な剣幕であることは想像がつく。
「分かってますよぉ…。でも、経澤さんって部長の愛人なんでしょう?じゃあ、課長とデキてる藤沢さんにつくより、部長愛人の経澤さんについた方が強いじゃないですかぁ?」
春菜は息を飲んだ。
-経澤さんはともかく、課長と親密な関係にあるのは、おつぼねーずナンバー1の藤沢陽子?
同期が言っていた噂とは、まさにこのことだろう。
確か、課長はバツイチ子持ちで、現在は独身である。だから問題はないといえばないのだが、職場でよく知る人物と上司が水面下で男女関係にあるという事実は、春菜にとっては多少ショッキングであった。
「それに…もう脅されるのは嫌なんです。自分でスキルをつけたら、こんな職場辞めて新しい場所で働けるかなぁ…なんて…。」
沙織の声は次第に小さくなっていく。その声には切実さが込められていた。
そう言えば先日も、沙織は理佐にそんなことを言っていた。脅されて、転職しようと思ってもスキルがないのだと。
沙織は「経澤さんに教えて貰うのは絶好のチャンスだ」と切羽詰まった様子で、由美に説得を続けている。沙織は自分なりに色々考え、今回の行動に踏み切ったようだ。
だが由美は由美で、目を覚ませと言わんばかりに必死な声で沙織に応戦する。
「だとしても、藤沢さんがすぐに行動を起こしたらどうするのよ?スキルをつけるなんて悠長な事言ってる間に、私たちが経理部から消されるかもしれないわよ?」
由美の声に、沙織は返事できずにいる。
その時、コツコツと心地良いヒールの音が廊下に響き渡った。
この音は…。
春菜がゴクリと生唾を飲み込み振り返ると、春菜の背後から2人に向かって歩みを進める理佐の姿があった。
今日はカーキ色のタイトスカートがよく似合っている。緊張せねばならない場にもかかわらず、その美しい姿に思わず目が釘付けになる。
理佐は春菜の方を向き、目を合わせると、ふわりと微笑み軽く頷いた。私に任せなさい、というように。
そして、いつものお決まり文句で2人の間に割って入っていったのだった。
「お取込み中、ごめん下さいね。」
理佐vs由美&沙織 対峙のゴングが鳴り響く
2人のハッと息を飲む声が聞こえた。聞かれたらまずいと思ったのだろう。廊下に緊張した空気が張り詰める。
「今までのお話、聞かせて頂きました。」
その言葉で、2人は少し俯き目が泳ぐ。
「大丈夫、安心して下さい。私はあなた方の味方です。と言っても信じられないかもしれませんが…。」
寄り添うように話をしながら、苦笑いをして場の空気を和ませようとするが、2人には効かない。どうやら、それどころではないようである。よっぽど陽子におびえているのだろうか?
「安心してお話を聞かせて頂けませんか?何でもあなたたちに言わせれば、私のバックには…経理部長がいるのでしょう?」
理佐は口角を意味ありげにゆっくり上げた。自身の悪い噂さえ、説得の材料に変えてしまうとはお見事である。
さすがにそのまま廊下で立ち話をする訳にもいかず、4人は終業後に『and people』に集まっていた。
-なんで私まで…。
春菜も同席するよう理佐から声をかけられ、止むを得ずここにいるのだが、変な汗が止まらない。
「最初は、こんな関係じゃなかったんです。普通の経理部メンバーとして接していました。」
始めはポツリポツリ話をしていた由美と沙織だが、途中から堰を切ったように語り出す。
どうやらある時、仕事のやり方で、おつぼねーず内で揉めたようだ。
それに対して陽子が、「私は課長と特別な関係にあるんだから。私に歯向かったら、知らないよ?」と脅すようになったという。
課長と陽子が男女の関係にあるのは、やはり間違いないらしい。課長が煮え切らず正式に付き合ってはないが、将来は一緒になるのだと、陽子はペラペラと話したそうだ。
それから2人は陽子と距離を置こうとしたところ、自分に従わないのなら課長に頼んで営業部に飛ばしてやる、と陽子が言い出した。こうしてヒエラルキーが出来上がったようなのだ。
-嫌な人達だなと思っていたけど…この2人もある意味被害者だったのね…。
陽子を筆頭に彼女たちが周囲に嫌がらせをして喜んでいるのを見てきたが、表面ばかり見て、なぜこんな態度をとるのかまで考えたことがなかった。
だからと言って、周りにしていた態度が許されるわけではない。
春菜がうーんと唸っていると、理佐が口を開いた。
「課長や藤沢さんから脅されていたとはいえ、あなた方がとっていた態度や仕事の仕方は、簡単に許されるものではありません。自分がされて嫌なことを他の人にもするなんて。」
理佐が珍しく、オブラートに包まず言葉を2人にぶつける。声色こそ優しいが、直球の言葉は2人の心にズシンと響いたようだ。
「あと…あなた方の新人イビリや仕事に対するやる気のない態度には、他にも理由がありますよね?…真の理由が。」
理佐は鋭い目つきで2人に問う。その目は、私は全てお見通しですよ、と語っており、確固たる自信が湛えられているように感じる。
2人は、理佐の顔を見たり俯いたりを繰り返し、言うのを躊躇っているようだ。
-ここまでバレているのに、この期に及んで何を躊躇うことがあるのかしら…?
春菜は不思議がっていると、理佐はフゥと深く息を吐き、口を開いた。
「そうですよね、“私には”言いにくいですよね。でも遠慮しなくても大丈夫ですよ。例えば…。」
そこまで言って、一旦黙り込む。そしてその後、理佐の口からは驚くべき発言が飛び出したのだった。
「例えばそう、現経理部長を、部長の座から引き下ろすために、課長はあなた方を利用しようとした、とかね。」
俯いていた由美と沙織の顔が一斉に上がった。もちろん春菜もである。
-え?どういうこと?
凛と背筋を伸ばして座っている理佐。その横顔を春菜はジッと見つめることしかできなかった。
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誰が経理部を墓場にした?理佐と部長の関係とは?次々に明らかになる人間模様