20110408blackswan_main (2)

写真拡大 (全3枚)

映画には、2種類あると思う。理論で魅せる映画と、理論なんてお構いなしにただひたすら感情を揺さぶる映画。理論系の映画とは、ドキュメンタリー映画や話の筋が整った文学系の作品など。一方、感情を揺さぶる映画の代表はホラー映画だ。以前、ロバート・ゼメキス監督がヒッチコック作品を参考に映画『ホワット・ライズ・ビニース』を撮ったとき、話していたのはこんなこと。「観客は自分が映画館にいて、絶対に安全だとわかっているのに、スクリーンに映し出された恐怖に飲み込まれてしまう。感情が理性に勝ってしまうんだ。それこそが素晴らしいホラー映画だ」。

そういう意味で、『ブラック・スワン』は、極上のホラー映画に匹敵する、感情を魂から揺さぶる映画だ。

主人公は、若く可憐なバレエダンサーのニナ。人性のすべてをバレエに捧げてきたニナは、カンパニーの新作「白鳥の湖」でプリマに抜擢される。だが、プリマを演じるということは、純真な白鳥の女王だけでなく、邪悪で官能的な黒鳥も演じなくてはならない。優等生タイプのニナには、それはあまりにも高すぎるハードルだった。主役としてのプレッシャー、目の前の難題、そして、官能的な踊りを得意とする奔放な新人ダンサー、リリーの存在が彼女を追い詰めていき、役作りにのめりこませていく。やがて、極度の混乱状態に陥ったニナは、自らを現実と悪夢の狭間へと、追い込んでいくのだ。


ドキュメンタリータッチで描かれる本作は、圧倒的な臨場感で、アーティストの孤独、苦悩、情熱と欲望を映し出す。ニナの心があまりに混乱をきたし、物語がどこへ動いていくのか予測もつかず、観客はただ展開に引きずられるしかない。この物語が、お定まりの感動物語ではなく、ありきたりの青春映画でも、スポーツ根性ものでもないことが明らかになるにつれ、心の中で、「この映画をどうジャンル分けしようか」という意識がもがき始めて悶々とし始めることになるかもしれない。さらには、ニナを見守るうちに、追い詰められていくヒロインの心情へと徐々に吸い込まれていき、後半はかなり息苦しく感じるようにもなるかもしれない。それなのに、クライマックスのバレエシーンでは、思いもよらず涙が溢れるだろう。私の場合、極限状態にあるヒロインを見ながら、自分でも気づかぬうちに、整理のつかない様々な感情が心の底に芽生えさせていたようで、痛々しいほどの美しいバレエシーンをきっかけに、それまで抑えていたどうしようもない感情が、ひとつの行き場を見つけてわっと溢れ出てきてしまったようだった。


シンプルな構図の感動物語でないだけに、この感情に名前をつけることはできない。
単なる感動ではなく、感心でもない、これは理屈抜きのもの。この映画を体験して暫く時間が経った今、この感覚を整理するならば、“芸術への献身を目の当たりにし、アーティストに心が共鳴した”ということなのかもしれない。芸術に身を捧げるということは、多かれ少なかれ、二ナのように、人生や自らの身を文字通り削っていくことなのだということを、初めて心で理解できたような感覚とも言えよう。

芸術への献身を目の当たりにしたということでは、ニナを演じたナタリー・ポートマンにも賛辞を捧げたい。本作で、今年のオスカーを受賞したのだから、言うまでもないのだが、ニナと同化したかのような演技に、良い女優とは“憑依体質”なのだなと唸らされた。この作品は、ナタリーの献身なしには決してありえなかった。


実のところ、私にとって早くも今年最高の映画のひとつになること間違いなしの本作だが、誰にでも受け入れられる作品とは限らない。クセがかなり強いせいだ。そこでおせっかいながら、最後にひとつの指標を示しておこう。同じダーレン・アロノフスキー監督の『レスラー』を愛せる人には、きっと『ブラック・スワン』も、人生で大切な作品になるに違いない。

『ブラック・スワン』
監督:ダーレン・アロノフスキー
出演:ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル、ミラ・クニス、バーバラ・ハーシー、ウィノナ・ライダー
2011年5月11日よりTOHOシネマズ 日劇ほか全国にて公開
2010,20世紀フォックス映画
©2010 Twentieth Century Fox.

■関連記事
TOWA TEI初のコンセプトアルバム「SUNNY」
ゴールデンウィーク、ママのためのアートな休日
金沢のあとに、東京でホンマタカシ「ニュー・ドキュメンタリー」展を見て思うこと by林央子
70年代ロックシーンを撮り続けた井出情児「死ぬまで待てない」
世界最高水準の教育とは? 驚くべき学びの世界展