最近、皮膚科で処方される「ヒルドイド」という保湿剤が、美容クリームとして女性に大人気だと聞きます。アトピーや外傷など、薬が必要な症状もないのに皮膚科に行って「ヒルドイド出してください」、さらには「多めに出してください」と要望する女性も多く、問題になっているようです。美容クリームとして使う人が増えるようなら「保険適用から外す」という話も出てきていますね。

血流をよくする作用が美容クリームに?

「ヒルドイド」は乾燥肌やアトピー、肌荒れ、外傷の傷跡の治療などに使われる非ステロイド性の薬です。医療用としては「ヒルドイドソフト軟膏」や「ビーソフテンクリーム」などが知られています。また市販薬でもヘパリン配合のクリームタイプ、ローションタイプなどが販売されています。

ヒルドイドの有効成分は「ヘパリン様物質」、つまり「ヘパリンに似ている物質」です。

ヘパリンとは何かといいますと、人の肝臓で生成され、私たちの体に広く分布している物質です。血流をよくする、血液が固まるのを防ぐ、脂質の代謝を促す、細胞の増殖を助けるなどの働きがあります。細胞と細胞の間に分布していることから保湿作用もあります。人体にふつうに存在しているヘパリンに似ていることから、ヘパリン様物質は安全性が高いといわれています。

ちょっと難しい言葉が並びますが、ヒルドイドの効能・効果は正確にはこうです。『血栓性静脈炎(痔核を含む)、血行障害に基づく疼痛 と炎症性疾患(注射後の硬結並びに疼痛)、凍瘡、肥厚性瘢痕・ケロイドの治療と予防、進行性指掌角皮症、皮脂欠乏症、外傷(打撲、捻挫、挫傷)後の腫脹・血腫・腱鞘炎・筋肉痛・関節炎、筋性斜頸(乳児期)』。

ちょっと難しいですが、火傷や凍傷などの傷や痔などにも処方される薬です。簡単にいえば、「血行を良くして、細胞の代謝も上げるので、傷跡も早く消えますよ」ということです。

これらの効果が、お肌のターンオーバーをスムーズにすることにつながり、“美容クリーム”としての評判を呼んだのでしょう。

シミ、ソバカスは本当に消えるのか?

私が薬局にいた頃も、「ヒルドイド」は肌荒れや火傷などの外傷の跡を目立たなくする薬としてよく処方されていました。当時は美容クリームとして処方をもらってくる人はいなかった……と思います。

それが今、ネット上で“アンチエイジングクリーム”とまで言われているのですから驚きます。しかし、本当にそれほど美容にいいものなのでしょうか? 

私自身、美容クリームとして使ったことはありませんが、保湿剤ですから保湿力が高いのはたしかでしょう。肌荒れ改善にもなるでしょう。また傷口の修復する効果と同様、シミ、ソバカスを目立たなくする効果もあるかもしれません。

とはいえ、「ヒルドイド」はお薬です。副作用がまったくないわけではありませんし、用法を間違えば、お肌を傷つけてしまう危険もないわけではありません。

「ヒルドイド」は薬。当然、副作用もある

たとえば、「ヒルドイド」には血流をよくする、いわば血液サラサラ効果があるので、出血したときに血が止まりにくくなります。出血性の疾患をもっている方には禁忌の薬です。また、まだふさがっていない傷口に使ってしまうと出血が止まらなくなってしまいます。最近、「皮膚刺激感」の副作用報告が集積したことから「その他の副作用」に「皮膚刺激感」が追加されたんですよ。

数年前、美白用化粧品の白斑事件がありました。美白を目的にした商品を正しい用法で使ったにもかかわらず白斑という被害が出ました。この場合、当然、被害者はメーカーを訴えることができます。しかし、「ヒルドイド」を美容クリームとして使っていて、白斑ができても文句は言えません。本来の用法とは違う使い方をしているのですから。

また、“アンチエイジングクリーム”とまでいわれる高評判は、今どきのネット事情も関係あると思います。ネットでは「シミが消えた!」といったインパクトの高い口コミは一気に広がります。そして保湿剤があっという間に“アンチエイジングクリーム”になってしまうわけです。しかし、そもそもその口コミは本当でしょうか? 本当だとしても「シミが消えた」人はそんなに何人もいるのでしょうか? 

病院では当然ながらアトピーや乾燥肌による肌荒れなど、症状に合った適量しか処方されません。冒頭でふれた「ヒルドイド、多めに出してください」は、ただでさえ膨大な日本の医療費をさらに膨らませる原因になります。医療用の薬と美容用品は、やはり分けて使うべきではないでしょうか。

お薬は用法を守って使いましょうね!



■賢人のまとめ
ヒルドイドは医療用の保湿剤です。血流をよくし細胞の代謝を早めることから、アトピーや乾燥肌の治療のほか、傷跡の治療に処方されるお薬です。薬ですから効用の反面、副作用もあり、美容クリームのように毎日使いつづけていいクリームではないことは明らかです。お肌にいいから「皮膚科でもらってくる」のはやめましょう。

■プロフィール

薬の賢人 宇多川久美子

薬剤師、栄養学博士。(一社)国際感食協会理事長。明治薬科大学を卒業後、薬剤師として総合病院に勤務。46歳のときデューク更家の弟子に入り、ウォーキングをマスター。今は、オリジナルの「ハッピーウォーク」の主宰、栄養学と運動生理学の知識を取り入れた五感で食べる「感食」、オリジナルエクササイズ「ベジタサイズ」などを通じて薬に頼らない生き方を提案中。「食を断つことが最大の治療」と考え、ファスティング断食合宿も定期開催。著書に『薬剤師は薬を飲まない』(廣済堂出版)など。