今年7月、外食チェーン「サイゼリヤ」でアルバイトをしていた女性が、上司からのセクハラなどを理由に自殺したとして、女性の遺族が上司や会社に約1億円の損害賠償訴訟を起こしたと報じられた。訴訟になり明るみに出るケースはごく一部。職場での悪質なセクハラに悩まされているという人も少なくない。

様々なハラスメント用語が作られる現在。セクハラやパワハラなどの相談窓口を設けている公益財団法人「21世紀職業財団」の河上隆さんに、現在のハラスメント事情を3回にわたって聞く。第1回の「パワーハラスメント」に引き続き、第2回では、今回のサイゼリヤ事件で話題となった「セクシャルハラスメント」について聞いた。

いま企業へのハラスメント教育が必要なワケ

――企業で実際にあったセクハラの事例を教えてください。

河上隆さん(以下、河上):ある大手企業で、女性がなかなか活躍できなかったという課題から、今年初めて大卒の女性を現場に配属したんだそうです。ところが、初めてのことでどう受け入れたらいいのかわからず現場が混乱し、セクハラが立て続けに起こったという事例があります。

――それはどういった類のセクハラが起きたんですか?

河上:お酒の席で、そんな若い子が来たことがないから舞い上がって、ついつい、キャバクラに勤めている女性のようなことを女性社員にしてしまったんですね。普通の会社だとそれをちゃんと上に報告するじゃないですか。ただそういう経験が上司にもないので、どうしようか……と、悩んだ結果、隠蔽しちゃうわけです。

――セクハラを受けた女性社員は何もしなかったんですか?

河上:現場でその女性を説得しようとしたんですね。でも結局説得しきれず、本社にまで届いて、実はこんなことがあったと露見しちゃったわけですよ。そうしたら今度は、こっちの事業所でも、あっちの事業所でもセクハラが起きていたということがわかり、これは女性活躍支援の話ではなく、まずはセクハラを防止しないととなり、トップから全部教育し直しです。

――それはどういった教育を行うんですか?

河上:ハラスメントの定義から、ハラスメントを起こしたら会社にどんな不利益が起こるのか、ハラスメントは個人間の問題ではなく、雇用関係の問題、つまり経営管理の問題であり、トップ自らがきちんとコミットメントして、セクハラ防止対策を整えていく必要があることをお伝えします。

セクハラを行った個人に賠償命令が下っても、高額な賠償金を支払う能力がなかったら会社が払うしかありません。末端の係長や課長の不祥事で会社は億単位の被害とブランドの棄損を被る可能性がある。それでいいんですか? という話をしますね。

――そういうセクハラに対するアドバイスを行うと、女性社員を腫れ物として扱うような会社も出てくるのではないでしょうか?

河上:いや、それもダメですよと、お話しますね。男性であっても女性であっても、部下との間に常に良好なコミュニケーションをきちんととっておかないとだめです。よく管理職の人から、「部下に『課長、ハラスメントぽいよね(笑)』と冗談ぽく言われてしまったんですけど、どうしたらいいんですか?」って聞かれる時があるのですが、「素直に謝れ」とアドバイスします。「今、ちょっとごめん言いすぎた」とか。言えなかったら翌朝一番で「昨日はすまなかったな」と、まず謝ること。人間100%正しい人なんていませんから、ついつい言ってしまうことがあったら、素直に謝る。

「俺は上司だから」とか、そんなプライドは捨てないといけません。マネージャーとして権限がある以上、その間に部下を育成するというミッションを負っているので、それをハラスメントによってボロボロにして、うつにして、自殺なんかさせてどうするのって話です。

自殺という最悪のケース。防ぐ方法はなかったのか

河上隆さん

――今回のサイゼリヤでのセクハラ問題は最後に自ら命を絶ってしまうという最悪のケースになってしまいました。「セクハラを受けているかも?」と思った時にまず何をすべきでしょうか?

河上:まず、自分で抱え込まないことが大事です。セクハラを受けている人が悩みを抱え込む一番の要因というのが、「本当にこれがセクハラなのか」がわからないということ。「この程度のことだったら自分が我慢しなくてはいけないのかしら……」という考えと、セクハラをやっているのが上司である以上、「会社に訴えても本当に受け止めてくれるのかしら」と思ってしまう。被害者本人が自責の方に向いてしまうんですよね。結局そうやって負のスパイラルが回り自分で全部抱え込んでどうしようもなくなって、自殺の道を選んでしまったというケースだと思います。

――同じ職場で働く同僚に話すだったり、本部に報告したり、被害者としてもできることがあると思います。

今回のケースも、同じ職場で働いている人がいるわけですからね。周りは何かおかしな空気は絶対に感じていたとは思いますよ。見て見ぬふりをしていたという可能性も高いんじゃないでしょうか。

――彼女が亡くなる前に誰かにアドバイスを求めていれば違った結果になった可能性もあるのでしょうか?

河上:あると思います。結局、どこに相談したらいいのかわからないという人が圧倒的に多いのが問題です。企業としても、窓口設置するだけでなく、そういった窓口があることをきちんと広報できているのか、考える必要があります。

また、「相談しても揉み消される」とか「どうせ私の味方にはなってくれない」というように、会社が信用されていない場合も、まず相談には行きませんよね。

――「プライバシーを守ることを保証します」って言われても、心の中には「本当なのかな?」っていう思いが絶対にあると思うんですけど。

河上:それは会社が実績をつくっていかないとダメだと思います。本当に信頼されていたら相談件数が上がるんですよ。社員はきちんとみてます。ある日突然、パワハラ親父が左遷や転勤でいなくなる。そうなると、声をきちんとあげればこういう結果になるんだということがわかる。そうやって会社の本気度が伝わり、ゆっくりではあるけれども、正しい方向に動いていくと思います。

被害状況をメモしておくことが物的証拠になる

――セクハラが起こりやすい場所や時間など、特徴はあるのでしょうか?

河上:セクハラの場合はアフターファイブが多いんですよ。お酒が入って、ハメを外して触ったりだとか、ひどい話になると性的関係を強要したりだとか。

中央大学の先生がセクハラ問題で懲戒免職になったのが去年の9月ぐらい。パワハラにも言えることですが、大学のキャンパスや警察、自衛隊などの階級や上下関係がはっきりしているところでは特にハラスメントが起こりやすいと言われています。

――被害者側が不快に感じた時点でセクハラと認定されるのでしょうか?

河上:性的言動というのは職場には一切関係ないですよね。ですので、セクハラの場合は様々な裁判事例を見ても相手が嫌だと思った場合はほぼ100%セクハラとして認定されているケースが多いですね。

――セクハラ事件というのは物的証拠などが必要になってくるのでしょうか?

河上:必要ですね。もし自分が被害に遭った時は、友達に相談してその内容を記録しておくとか、日記でも何でも構わないので被害の状況を残しておいてください。訴訟までいきますと、事実確認が必要になってきますから、その際に自分がいくらあの時こうだったって言っても、後の祭りです。サイゼリヤの事件では、タイムカードに加害者からの書き込みがあったというのが明らかな証拠になりましたし、いま裁判所は無断で録音したICレコーダーの音声でも証拠として採用するんですよ。「セクハラに遭っているのでは?」と思った場合は自己防衛として、そういった記録できるものを携帯しているのもいいと思います。

性的言動は職場のコミュニケーションには必要ない

――セクハラ被害にあった場合、一番初めにとる行動とは?

河上:まずは、嫌だということ。拒否することです。例えば「お前、結婚しないの?」っていう話をしてきた人に対して、「私は◯◯さんの人格とかは好きですけど、そういう話はあまりして欲しくないんです」といった断り方をする。悪意がない場合は拒絶すればほとんどの場合なくなります。「幼いなぁ」とか、「もっと大人の対応をしろよ」とか言われることもあるかもしれませんが、性的な言動というのは基本的に職場には必要ありません。結婚などの話題ももちろん性的な言動の中に入りますし、極端な話LGBT(性的少数者)の人にそんな話を振るのも失礼です。「結婚します」というと「子どもできた?」と聞いてくる人もいますが、子どもを作る作らないも個人の話ですよね。職場には関係ありません。

――なんでもセクハラと言われると窮屈だ、という意見もありますよね。

河上:「潤滑油で……」とか、「職場が殺伐とする……」とか、「コミュニケーションの一環」とか言う人もいますけど、コミュニケーションを図りたいなら、美味しいものの話とか、営業の話とか他のことでコミュニケーションをとればいい話ですよね。

――拒絶や拒否がまったく効かなかった場合はどうしたらいいんでしょうか?

河上:先ほども触れましたが、記録することです。そして、会社の相談窓口や上司などに相談すること。会社自体をあまり信頼できない状態にある場合は労働局に相談してください。すぐに解決とまではいかないかもしれませんが、解決の糸口にはなります。こういった問題は警察に被害届を出してもまったく取り扱ってもらえないと思います。ただし、セクハラ行為がストーカー行為に発展した場合は、取り合ってくれる可能性はあります。あとは、弁護士さんの力を借りたり、法テラスに相談するのも良いと思います。

――今現在、セクハラ被害に悩まれている方に一言いただけますか?

河上:とにかく、一人で悩まないでください。周りに味方は必ずいますから。身近にいる信頼できる人に話してください。もし、そういう人が見当たらなかったら公的な機関に相談するのがベストです。時間が経てば経つほど重篤な案件になっていってしまうんですよ。拒否する際も、人を傷つけないように拒否する技法もありますから、そういうものも学んでいただいて、火は小さいうちに消しましょう。

>>次回へ続く…

(橋本真澄)