仕事で鍛えられる“筋力”って? ANA専務・河本宏子さんに聞く「以心伝心の間に“発信”を」
「アラサー」と呼ばれる年代。仕事面では、昔に比べてできることの幅が広がる分、責任も生じてくる。
「働く女性」というと、最近は「輝く」や「活躍」というきれいな言葉と結びつけて考えられがちだが、30代で余裕があるように見えても水面下では必死にもがきながらなんとか日々をやり過ごしているという人が大半なのでは?
前回、「輝くってどういうこと?」をテーマに話をお聞きした全日本空輸株式会社(ANA)取締役専務執行役員の河本宏子(かわもと・ひろこ)さんに、これまでのキャリアと仕事を通じて鍛えられた“筋力”について聞いた。
女性が長く働くことが珍しかった時代
1979年、河本さんは大学を卒業しANAに客室乗務員として入社した。客室乗務員(CA)といえば今も昔も女性にとって花形の職業。先輩たちはキラキラと輝いて見えたのだが、一方で女性が長く働くという考えが定着していなかった時代。
河本さん自身も、「自分が管理職になるまでこんなに長く勤めるとは夢にも思っていなかった」と話す。
働き始めて7年。河本さんは、憧れの先輩たちと同じ勤続年数となり、CAとして一機の飛行機全体の責任を任されるチーフパーサーになっていた。
きっかけは国際線の就航開始
そんな折、河本さんに大きな決断の時がやってきた。それまで、国内線のみの運航だったANAが定期国際線をスタートすることに。勤務の拠点は成田。大阪で採用となり大阪をベースとして働いてきた河本さんをはじめ、すべてのベースのCAに国際線乗務に対する意向調査の面談が行われた。
「当時異動について『河本さん、どうですか?』と聞かれて『特に支障はありません』とだけ答えました」
ところが、同僚のCAに話を聞いてみると「国際線に乗務したいです」とはっきりと伝えたと言うのだ。成田へ異動する第一陣に選ばれた50人の名簿の中に、河本さんの名前はなかった。
「少し取り残されたような気持ちになりました。私も国際線で飛びたかったのではと、自分の気持ちに後で気が付いたんです」
あれは決断の時だったのかもしれないという気持ちになった。
「ある程度働くとポジションもあがり、今の場所の居心地がよくなることがあります。部署を異動することは居心地のよい場所から離れることになりますが、居心地のよい場所を新たに開拓する旅のはじまりにもなります。国際線への異動は自分に大きな成長をもたらしてくれるチャンスだったのです」
はっきりと意思を示さなかった後悔が後からじわじわと込み上げてきた。
自分から動かなければ何も起こらない
「物事を察する文化は日本人の美徳だと思います。ところが仕事はそれだけではうまくいかないこともあります。自分から動かなければ何も起こらない。どんなことでも“やりたい”と思う気持ちがあるのなら、はっきりと意思表示をすることが大切だと学んだ」と河本さん。
その後、自分の意思をしっかりと伝えたこともあり、第2陣として成田へ向かうことになった。
行き着いた軸は「お客様のためになっているか?」
定期国際線参入は会社としてもはじめてのこと。運航にはさまざまなハードルがあった。
「国を越えることで、学ぶべきことも多くなりました。機内で販売する酒類や化粧品などは免税に関する知識が必要ですし、国により荷物の持ち込みに関する規制も異なります。こうした情報を把握する必要がありました。なによりも、パスポートを携帯して国境を越えて仕事をするという緊張感がありました」
また、機内サービスについても手順が格段に増えた。国際線にはファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラスと三つのクラスがある。食事やドリンクをはじめクラスによって異なったサービスの提供が必要だった。加えて長時間のフライトもあり、国内線でチ−フパーサーを務めたベテランにとっても業務をこなすのは簡単ではなかった。
「サービスについてお客様からご意見をいただくこともありましたが、その当時社内で客室乗務員がサービス向上について積極的に意見を挙げ自ら改善に関わる機会は少なかったように思います。しかし、日々のフライトで頂くお客様からの声をそのままにしてはいけないと感じた国際線メンバーが、客室乗務員側からも気づいたことを報告するようにしていきました」
地上スタッフとCA双方から意見を出し合い、出てきた軸は「それはお客様のためになっているか」というものだった。
「軸は大きなストリームとなる」と語る河本さん。ここからANA基準の安定したサービスが生まれていった。
最後に、河本さんはこう語る。
「以心伝心の間に“発信”を入れることが大切」
謙虚さは美徳、しかし、意見を持って人に伝え、時には決断をする強さも必要だ。軸をぶらさず進むこと、それが仕事を通じて鍛えられる、そして鍛えるべき“筋力”なのかもしれない。
(Smart Sense 宮本)