夫婦で一緒に仕事をしている“夫婦ユニット”を紹介している本連載。今回は建築家のご夫婦、清孝英(せい・たかひで)さんと、中川佐保子(なかがわ・さほこ)さんにお話を聞きました。

〈Atelier S+〉の夫婦ユニット三ヶ条
一つ:自分の発言よりも「相手の話を聞くことに力を注ぐ」こと。
二つ:思いやりを持って「間違いの指摘は控えめにする」こと。
三つ:プライオリティは「互いの健康を気遣う」こと。

「夫婦ユニットだからこそのデメリットはあるけれど、考え方をちょっと変えるだけで、すべてがメリットにもなる」。ユニット名である「Atelier S+」とは清(孝英)さんと(中川)佐保子さんの頭文字Sに+(足す)を加えたもの。物事をプラス思考に考える、いろいろなことをプラスしていく、それが清さんと中川さんの夫婦ユニットのカタチです。

個性と個性のぶつかり合い

--建築家の夫婦ユニットというと、仕事上、とてもメリットが多い気がします。

中川佐保子さん(以後、中川):お施主さんはご夫婦が多いので、建築家も夫婦というと気持ち的に相談しやすい部分はあるでしょうね。もちろん、男女関係なく根本的な相性はありますけど。

清孝英さん(以後、清):でも、同業者からは「よく一緒にできるね」と言われることもあります(笑)。建築家同士がユニットを組んで事務所をおこすことはよくある話だけど、夫婦ではあまり一緒に仕事をしないという建築家は意外に多いんですよ。

中川:一緒に事務所を構えたとしても、完全にクライアントを分担してそれぞれが別々の案件に取り組むという仕事の仕方もあるように思います。私たちは一つの案件に2人で取り組んで創り上げていく体制ですね。

清:夫婦ユニットを避ける建築家の理由の一つは、意見がぶつかることだと思います。

中川:建築家にはこだわりを持っている人が多いし、性格的に強い人も多いのかな?(笑)

清:意見の相違で揉めることが多いうえに、いつでも話し合いができる環境なので、時間的にもメリハリがつきにくい。しかも、話し合う内容が生活に密着した事柄なので、仕事が暮らしのすべてに影響してしまうんです。

中川:単なる仕事仲間なら、お互いに家に帰って別々の時間を過ごすことでリセットできることも、夫婦だと帰る家も一緒。そういう環境のせいもあってつい言い過ぎてしまうこともありますね。

清:逆に単なる仕事仲間ならちゃんと申し送りをすることも、言わなくてもわかっているだろうと伝えずにいたら「聞いてない」とトラブルになったりね。夫婦ユニットだからこそ、言い過ぎてしまったり、言葉足らずになってしまったり、そこはお互いに気をつけなければいけないところです。

デメリットは、裏返せばすべてメリット

中川:でも、視点を変えれば今あげたデメリットは、すべてメリットでもあるんですよね。

清:そうそう。意見がぶつかるというのは同じことを考えていないということなので、アイデアを出すためには大切なこと。2人のほうが間違いなく発想の幅は広がりますからね。ぶつかり合いが増えれば増えるほど、いろいろなアイデアが出ている証拠なんです。

中川:擦り合わせは大変だけど、意見の相違から始まって、いろいろなことを足したり引いたりしながら、よい作品ができ上がっていく。

清:時間的なメリハリをつけにくい部分も、それで見逃しが減って、フォロー体制がうまくできているところはプラスかなと。

中川:夫婦だからこそ言い過ぎてしまうとはいえ、何も言えないよりは言い合える方がいいという考え方もありますよね。たいていの事務所はトップが1人。どんなに優秀なスタッフでも立場的にトップには言えないこと、言いにくいことはあります。夫婦ユニットの場合、2人が同等の立場なので、遠慮せずに自分の意見を言うことができます。それによって得ることのほうが多い気がします。

清:どうしても感情的になってしまうこともあるけど、たいていは僕が折れるかな(笑)。昔はケンカも多かったように思いますが、子どもができてからはだいぶ変わりました。

中川:それはありますね。仕事のことでケンカをしていても、子どもが帰ってきたら、言い合いを続けるわけにはいかない。一旦話を中断して、食事をするとか子どもと遊ぶとか、そんなことをしているうちに私たち2人の間の空気がよい方に変わることが多々あります。

清:一旦、話し合いを脇に置くことで、違った視点で物事を見られるようになるので、感情的に言い合うのではなく、前向きな解決方法が見つかるようになりました。

中川:なんとなく仲直りするというのではなく、トラブルをきちんと解決する必要はありますが、子どもとの時間でワンクッション置くことで、相手の言いたかったことを冷静に考えられるようになりました。

小さいユニットだからこそのプラス

--夫婦ユニット結成当時に描いていた、理想の暮らし方、働き方に近づいていますか?

清:大きく変わったのは子どもができてからですね。夫婦ユニットを組んだきっけかの一つが、自分たちの生活スタイルに合った形で仕事も暮らしもできないかということでした。とはいえ、自分たちのペースで仕事ができるようになったものの、独立したばかりの頃は仕事中心の生活に変わりはありませんでした。

中川:子どもが生まれてからは身軽に動けなくなって、仕事もペースダウンしないといけない。いろいろなことを見直しましたね。

清:一番の変化は、自宅と事務所を一緒にしようと家を建てたことです。もともと事務所と自宅は別々だったんですけど、子どもが加わった生活環境の変化に合わせるには、職住近接が理想的なのではと考えました。

中川:それで時間的にも気持ち的にも余裕ができたのか、子ども向けの工作づくりのワークショップを始めたり、私自身の興味も広がりました。建築家としてもビジネスライクに割り切った形ではなく、よりお施主さんの生活に踏み込ませていただき、理解していくというスタンスになっていきましたね。

清:夫婦ユニットをスタートして10年以上になりますが、大きなトラブルもなく納得できる形で仕事ができていると思います。

中川:よいお施主さんに恵まれたというのが一番ですが、双方に理解し合える方々と出会えた結果、よい作品を創り上げてこられたと思っています。

清:長丁場になる仕事なので、お施主さんには正直に接するようにしています。例えば、とても急がれていたり、ご希望とご予算が合っていない場合などは、残念ですが仕事に結びつかないこともあります。そういった時の判断基準というか気持ちよく仕事をするための価値観が、僕も妻も一緒なんです。

中川:こういった意思の疎通も小さなユニットであり、さらには夫婦だからこそ可能なことなんだと思います。大きなユニットだとそんなことは言っていられませんからね。よりよく仕事ができる環境を見極めていくというのが、お互いに共通しているスタンス。それが結果的に、お施主さんにも私たちにもプラスになっている気がします。

(塚本佳子)