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2014年2月22日から5月18日まで水戸芸術館で開催された「拡張するファッション」展。ファッションをめぐる思想家でもある一人の参加作家、パスカル・ガテン(オランダ人、ニューヨーク在住)がもたらした、会期中に成長変化したワークショップ型の作品<制服のコンセプトについて考える>は、多くの人を驚かせ、また楽しませた。

この展覧会は、今この記事を書いている林央子の著作『拡張するファション』(スペースシャワーネットワーク)を元に企画されたもの。この本に出てくるキーワードや参加作家を水戸芸術館主任学芸員の高橋瑞木さんが、美術館という公共空間における展覧会に構成したものだ。
さまざまな興味深い展示があったなかでも、服と人と手仕事の関係性について様々な角度から考えさせられたパスカル・ガテンの<制服のコンセプトについて考える>について、数回にわたってレポートしてきた。今回でレポートの最終回を迎える。

パスカル・ガテンが行った制服作りのワークショプの、初期メンバーは7名。それ以外に16名のフェイスさんが、会期が始まってから制服制作をはじめ、期間中に完成させて、勤務中に着用した。「ワークショップ第2世代」と自称するフェイスさんのうち二人、SaoriさんとYasukoさんに話を聞いた。

Saoriさんはフェイスさんになって10年目。中高生のころに、水戸芸術館で行われていたダニエル・ビュランの展覧会を見て芸術館が好きになり、仙台の大学に行った後、実家に帰りフェイスさんとして勤務を始めた。仕事を始めてからとくに気に入ったのは、ヨーゼフ・ボイスの展覧会だった。「ダニエル・ビュランといえばストライプ、ヨーゼフ・ボイスといえばバラが思い浮かびます。それぞれの要素を自分なりに取り入れてみようと思いました」

ワークショップの初期メンバーが作った制服は、7人それぞれがまったく違う。「私はAkiさんのシルエットやMemeさんのベルト使いにインスピレーションを受け、どうやって作ったの? と聞いていきました。また、7人のうち白を選んだ人が6人、紺色を選んだ人は1人だったのですが、私も紺色を使いたくて、こだわって作りました。他のフェイスさんが作って着ていて、素敵だなと思う制服があっても、それはその人だから似合うんです。自分の個性って、意識しなくても、作るものに出てしまう。それが面白いことだな、と、体験してみて思いました」

襟とポケットのストライプはマスキングテープを貼って布に直接描き、ビュランのイメージから、異なる幅の線を描いた。「芸術館で時間をすごしていると、ストライプはよく目につきます。12時半ごろに光が斜めにさして来て、階段の上の桟の影ができるのもストライプ。パイプオルガンの反対側にもオニキスがはめ込まれていて、それもストライプ模様です」。美術館内で過ごす時間の多いフェイスさんならではの気づきを、制服に込めている。

自分だけの制服作りを、体験してみた感想は? 「頭のなかにあったイメージが、現実になるってこういうことなんだ、物作りの楽しさってこうなんだ、と初めて知りました。途中、飽きてしまったり、本当にできるのかな、と思ったりもしましたが、みなさんにご協力いただいて、出来た! という感動がありました。周りの人に助けられて生きているということを、改めて認識しました」

ワークショップの初期メンバーの完成した制服をみていて、楽しそうだと思ってはいたが、服を作ったことはなく、不安があった、というYasukoさん。でも、もともとファッションや服が好きだったので、作り始めた。芸術館内でのワークショップ制作を基本に、時々小学校6年生の息子さんが宿題をしている横で、小学校の家庭科の裁縫箱を借りて、縫い進めていった。

「芸術館には20年ほど務めています。通勤中に着ていたストライプのシャツがとても好きで、捨てられなかったんです。それを取り入れてみました」こだわったのはブルーの色。「アニッシュ・カプーアやヤン・ファーブルなど、フェイスとして働き始めた頃に好きになった作家の作品が、ほとんど青を使ったものでした」

息子さんは手芸などが好きで、3月に参加作家の一人、横尾香央留さんのワークショップのために、編み物の一切れを提供した。そのお返しに、横尾さんが作ってくれた蛇を装飾として付けた。「拡張するファッション展では、横尾香央留さんの展示室が、本当に好きでした。ひっそりとして、とても落ち着いたんです」。ポシェットのひもは、編み物の得意な義母が青い毛糸で編んでくれたもの。裏側に、5歳の娘が選んでくれたいくつかのボタンをつけて、ポケット代わりに使えるポシェットを完成させた。家族の協力が集まって作られた一着だ。

横尾さんのひっそりした展示室が好き、というYasukoさんは、「私の制服も、実はひっそりと拡張させています」と教えてくれた。この「拡張」という言葉の意味は、作った制服の装飾を日々増やし、変化させていくこと。パスカル・ガテンのワークショップのコンセプトは、人生が日々変わって行くように、作った服を日々変化させていくことだったのだ。彼女の小さな拡張は、ポシェットの裾につけられた装飾。第一世代ワークショップのAkiさんが作って、プレゼントしてくれた丸いボタンの飾りを留めた。

ワークショップを体験した一番の収穫は? 「今は子供の世話に追われている日々ですが、もともとファッションや洋服が好きだったことを思い出せたことです。子供のために、今は限られた場所にしか行けない生活でも、視野を拡げることができるようになったと感じています。この制服も、大きくは拡張できなくても、合わせるパンツやタイツを変えることで、すごく楽しむことができています」「もともと沢山の服を買う方ではありませんが、自分の気に入った物を見つけたときの充実感というものが、日々あったと思うんです。その事に、改めて気がつくことができて、良かったです」

好きな服を見つけたり、選んで身につける楽しさ。記憶や思い出、感情と服はいつもともにあったということ。忙しい生活のなかで、それはともすると忘れてしまいがちなことでもある。でも、ふとした折にそこを見直せば、それは一人一人の身近なところにある、生活のなかのたしかな喜びの源なのだ。それらを一つ一つ大事に拾っていくことで、より大きな喜びが生まれる。またそうした体験を周囲の人と分ち合うこと、すなわち互いの装いを意識し合い、美しいと思ったものへの感動を相手に伝えていくこと。それをほんの少し意識して生活してみるだけでも、日々の彩りが確実に拡がって行くのではないだろうか。(text / nakako hayashi


拡張するファッション
期間:2014年6月14日(土)〜2014年9月23日(火・祝)10時〜18時(入館は17時30分まで)
会場:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川県丸亀市浜町80−1)
URL:本展詳細はこちら

1988年、ICU卒業後資生堂に入社。宣伝部花椿編集室(後に企業文化部)に所属し、『花椿』誌の編集に13年間携わる。2001年よりフリーランスとして国内外の雑誌に寄稿、2002年にインディペンデント出版のプロジェクト『here and there』(AD・服部一成)を立ち上げ、2014年までに11冊を刊行。著書に『パリ・コレクション・インディヴィジュアルズ』『同2』、編著に『ベイビー・ジェネレーション』(すべてリトルモア)、共著に『わたしを変える”アートとファッション” クリエイティブの課外授業』(PARCO出版)。展覧会の原案となった著書『拡張するファッション』(スペースシャワーネットワーク)に続いて2014年には、展覧会の空気や作家と林央子の対話を伝える公式図録『拡張するファッション ドキュメント』(DU BOOKS)が発売された。



水戸芸術館「拡張するファッション」展で行われたパスカル・ガテンのワークショップ報告 journal by林央子

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