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2014年2月22日から5月18日まで水戸芸術館で開催中の「拡張するファッション」展。ファッションをめぐる思想家でもある一人の参加作家、パスカル・ガテン(オランダ人、ニューヨーク在住)がもたらした、会期中に成長変化するワークショップ型の作品<制服のコンセプトについて考える>は、多くの人を驚かせ、また楽しませた。

この展覧会は、今この記事を書いている林央子の著作『拡張するファション』(スペースシャワーネットワーク)を元に企画されたもの。この本に出てくるキーワードや参加作家を水戸芸術館主任学芸員の高橋瑞木さんが、美術館という公共空間における展覧会に構成したものだ。
さまざまな興味深い展示があったなかでも、服と人と手仕事の関係性について様々な角度から考えさせられたパスカル・ガテンの<制服のコンセプトについて考える>について、数回にわたってレポートする。

取材を行った日は、展覧会開催期間が残り1カ月を切った、4月25日。最初、パスカル・ガテンとともに、展覧会開催前のワークショップを体験したフェイスさんは7名だった。展覧会が始まってアーティストが帰国したあと、7名のフェイスさんとともに、制服作りを一からはじめて、それぞれ自分たちの着たい制服を完成させたフェイスさんが、取材日時点で、10名近くいた。その人数はこれからも、増えて行くかもしれなかった。「毎朝出勤してくると、あら、こんな作品が完成していたの? またここの装飾が増えていたの? と、日々驚くことの連続です」と水戸芸術館スタッフの小泉英理さんは語った。

「想像以上のことがおこっていて、何と言ったらいいんでしょう」と興奮を語るYukariさんは、パスカル・ガテンとワークショップを行ったときから、自然とリーダー的に全体をひっぱっていった方。「パスカルからアイデアをたくさんもらいました。でも彼女とすごした10日間は、どちらかというと受け身でした。その後、ほかのフェイスに伝えていくことなんて、できるのだろうか。そう思っていたのですが、想像以上に拡がっていって、今では私たちのあとに制服を作った人がすでに10人以上になっています。私自身とても感動しています」

写真©Pascale Gatzen

*同じ職場で働く同僚たちと
オープニング初日に、自ら作った制服を着て現れたフェイスさん7人を、周囲の同僚は「まぶしすぎて直視できなかった」と感じていた、ということが後からYukariさんの耳に入ってきた。「当時はわかっていなかったのですが、何かを成し遂げた達成感と自信で、私たちはきっと、ものすごいものを発していたのかもしれません。そうだったんだと思います」

*ワークショップはどう伝わったか?
「私たちは、『制服性とは何か? 私たちはどういう制服を着たいのか?』など、パスカルとのワークショップの中で、服についての考えを話し合う時間をたくさん共有し、その後作り始めました。他のフェイスたちはその、話し合いのプロセスがなかったので、戸惑いはあったと思います」。それでも、初期のワークショップ参加者の姿を見ながら、会期中一日も長く自分の作った服を着ていたいと、勤務以外の時間を服作りの作業にあてた人たちが数多くいた。美術館の中に、観客の訪れない場所で臨時のワークショップ室が設けられたが、そこでの作業日でほとんど作り上げた人もいれば、自宅でたくさん縫い進めて仕上げてしまった人もいた。

写真©Pascale Gatzen

実際、私が何度か芸術館を訪れた折に、展覧会開催後に作り始めた新しい制服を、着ていたフェイスさんに話しかけてみると、多くの人が、インスピレーションを受けた他のフェイスさんの制服について話してくれた。同僚が着ていて、素敵だなと思った服と自分の作りたいものを関連づけること。思い出の深い布を使ってみること。好きな展覧会を服に関連づけてデザインに落とし込むこと。考えすぎずにまずは作ってみながら、その結果起きたことを、失敗も含めて楽しむこと。そんな制作姿勢は、自然と広まって行ったようだった。「本当に、そんな風にしてできたんです」「自分でも信じられません」、という風に、初めて自分で自分の着る服を作った体験について話す方に、この取材前に私は何人も出会っていた。

Yukariさんはこんな言葉でまとめた。「パスカルの言った事は当たっていました。考える前に、まずやってみる。それが大切でした」

*教えを実践して、得た気づき
制服を縫う際にもちろんミシンは使われたが、パスカル・ガテンは手で作るものの美しさを強調した。不揃いな縫い目でも手縫いは美しい、下書きはいらないからどんどん手を使ってみよう、と彼女は励ましながら制作を舵取った。その体験を学んだYukariさんは「手と脳って、つながっているんですね。どんどん手を動かして行くと、アイデアも生まれてくる。手仕事のすごさを思い知りました」と言う。そして、自分たちが美術館の一角でワークショップの縫製作業している様子が、美しい風景になっていたことにも、気がついていた。

「人が集まって手作業や縫い物をしている姿って、ある種田植えなどの農作業のように牧歌的な、人の心にすとんととどき、きもちがゆっくりするような風景なのではないでしょうか。ですから、私たちが制作作業している姿もお見せしたかった、という気持ちもあります」

*フェイスとして役立ったこと
「ギャラリーや美術館で展示されているもの、とくに現代アートって、ふっと入ってみるだけでは楽しめない要素もあるんです」。作家のことや制作にこめられた思いなど、知ることでもっともっと楽しめる要素がある。そんなアートの世界を観客に伝えようと日々、努力しているフェイスさんの一人として実感していることは、「実際、お客さんと現代アートをつなげることって、意外と難しいんです」。それは、想像に難くない。20年以上水戸芸術館に勤務してきたYukariさんならではの重みのある言葉だ。「けれども私たちが、自分の作った服である作品を着ていながら、美術館を訪れたお客さんと話す。この服は、お客さまと私たちをつなぐ、とても良いツールになってくれました。制作風景を壁に貼った展示を見た後、ご婦人の方が寄ってきて『コレがそうなのね!』とおっしゃったり『こういうランダムにやる味わいがいいわよね』と話しかけられたり。きっと、どんな美術館で働く監視員さんも、一度は体験してみると良いワークショップなのではないかと思いました」

*人間として得たもの
とても貴重で、不思議なプロジェクトを体験させてもらいました。「作家として参加したパスカルは、形のあるものは何も作りませんでした。でも彼女のちょっとした言葉や励ましから、私たちが想像をふくらませ、私たちがどんどん作っていきました。そんな様子は、動画に撮っていたら面白かったでしょうね」

「私自身は、価値観や人生観まで変わった気がしています。日々、今迄気がつかなかったようなところに目がいくようになって。ワークショップの前と後では、私は明らかに違うんです。生活の端々で、パッとなにかに目が向かうこと。何かにふと気がついて嬉しいようなことや、美しいなと思うようなことが、しょっちゅうあるんです」

*待てるってすごい
着たい制服、作りたい制服の基本形は、彼女たちの話し合いによって決まって行った、という。「パスカルはここに来る前に、おそらくジャケットを作るんだろうと思っていたのです。けれどもワークショップ最初の3日間で私たちがいろいろ話し合った結果、ワンピースを作る事に決めました。それを、受け入れられた彼女はすごい、と思います。というのも、私たちとしても、どこか疑問に思いながら言われたものを作っていたら、ここまで没入できなかったと思うんです」

「個人的には私が迷っていたときに、ある程度まで自分が思う方向をやらせてみて、それでもどうかなと思っていた瞬間、初めてパスカルがアドバイスをくれました。『それって、正直なところ他の使い方があるのでは?』というヒントをくれたんです。その時点だからこそ、私も納得できた。子育てにも通じる話ですね(笑)。待てるって、すごい事なんだな、とその時、私は思ったんです」(text / nakako hayashi

>>インタビュー(2)記事へ続く。


拡張するファッション
期間:2014年2月22日(土)〜 2014年5月18日(日)9時30分〜18時(入場時間は17時30分まで)
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー(茨城県水戸市五軒町1-6-8)
URL:本展詳細はこちら

「拡張するファッション」展は2014年6月14日から、四国の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に巡回します。(〜9/23) http://www.mimoca.org/ja/exhibitions/upcoming/ 

1988年、ICU卒業後資生堂に入社。宣伝部花椿編集室(後に企業文化部)に所属し、『花椿』誌の編集に13年間携わる。2001年よりフリーランスとして国内外の雑誌に寄稿、2002年にインディペンデント出版のプロジェクト『here and there』(AD・服部一成)を立ち上げ、2014年までに11冊を刊行。著書に『パリ・コレクション・インディヴィジュアルズ』『同2』、編著に『ベイビー・ジェネレーション』(すべてリトルモア)、共著に『わたしを変える”アートとファッション” クリエイティブの課外授業』(PARCO出版)。展覧会の原案となった著書『拡張するファッション』(スペースシャワーネットワーク)に続いて2014年には、展覧会の空気や作家と林央子の対話を伝える公式図録『拡張するファッション ドキュメント』(DU BOOKS)が発売された。



水戸芸術館「拡張するファッション」展で行われたパスカル・ガテンのワークショップ報告 journal by林央子

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