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フランス料理業界において名高いガイドブック「Gault Millau 2008」で今年の注目シェフに選ばれた、Cedric Bechade(セドリック・べシャド)。今年5月、30代にして、バスク地方のSaint-Pee-sur-Nivelle(サン・ペ・シュール・ニヴェル)にオーベルジュ(宿泊施設付きのレストラン)をオープン。このわずか半年で、チームを率い、飛躍したシェフは只者ではない。そんなシェフの素性を知りたくて、来客数は、後を絶たないどころか、日夜予約は満席・満室の状態が続く。2008年1月24日〜1月29日、FOOD FRANCE第5回目に登場するべシャド氏が、verita読者のために、一足先に取材に応じてくれた。









サン・ペ・シュール・ニヴェルには、スペインとの国境に近い港町、サン・ジャン・ドゥ・リューズから、うねうねとした道を車で6Kmほど走ると、海とは隔絶された山内にたどり着く。

道行く動物が犬とも狼とも区別がつかなくなる夕暮れ時にオーベルジュに到着すると、17世紀の家屋に灯された街灯が、はるか昔からゲストを待っていたかのよう。行灯のような灯りに思わずほっとする。そして、初めて訪れるゲストにも「おかえりなさい」と言わんばかりの笑顔で、主が迎え入れる。

本来のオーベルジュは、旅館のようにいつでも好きな時にふらりと訪れても、よそ者扱いを受けない場所であり、ここは正にそのものである。

内装は、ベルギーのインテリアメーカーFlamant社によるもので、家具、照明、リネン、アクセサリーなど一貫したテイスト。数百年前の外観とのコントラストが際立つ、モダンなインテリア。都会からの来訪者には、突如として田舎に投げ込まれる訳ではなく、ゆっくりと心に落ち着きが取り戻されていく。

バスク地方の人々は、土地や家屋を代々継承することを重んじる。言い換えれば、新参者に対する風あたりは強い。しかし、シェフの新天地での挑戦に快諾した前オーナーは、彼のコンセプトに魅了された一人目であろう。新しく塗り替えるのではなく、この土地や屋根の下に宿るストーリーを継承していこうと、願いは一致した。

「シンプルでエレガントな味覚を意識して、料理に取り組む」とシェフは自らの料理を語る。シンプルにとは、食材を活かすこと。バスク地方は山の幸と海の幸、地場食材が豊かである。一皿に密集させた地場食材の盛り付けには、色彩も重視される。例えば、ラムとアンチョビのクランブルや鶏とイカ墨の一品は、チピロンに鶏肉の詰めものをサフランで黄色に仕上げ、イカ墨とのコントラストをもたらす。

「僕が目指す、美味しく寛大、そして汁けの多い料理は、この土地の人々が求めるものでもあります」と甘いマスクに威厳ある発言だ。多様なテクスチャーも新技術を駆使することで可能にする。但し、技術は素材を活かすためにあるべきで、先行してはならない。そのバランスを保つことが大切であると強調する。




どんな業界でも、プロとして認められた者の肩書きは不要であると思われるけれど、気になるのもまた事実である。「18歳で料理業界でスタートしたのが、ここから12kmほどの海岸街ビアリッツにあるHotel du Palais。2年間の修行の後、パリに上京して、Hotel Crillon、アラン・デュカス氏が率いる59 Point Carre 、Plaza Athenee、Cour JardinをJean-Francois Piege(ジャン・フランソワ・ピエージュ)のもとで7年間修行しました。デュカスグループで星をつけられるという経験もしました。でも、初心忘れるべからずというのでしょうか。18歳でビアリッツを離れるときに、必ずこの土地に戻ってくると決心していました。だから、魅力あるオファーもあったのですが、起業家になろうという意志のほうが強かったのです。2006年にCour Jardinを離れる4年ほど前から、休暇を利用して、真剣にビジネスプランと物件探しに注力しました」と、卓越した起業家精神の持ち主であることもうかがえる。

「デュカス氏が、起業家になるためのノウハウを植えつけてくれました」と恩師への敬意も忘れない。 「起業家になると、全てが関連していることに気づきます。雇われていると分らない責任感が必要となります」。それを背負いながら、10名のスタッフで全てを切り盛りするオーベルジュ。そのためには、無駄な労力を省くための設備投資は欠かせなかった。厨房は、オーベルジュに訪れたエントランスホールからも窓越しにのぞくことができる。

「我々の提供するサービスを信頼してくださるゲストの方々は、オーベルジュの一員です。家の中へ透明感を導き出すことで、ここで召し上がる料理がどのような過程で調理されているのか、見ていただきたい」と言う。男性的で汗だくという料理界のイメージを打破するために、重たい鍋を持ち歩く必要のない設備を用いる。「無駄な労力よりも、料理することに専念できる環境をつくることのほうが先手ですよね」とドイツ製の特注厨房は、今日もフル回転である。



ところで、日本に対する関心を問うと、「日本に行くのは、今回が初めて。だから、新たな味覚を開拓したい」と待望の滞在が予想される。そして、どのようなメニューを展開するのかは、Benoitに訪れるゲストの楽しみのためにも公開しないが、「L’oeuf en gelee(ゼリー状の卵)はフランスの定番なので、好きな一品でもあります。モダンな感覚でアレンジして表現していますので、こちらの一点は紹介しようと思います。フランスの食材をハーモニーあるメニューの中で、最大に活かして、必要に応じて巧みなテクニックを使いたい。そして、やはりテーマは、山の幸と海の幸」とのこと。

10年前に、ビアリッツからパリに上京した時に、必ずこの土地に戻ってくると約束したそうですが、今日、10年後の自分に約束をするとしたら? という質問に、「料理人としてのノウハウを若手に引き継いでいく」との答え。「オーベルジュは、急がずに、訪れた人々がほっとできる場であるようにしたい。現代アート、書籍にも興味があるので、細かいタッチを与えていくことで、個性ある趣を出したい」とも付け加え、「疲れて訪れた人々が、笑顔で帰っていくための手助けが料理であったり、もてなしであったりするでしょ」とオーベルジュの主は、ますます貫禄をつけていくのだろう。

早朝から深々と覆っていた山肌の霧を、照らしはじめた光線が散らしていく。
「今日もランチ、ディナーとも満席!」とシェフは潔く厨房に戻っていく。その姿がとても眩しい。

Report by Kaoru URATA

【information】
L’AUBERGE BASQUE
D307 vieille route de Saint Jean de Luz,
64310 Helbarron/Saint-Pee, France
Tel:+33-05-59-51-70-00
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