舘鼻則孝、15年の創作を支えた「手」──「Rethinkー舘鼻則孝と手しごとー」
染料を含ませた刷毛、長年使い込まれたハンマー、革の厚みを測る道具、アンティークの木型。そして、素材と向き合う作家自身の手。その周囲には、組紐、木版、鋳物、漆芸、太鼓、日本刀など、日本各地の工芸を担ってきた職人たちの手もあります。
女子美アートミュージアムで開催中の「舘鼻則孝 創作活動15周年記念 Rethinkー舘鼻則孝と手しごとー」は、完成した作品だけを見る展覧会ではありません。舘鼻氏が創作活動の概念として掲げてきた「Rethink」を、「手しごと」という視点から捉え直す展覧会です。
舘鼻則孝氏 | photo by ©FASHION HEADLINE会場には《Heel-less Shoes》をはじめ、彫刻、絵画、版画、インスタレーションなど15年間の作品が並ぶ一方、その背景にある素材研究、試作、制作工程、道具、伝統工芸の担い手との協働までが紹介されています。さらに、女子美術大学美術館が所蔵する染織コレクションと、そこから着想した新作も展示されています。
9月9日に行われた内覧会では、舘鼻氏自身が会場を巡りながら、作品の背景と制作について語りました。
《Heel-less Shoes》から、その裏側にある「手」へ
今回、展示の起点となっているのが、舘鼻氏が東京藝術大学の卒業制作として発表した《Heel-less Shoes》です。
photo by ©FASHION HEADLINE大学在学中、舘鼻氏は染織を専攻し、友禅染の技法を研究していました。同時に花魁の高下駄をはじめとする日本の装束文化をリサーチし、それらを現代へ落とし込む方法を模索。その延長線上から、かかとのない靴という造形が生まれました。
photo by ©FASHION HEADLINE本展で目を引くのは、その《Heel-less Shoes》を完成品だけで見せていないことです。靴を構成するパーツ、染色に使う刷毛、木型、ハンマー、革を引っ張る道具、厚みを測る計測器具。それぞれが、作品と同じ展示空間に姿を現します。
photo by ©FASHION HEADLINE舘鼻氏が革の染色に使う刷毛の多くは、友禅染に用いられるものと同じです。学生時代に布を染めるために身につけた技術が、素材を革へと変えながら現在の制作へつながっています。なかでも印象的だったのが、ハンマーについての説明です。革を叩くためのハンマーは、その縁で素材を傷つけないよう打面がわずかに半球状になっています。そして、小さな傷さえ革へ移らないよう、表面を磨き上げて使うのだといいます。
「やっぱり道具を作ったりとか、道具を手入れしたりするところが最初のステップです。きれいな道具がないと、きれいな作品も生み出せない」
東京藝術大学時代にも教えられたというその言葉は、本展が見つめる「手しごと」を端的に表しているようです。作品をつくることは、作品そのものに触れるところから始まるのではない。その手に握られる道具を整えるところから、すでに制作は始まっています。
アイコンとなった靴は、どうつくられているのか
《Heel-less Shoes》の内部構造も公開されています。
制作には木型が必要ですが、舘鼻氏は学生時代からアンティークの木型を収集してきました。片足だけ残った古い木型を修正し、左右の型へと復元して使用することもあります。展示では、1950年代のアメリカ製の木型と、そこから生まれた靴との関係も見ることができます。
photo by ©FASHION HEADLINE特徴的な厚底部分も、革を水平に積み重ねた塊ではありません。約4mmの革を二重に貼り合わせて周囲に「土手」をつくり、内部を空洞にする。そうすることで軽量でありながら体重を支える強度を確保し、硬い塊にはない、ばねのような柔軟性も生み出しています。芯材にも一般的な樹脂ではなく革が使われています。
photo by ©FASHION HEADLINE一見すると彫刻のようにも映る《Heel-less Shoes》が、「靴」として身体を支える。その成立を支えているのは、目に見える大胆なシルエットだけではなく、外からはほとんど見えない構造と素材への試行錯誤です。
伝統を受け継ぐのではなく、「Rethink」する
舘鼻氏が創作活動の概念として掲げている「Rethink」。それは、歴史や文化をそのまま受け継ぐのではなく、現代の視点から捉え直すことで新たな価値を生み出そうとする姿勢を意味します。会場を進むと、その考え方がさまざまな形で作品へ変換されていることが見えてきます。
photo by ©FASHION HEADLINE例えば、約300年前に成立したという「源氏香の図」。香りの組み合わせを線で表し、『源氏物語』の各帖の名と結びつけた図案に、舘鼻氏はまずグラフィカルな面白さを見出しました。その背景を知るため京都の香老舗を訪ねて話を聞き、彫刻や版画作品へと展開しています。
photo by ©FASHION HEADLINEまた、赤い矢をモチーフとする作品では、漆芸の「溜塗り」の考え方を現代のウレタン塗装へ置き換えています。蛍光オレンジを下地に、その上から透明性のある赤を重ねる。漆を幾層にも重ねることで生まれる奥行きを、異なる素材と現代の塗装技術によって再構成する試みです。
photo by ©FASHION HEADLINEここにあるのは、伝統的な意匠や技法をそのまま再現することではありません。何がその表現を成立させているのか。その構造や思想まで遡り、現代の素材や技術でもう一度考える。「Rethink」は作品のテーマであると同時に、舘鼻氏の制作方法そのものでもあります。
一人の手から、職人たちの手へ
「手しごと」をたどっていくと、視線はやがて舘鼻氏自身の手から、作品に関わるさまざまな人の手へと広がっていきます。東京の組紐工房・龍工房との協働による《Heel-less Shoes》では、表面を絹の組紐が覆い、背面には飾り結びが施されています。
photo by ©FASHION HEADLINE宮本卯之助商店との取り組みでは、楽器としての基準を満たすことができず、倉庫に眠っていた太鼓の材料に新たな役割を与えました。小さな太鼓を連結し、雷神が背負う太鼓を想起させる作品へと変換しています。
photo by ©FASHION HEADLINE木版では、東京の木版に携わる人々との共同制作によって「東海道五十七次」を表現。
photo by ©FASHION HEADLINE日本刀を題材とした《Void Sculpture》では、奈良県の刀匠・河内國平との協働から、アクリルの塊の内部に「鞘」を空洞としてつくり出しました。
photo by ©FASHION HEADLINE鞘そのものをつくるのではなく、鞘が存在するはずの「空気」を彫刻する。アクリルという透明な物質の中で、存在しないはずの形が輪郭を持って現れます。
伝統工芸と先端技術、その境界をなくす
本展でいう「手しごと」は、必ずしも昔ながらの手作業だけを意味しているわけではありません。
photo by ©FASHION HEADLINE2015年にオランダのファッションデザイナー、イリス・ヴァン・ヘルペンとのコラボレーションで発表した靴には、3Dモデリングと3Dプリンティングが用いられています。
photo by ©FASHION HEADLINEさらに、自身の身体をCTスキャンした作品では、全身のデジタルデータから骨格だけを抽出。そのデータを原型とし、富山県高岡市の鋳造技術によって自身の骨格を真鍮へと変換しました。
「先進的な技術と伝統工芸が重なることで、生きたまま自分の死んだ姿を見ることができた」
CTスキャンという医療・デジタル技術と、長い歴史を持つ鋳造という手しごと。舘鼻氏の作品の中では、両者は新旧という時間軸で分けられることなく、一つの表現を成立させるための技術として同じ場所に存在しています。
女子美の染織コレクションから、新しい作品へ
今回の会場が女子美術大学であることも、展覧会に新たな展開を生んでいます。舘鼻氏は2019年から女子美術大学デザイン・工芸学科工芸専攻の特別招聘教授を務めています。女子美術大学美術館は染織作品を所蔵しており、本展ではそのコレクションと、そこから着想した舘鼻氏の新作を併せて展示しています。
photo by ©FASHION HEADLINEその一つが、絞り染めの着物から着想した試みです。革を綿糸で強く括り、染料が入らない部分をつくったうえで藍に染める。布に施されてきた絞り染めの原理を、舘鼻氏が長く向き合ってきた革という素材へ移しています。
photo by ©FASHION HEADLINE学生時代に友禅染を学び、そこから《Heel-less Shoes》へと進んだ舘鼻氏が、15年後、教える立場となった女子美術大学で再び染織のコレクションと向き合う。その時間の循環もまた、本展における「Rethink」の一つと言えるでしょう。
3000色の先に現れる、制御できない色
展示室を出たロビーにも、「手しごと」を考えるための作品と資料が続きます。そこに並ぶのが、舘鼻氏のスタジオで制作されてきた色見本です。
photo by ©FASHION HEADLINE絵画制作に用いる色を決めるため、スタジオでは3000色以上のオリジナルの色見本を制作し、それぞれに配合のレシピが存在すると舘鼻氏は説明します。作品を描き始める前に、色の組み合わせやバランスを検討するための、いわば制作の「道具」です。
photo by ©FASHION HEADLINE一方、その近くに展示されているartienceとのプロジェクトでは、色との関係が反転します。旧・東洋インキ時代から舘鼻氏の印刷物における色再現などで協働してきた同社と、現在進めている2027年のカレンダープロジェクト。その過程で舘鼻氏が着目したのが、インキ製造工場で廃棄される余剰インキでした。
photo by ©FASHION HEADLINE企業ごと、商品ごとに厳密なレシピで調色された特色インキ。しかし、使われずに残った色は廃棄容器へ入れられ、赤、青、銀など異なるインキが偶然に重なり合っていきます。舘鼻氏はそれをヘラですくい上げ、そのまま画面へ載せます。
「何が出てくるかわかんないけど、これが抽象画を表現する要素になっている」
表面が青く見えていても、その下から黄色が現れるかもしれない。あるいは、すべてが混ざって黒くなってしまうこともある。3000色以上のレシピをつくり、色を緻密にコントロールしてきた制作の隣で、ここでは色を偶然へ委ねています。
photo by ©FASHION HEADLINEさらに、工場の職人がインキの伸びや色調を確認するために行う試し刷り「ドローダウン」も全国の拠点から収集。それらを舘鼻氏が選び、色相環のようなインスタレーションとして再構成しています。
photo by ©FASHION HEADLINE作家のスタジオにある色見本と、工場にある職人の色見本。目的も制作環境も異なる二つの「道具」を同じ展覧会で見ることで、現代における手しごとの輪郭がさらに広がっていきます。
15年の創作を支えてきた、無数の「手」
舘鼻則孝の15年間を振り返れば、《Heel-less Shoes》とレディー・ガガとの出会いは大きな転機の一つです。
photo by ©FASHION HEADLINE卒業直後から約2年間で25足以上を共に制作したと舘鼻氏はいいます。しかし、今回の展示で浮かび上がるのは、著名な人物が履いたアイコニックな靴という物語だけではありません。舘鼻氏はレディー・ガガとの制作について、単にオファーを受けて作品を提供したのではなく、「一緒に階段を登っていくような感じで作り上げていった」と振り返ります。
photo by ©FASHION HEADLINE作家と依頼者。作家と職人。伝統工芸と先端技術。スタジオと工場。その境界を行き来しながら、一つの作品がつくられていく。展覧会の最後には、舘鼻氏が創作活動の概念としてきた「Rethink」を解説する映像が流れます。そこに登場するのも、舘鼻氏一人ではありません。さまざまな職人や、これまで仕事を共にしてきた共同制作者たちです。
photo by ©FASHION HEADLINE《Heel-less Shoes》から始まった15年を、「作品」ではなく、それをつくってきた「手」からもう一度見る。そうして見えてくるのは、舘鼻則孝という一人の作家の軌跡であると同時に、伝統を受け継ぐ職人、素材を研究する技術者、新しい方法をともに考える協働者たちの手が重なりながら、現在のクリエイションへとつながっていく姿です。
歴史や文化を過去のものとして保存するのではなく、手を動かし、考え、異なる技術や人と結び直すことで、次の価値へと変えていく。創作活動15周年を迎えた今、「Rethink」という言葉が示しているのは、過去を振り返ることだけではなく、そこから次の創造を始めるための姿勢なのかもしれません。
【INFORMATION】
舘鼻則孝 創作活動15周年記念
Rethinkー舘鼻則孝と手しごとー
会期:2026年9月10日(木)~10月6日(火)
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:日曜・祝日
会場:女子美アートミュージアム
女子美術大学 相模原キャンパス10号館1階
住所:神奈川県相模原市南区麻溝台1900
入館料:無料
主催:女子美術大学 デザイン・工芸学科 工芸研究室/NORITAKA TATEHANA STUDIO
共催:女子美術大学染織文化資源研究所
協力:女子美術大学美術館/読売新聞社
協賛:artience株式会社/Zutti Mattia
後援:相模原市/相模原市教育委員会

