「モテる男なんて苦労するだけ」
「結婚するなら誠実な男が一番」

早々に結婚を決めた女友達が、口を揃えていうセリフ。

だが本当にそうなのだろうか。ときめきのない男と結婚して幸せなのだろうか。

そう疑問を呈するのは、村上摩季・27歳。

モテ男・相原勇輝に心奪われた摩季。

予想外に彼女の座を掴み取った摩季だが、強敵・香織の登場でかき乱され勇輝と言い合いになってしまう。

意気消沈する摩季は女友達の強引な勧めで結婚向きの男・岡田哲也と会う。しかしこれが勇輝にバレ、事態は最悪の展開に。

さらには勇輝と玲奈が二人でいるところを目撃してしまう。




玲奈:「男女の関係は、タイミングが命だから…」


「…それで、摩季と何かあった?」

仕事帰りに立ち寄った『なみの上』。

他愛のない話を一通り済ませた後、私はカウンターで隣に座る懐かしい顔に問いかけた。

勇輝とこんな風に食事に行くのはいつぶりだろう。少なくとも、私が今の彼・浦沢と深い仲になってからは一度もない。

仲間の輪の中で絡むことはあっても、二人だけでまともに向かい合うのは2年…いや、3年近くなかったかもしれない。

「ああ、いや…って、やっぱりバレたか」

「はは」と乾いた笑いで誤魔化す。そんな仕草も、懐かしい感情を私に運んだ。

「摩季から聞いたわけじゃないよ。でも勇輝から二人で飲もうよ、なんて…珍しいから。どうせ私に何か聞きたいことがあって誘ったんでしょ」

見透かすような視線を送る私に、勇輝は大きな目をパチクリとさせている。

「そんなことないよ。玲奈と飲みたかったんだよ」なんてわざとらしい言い訳をする勇輝を「はいはい、それで?」と急かした。

「俺ってさぁ、そんなに信用ない?」
「うん、ない」

かぶせるように即答して、私は笑って首を振る。

「うそうそ。勇輝は別に、何も悪いことはしてないと思うよ。女の影が絶えないのも、ただ寄ってくる女を邪険にできないだけなんでしょ。…勇輝って優しいから」


つい本音をこぼした玲奈に、勇輝が言った意外な言葉とは


「勇輝って、優しいから」

すると勇輝の方も、

「…さすが、よくわかってる。やっぱ俺、玲奈みたいな女と付き合うのが合ってるんじゃないか?」

−え…?

一瞬、言葉に詰まった。

遠い昔の、夏の日の記憶が蘇る。

−好きなんだ、玲奈のことが−

「私は相原のこと、信じられない」そう言って突き放してしまった過去。

−もしあの時、私が違う反応を見せていたら…どうなってた?

束の間、そんな考えが頭をよぎった。

しかしチラリと盗み見た勇輝が、いつも通り飄々とした、落ち着き払った態度のままでいることに気づき、私はすぐさま「違う」と平静を取り戻した。

違う。勇輝の言葉に深い意味なんかないのだ。彼は何の悪気も他意もなく、思ったことを口にしただけ。

「なに言ってんの。ほんと、そういう調子いいこと言ってるから信用を得られないんでしょ」

これでいい。私は正しい選択をしたのだと自分に言い聞かせた。

過ぎてしまった過去はもう取り戻せない。男女の関係などというものは、タイミングが命なのだ。

もし…もしも私と勇輝に“チャンス”があったのだとしても、私たちはタイミングを逸した。

そして次に交わした会話で、私はそのことを再認識するのだった。

「…相原は、摩季のことが好きなんだね」

その質問に、彼は切なくなるほどいい笑顔でこう答えたから。

「好きだよ。だってあの子、すげーいい子じゃん」

勇輝の言葉に、私は大きく頷く。

「そうだよ。摩季はすげーいい子」

そう、本当にその通り。…それなら、私がするべきことは一つだ。




摩季:「男と女に“絶対”なんかありえない」


「ね、摩季。ちょっと飲んでいかない?」
「えっ…」

帰り支度を始めたところで、いきなり声をかけられた。

ここ最近多忙ですれ違っていた玲奈から久しぶりに誘われて、私は思わず動揺してしまった。

その理由はもちろん、勇輝と玲奈が会っているところを見てしまったから。

まさか…とは思うけれど、二人に対して私は以前から消えない引っかかりを感じていた。

玲奈が私を裏切るはずがない。当然私は彼女を信じているけれど、男と女の間に“絶対”などないというのが私の考えだ。

私と勇輝がそうであったように、絶対に無理だと思っていた相手であっても、ふとしたきっかけで近づくこともある。逆に、自然な成り行きで距離を縮めた男女であっても、運命のいたずらですれ違ってしまうこともある。

きっかけさえあれば、勇輝と玲奈だって、もしかしたら…。

しかし戸惑う私の様子など、玲奈はおかまいなし。『MERCER CAFÉ DANRO』にする?などと言いながら歩き出してしまった。


玲奈から突然の誘い。その時、彼女が語った内容とは…


「相原から聞いた。…嫌な気にさせたらごめんね。でも聞いちゃったから言わせてもらう」

普段は聞き役に徹する玲奈が、店に着いた途端に口火を切った。口を挟む余裕もなく、その妙に切羽詰まった様子につられ、私はただこくり、と頷く。

すると玲奈は、真剣な眼差しのまま直球の問いかけをした。

「摩季は、相原のことが好きなんだよね?」
「それは…もちろん、好き」

彼女の視線をまっすぐに受け止め、私ははっきりと答えた。勇輝のことが好き。不安に押しつぶされたり、ぶつかるのを恐れてしまうことはあっても、彼が好きだという気持ちだけは最初から迷いがなかった。

即答した私を認め、玲奈はようやく穏やかな表情を取り戻したように見えた。

そしていつも通りの達観した様子で、私を諭すのだった。

「それなら…その気持ちを、彼のことが好きだっていう思いを、もっと大事にしなきゃダメだよ。摩季だって最初はそうだったじゃない。香織がどうとかこうとか、外野に左右されてどうするの」

−摩季だって最初はそうだったじゃない。

…そうだ。彼女の言葉は、いつだって私をハッとさせる。

勇輝と出会ったばかりの頃、私は彼のことが好き、ただそれだけで幸せを感じていた。それが、距離が近づくほどに、同じ時を過ごせば過ごすほど欲張りになっていき、自分の理解が及ばないことを理由に彼を疑うようにさえなっていた。

そのことに気づかされたのだ。

「周りの声に惑わされて、自分の気持ちを見失ってしまったら…大事なタイミングを逃してしまったら、もう二度と元に戻れなくなるんだからね」



玲奈と別れた足で、私は勇輝の家に向かうことにした。

帰路につく玲奈に手を振り、私は恵比寿駅へと踵を返す。

来た道を急ぎ、駅前の横断歩道を渡った、その時。前方に、無条件に胸が高鳴るシルエットを見つけたのだ。

「勇輝くん…どうして…?」

お互いにあと一歩、という距離まで近づいて、私はようやくそれだけを声に出した。

子どもが母親にいたずらを見つけられた時のように、一瞬、気まずそうに視線をそらす勇輝。しかしその後すぐ真顔になって、私をまっすぐに見つめる。

「大事なタイミングを逃しちゃダメだと思ったから、ちゃんと伝えにきた」

-え…?

彼の真意をつかめずどぎまぎとする私に、彼はかぶせるようにこう言ってくれた。

「俺、摩季ちゃんのことが好きだよ。それをきちんと言いにきたんだ」

きゅうっと、胸が締め付けられた気がした。星の数ほど男はいても、こんな風に私を一喜一憂させる人はただ一人だけ。勇輝だけであることを思い知らされる。

嬉しいのに、幸せなのに、すぐに言葉が出てこない。こんな時、私はいつもどうしていたのだっけ…?

声も出せずに立ち尽くす私に、勇輝はなおも続ける。

「でも、口でいくら信じてくれって言っても無理なんだってこともわかってる。だからこれからは、少しずつ二人で信用を積み重ねていこう。ちゃんと時間をかけて、育てていこう」

「勇輝くん…」

深夜の恵比寿駅。駅前のロータリーにはまだまだ多くの人が行き交う。

しかし私は外野の視線を気にすることなく彼に走り寄る。そしてそのまま、勇輝の胸の中へと飛び込んだ。




「ありがとう。…私も、同じ気持ち」

不安ばかりでも、振り回されても。結局私が愛されたいのは、そばにいたいと願うのは勇輝。その気持ちを誤魔化すことなどできない。

それならばもう、飛び込むほかないのだ。

世の中には、私より綺麗な人もスタイルのいい人も山ほどいる。香織以外にも、若くて魅力的な女が勇輝の周りをうろちょろする可能性だって大いにある。

しかしそんな妄想に怯えるなんて馬鹿らしい。私はただ彼を信じ、自分を信じて、ちょっとやそっとのことでは解けない深い絆を紡いでいけばいいのだ。

平坦な道ではないかもしれない。苦労するかもしれない。しかしそれでも私が手に入れたい幸せは、この道の先にしかないのだから。

−大丈夫、もう覚悟はできてる。

心の中でつぶやきながら、私は勇輝の背中に回した腕に力を込めた。

今度こそ、見失わないように。周りの雑音に、二人の愛がかき消されてしまわないように。

Fin.