現在2店を展開。豆の焙煎はすべて江坂公園店で行う

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真を見る】ドリッパーは、デンマークのエイプリル製を使用。湯を細く注ぎ続け、豆を攪拌するイメージで抽出を促進する

関西編の第49回は、大阪府吹田市・豊中市に2店を展開する「TERRA COFFEE ROASTERS」。ここ数年で、ロースターの開店が相次ぐ北摂エリアでも、今までになかったスペシャルティコーヒー専門店として2021年にオープン。ヘッドロースターの山本さんは、京都でバリスタとして活躍した後、単身ベルリンに渡り、焙煎の腕を磨いた稀有な経験の持ち主。“スペシャルティコーヒーの醍醐味を世界に発信する”というオーナーの意思に共感し、新天地で持てる力を発揮している。コーヒーのテロワール表現にフォーカスした、ユニークな味わいの提案で、関西のコーヒーシーンに新風を吹き込む一軒だ。

Profile|山本順平(やまもと・じゅんぺい)

1984(昭和59)年、京都市生まれ。大学卒業後、デザイン関連の会社を経て、ラテアートをきっかけにバリスタに転身。スターバックス、小川珈琲で経験を積んだ後、単身ドイツ・ベルリンへ。スペシャルティコーヒー専門店・WIM Kaffeeでヘッドバリスタを務め、Populus Coffeeで焙煎の知識・技術を吸収。帰国後、焙煎士としてOkaffe kyoto嵐山を経て、2021年から「TERRA COFFEE ROASTERS」のヘッドロースターとして焙煎、品質管理を担当。

■スペシャルティコーヒーの醍醐味を北摂から世界へ発信

店名の「TERRA(テラ)」は、“土地・陸地”さらには“地球”を意味するラテン語。ワインやコーヒーなどの産地特性を表すテロワールの語源でもある。2021年の開店以来、「TERRA COFFEE ROASTERS」では、各地の気候風土、栽培環境から生まれるユニークな風味を最大限に引き出したコーヒーを追求。スペシャルティコーヒーの醍醐味を世界に発信することを掲げ、これまで北摂エリアにはなかった専門店として早くも支持を集めている。「コーヒー豆の育った環境に由来する持ち味を、バランスよく表現する浅煎りの味わいを目指したい」というヘッドロースターの山本さんは、豆の選定から焙煎、品質管理までを担う、店の味作りの要だ。

現在はロースターの仕事が中心だが、遡れば、山本さんがコーヒーの世界に進んだきっかけはラテアートだった。「以前、デザイン関係の仕事をしていた頃は、コーヒーの苦味が好きではなくて、ほとんど飲めなかったんです。ただ、コーヒーで絵柄を描くというラテ―アートの技術は、デザインに通じる面白さがあって、そこからバリスタという職業があることを知ったんです」。その後は、スターバックスでカフェのサービスを学びつつ、当時、Okaffe kyotoの岡田さんがチーフを務めていた小川珈琲の門を叩き、ラテアートの競技会にも出場するなど本格的にバリスタとして研鑽を重ねた。

この頃は、競技会が大きなやりがいになっていたが、やがて世界を広げたいとの思いから海外に目を向けるようになる。「仕事のモチベーションを保つために、旅行でヨーロッパをよく訪ねるようになって、その中でドイツ・ベルリンの街の雰囲気に強く惹かれるものがあって」と、心機一転、ベルリンで腕を磨こうと決めた山本さん。バリスタとして海外に渡る先と言えば、新たなコーヒーカルチャーが盛んなアメリカやオーストラリアが多いが、ドイツはほぼ前例がない国、「周囲からは“なんでベルリン?”とよく聞かれましたが、その時は何も言い返せなくて(笑)」と苦笑するが、自らの直感を信じたチャレンジは、本人が想像するより実り多いものだった。

■ベルリンでの経験を生かした、ユニークなコーヒーの提案

ベルリンに渡って、すぐにいくつかの店のトライアルを受け、幸先よくロースターリーカフェで働く場を得た山本さん。さらに、店の紹介を通して、現地のスペシャルティコーヒー専門店・WIM Kaffeeの立ち上げ、プロデュースに携わり、2年でメインバリスタを務めるまでに。ドイツのコーヒーカルチャーを吸収する中で、山本さんの仕事に対する心境にも大きな変化あったようだ。「日本では業務分担がはっきりしてますが、ドイツではバリスタ・トレーナー・ロースター・バイヤーとキャリアがつながっています。世界的にはバリスタだけを続けていては進歩がないので、ステップアップするには焙煎の知識や技術が必要と感じました。そのことは海外に行ってみて初めて気が付いたこと。それだけでも行った甲斐がありましたね」と振り返る。

そんな折に、出合ったのが、東ベルリンにできたばかりのPopulus Coffeeだった。「まだオープン直後で、スタッフを募集していたので、“ここなら焙煎に関われるチャンスがあるかも”と思って」と、飛び込んだ2日後にはトライアルに誘われ、新たな道を踏み出した山本さん。Populus Coffeeは、元ジャーナリストのオーナー・ヘンリック氏が始めたロースター。小さいながらも、豆のサステナビリティを明確に示す姿勢と、本来スペシャルティコーヒーのあるべき流通・循環を目指す店作りを体感し、本格的に焙煎の仕事に傾倒していった。

ベルリンでの4年半を経て、帰国後は、先輩の岡田さんからの誘いで、Okaffe kyotoの姉妹店で焙煎士として再スタート。この時、開店を構想していた「TERRA COFFEE ROASTERS」のオーナーが店を訪れ、山本さんのコーヒーに感銘を受けたことが、今に至る大きな転機になった。「全国各地のコーヒー店を巡っているアクティブな方で、“本物のスペシャルティコーヒーの醍醐味を世界に発信する”という思いに共感して意気投合。コーヒープロパーでない方と一緒に仕事することで、自分も幅が広がると思って」と飛び込んだ新天地「TERRA COFFEE ROASTERS」で、持てる技術と経験をいかんなく発揮している。

時季替わりで常時4〜5種を提案するコーヒー豆は、ベルリン時代のつながりを生かして、独自の仕入れルートを開拓。Populus Coffeeのオーナーを通じて縁を得たフランス・ボルドーの商社や、ホンジュラスのエクスポーターからダイレクトに仕入れる豆は、ロットの違いまで明確に吟味し、関西でもここだけという希少な銘柄も少なくない。中でも、山本さんにとって思い入れが深いのが、ホンジュラス・エル・フィーロ農園のコーヒーだ。

「Populus Coffeeのオーナーが現地を訪ねて見つけてきた、Populusのルーツともいえるコーヒー。当時、実際に飲んでみて、“現地に行ってみたい”と思えるインパクトがありました。ただ、初めはうまく焙煎ができなくて、いい印象がなかったんですが、何年後かに生産者と話したり、周りの評価を聞いたりして、豆の個性そのものよりも、柔らかくバランスの良い風味が魅力と気付いて。僕にとって、焙煎を始めた頃に出合った原点のような豆でもあり、この経験が、今の焙煎のアプローチにつながってます」

■多彩なコーヒーを日常的に楽しむ文化が広がる起点に

いずれ劣らぬユニークな個性を持つコーヒーの醍醐味を引き出すべく、山本さんは、豆の鮮度はもちろんのこと、焙煎におけるテイストバランスをより重視する。「豆の個性といっても、インパクトのあるフレーバーが突出すると飲み疲れします。“もう一杯飲みたい”と思える味わいが理想。そのためには、口当たりや甘味、酸味の余韻など、テイストバランスがより大事になります、ベルリンでの経験から学んだのは、フレーバーの特徴だけにフォーカスするのでなく、トータルで考えて心地よい飲み心地を目指す味作り」と山本さん。例えば、ホンジュラスなら、ほのかな香味と共に鼻に抜けるグリーンな香りの爽やかさ。エクアドルなら、柔らかな酸と甘みが織りなすみずみずしい果実感。決して、華美な風味が際立つばかりではない。すっとしみ込むような、穏やかなフレーバーと余韻の透明感こそ、山本さんがイメージする浅煎りの真骨頂だ。

「コーヒーの支配的な味わいである苦味を抑えて、繊細な酸や甘味を感じやすくするアプローチで、テロワールを表現したい。これを感じられるのは、人間の味覚の特権なので。コーヒーは苦いというのが一般的だが、従来と別のジャンルと考えた方がいい。こういうコーヒーもある、というのを知ってもらえれば」と山本さん。従来のコーヒーとは一線を画す、未体験の味わいと出合えるのはここならではの楽しみ。現在は卸先も広がり、焙煎量も急増、関西のコーヒーシーンに新風を吹き込むニューカマーとして存在感を増している。今後は、地元を中心に、お客一人ひとりに、いかにコーヒーの魅力を伝えていくかが大きなミッションだ。

「ヨーロッパに行って、想像以上にみんながコーヒーを飲んでいて、日常に根付いていると再認識しました。日本では多彩なコーヒーを楽しむ文化がまだまだ足りないと感じました。長い目で見て、スペシャルティコーヒーを少しでも身近にしていくことが、この店の役割。文化を作るというと大げさですが、単においしいだけでなく、いろんなコーヒーの味わいを知ってもらって、日常で楽しめるように。まずは地元密着で広めていきたい」。いずれは関西から全国、さらに世界へ。ユニークな提案でコーヒーの多様性と楽しみを発信する気鋭の一軒。これからの展開を楽しみにしたい。

■山本さんレコメンドのコーヒーショップは「Kurasu」

次回、紹介するのは京都市の「Kurasu」。

「“日本のコーヒー器具を世界に発信する”というコンセプトから始まったお店で、今では、日本のロースターのコーヒーを世界に発信するサブスクリプションや、自社焙煎も行っている、京都コーヒーシーンを代表するロースターの1つです。ヘッドロースターの良原くんは、元々、小川珈琲にいた間接的な後輩。ギーセンとローリングというタイプも大きさも違う2種類の焙煎機を使いこなし、浅煎りから深煎りまで焼く技術はすごいと思います」(山本さん)

【TERRA COFFEE ROATERSのコーヒーデータ】

●焙煎機/ローリング 7キロ(完全熱風式)

●抽出/ハンドドリップ(エイプリル)、エスプレッソマシン(シモネリ)

●焙煎度合い/浅煎り

●テイクアウト/ あり(500円〜)

●豆の販売/シングルオリジン4〜5種、100グラム1000円〜

取材・文/田中慶一

撮影/直江泰治

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