女の人生、その勝敗はいつ決まるのかー?

それは就職・結婚・出産など、20代で下した決断に大きく左右される。

ある分岐点では「負け」と見なされた者が、別の分岐点では幸せを勝ち取っていることなんてザラにあるのだ。

昔からその分岐点において、全く異なる結果になる2人がいた。その2人とは福岡出身の幼馴染、塩田ミキと佐藤菜々子。

2019年、28歳のミキは唐突に派遣社員となったはずの菜々子の”玉の輿婚”を知る。

遡ること5年前の2014年、外資系アパレル会社で派遣社員として働き始めた菜々子は東京の格差を目の当たりにする中で、自信をなくしかけていた。

もう地元に戻るべきなのかー?

そんな中、菜々子は、同郷だということが発覚した正社員の「白石百合」と2人で食事に行くことになるのだった。




「ぜひご飯でも行きましょう」

自分と同郷だと分かったとき、社内でも一目置かれている存在の百合がそう誘ってくれたのは社交辞令だろうと考えていた。

ー派遣社員の私なんかとご飯に行くメリットないよね……。

ところが百合はすぐに連絡をくれ、食事の日は金曜日に決まった。

忙しい百合に店選びまで任せるのは気が引けて「私が探してきます」と宣言したものの、店のURLを貼り付けてメールを送ったときは気に入ってくれるか不安でならなかった。

そして、約束の金曜日。菜々子は百合と『シンプルキッチン 南青山店』を訪れていた。

いつもは斜め前の席にいて、そっとパソコンの間をぬって盗み見ていた憧れの百合が真正面にいる。骨董通りを2人で歩いてきたときから、「不思議な組み合わせ」と、周りの人からは思われている気がしていた。

「このお店、前に彼と一緒に来たことがあって。ここのムール貝美味しいよね」

メニューを見ながら百合がそう言ったので、菜々子はそっと胸をなでおろす。

緊張とは裏腹に百合との話は思いの外弾み、あっという間にデザートを選ぶ時間になる。時計を確認した菜々子は少し焦っていた。

恋愛の話、地元の話と楽しい話題が続く中で、菜々子はどうしても百合に伝えたいことがあったのだ。


菜々子が吐露した思いと、それに対する憧れの百合からの助言とは・・・?


デザートを注文し、店員がテーブルを離れたタイミングで、菜々子は自分から話を切り出した。

「福岡に戻ろうかなって考えることありますか?」

百合は少しだけ考えてから答える。

「昔はあったかな。今はもうないけれど」

百合は「佐藤さんはあるの?」と聞いてこなかったが、そのまま話を続けることにした。

「私、最近よく思うんです、どうして今東京にいるんだろうって」

百合は突然切り出した話を真面目な顔で聞いてくれていた。

「本当は新卒のとき、広告代理店に入りたかったんです。でもダメで。諦めて入った会社も続かなくて、結局、派遣社員の道を選びました」

輝いている百合の前で、こんな失敗続きの話を聞かせるのが恥ずかしくもあり申し訳ない気持ちにもなる。しかし百合は優しく頷き話を促した。

「でもやっぱり、派遣から抜けたいって気持ちが強くなってきて……。この会社でチャンスをつかめなかったらもう帰ろうかなって思っているんです。本当は新卒で入った会社を辞めた時に帰るべきだったのかもしれないんですけれど……」

「東京に残ったのは、まだ諦めきれなかったからじゃない?」

百合の言葉にハッとし、背筋が自然としゃんと伸びる。

「私も本当はね‥」百合は懐かしむように話し始めた。




「アナウンサーになりたかったの。キー局の最終試験までは残ったんだけど、結局落ちてしまって。そのあと地方局を受けようと思ってたんだけど、やっぱり東京にいたいなって思っている自分に気づいたの」

そんなときゼミの教授から、それまで学んできたマーケティングを使った仕事も向いているんじゃないか、と言われ、もともと好きでテレビ局以外唯一受けていたファッション業界でマーケティングの仕事をしたいと思うようになったという。

「でも就職してすぐの頃は、テレビでアナウンサーを見るたびに胸が痛かった。やっぱり浪人でもして受けるべきだったのかなって後悔することもあったし……。でも広報部でマーケティングの知識を活かして顧客層の拡大が成功したとき、自分の選択が間違ってなかったなってようやく自信を持つことができたの」

菜々子は百合がなぜ、華やかなだけでない、独特な雰囲気を持っているのか、その理由がわかった気がした。

「みんな色々事情があるから、派遣社員になった理由は聞かないでおこうと思ったけれど、もっとやってみたい気持ちがあるなら、諦めるべきじゃないと思うよ。まだ24でしょう?」

ー私はまだこの街で挑戦したい……。

菜々子は自分の素直な気持ちをもう一度確かめ、強く頷いた。

帰り際、表参道駅のホームで、百合は「ひとつだけアドバイス」と先輩ぶる自分自身に照れるようにしながら菜々子に声をかけた。

「堂々としてた方がいいよ。いや、堂々としてていいよって言った方が正しいかな」

菜々子はまたもやハッとさせられ背筋をしゃんと伸ばす。

はい、と百合の顔をしっかり見て答える。

「みんな、思っているほど怖くないよ。出る杭は打ってやるって人もいないから」

百合はそう笑っていい、マンションのある代々木上原へ帰っていった。


百合の助言を受けて、ついに菜々子が動き出す・・・!


菜々子は食事会の翌日、渋谷にある百貨店のコスメカウンターに来ていた。

「堂々としてた方がいいよ」という百合の言葉に、何か変えなくてはという気持ちが生まれたとき、ふと頭を横切ったのは映画『プラダを着た悪魔』で初めは野暮ったい主人公が外見を変えていくことで存在感を発揮するシーンだった。

ー新しい服を買うのは高くても化粧品だったら……。

そう思いやってきた、久々の百貨店。フロア地図を見ているとあるブランド名に目が止まる。菜々子は現在地からの行き方を確認し、人で溢れている中、そのブランドを目指して歩き始めた。



買い物を終え外に出ると、気持ちのいい冬晴れの空が広がっている。

電車に乗って代官山の蔦屋書店に行こうと思っていたがやっぱり歩いて行こうと思い直した。

桜丘町の坂を登り高級住宅街を抜けていく。リップを買っただけなのに不思議と軽やかな気分になって、ブランドのロゴが入った小さな紙袋を、歩くのに合わせて揺らした。

菜々子はフロア地図でこのブランド名を目にしたときから、ミキの勤める化粧品会社が出しているブランドだとすぐにわかった。

ー本当は、ミキの就職祝いの時、私もあのブランド好きだよって伝えたかったんだけどな……。

ミキと最後に会った日を思い出す。あの日、ミキに現場勤務を馬鹿にされたような気がして言おうと思っていた言葉は言えなかった。

ーくだらないプライドだったのかもしれない。

もう会うこともないのかな、と少し寂しい気持ちになる。

マレーシア大使館の脇を出て旧山手通りに沿って曲がろうとすると、通りを挟んで向かいにある結婚式場から賑やかな様子が見えた。




この間食事をしたとき、百合は学生時代から付き合っている彼と結婚を考えているのだと言っていた。5つ年上だということを考えれば結婚適齢期であることは間違いない。でも、5年後の自分にそんな未来が待っているような気は全くしなかった。

菜々子は、新卒の会社で現場勤務をしていたときに学生時代からの彼と別れている。原因は菜々子がシフト勤務のためすれ違いが続いたことだったが、本当は総合商社で働き始めた彼に引け目を感じていたことも大きかった。

私たちって釣り合ってないんじゃないかな、いつも喉元までその言葉が出かかっていたのだ。

ーあれからずっと恋愛してないんだ、私……。

次のステージへと進む20代という時期に、自分は取り残されていくのではないかと小さな不安がまた襲ってきて、その不安に打ち勝とうと少し早歩きになる。

そういえば、成人式の日にミキと振袖を着て約束しあった。お互いの結婚式でもこれを着よう、と。

「成人式と、卒業式と、菜々子の結婚式と、3回着たらレンタルより安くなるよね」

ミキはそう笑っていた。



それから半年間、百合とは親しくなったものの『プラダを着た悪魔』の物語のように一朝一夕にことは進展しなかった。

それでも、「堂々としてた方がいいよ」という百合の言葉を何度も思い返し、新卒に戻ったような気持ちでハキハキと仕事をこなすことに努めた。

そんなある日。

出社して、いつものように社内のWEBスケジュールにアクセスすると珍しく予定が組み込まれたことを知らせる鈴のマークが色づいている。

「面談」と書かれた予定をクリックして詳細を開くと、参加者は菜々子と部門長だった。

ーなんの話だろう……。

期待と不安が入り混じる。その時ちょうど部門長からメールが届いた。

「雇用契約について話をさせてもらいたく、予定入れました」

高ぶる気持ちを落ち着かせながら、菜々子は急いでメールの返信を書き始めたー。

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