新しい年を迎え、新しいことに挑戦したいと思っている人も多いのでは?

作家の羽田圭介(はだ・けいすけ)さん(36)が初体験に挑戦する『三十代の初体験』(主婦と生活社)が2021年11月26日に発売されました。

週刊誌『週刊女性』の連載をまとめたエッセイ集で、ジェルネイルやダンス教室、女装、ボルダリング、狩猟体験などに挑戦しています。

31歳から34歳までの期間にさまざまな“初めて”に挑戦した羽田さんにお話を伺いました。前後編。

※トップ写真は十二単を着ることに初挑戦した羽田圭介さん。

『三十代の初体験』(主婦と生活社)を上梓した羽田圭介さん

意識したのは正直に書くこと

--まずは連載のきっかけからお聞かせください。

羽田圭介さん(以下、羽田):芥川賞を受賞した直後に30歳になったんですけど、31歳になっても依然としていろいろな仕事が舞い込んできて……。そんなときに、担当編集者の方から、「なにかエッセイを書きませんか?」とお声がけいただきテーマを話し合いました。そこで、「神田川をボートで下ったりしたいですね」なんて話をしていたら、「じゃあ、“初体験”のエッセイを書いていこう」と決まりました。30代が始まったばかりだったので、「仕事を口実に今まで経験してなかったことをいろいろやるぞ!」という感じですね。

--単行本では46本が収録されていますが、連載では70本以上の体験をされたそうですね。初体験を振り返ってみていかがですか?

羽田:まだ体験してないことっていろいろ幻想がありますよね。体験しちゃうと、幻想がなくなって真顔になっていく感じですね。

--初体験をエッセイに書くにあたって、意識したことはありますか?

羽田:書き手としては当然のことですが、“書き割り”な表現をしないよう心掛けました。「すごく楽しいからおすすめ」「大興奮!」ではなくて、つまらなかったら正直に「つまらない」ニュアンスが伝わるように、曲げないで書くことを意識しました。

--確かに、正直に書かれているなと思いました。「猫レンタル」のエピソードも、猫飼いとしては「どうなるんだろう?」とドキドキしながら読みました。

羽田:「猫レンタル」は、自分としても意外な感想が最後に出てきました。

猫レンタルに限らず、世間であまり言語化されていないかもしれない隙間の部分を言語化した感はあるかもしれないですね。「やってみたら意外と自分はそんなに興味がなかった」という感想に絡めて。とにかく、やってみないと何も分からないものです。

--「ボルダリング」のエピソードでも、正直な感想を書いてらっしゃいますよね。

羽田:自分でも「人に厳しいな」と思いました(笑)。「体力が衰えた人が読んだら、どう思うんだろう?」って。でもそこは、変に万人受けしても仕方がないので、正直に書きました。「体力があるうちに何でもやらないとダメ」と、身も蓋もないようなことを書いてますけど、自分が年老いたらもっと厳しいことを書くだろうなと思います。

古着を買うことで知った「見かけとは違う意外性」

--特に心に残っている初体験はありますか?

羽田:「古着を買う」ことです。「古着って物を買うというよりは、人を雇うことなんだ」と思いました。古着をセレクトしたバイヤーの人に、自分のスタイリストになってもらう側面があるのではないかと。サービスを買うというか。そういう見かけとは違う意外性がありましたね。

「瞑想」も時々思い出したときにやっています。ただ瞑想は、「瞑想して雑念が消えてしまったら、小説家としてどうなんだろう?」と迷いもあります(笑)。「元からあんまりメンタルが荒れたりしない人間が瞑想しちゃったら、何もアイデアが思い浮かばなくなるんじゃないか?」って。それに瞑想よりも、昼寝して起きたときのほうが気分がいいので、結局、昼寝がいいんじゃないかと思っちゃう(笑)。まだ瞑想の醍醐味を体験できていないのかもしれませんね。

--今も続けていることはありますか?

羽田:この本には収録してないんですけれど、「フルーツカッティング」も体験しました。それまでは、ミカンとかバナナとか手で簡単に皮がむける果物ばかり食べていたのですが、「フルーツカッティング」を習ってからは、パイナップルや桃、キウイも切って食べるようになりました。

それと、ヒップホップの「ダンス教室」は2年半ほど続けていましたね。でも、コロナ禍で中断してしまったり、引っ越しがあったりして、結局行かなくなってしまいました。またやってもいいかなとは思っています。

「こだわりが強かったんだ」初体験で気づいたこと

--初体験を通しての気づきはありましたか?

羽田:初体験をすることが大事というよりも、その体験を通して別の角度から自分を捉え直す機会になりました。それが一番大事だと思うんです。だから、初体験を通して、いつもやっていることの再構築というか捉え直したことが多かったです。

例えば、僕は服ごときの選択で悩みたくないので、いつもモノトーンとか全身真っ黒の服を着ることが多いのですが、どうやら人に威圧感を与えているらしいことが分かりました。「パーソナルカラー診断」をやったら、「ペールトーンの服を着たほうがいい」と言われて。診断してくれた方と一緒にカラフルな服を買いに行ったはずなのに、買った服は結局、モノトーンだった。

つまり、自分はこだわりがめちゃくちゃ強いことに気づいたんです。ファッションにこだわりがないのではなくて、実はこだわりが強い人間だったっていう……。それは、カウンセリングを受けないと気がつかないことでした。「サマータイプ」と診断されたのに、いまだにカラフルな服はほとんど持ってないです。相変わらずクローゼットは白、黒、グレー、ネイビーという感じです。

--「パーソナルカラー診断」は私も受けたことがありますが、毎回服を買うたびに「自分が着たい色」と「似合う色」の間で揺れています。我ながら往生際が悪いなと思います。

羽田:やっぱり人間は、主観的な動物なのでしょうね。一つ印象に残っている話があって、女性が自分で似合うと思っている服と、恋人等男性から見てその女性にとって似合う服が違った場合。カウンセラーからすると、男性から見て似合うと思える服のほうが、女性に似合う場合が多いらしいです。つまり、自分が思っている自分と他者から見た自分が違うんです。そこは小説に通じるところがあるというか、面白いところだなと思います。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)