-なぜ今、思い出すのだろう?

若く、それゆえ傲慢だった同級生・相沢里奈の、目を声を、ぬくもりを。

これは、悪戯に交錯する二人の男女の人生を、リアルに描いた“男サイド”のストーリー。

商社マンらしくモテ男人生を送る一条廉は、27歳で3歳年上の美月と結婚。シンガポールで新婚生活をスタートさせる。

しかしその心には、特別な思いを抱く大学時代の同級生・里奈がいた。

少しずつ距離を縮めていくふたり。そんな中、大学サークルの10周年パーティーに出席した廉は、里奈からの誘いで密かに会場を抜け出し、ついに一線を超えてしまう。

禁断の恋に溺れるふたりだが、破滅の時は近づいていた。




美月:元カノからの接触


虫の知らせ、だったのかもしれない。

それは、廉とともに日本へ帰国する、ちょうど1週間前のこと。ずっと放置していたFacebookを開いたら、1通の友達リクエストが届いているのを見つけた。

表示された“天野(早川)結衣”というアカウント名を見てもすぐにはピンとこなかったが、「誰だろう」と呟きつつプロフィール写真を拡大し記憶が蘇った。

廉の女友達だ。結婚式の二次会に来ていた。

いや、天野結衣はおそらくただの友達ではない。きっと昔の彼女だろうと、実は私にはすぐにわかった。

小柄で童顔で、にこにこと笑顔を絶やさない彼女は明らかに廉の好みだし、何より決定的だったのは、二次会の最後、見送りの際に結衣が発したあのセリフ。

「廉を、よろしくお願いします」

お決まりの祝辞を述べたあとで、結衣は私にそう言ったのだ。

これがもし、あの女…相沢里奈だったら、腸が煮えくり返る思いだったに違いない。しかし結衣に対しては余裕の笑顔でスルーすることができた。

過去に何があろうが、廉が結衣より後に愛したのは私。その事実がすべてを物語っているというものだ。

しかし結衣が今、どうして私と繋がろうと思ったのか。それを疑問に感じなくもなかったが、特に深く考えないまま承認ボタンを押す。

すると即座に、結衣から思いがけぬメッセージが届いたのだ。


結衣が美月に接触していた。その思惑とは、一体?


美月:帰国の目的


「じゃあ、また土曜日にね」

浜松町の駅で廉を見送ったあと、私はひとり青山へと向かった。

…週末まで千葉の実家に帰るなどと言ったのは、もちろん嘘だ。

前回の東京出張で、日曜に戻る予定だったはずの廉は、なぜかフライト変更をして月曜に帰って来た。

あの時だって、廉は明らかにおかしかった。

男が急に優しくなった時は怪しい。そんなことは経験上、よく知っている。

しかし廉が私を大切に扱うならば、目を瞑ってもいいと思った。

それなのに-。

今回の東京出張で「私も一緒に帰国する」と告げた時の、廉の顔。あんなにわかりやすく目を泳がせておいて、私が何も気づかないわけがないだろう。

その後、廉が「平日は仕事があるし」とか「平日は夜も接待で埋まってて」などと言い訳を並べ、遠回しに、しかし明らかに私を邪魔者扱いした。そのせいで、直感は確信へと変わったのだ。

-廉は、“あの女”と会うつもりだ。

やたらと「平日」を繰り返してしていたことから考えるに、平日の夜に約束しているに違いない。となれば、どうせなら翌朝ゆっくりできる金曜夜が怪しい。

私はそこまで当てをつけた上で、むせ返るほどの憎悪を押し殺し、廉とともに東京にやってきたのだ。

何のためかって…?

そんなものは、決まっている。あの女…相沢里奈を、排除しなければ。

人の夫に手を出すくらいだから、おそらくあちらも夫婦関係がうまくいっていないのだろうが、そんなの知ったことではない。

自らの意思でセレブ妻の座を選んだのだから、あの女に、今さら青春時代を懐かしむ権利なんかないのだ。

廉は、相沢里奈に騙されている。

あの女は、知的で強い女性を演じている割に、根っこの部分で芯がない。感情のまま男に頼り、さらには金も愛も欲しいと叫ぶ、ただの強欲な淫乱女ではないか。

それが相沢里奈の本性。…あんな女、それ以上でも以下でもないというのに。




無邪気な元カノからの、新情報


「美月さん!お久しぶりです〜!」

青山の『ELLE café』で待ち合わせた女は、まるで旧知の友人かのように気さくな笑顔を私に向けた。

「ご無沙汰しています。結婚式の際は、ご出席くださりありがとうございました」

若干の戸惑いを感じつつも、私は着席しながら、精一杯の親しみを込めて彼女…天野結衣を、真正面に見る。

パフスリーブのトップスに、ゆるく巻いたセミロングのヘアスタイル。その装いを見れば、結衣が若かりし頃、まさに典型的な“愛され女子”だったことを容易に想像させた。

…しかし意外に、鋭い眼光をしている。結婚式の際、薄暗い照明の下で言葉を交わした時には気づかなかったが。

「急なメッセージでびっくりしましたよね?ごめんなさい、私、誰にでもこんな感じですぐに距離縮めちゃうタイプで」

無邪気に笑う結衣に、愛想笑いを返す。しかし彼女が次に続けた言葉を聞いた瞬間、私は思わず息を飲んだ。

「サークルの10周年パーティで廉と久しぶりに会って、美月さんのことを思い出したんです。

それですぐにFacebookで申請を送ったんだけど…美月さん、全然見てないんですね(笑)。なかなか承認されないから、嫌われてるのかと思っちゃった」


結衣と美月が東京で密会。そして結衣は、さらに余計なことを美月に教える


-サークルの、10周年パーティー?

そんな話は、廉から一言も聞いていない。

「嫌うわけ、ないじゃないですか」

結衣に悟られぬよう必死で平静を装うが、心臓がバクバクと音を立てる。

-やっぱり前回の帰国で、廉は相沢里奈と会っていたのだ。

東京から戻って来た夜、私を抱き寄せた廉の手。頬を埋めた胸、重ねた唇。それから…。

廉はあの日、相沢里奈を抱いた後の汚れた手で、私に触れたのか。

グレーのまま必死で押し殺した疑いが、限りなく黒に近づいて再び私に迫る。それは吐き気を催すほどの不快感で、私は言葉を発することができなかった。

しかし結衣は変わらずにこにこと無邪気な笑顔を浮かべたまま、私の顔を覗き込む。

「じゃあ…今回の宿泊はもしかしてリッツ?廉、宿泊券もらってたもんね。羨ましいなぁ♡」

-リッツ?宿泊券…?

そこまで考えて、私は思わず「あ」と小さく声をあげた。

点と点がようやく線を結び、すべてが白日の元に晒されたのだ。

-明日、金曜の夜。廉はあの女とリッツで密会する-

その考えはもはや想像ではなく、間違いのない事実だと思った。




「…美月さん、どうかした?大丈夫?」

結衣の声でハッと我に返った私は、慌てて作り笑顔を浮かべる。

気づけばぎゅっと唇を噛んでいたところを結衣に見られていなければいいが…。祈るような思いでアイスラテを口に運ぶと、誤魔化すようにそっと下を向いた。

しかしどうにも視線を感じ、顔を上げる。すると結衣は憐れみとも、同情ともとれる複雑な表情でこちらを見つめているのだった。

「美月さん。何か困ったことがあったら私に相談してね。私、廉には…美月さんと廉には、絶対に幸せになってもらいたいのよ」


廉と里奈の密会場所を特定した美月がとった行動とは?本妻の反撃が今、始まる


反撃、開始


“実家で、至れり尽くせりしてもらってます