東京の至るところで目撃される、婚活モンスター。

他をも圧倒するほどのこだわり。

時としてそれは、人をモンスターに仕立て上げる。

結婚へのこだわりが強いばかりに、モンスターと化してしまう、婚活中の女たち。

あなたのまわりにも、こんなモンスターがいないだろうか…?

前回は、結婚を急ぐあまり、ただのお節介女になっているモンスターを紹介した。さて、今週は?




「由希奈、婚約おめでとう!」
「ありがとう!」

銀座の中華料理店『黒猫夜』で、由希奈は同期の仲間たちと笑顔で乾杯をする。

今日は、つい最近婚約をした由希奈を祝うため、外資系製薬会社の同期で特に仲の良い数名が、一堂に会していた。

「由希奈もついに、婚約かあ。これで、このグループは全員結婚したことになるよね」

由希奈は今年30歳になる。新卒の頃からよく集まっている同期たちは皆結婚が早く、入社5年目を過ぎた頃には由希奈以外ほとんどが結婚していた。

お祝いの言葉がポンポンと出てくる中で、誰かが思い出したようにポツリと言った。

「そういえば、美久ってまだ結婚してないよね?誰か、今でも美久と連絡取ってる?」

由希奈は、美久の屈託のない笑顔を思い出す。

美久もかつてはこのグループの一人であったが、もともとお嬢様気質だった彼女は、激務に耐えられないと言って入社2年目で退職してしまった。その後、何社かを転々としたがどこも続かず、今では実家のある静岡に戻って父親の会社を手伝っているそうだ。

美久がまだ東京にいた頃はよく会って飲んでいたが、彼女が静岡に帰ってからは由希奈もLINEで時々連絡を取り合う程度で、もう長いこと会っていない。

すると同期の一人が口を挟む。

「私、美久とは3ヶ月前くらいに会ったよー。なんか、たまたま東京来るからって連絡あって。でも…」

そこまで言いかけて、彼女は突然表情を曇らせる。

「美久が独身で長い間彼氏もいない理由、なんかわかった気がしたんだ…。私ね、あの子、ちょっと怖いかも…」

同期たちは顔を見合わせ、「怖いって、どういうこと?」と尋ねる。そして彼女が口を開こうとしたそのとき、遅れてやってきたメンバーが現れた。

「みんな、遅くなってごめんね!」
「久しぶり!待ってたよー!」

こうして美久の話は中断となり、由希奈も続きが気になったものの、それ以降この件を思い出すことはなかった。

しかし、飲み会から数週間後。静岡にいる美久から、由希奈の元に一本のLINEが入ったのである。


美久が独身の理由が、次第に明らかになる…!


-由希奈、久しぶり♡元気かな?実は、来月あたり仕事で東京に行く用事があるんだけど、由希奈に会えたら嬉しいな!

-美久、久しぶり!私も会いたいな。来月のいつ、こっちに来る予定なの?夜、時間があるならごはん行きたいね!

美久からの久々の連絡に、由希奈も嬉しくなってすぐにLINEを返す。

-金曜に行くつもりだから、せっかくだし週末もそっちで過ごして、日曜に戻ろうと思ってるの。ごはん行けるよ!あ、それで、実は由希奈に折り入ってお願いがあるんだけど…!

そして美久は、できれば食事に行くついでに誰か独身男性を紹介してもらえないか、と言いだした。現在も絶賛婚活中だが、なかなか良い出会いがないのだと言う。

由希奈は、決して多くはない男友達の中から、まだ独身なのは誰だったかと必死で思い出してみる。しかし思い浮かぶのは、結婚はしていなくても彼女がいる友人ばかりだ。

困っていると、美久はこんなことを言ってきた。

-由希奈、前にさ、私にオススメの男友達がいるって言ってなかった?ほら、幼稚舎出身で親が有名企業の社長で、元ラグビー部で大手メーカー勤務の…。

-ああ!敬二のこと?
-そうそう!その人!

そういえばずっと前に、何かのきっかけで男友達・敬二の話を美久にしたことがあった。ただ、「美久にオススメ」とまで言った記憶はないのだが。

その話をしたのは確か、最後に由希奈が美久に会ったときで、2年くらい前だったと思う。

美久の記憶力に驚きつつも、小柄でかわいらしい彼女は敬二のタイプど真ん中かもしれないと気がついて、由希奈は嬉しくなった。

大学時代の友人である敬二とは、互いに家が恵比寿だということもあって、他の友人も交えてしょっちゅう近所で飲んでいる。ちょうど来月も恵比寿で飲もうと約束したばかりだ。

それに、敬二もまだ独身で彼女募集中なのだ。そのことを美久に伝えると大喜びで、「ぜひセッティングお願いします♡」と返信がきた。




約束の日、由希奈と美久は恵比寿駅の交番前で待ち合わせをした。

「美久!元気だったー!?」
「由希奈!」

ひとしきり再会の喜びに浸ったあとで、店に向かいながら由希奈は尋ねる。

「そういえば、美久。こっちで仕事があるって言ってたけど、大丈夫だった?日程、この会に合わせて今日にしたけど大丈夫だったのかなってずっと気になってたの」

すると急に、美久は言葉を詰まらせる。

「ああ…えーっと…由希奈だからこの際正直に言っちゃうけど、実はもともと東京で仕事なんてなかったんだ」

「えっ?どういうこと?」

そして驚く由希奈に向かって、美久は言いにくそうに口を開いた。


美久の“婚活モンスター”ぷりを目の当たりにする由希奈。一体彼女はどんなモンスターなのか?


「今回、東京に来たのは、この会のためなの。静岡にいると出会いが全くなくて、実はちょくちょく、こっちにいる友達に頼んで食事会開いてもらってて。月1くらいで東京に来てるんだ」

「そうだったんだ…」

新幹線の往復交通費を考えると、なかなか高くつく食事会である。由希奈はさすがに驚いてしまったが、美久は笑顔で由希奈の肩を叩いた。

「だから今日だけじゃなくて、これからも食事会や紹介のためだったらいつでもこっちに来るから、遠慮なく声かけてね!」

「う、うん…」

そんな会話をしながら、敬二たちのいる『マディソン ニューヨークキッチン』に向かう。

到着前にすでに美久の勢いに引いていた由希奈だったが、会が始まってからはホッと胸をなでおろした。美久は敬二を見るなり、目がハートマークに変わっていたのだ。すっかりおしゃべりに夢中である。

それに敬二も彼女を気に入ったようで、「好きなタイプは?」とか「どれくらい彼氏いないの?」とか、前のめりで美久に質問をしている。

ーこの二人、うまくいくかもしれないな…。

そんなことをぼんやり考えながら、由希奈も他の友人との会話を楽しんでいた。ところが会の後半で、敬二が驚きの発言を口にしたのだ。

「そうそう、今日は皆に発表があって。実は俺、少し前に海外駐在が決まって、イギリスに行くことになったんだ」

その瞬間その場が、いや、美久が凍りついたのを感じて、由希奈は思わず目を泳がせたのだった。




3ヶ月後-。

由希奈は、LINE電話の着信に気がついてスマホを手に取った。相手は、敬二である。

「…敬二?イギリスから??どうしたのかしら」

電話に出ると、受話器の向こうから敬二の悲痛な声が響いた。

「もしもし、由希奈?お前の友達の美久ちゃん、ちょっとヤバいかも。俺、怖いよ…!!」

「敬二、どうしたのよ。落ち着いて!」

なだめながら話を聞いてみると、なんと美久が今イギリスに来ているという。しかも、敬二に会うためにはるばるやってきたというのだ。

「ちょっと待って、敬二と美久っていつのまに付き合ってたの?」

驚いた由希奈が尋ねると、敬二は泣きそうな声で答えた。

「付き合ってねーよ!確かにあの飲み会のあと、何度もLINEのやりとりしてちょっといい雰囲気の会話は続いてたけど、俺もイギリス行きが決まってたからそれ以上は何もないし…。イギリスに来る機会があったら連絡してね、って軽く言ったけど、まさか本気にするとは思わなくて…」

どうやら美久は、敬二に会うためだけに、強引にイギリスまで一人で押しかけたようだ。

「少し前にヒースローからいきなり連絡あって、今、空港からこっちに向かってるみたいで…。女の子一人で行くあてもないっていうから、俺も無下にはできなくて…」

美久は、「日本の味に飢えてるだろうから着いたら和食作って食べさせてあげる♡」「大量の出汁パック買ってきたよ♡」などとまくし立て、敬二の住所を強引に聞き出したようだ。

由希奈はスマホを片手に返す言葉が見つからない。

そのとき同期の友人が言っていた言葉が頭に中に蘇った。

-美久が独身で長い間彼氏もいない理由、なんかわかった気がしたんだ。あの子、ちょっと怖いかも…。

美久は、婚活に必死になるあまり、どこまでも追いかけていく“押しかけモンスター”へと化してしまったのである。これでは男達から怖がられ、敬遠されてしまうのも納得だ。

あまりのフットワークの良さに脱帽しつつも、由希奈は敬二の無事を祈ることしかできなかった。

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