人は一面ではない。『生きる力 83歳車いすからのメッセージ』を読んで気づいたこと
50代から100歳以上の著者の本から人生後半のA to Zを考えてみる本連載「50 to 100」。
15冊目に紹介するのは、作家の志茂田景樹さんの著書『生きる力 83歳車いすからのメッセージ』(エムディエヌコーポレーション)です。
作家の南綾子さんは本書について「まるで会うたびに違う話をする謎のおじさんみたいな本だ」と感想を述べます。その理由とは--?
「いいとも!」でキョンキョンを歌う姿に呆然
志茂田景樹さんといえば、やはりわたしにとっては「笑っていいとも!」の印象が強い。とくに強烈に心に残っているのは、いつだかの年末特番のものまね歌合戦のコーナー*で、志茂田さんが小泉今日子の『なんてたってアイドル』を熱唱していたことだ。「なんかすごいもの見てるな、今……」と呆然とするような気持ちでブラウン管を眺めていたことを覚えている。
*1992年の「笑っていいとも!年忘れ特大号」
当時、小学校の高学年だったわたしにとって、志茂田さんはあるときから突然テレビで見かけるようになった謎&奇妙なおじさんだった。髪を染めて派手な衣装を着て、自由奔放な言動をして、タモリをはじめとするテレビタレントにいじられていた。わたしは子供ながらに、この人は誰かに失礼なことを言われてもあんまり怒ったり慌てたりせず、自分の言いたいことややりたいことを常に貫いているんだなあ、すごいなあ、とうすぼんやりと思っていた。
1940年生まれの志茂田さんは中央大学を卒業後、さまざまな職を転々とし、作家デビューを果たしたのは36歳のとき。40歳で直木賞受賞。テレビのバラエティ番組やCMにたくさん出はじめたのは、50歳前後頃のことのようだ。79歳とき、持病だった関節リウマチを転倒事故で悪化させ、現在は車いすユーザー、要介護4だという。
最近の志茂田さんはSNSでの人生相談が人気で、本書も悩める人々に向けたたくさんのメッセージが記されている。この「50to100」ではさまざまな書籍をとりあげてきたが、その中でテレビなどのメディアで活躍する有名人・芸能人の著者は三名。堀井美香さん、中尾ミエさん、研ナオコさん。本書と同様、この三名の著書もメッセージ性のあるエッセイ本だった。ただ、本書と三冊が大きく違うのは、”情緒”の安定具合だとわたしは思った。
まるで会うたびに違う話をする謎のおじさんみたいな本
堀井さん、中尾さん、研さんの著書はすべて情緒のトーンが、ある一定のレベルで安定している。堀井さんの本は元気なときもあれば落ち込むときもある50歳のどこにでもいそうな(実際堀井さんみたいな人は全然いないのだが)女性の日常を書き、中尾さんの本は70代なっても常にパワフル、やる気と希望に満ちたベテラン芸能人の生き生きとした日々が綴られ、研さんの本は最初から終わりまで飾り気のないすっぴんトーク全開。ところが志茂田さんの本は気分の上下がやたら激しいのだ。
今が最高だ、今が大事だ。(中略)みんな、今だぞ。
と読者にエネルギッシュに発破をかけてきたかと思ったら、
行きたいです。
この辛さが消えるのなら。
この苦しさがなくなるのなら。
この世のすべてに劣っていても
その世界に行きたいです。
という、なんだか不穏な雰囲気の散文詩が突然出てくる(病状の悪化を招いた時期の心境を振りかえり書かれたものらしい)。
かと思えば、作家になる前、職を転々としていた頃の、誰かが誰かにだまされたとか誰かが誰かをうまく嵌(は)めて出世したとかいった、おもしろくて興味深い人間模様、思い出話が語られたりする。
まるで会うたびに違う話をする謎のおじさんみたいな本だ、と読みながら思った。そのおじさんはたとえば、近所の喫茶店や飲み屋に毎日いて、二カ月前に会ったときは、怒りに満ち満ちた様子で政権批判を一人延々としていたのに、その一か月後には「金がないから死にたい」と落ち込んでいて、そして今日会ったら妙にご機嫌で「若いんだからもっと遊べ!」と励ましてきた、みたいな感じの謎めいた人物だ。
人間にはいろんな面がある
どれも本当のその人だけれど、どれか一つには絞れない。人間にはいろんな面があって、それをいつだって自由に表現していいのだ。とはいえ、メディアで活躍する有名人・芸能人というのは、イメージも大事だから、その著書もそのイメージで統一されたものになるのは当然だ。例えば、堀井美香さんのファンは堀井さん著書のあの軽やかで素直でカラッとした、まさに本人のイメージにぴったりの文章の合間に、不穏な散文詩が挟まれていたらザワつくだろう。
そういう意味では本書も実は志茂田さんのパブリックイメージを反映しているのかもしれない。
髪も洋服もカラフルに彩り、何者なのか誰にも正体をつかませない男。83歳になり、車いすユーザーでもある志茂田さんは、一人ではどこへもいけない。コロナ禍の間は年に六回しか外出しなかったそうだ。でも、彼は「笑っていいとも!」に出演していた頃から変わらず、とらえどころのない謎人間のまま。
SNS全盛時代の今、芸能人でなくても大抵の人は自分を表現するツールを一つは持っている。つまり見知らぬ他者の視線を常に意識させられているということだ。普段と違うことをやってみようと思いたっても「でも、見た人になんて言われるかわからない」「らしくないって思われたらいやだな」とためらってしまう。そんな人も多いかもしれない。でも人間なんて他人からみればみんな謎なのだ。
だから、自分のイメージやそれを受け取る他者の反応なんか気にせず、自分自身のことは自由に表現したほうがいい。それが誰かの期待を裏切ることになっても。自由に生きる、とはそういうことかもしれない。本書を読んで、そんなことを志茂田さんから教えられた気がする。
(南 綾子)
【連載終了のお知らせ】
いつもウートピをご愛読くださり、ありがとうございます。「50 to 100」は、今回が最終回となります。これまで、ご愛読・応援誠にありがとうございました。(ウートピ編集部)