楽しかったはずの夏休みが…子供たちの“危険すぎる”遊び【イノセンツ】
後味が悪く、救いのない、バッドエンドの映画を「鬱映画」と呼びます。
しかし、ただ絶望を描いただけの映画に惹きつけられる人はいません。人が惹きつけられるのはジャンルを問わず「美」であり、絶望の中でしか見ることのできない「美」を携えた鬱映画のことを私は「鬱くしい映画」と呼んでいます。
夏にはサマーソングを聴くように、クリスマスにはクリスマスソングを聴くように、鬱屈とした気分になってしまったときにはこの鬱映画を観賞することをおすすめします。
きっとその「鬱くしさ」に胸を打たれることでしょう。
今回は7月末に公開されたばかりの映画『イノセンツ』(エスキル・フォクト監督)をご紹介します。
本作に触れる前に、天地逆転したシンメトリーのブランコに乗るビジュアルポスターがめちゃめちゃカッコイイです。
これだけでもアートとして完成されていて、いやが応でも期待が高まってしまいます。
本作は大友克洋先生の『童夢』にインスパイアされた作品として有名ですが、オマージュでもなければリメイクでもない純度100パーセントのエスキル・フォクト監督の作品になりますので、童夢を期待すると肩透かしを食らってしまうので、そこだけは注意して鑑賞してください。
(C)Mer Film
『イノセンツ』あらすじ
緑豊かな郊外の団地に引っ越してきた9歳の少女イーダ(ラーケル・レノーラ・フレットゥム)、自閉症で口のきけない姉のアナ(アルヴァ・ブリンスモ・ラームスタ)が、同じ団地に暮らすベン(サム・アシュラフ)、アイシャ(ミナ・ヤスミン・ブレムセット・アシェイム)と親しくなる。
ベンは手で触れることなく小さな物体を動かせる念動力、アイシャは互いに離れていてもアナと感情、思考を共有できる不思議な能力を秘めていた。
夏休み中の4人は大人の目が届かないところで、魔法のようなサイキックパワーの強度を高めていく。しかし、遊びだった時間は次第にエスカレートし、取り返しのつかない狂気となり“衝撃の夏休み”に姿を変えていく--。
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子供たちの超能力の秘密は…
いわゆるサイキックバトルものなのですが、ハリウッド映画のようなCGを駆使したド派手な演出ではなく、北欧映画特有の美しい色彩と静かな展開に、湿度を加えた鬱屈としたプロットに仕上がっています。
まず注目してほしいのが、イーダとアナ、そしてベンとアイシャの家庭環境。
イーダは自閉症のアナに両親を独り占めされていることを疎ましく思い、アナは自閉症というハンディキャップを背負い、妹のイーダから嫌がらせを受けている。
アイシャは母親に愛されてはいるものの父親はいないらしく、加えて母親は少しメンヘラ気味。
ベンも母親の女手一つで育てられてはいるがどうも虐待されているもよう、加えて同世代の男子たちにいじめられている。
それぞれが事情や問題を抱える家庭環境で育っていて、それぞれが社会的な弱者であるということ。
子供というだけで社会的に弱者に分類されるのですが、その子供の中にも子供なりの格差があって、主人公の4人は下位に位置していると言えるでしょう。
そして弱者であればあるほど、超能力は強力になっていくような作りになっているのですが、その超能力は子供の欲求を反映した能力になっているように思えます。
最も過酷な家庭環境であるベンは、虐げられてきた分だけ支配欲求が肥大してしまい、物や人を自在に動かすことに能力を使っている。
アイシャは母親の気持ちを知りたいばかりに、人の心を読み取ることに能力を使っている。
アナは自閉症ゆえに、誰かと意思疎通を図りたいという欲求をもとに能力を使っている。
そしてイーダは……といった感じで、それぞれの欲求が能力にリンクしているように思えて仕方がありません。
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『イノセンツ』の楽しみ方は…
あまりご丁寧に説明してくれるタイプの作品ではないので、そこら辺の心理を洞察しながら鑑賞するのも面白いのかもしれません。
「弱者ほど能力が強くなる」という方程式が当たっていれば、この作品のラストは完全なる鬱エンドになりますよね。
ハッピーエンドのようでいて、深く読み解くとどうにもやるせない気持ちになってしまう。単なる勧善懲悪胸スカ映画ではない、鬱映画と言ってもいいのかもしれません。
かといってあまり深く考えなくても雰囲気だけで十分楽しめる映画なので、そこら辺はおのおのの自由なスタイルで鑑賞しても問題はないですよ。
ただし、愛猫家の人にとってショッキングなシーンがあるので、そこだけは注意して鑑賞してくださいね。
(C)Mer Film
■映画情報
作品名:『イノセンツ』
公開表記:7月28日(金)新宿ピカデリー他全国公開
コピーライト:(C)2021 MER FILM, ZENTROPA SWEDEN, SNOWGLOBE, BUFO, LOGICAL PICTURES