「ili」を開発するログバーの吉田卓郎社長

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外国語が苦手な人にとって、海外旅行でのコミュニケーションは大きな壁だ。「この場所に行きたいのですが」「この商品をください」、日本語ではなんてことのない会話につまづいてしまう。

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そんな外国語での日常会話に特化した翻訳デバイス「ili」(イリー)が注目を集めている。2017年12月6日(水)に先行発売された2018台は1時間で完売。2018年2月28日(水)まで開催される表参道のポップアップストアにも連日多くの人が訪れている。

「ili」はスティック状の端末に日本語で話しかけると、約1秒ほどで設定した言語の翻訳音声が再生されるというもの。オフラインで使え、かつ日本語から外国語へ翻訳する一方向翻訳なのが特徴だ。

スマートフォンのアプリでは双方向翻訳が当たり前の時代に、思い切ったシンプルさで勝負した理由はなんなのか。「ili」を開発するログバーの吉田卓郎社長に開発の経緯を聞いた。

――まずはiliをまだ知らない人に向けて、改めて製品の概要をお話しいただければと思います。

「iliは海外旅行に特化した翻訳ツールで、ネット接続が必要なく、いつでもどこでも英語・中国語・韓国語に翻訳できるのが特徴になります」

――双方向翻訳ではなく一方向翻訳にしたのはどういった経緯があったのでしょうか。

「iliの開発中、中国や韓国に自分で試作品を持っていって実験をしました。そこで出会う人はほとんど100%他人なのですが、赤の他人に『Excuse me.』と声をかけた時、みんながみんな対応してくれるわけじゃなかったんですね。

相手も忙しいし、使い方もたとえば中国語では説明できない。ili自体の使い方はシンプルですが、とは言えどうしても1、2分は説明する必要がある。まったくの他人から知らないものを渡されても、ほとんどの場合相手側が使えない。それを何回か経験すると、こちらが『もういいや』と億劫になって使わなくなってしまう。

その経験から、双方向でコミュニケーションを取ろうとせず、まず自分の伝えたいことを伝えようとすることで、逆に商品としての価値を作れるかなと考えました」

――日本語でも、使い方を教えるのは意外と大変ですからね。海外で使い方を説明する必要というのは盲点でした。

「それが外国語で説明できるなら逆に要らないんじゃないかとなりますね(笑)」

――開発中のハードルはありましたか。

「一番最初の壁は本体が大きくなってしまうことでしたね。iliはハードウェアなので、CPUやメモリ、各種パーツを組み合わせて作るのですが、様々な機能を追加することでどんどん肥大化してしまって。そこが量産までのハードルになりました」

――それが実際の製品は42gという軽量の端末となりました。本当に必要最小限で、音量調整機能もないという。

「音量調整機能がほしい、翻訳音声を自分の好きな声に変えたいといったいろいろな要望はいただいていて。これらの機能についてはこちらも気付いてはいたんです。ただ、まだ翻訳機を使うという文化がない中で、色々な機能があると邪魔になるかなと思い機能を削ぎました。

そうした結果、40代から60代の年齢層の方が多く買われているんですね。購入された方からのレビューでも「ボタンを押すだけ。シンプルでいいね!」といった声をいただきます。もちろん使いこなしてくると色々な機能がほしくなってくるのですが、まず“翻訳機”を使うという最初の一歩を踏み出すきっかけになるよう、とにかくシンプルな作りにしました」

――こういったガジェットは若年層が興味を持つイメージがあったので、40代以上の方が多く購入されているというのは意外でした。

「僕もアーリーアダプターは20代から30代のガジェット好きかなと思っていたのでびっくりしました。もちろんそういった層も購入されているんですが、今圧倒的に多いのは、年間に何回も旅行に出るような方だったり、『海外旅行に不慣れで不安があるので』といった方。旅にフォーカスした層が最初から食いついてくれたなという印象があります」

――草なぎ剛さんとの発売記念動画も幅広い層にリーチした一因かと思います。イメージキャラクターに草なぎさんを起用した理由はなんだったのでしょうか。

「2017年がログバーにとって開発の年で、2018年に向けてiliを世界に広げていこうという時期でした。ちょうど草なぎさんも新たなステージに進むタイミングで、さらに韓国をはじめとして海外志向というイメージもあって。また、iliをどんな人たちに持ってもらいたいかと考えた時、草なぎさんの世代もどんぴしゃだな、と。そういったことを含めて、草なぎさんとiliで何かできないかなと思いました」

――草なぎさんが浅草でiliを実際に使用する動画配信も驚きでした。

「どうしても商品発表って機能にフォーカスされがちなんです。ただ、僕たちがiliを通して達成したい事は、実際に海外旅行を楽しんでもらうこと。機能よりも海外での体験を伝えたいという思いがあったので、ああいった形で紹介できたのはよかったなと思っています」

――ポップアップストアもオープンしましたが、反響は。

「思っていたよりも多くの方に来ていただいたなと思います。iliを知ってもらうための体験スペースとしてポップアップストアを出したいという思いがあったんですけど、体験する前から購入を決めていた方が想定以上にいらっしゃって。九州などの遠方からのお客様もいて、(海外旅行で)困っている人たちはここまで来てくれるんだと。すごく嬉しかったですね」

――体験スペースということで、旅先でのハプニングを体験できる「パニックボックス」も設置されていますね。

「日本は他国に比べて海外旅行に行かれる方が少ないので、iliの一方向翻訳やオフライン端末という特色に疑問を持つ方もいると思うんです。実際に海外旅行を体験してみると腑に落ちる部分も多いと思うのですが、皆さんに海外に行ってくださいとはなかなか言えない。そこで、海外旅行で直面する“なにもできない絶望感”をパニックボックスで体験してもらえれば、一言でもいいから伝えたいという欲望がわいてくるかなと(笑)」

――iliの今後の展開をお聞かせください。

「販売面では、オンラインでiliの一般販売がスタートしたほか、関東や関西を中心にiliを実際に体験してかつ購入できるスペースを続々増やしていく予定です。使ってみてからではないと不安という方のために、iliのコンセプトを理解している方々がちゃんと説明できるという展開をしていきたいなと。

機能面では、ソフトウェアのアップデートで翻訳精度や各種機能を向上していきます。言語については、現在はタイ語翻訳の開発を進めています」

――iliを体験されたことのない方へメッセージがあれば。

「僕はiliを開発した時に、自分の親が使えるかを常に意識していました。僕の親は70代で海外旅行に行ったことがないので、ちょっとでも複雑になったら使えないだろうと。僕自身はよく海外に行くのでそういった気持ちではなく、親世代の視点で作っていきました。その結果、すごくシンプルで子どもにも使えるというものが生まれました。

『iliがあるから海外旅行に行こうと思いました』と言ってもらうにはまだ早いですが、『iliを持っていてよかったな』と安堵のため息ができるような場面は結構あるのではないかと。iliを持って海外旅行にいけばきっと楽しい体験ができると思っているので、まずは試してもらえればいいなと思います」(東京ウォーカー(全国版)・国分洋平)