― 【ご報告】―

SNSやメールでたびたび見るこの言葉に、心がざわついた経験はないだろうか?

人生において、新たなステージに入った【ご報告】をする人。

受ける側は【ご報告】されることによって、相手との関係性を見直したり、自らの人生や現在地を振り返ることになるだろう。

この文字を目にした人は、誰もが違う明日を迎える。

これは【ご報告】からはじまるストーリー。

▶前回:同期入社の男女が過ごした一度きりの熱い夜。いまだ友人同士ふたりが数年後に再び……




Vol.2 <ご報告:結婚しました>


「うーん、どれもイマイチ……」

結婚を控える秋山陽菜がしかめっ面で眺めるのは、何百枚もの前撮り写真。

半年後の挙式を前に、SNSに『ご報告』として掲載する写真を選別しているのだ。

「僕は、どれでもいいと思うけどなぁ」

豊洲に購入したばかりのマンション。広めのリビングの真ん中に置いたソファの上で大きな腹を掻きながら、恋人の茂男はあくびをしながら答えた。

「あなたは良くても、私はダメなの。一生に一度の晴れ姿なんだから」

既に一緒に暮らしている茂男は、陽菜の8歳年上。

でっぷりとしたお腹とつぶらな瞳がチャームポイントの、大手証券会社に勤める36歳だ。

一見したら普通のオジサン。初対面では、40代半ばだと陽菜が勘違いしたほどだ。

出会いは、大手IT企業に勤める陽菜が先輩上司に連れて行かれた食事会だった。

― まさか、こんなことになるとは思っていなかったな。

恋愛に発展するとは一切考えていなかった気楽さもあって、茂男とは大学の同級生だという先輩を介して何度か会ううち、見た目通りの優しい立ち振る舞いにどんどん心惹かれていった。

何よりも彼といると居心地がよかったのだ。

少し年上ということもあり、大人の包容力も申し分ない相手。

― 欠点は、ひとつだけ…にしては大きすぎるのよ。

陽菜からみれば、茂男のルックスはカバのようでとても可愛らしい。

だが、それはチャームポイントであると同時に、大きなウィークポイントでもあった。

― 彼と並んで、『結婚のご報告』、するのかぁ……。


奇しくも友人や同僚たちの間では結婚ラッシュが続く。

周囲の同年代の友人は、誰もが素敵なパートナーと笑顔で並び、その幸せを報告していた。

次は自分の番……胸を弾ませ準備をしだしたとき、彼の姿を改めて見てハッとしたのだ。

― みんな、彼を見てなんて言うだろうか。




いつの間にか茂男はいびきをかいて寝ている。

ここ最近、仕事が立て込んで忙しかったのだろう。陽菜は彼にタオルケットをかけながら、ため息をついた。

「そうだ…」



「え、パーソナルトレーニング?」

「うん。私だって式のためにエステに通うんだから、あなたもすべきでしょ」

結果を保証するという謳い文句のパーソナルトレーニングジムの広告を提示しながら、陽菜は茂男に提案した。

「そんな時間ないよ」

「あるでしょ。趣味の時間をちょっと減らせば」

「うーん…」

口ごもり、茂男の心は全く動いていない様子だ。しかし、陽菜は続けた。

「せっかくの結婚式。あなたも最高の姿でいてほしいの。友達の誰にも自慢できる夫であってほしいから…」

何を隠そう陽菜は、幼いころから面食いだった。

初恋の人はジョシュ・ハートネット。ジャニーズや舞台俳優にも目がなく、歴代の彼氏もルックスを基準に選んでいた。

素敵な男性に選ばれるようにと美を磨いていると、自然と周りにも今どきの容姿が整った女友達ばかりが集まった。

そんな仲間たちが結婚の適齢期を迎え、SNSで運命の相手として紹介するのは、やはり見栄えが良くて容姿や雰囲気がキラキラしている男性ばかり。白Tシャツで並んだ姿は、誰もがサマになっている。

― 白Tシャツ…。茂男が着たら、肌着にしか見えないのよね。

自分の前にいつか現れるのは、ハンサムな王子様だと思っていた。

しかし実際に現れたのは、頭髪も微妙に寂しくなってきた、いわばハン分サムいオジサンだ。(彼の影響でダジャレも言うようになってしまった)

陽菜のイケメン好きは周りでも有名で、期待値も高い。

もし友人たちが彼を見たら、ひきつりながら「優しそうな人」と、無難な評価で口をそろえることは予想できている。

ルッキズムが否定されつつあるこの時代。

自分がこんな気持ちを持つのは後ろめたい思いがある。

だけど、長く染みついた美意識や自分のプライドに、どうしたって嘘をつくことはできないのだ。

「……わかったよ」

茂男は渋々、陽菜が提示するチラシを受け取った。

「あと、これも!」

勢いづいた陽菜は、美容クリニックと男性向けファッション雑誌も差し出した。

「私も協力するから、一緒に頑張ろう」

「う…うん」

茂男は相変わらず気乗りのしない様子だったが、その日から過酷な日々がはじまった。




「美味しいね、このお野菜。そのままでも甘味が感じられる」

「そうだね…」

挙式までに何とかしようと、茂男改造大作戦を始めて1ヶ月ほど。

陽菜はデート先でさえも気をつかい、今日は野菜中心のメニューが豊富な『WE ARE THE FARM EBISU』を訪れている。

家でも当然、栄養を考えたダイエット食だ。

やる気を高めるためにも、茂男のプライベートの洋服一式は、ワンサイズ下のスタイリッシュな陽菜セレクトのものに買いかえた。

いまだにニキビの痕が残る彼の肌は美容皮膚科でダーマペンを処置してもらい、加えてところどころ乱暴に生えている体毛の処理もはじめている。

禁煙もしてもらった。

一日一箱以上吸うヘビースモーカーの彼だったが、喫煙は美容の敵であるということを切々と訴えたところ、渋々それを受け入れてくれた。

というより、少し匂いがするだけで陽菜の説教がはじまることに、彼自身がうんざりしただけとも言えるが…。

― よしよし、順調順調。

陽菜は目の前で、有機野菜を静かにゆっくりと咀嚼する茂男を見つめる。

心なしかスマートになり、目鼻立ちもシュッとしてきたような気がする。

ゆっくりではあるが肌も綺麗になってきて、雰囲気もだいぶあか抜けてきた。

そして気がつけば、挙式・披露宴が行われる日は目前に迫ってきていた。


<ご報告:結婚しました>

挙式の1週間前。

陽菜はやっと知人たちに、自分の愛する人をInstagramで紹介することができた。

投稿制限いっぱいにアップロードされた写真には、シンプルな部屋着で見つめ合っている姿や、やりなおした前撮りで、和装やドレスとタキシードに身を包んだふたりが写っている。

以前撮影した何百枚の写真と比べて違うのは、茂男が15キロ痩せ、筋肉もつき、肌もツヤツヤになっていること。

髪型もサッカー選手のようなソフトなスポーツ刈りで、今風のオシャレな雰囲気。

ほおがこけている部分はヒゲでごまかす。それも、ダンディさを醸し出していた。




「おめでとう!素敵な旦那さん」
「陽菜が紹介してくれなかったのは、こんなカッコイイ人だったからなのね」
「お似合いのカップル♪」

コメント欄には、祝福の言葉と茂男の容姿への賛辞が溢れている。

― よかった…。反応も上々で。

陽菜もホッと胸をなでおろし、夕食後のリビングルームで上機嫌でコメント返しにいそしんだ。

「……」

そんな陽菜を、背後からじっと見つめる視線があった。

「茂男さん?」

痩せて少々くぼんだ、彼のその瞳。シャープになったフェイスラインは、まるで別人のようだ。

「これで、気は済んだ?」

嘆きをはらんだその表情は、疲労の色も見え隠れしている。

― あ…。

力ない彼の瞳の奥の自分を見た時、陽菜はサッと我に返った。

『周囲に素敵だと思われたい』──それは結局のところ、全て自分のワガママ。

プライベートも仕事の時間も犠牲にして、茂男は陽菜のエゴに付き合ってくれた。

逆だったらどうだっただろう。言われた時点で幻滅していたはずだ。

茂男は今、静かに冷たい瞳で陽菜を見つめている。

愛想をつかされてもおかしくない……覚悟した陽菜の手は震えていた。

しかし、茂男の口から出たのは──。




「よかった。喜んでもらえて。本当にありがとう」

痩せたことで深くなった顔のしわを、さらにくっきりと深めながら、茂男は満面の笑みで陽菜を抱き寄せた。

「ごめんなさい。無理させちゃったよね」

「いいんだよ。陽菜が喜んでくれたから。それに君も大変だったよね。料理に、僕の健康管理や、服もいつも決めてくれたし」

不摂生な生活が改善され、自分自身も理想の自分になれたと彼は喜んでいる。

「何よりも、陽菜が喜んでくれることや、やっと友達にも紹介してくれたことが嬉しいよ。反応はどう?」

「みんな、素敵だって言っているよ」

「やったー」

その無邪気な笑顔に、陽菜の胸は高鳴った。

― 私、なんでこんなことに今まで気づかなかったんだろう。

そもそも、面食いの自分が今までの価値観を捨ててまで選んだ相手なのだ。他人の美の基準に合わせる意味などないはず。

陽菜は茂男をぎゅっと抱きしめる。

「ねえ、茂男さん」

「なに?」

「今日は茂男さんの大好きな焼肉食べに行こっか?」

「本当に!?やったー!」

喜ぶ茂男を、陽菜はもう一度強く抱きしめる。

― もう迷わない。茂男さんがどんな見た目でも、この人を選んでよかった。

大好きな焼肉を幸せそうに食べる茂男は、本当に愛らしい笑顔をしている。

陽菜は近々仲の良い友人に、このままの茂男を紹介して、改めて結婚報告をしようと思うのだった。

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