当たり前のことだけれど、ふとしたことで自分を取り巻く環境や先入観、家族への思いなど、目に見えない「何か」に縛られ、気づけば身動きがとれなくなってしまうことも……。

そんなときに見たい、フランス、韓国、香港、モンゴルから届いた映画4本をご紹介します。

ままならないこともあるけれど…『それでも私は生きていく』

主人公のサンドラ(レア・セドゥ)は、5年前に夫を亡くし、パリで通訳の仕事をしながら8歳の娘を育てるシングルマザー。そのうえ、アルツハイマー病由来の疾患の父もいて、ほとんどの時間を仕事とWケアに費やしている。そんな彼女がある日、旧友のクレマン(メルビル・プポー)と再会。久しぶりの恋に胸をときめかせるが……。

フランスを代表する女性監督の1人、ミア・ハンセン=ラヴ監督が、自身の父親の病気からインスピレーションを得て撮ったという同作品。親の老いに向き合い、死に向かう姿を目の当たりにすることで、自分のこの先の人生に思いをはせるサンドラ。ままならないことは多いけれど、それでも人生は続いていく。今の自分の人生や自分の意思を大切にすることの意味を見つめ直させてくれる作品。主演レア・セドゥのナチュラルな美しさがまぶしい。

『それでも私は生きていく』全国順次公開中
配給:アンプラグド  R15+
公式サイト:unpfilm.com/soredemo

母と娘の共依存関係『同じ下着を着るふたりの女』

主人公は団地で同居する娘イジョン(イム・ジホ)と母スギョン(ヤン・マルボク)。若くしてシングルマザーとなったスギョンは、これまで娘の卒業式にも出たことがなく、事あるごとに娘に手を上げて叱ってきた、いわゆる“毒親”。イジョンはそんな母に恨みを募らせているものの、30歳になろうとするのに、独り立ちする気配はない。ある日、スーパーの駐車場で2人はケンカになり、車を降りたイジョンをスギョンがはねてしまう。スギョンは車の不具合だと説明するが、イジョンは母を相手に裁判を起こし……。

強烈なタイトルが示唆するように、母と娘の共依存を真正面から描いた作品。娘のハードライフを描くにとどまらず、この映画はまだまだ女でいたかったのに、娘を育て、食べさせることを“強いられたと感じている”母の苦悩も多層的に描く。注目してほしいのは、イジョンの同僚ソヒ(チョン・ボラム)の存在。やはり問題のある家庭に育ったのにイジョンと違って自立しているソヒと、彼女に安らぎを覚えていくイジョンとの関係を描き込むことで、こうした題材では一方的にかわいそうな被害者として描かれがちな娘の人格により厚みを持たせ、一筋の希望の光を見せてくれる。

“毒親”はとてもパーソナルな家族の問題だと考えられがち。でも、これは本当に母と娘だけの問題なのか? 監督は、92年生まれの韓国の新鋭キム・セイン。これが長編デビュー作だが、普遍的で扱いが難しい母と娘というテーマに挑み、突き詰めて考え抜いたある種の頑固さに大器の片鱗を感じる。

『同じ下着を着るふたりの女』
全国順次公開中
配給:foggy
公式サイト:https://movie.foggycinema.com/onajishitagi/

自由って何?『私のプリンス・エドワード』

香港の太子(プリンス・エドワード)駅近くに位置し、ウエディング関係の準備がすべてそろうことで有名なショッピングモール「金都商場」。そこで働く主人公フォン(ステフィー・タン)は、同じく金都商場でウエディングフォトの専門店を経営する同棲中の恋人エドワード(ジュー・パクホン)からプロポーズされる。幸せな瞬間のはずなのに、フォンの心は晴れない。実は10年前、引っ越し資金をつくるために大陸の男性と偽装結婚した過去があり、その婚姻がまだ解消されていなかったのだ。焦ったフォンは離婚手続きを急ぐが、一方でこれから夫婦になるエドワードとの関係にも疑問を持ち始め……。

邦題の「プリンス・エドワード」には、彼女が社会に出てから働いてきたエリアの名前と、恋人のエドワードという二重の意味がある。実はこのエドワード、携帯の位置情報でフォンの居場所を常に確認しているような、かなり面倒な束縛男。自由を求めていたはずのフォンなのに、プリンス・エドワードからも、彼女の“プリンス”でいたがるエドワードからも逃れられず、いつも何かに縛られている。

結婚すれば幸せなのか? 自由を失うのか? でも、自由って何なのか? 自由でいて何がしたいのか? 彼女に変化をもたらすのは、音信不通だった“大陸の夫”。この男性が「香港のIDを取得して海外に行きたい」という夢を持っている人で、離婚手続きを進めるため彼と交流するうち、フォンの心境にも変化が生まれていく。随所に香港と中国の関係性の変化が垣間見えるところもおもしろい。

『私のプリンス・エドワード』(新世代香港映画特集2023)
新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
(C)2019 MY PRINCE EDWARD PRODUCTION LIMITED. All Rights Reserved.
配給:活弁シネマ倶楽部
https://enro.myprince.lespros.co.jp/watashinoprinceedward.html

大草原も馬も出てこないモンゴル映画『セールス・ガールの考現学』

大草原も馬も出てこない、モンゴルの首都・ウランバートルに暮らす若者の“今”を切り取ったモンゴル映画。監督・脚本・プロデューサーをセンゲドルジ・ジャンチブドルジが務める。

大学生のサロール(バヤルツェツェグ・バヤルジャルガル)は、親の勧めたとおり大学で原子力工学を専攻し、いずれ安定したお堅い勤め先に入ればいいと思っているような、ちょっとぼうっとした女の子(監督いわく、こういう若者が多いらしい)。それがひょんな理由からアダルトグッズ・ショップでアルバイトをすることになり、ゴージャスで謎めいたオーナーのカティア(エンフトール・オィドブジャムツ)と交流することで世界を広げていく。

人生の大先輩がメンターとなって、ヒロインが成長していく物語ではあるが、実はサロールが過去の栄光にとらわれたままのカティアに大きな影響を与えていく、世代を超えたシスターフッドの物語でもある。音楽がセンス良く軽やかで、随所にちりばめられたクスッと笑える演出も効いている。

『セールス・ガールの考現学』
全国順次公開中
(C)2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures
配給:ザジフィルムズ
公式サイト:http://www.zaziefilms.com/salesgirl/

新田理恵