人気に甘えない、欲しいのは圧倒的な実力。黒羽麻璃央、研ぎ澄まされた鋼の「覚悟」

黒羽麻璃央、25歳。職業、俳優。

若手俳優の登竜門として名高い第23回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストで準グランプリに輝き、芸能界デビュー。ミュージカル『刀剣乱舞』シリーズや舞台『黒子のバスケ』シリーズを筆頭に、数々の人気作品に出演。昨年末にはミュージカル『刀剣乱舞』で演じた三日月宗近役で『第69回NHK紅白歌合戦』にも出場した。

漫画やアニメを原作とした「2.5次元舞台」と呼ばれるジャンルの中で、黒羽の名を知らない人はいないと言われるほど、たしかな地位を築いている。

そんな黒羽が、ある場所を訪れた。

東京・日本青年館ホール――それは、数々の2.5次元舞台が上演されてきた「聖地」のひとつだ。中でも代表的なのが、ミュージカル『テニスの王子様』。黒羽自身も2012年に上演された「ミュージカル『テニスの王子様』青学(せいがく)vs比嘉(2ndシーズン)」で本格的な俳優デビューを飾った。

当時まだ19歳。お芝居のことなんて何もわからなかったという夢見る少年は、外苑前駅から日本青年館ホールへと続く一本道でどんなことを考えていたのだろう。

撮影/すずき大すけ 取材・文/横川良明
スタイリング/ホカリキュウ ヘアメイク/泉脇崇(Lomalia)
撮影協力/日本青年館ホール

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このままで大丈夫なのかなって、いつも不安だった

「不安とか、そういうものが多かったなっていうのがいちばんですね」
日本青年館ホールへと続くスタジアム通りを、きょうは久しぶりに駅から歩いてきたと言う黒羽に、当時の気持ちを聞いてみた。
「この日本青年館ホールでやった比嘉公演(ミュージカル『テニスの王子様(以下、テニミュ)』青学vs比嘉)が、僕にとって初めての本公演。できないことがあまりにも多くて、本当に俺はこのままで大丈夫なのかなって、いつも不安でした」

「公演期間が冬だったんですけど、スゴい寒くて。東北生まれだから寒さには強いと思ってたのに全然ダメ(笑)。東京の冬は寒いんだなって凍えそうになりながら、この道を通っていました」
『テニミュ』と言えば、城田優、加藤和樹、斎藤工、瀬戸康史、古川雄大、小関裕太、志尊淳らを輩出した人気作。そのメインキャストに抜擢されたのだから舞い上がってもおかしくはない。にもかかわらず、不安でいっぱいだったその心を読み解くには、彼の足取りを遡る必要がある。

壊れた肘、医師の宣告。閉ざされた野球の道

黒羽麻璃央は、1993年7月、宮城県仙台市で生まれた。子どもの頃に夢中だったのは、野球。ポジションはピッチャー。とにかく野球をしていることが楽しくて、毎日泥だらけになるまで練習に打ち込んだ。
しかし、挫折はある日突然訪れる。
「中学のとき、肘を壊しちゃったんです、それも試合中に。いきなり激痛がきて、全然力が入らない。投げたボールがキャッチャーまで届かなくて、途中でワンバウンドしたんですよ。そんなこと初めてで。もともと練習のしすぎで疲労骨折ばっかりしていたから。身体の限界がついに来た、っていう感じでした」
医師と相談しながら何とか続けられる道を模索した。だが、高校に入れば球は軟式から硬式に変わり、肘への負担もますます増加する。選手として野球を続けることは不可能――最後は、そう医師から宣告を受けた。
「でもなんか、意外とすんなり受け入れられたんですよね。痛みがひどくて、自分でももう無理だとわかっていたし。それで気持ちを切り替えて、高校ではやりたいことをやろうって決めました」

若手俳優の登竜門・ジュノンボーイへの挑戦

入学後は友人とバンドを組んだり、毎日のように馴染みのメンバーでつるんだり。ごく普通の高校生活を満喫した。
「野球の代わりに、何か夢中になって追いかけられるものが欲しいなと思って。そのときに浮かんだのが芸能界に入ることでした」
もともと大のテレビ好き。芸能界に対する憧れは常に心の片隅にあった。そこで、高校2年生のときに挑戦したのが、ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト。最初は、ほんの想い出づくりのつもりだった。
「応募用の写真を撮るために、わざわざ服を買いに行きました、しかも親と一緒に(笑)。当時、僕らのあいだでは『Men's egg』(男性ファッション誌)が流行ってて。僕も髪型をM字バングにしたりスジ盛りにしたり、ちょっと影響を受けていたんですね。で、そういうギャル男ファッションを選ぼうとしたら、親がもっと爽やかなほうがいいって大反対。まあ、それで(審査を)通ったので、言う通りにして良かったです(笑)」
順調に審査を通過していくが、ファイナリスト10名に絞られる最終選考の直前で脱落。手の届くところまで来ていた芸能界への切符は、ふわりと飛んでいった。
「たくさんの人に応援してもらったのに、期待に応えられなかったことが恥ずかしくて。次の日に学校でみんなが『どうだった?』って話しかけてくるんですよ。それに『受かった』と言えないことが何よりキツかったですね」

敗者復活から準グランプリへ。デビューの夢を掴み取った日

だが、チャンスの扉は閉ざされはしなかった。読者投票による敗者復活戦でファイナリスト入りが決定。一度は逃した夢の舞台へと押し上げくれたのは、読者声援だった。
「ちょうどバイトでビラ配りをしていたんですよ、ショッピングモールで50円引きのクーポン券を(笑)。そしたら母親が急にやってきて、『敗者復活通ったよ』って。すごくうれしかったし、何より一度落ちたからこそ、応援してくれる人がいることのありがたみを感じましたね」
最終選考会は2010年11月23日。テレビで観たことのある有名人らが審査員として見守る中、敗者復活のふたりを加えた12人のファイナリストが自己PRを行った。普通に高校生活を送っていたら到底縁のない大舞台。その光景は、黒羽の記憶にも鮮烈に焼きついていた。
「前の代のジュノンボーイの方々が応援に来てくれたんですけど、ひとりひとりにマネージャーがついていたんですね。それを見て、『うわ、これが芸能界なんだ』って驚いたのを覚えています。スーツを着た大人たちが、僕らとそんなに年の変わらない男の子に付きっきりで接しているのが衝撃的で。なぜか先輩方よりもマネージャーを見て興奮していました(笑)」
自他共に認めるミーハーな性格。こんな等身大の感想も黒羽らしさだ。そして、その手垢のついていない原石感が、人々の心を射止めた。敗者復活から返り咲きで準グランプリとAGF賞をW受賞。芸能界デビューの夢を自らの手で掴み取った。
「これで就職先が決まったなっていう感じでした。まだ高2だったし、ここからあと1年は思い切り遊ぼうって。今考えれば、そのときから僕の甘い考えは始まっていたわけですけど」
そう恥ずかしそうに笑って、黒羽は言った。
「その余裕は、すぐに消えました」

歌もダンスも芝居もできない。プライドは砕け散った

準グランプリに輝いた黒羽のもとには、多数の芸能事務所から声がかかった。数ある男性向けオーディションの中でも「ジュノンボーイ」のブランド力は別格だ。
だが、芸能の道は華やかに見えて泥水をすする思いをすることも。レッスンのために受けた芝居のワークショップで、さっそくその洗礼を浴びた。
「もうボロクソに言われました、『下手クソ』って(笑)。それまでお芝居の勉強なんてしたことなかったから、言われていることは何となくわかるんですけど、上手く表現できなくて。もうしたくないです、って何回も言ってました。本当に嫌でしたもん、レッスンに行くのが」
もっと順風満帆にいけるかなと思っていたんですけど――と天を仰ぎながら答える。整った顔立ちからは想像できないが、決して整備された道を白馬に乗って駆け抜けてきたわけではない。むしろその逆。俳優デビュー作となるミュージカル『テニスの王子様』は、3度目のオーディションでようやく射止めた念願の作品だった。
「今思えば若かったなっていう話なんですけど、『テニミュ』の現場に入ったときは、こっちはジュノンボーイだぞって。自分は約1万5000人の中から選ばれたんだから他のやつらには負けないぞって、そういう生意気な気持ちがあったのが正直なところです」
『テニミュ』は代々、無名の新人俳優を積極的に起用している。公演を通じて俳優が成長していくさまを見届けるのも、観客の楽しみのひとつだ。出演者たちにとっては一生の仲間と出会える場でもあり、ライバルにもなり得る。負けん気を持つのはごく自然なことだ。
だが、そんなプライドも呆気なく砕かれる。
「蓋を開けたら、僕がいちばん何もできなかったんです、歌もダンスもお芝居も全部。みんなはできているのに、自分だけできてなくて、どうやっていいのかもわからない。天狗になっていたところを見事にポキッと折られまして。肩書きなんて全然通用しないんだなって痛感しました」

先輩たちのように、涙を流せる卒業を迎えたい

黒羽が演じたのは、主人公が在籍する青春学園(以下、青学)中等部テニス部3年の菊丸英二。『テニミュ』は一定期間を経るとキャストが変更となる“卒業システム”を採用している。黒羽は青学(せいがく)7代目キャスト。ファンの前に初めてその姿を現したのは、先代キャストの卒業イベントである「コンサート SEIGAKU Farewell Party」。青学6代目と入れ替わるかたちで初めてステージに登場した。
「6代目の方たちがすごくお客さんに愛されていたので、受け入れてもらえるかなっていうプレッシャーはありました。最初、ステージに出ていった瞬間、客席が『え? え?』っていう感じでざわついて。そこから一気に『うわー!』て歓声が起こって。あの感動は今でもずっと覚えています」
そして何より胸に焼きついたのが、終演後の打ち上げパーティー。青学6代目キャストが目を涙で濡らしながら挨拶する姿に心が揺さぶられた。
「自分もいつか卒業を迎えるとき、こんなふうに涙を流せるように日々を送りたいなって思いました」

比嘉公演初日。幕が上がる瞬間まで台本を読んでいた

黒羽が本公演として初めて舞台に立ったのが、日本青年館ホールだった。当時の建物は、2015年、国立競技場の建て替えに伴い解体されており、この日訪れたのは、改修・移転後の3代目日本青年館ホール。外観も内装もすっかり様変わりしているが、それでもこの場所が黒羽の「ホーム」であることに変わりはない。
取材当日は、ミュージカル『テニスの王子様』TEAM Party SHITENHOJIの公演真っ最中。撮影のためホワイエ(ロビー)に上がると、顔なじみのスタッフが黒羽を見つけ、声をかけた。「元気?」「そっちも変わってないね」。数年ぶりの再会にも関わらず、瞬間、当時の距離感が一気に蘇る。どれだけ濃密な時間を過ごしてきたかを物語るように、ふたりは微笑み合った。
「日本青年館ホールですごく覚えているのが、青学vs比嘉公演の初日。本番の幕が上がる瞬間までずっと台本を読んでいました。とにかく台詞を忘れないように、間違えないようにって。今から思えばそんな大した台詞量じゃないんですけどね」
黒羽が『テニミュ』に出演した期間は約2年。共に過ごした仲間とは、同じ部活のメンバーのような、あるいは戦友のような、強い絆で結ばれた。
「最初に仲良くなったのが(河村隆役の)章平さん。ふたりで近所のサイゼリヤに行ったんですけど、章平さんが頼んでいたのが、ほうれん草とベーコンのソテー。僕からしたら、ハンバーグとかステーキとかペペロンチーノとか、そういう定番メニューしか浮かばなかったから、ほうれん草とベーコンのソテーを頼む章平さんを見て、大人だなと思いました(笑)」

お芝居の楽しさを知った大石とのコンテナのシーン

『テニミュ』の黒羽を語るうえで欠かせないのが、俳優・山本一慶の存在だ。黒羽が演じた菊丸はダブルスの名手であり、山本が演じた大石秀一郎とのペアは「黄金(ゴールデン)ペア」としてファンから愛されている。菊丸英二として生きた2年間は、山本と共に駆け抜けた2年間でもある。
「“相方”って言われて、最初に顔が浮かぶのが一慶くん。人としてすごく好きです」
最も印象深いシーンとして黒羽が挙げたのは、2013年に上演された「全国氷帝(ミュージカル『テニスの王子様』全国大会 青学vs氷帝)」のコンテナのシーン。ダブルスで負けるたびにふたりで反省会を開いた思い出の場所。そこで大石と菊丸は全国大会でナンバー1になることを誓い合う。黄金ペアの絆の深さを象徴する屈指の名場面だ。
「大切な場面だからこそ、ちゃんとお芝居で魅せなくちゃいけなかった。でも、そう考えれば考えるほど、どう演じていいのかわからなくて、かなり苦戦しましたね」
▲ミュージカル『テニスの王子様』全国大会 青学vs氷帝のワンシーン。
© 許斐 剛/集英社・NAS・新テニスの王子様プロジェクト © 許斐 剛/集英社・テニミュ製作委員会
見せかけのテクニックでは、この場面は演じられない。心と心が通じ合わなければ、この芝居はできない。理想の芝居は頭の中にある。でもそこに行き着くためには何が足りないのか。ひたすら試行錯誤を重ねた。
手応えを掴んだのは、公演期間に入ってからだった。
「ある日の本番で、大石の台詞を聞いて、大石の顔を見ていたら、自然と心が動いたんです。その瞬間、自分でも今までと違う何かを感じたというか。本当の黄金ペアになれた気がして。本番が終わったあとに、演技指導をしてくれた先生に感想を聞いてみたら、『きょうのはすごく良かった』って褒めてもらえたんです」
ずっと芝居が何かわからなかった。できないことが多くて、いつも怒られてばかりいた。逃げ出したいと思ったことは一度や二度ではない。
でも、このときやっと芝居とは何か、そのかけらを掴めた気がした。役として舞台上で生きる喜びを体感した。そこからどんどん演じることにのめり込んでいき、気づけば菊丸英二と一体化していった。
菊丸英二を“卒業”したのは2014年11月の「コンサート Dream Live 2014」。青いペンライトが揺れる中、ステージで黒羽は山本と共に、思い出の「全国氷帝公演」で歌った『誰にも見えない糸』を披露した。その瞳は大粒の涙で溢れていた。
「もう大号泣でしたね。いやあ、若かったなあ……」
先代キャストが卒業するときに漠然とよぎった「いつか卒業を迎えるとき、こんなふうに涙を流せるような日々を送りたい」という想い。それから2年余りの時を経て、黒羽はついにラケットを置いた。こぼれる涙は、約2年という月日を彼が本気で生き抜いた証だった。

三日月宗近に近づくために。参考にしたのは“古典芸能”

『テニミュ』の卒業からほどなくして、もうひとつの代表作とめぐり逢う。それが、ミュージカル『刀剣乱舞』(以下、『刀ミュ』)だ。同作は、名だたる刀剣が戦士の姿となった”刀剣男士”を収集・育成するシミュレーションゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」を原案としたミュージカル作品。
これまで黒羽はミュージカル本公演作品の中で、2015年のトライアル公演、2016年の『阿津賀志山異聞』、2017年の『つはものどもがゆめのあと』、2018年の『阿津賀志山異聞2018 巴里』に出演した。中でも役者としての進化を見せつけたのが、『つはものどもがゆめのあと』だった。
歴史を守るため、黒羽演じる三日月宗近は藤原泰衡に真実を告げ、今生の別れを遂げる。刀剣男士としての使命。歴史に形を残したものの役割。泰衡への惜別の情。ひと言では言い尽くせぬ感情を、三日月宗近らしい優雅さを崩さず、けれど瞳や声色に痛切な想いを乗せて表現した。それは、単にエネルギーを爆発させるだけでは辿り着けない、役者としての深みと奥行きを感じさせる演技だった。
「『つはものどもがゆめのあと』はめちゃくちゃ稽古しました。三日月宗近はいちばん何を考えているかわからない役。それでいて、あの公演では話の真ん中にいなければならなかった。だからこそ、周りとは違う重厚感というか、そういうものを大事にできればと考えていました」
「劇場入りして場当たり(役者と裏方が段取りなどの確認をする作業)が終わったあとだったかな。ホールの一室で、演出の茅野(イサム)さんとふたりで稽古をしたんです。そのときに、茅野さんのイメージする三日月宗近を演じるために僕に足りないものを改めて教えてもらって。ほんの1時間ぐらいでしたけど、あの特訓はすごく大きかったですね」
三日月宗近を自分のものにするために絶対的に不足しているもの。演出家・茅野が指摘したのは、古典芸能に対する造詣だった。
「言葉ひとつひとつの重みが僕には圧倒的に足りていない。だからもっと能や歌舞伎を観て、しゃべり方や表現方法を勉強したほうがいいってアドバイスをもらいました。今すぐできなくても、それを学べばきっと今後の役者人生で役立つときが来るからって。たしかに古典芸能は僕がいちばん触れてこなかったジャンル。茅野さんの言うことは、本当にその通りでした」
茅野の指摘を受けた黒羽は、歌舞伎や能の動画を片っ端からチェックし、その発声から一挙手一投足まで研究することからスタートした。見よう見まねの独学だが、それでも「見ると見ないのとでは全然違った」と手応えを口にする。
「(ミュージカル『刀剣乱舞』を手がける株式会社ネルケプランニング代表取締役会長である)松田(誠)さんからも『すごく良くなった』って言葉をいただけて。確実にあの特訓から自分の幅が広がった気がします。今までよりもずっとはっきりと他の刀剣男士とは違う存在感を出せるようになりました」
▲2017年に行われた「ミュージカル『刀剣乱舞』 〜つはものどもがゆめのあと〜」より、加古臨王が演じる藤原泰衡との共演シーン。
©ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会

始球式、地元・仙台での公演。夢がどんどん叶っていった

三日月宗近という役は、黒羽の俳優人生にいくつもの特別な景色を見せてくれた。中でも忘れられないのが、2018年9月11日の「日本ユニシスPresentsミュージカル『刀剣乱舞』×読売ジャイアンツ コラボナイタ−」。憧れの東京ドームで、三日月宗近として始球式を務めた。
さらに、5月25日の楽天-オリックス戦では黒羽麻璃央として始球式に登場。それは、かつての野球少年にとってご褒美のようなステージだった。
「楽天生命パーク宮城は、自分が子どもの頃からよく試合を観に行った球場だったので、ものすごく緊張しました。しかも親族や地元の友達、高校のときの担任の先生までいろんな人が観に来てくれて、地元感がスゴいなって。みんなの声援に力をもらいました」
「968(くろば)」の背番号がついたユニホーム姿で、大きく振りかぶって投げたボールは、102キロの直球。自己採点を尋ねると、「100点でいいんじゃないですか」と満足そうに頷いた。
「あ、でもその日、スニーカーを履いていたんですよ。マウンドの上でめちゃめちゃ滑って、全然踏ん張れなくて。なので、もし次にまたチャレンジさせていただける機会があるなら、そのときはスパイクを持参します!」
始球式のあった日の夜は久しぶりに地元の仲間と集まり、気の置けない時間を過ごした。
「僕は自分からお知らせしないんですけど、みんな僕の仕事を全部チェックしてくれていて。インタビュー記事まで細かく読んでくれていた。みんながそこまで僕を応援してくれていることが、めちゃくちゃうれしかったです」
昔から大の地元好き。地元の仲間に自分の仕事を見てもらうことが、モチベーションのひとつだった。そんな地元愛が認められ、今年から「みやぎ絆大使」として活動。デビュー当初から地元への恩返しが夢のひとつだった黒羽は、「片想いが両想いになった感じ」と微笑む。
叶った夢は、それだけではない。「ミュージカル『刀剣乱舞』 〜真剣乱舞祭2018〜」では宮城公演が実現。最大収容人数7063人を誇るセキスイハイムスーパーアリーナで、圧巻のライブパフォーマンスを披露した。
「『テニミュ』をやっていた頃、「ドリライ(Dream Live)」を仙台でやるのが夢だったんです。そしたら地元の友達にも自分がこういう仕事をしているんだよって見てもらえるから。作品は違えど、同じ2.5次元の『刀ミュ』で実現できたことは、僕にとってまたひとつ夢が叶った瞬間でした」
▲2018年の「ミュージカル『刀剣乱舞』 〜真剣乱舞祭2018〜」でのワンシーン(写真は東京公演のものです)。
©ミュージカル『刀剣乱舞』製作委員会

「今まで辿ってきた道は決して間違いではなかったんだ」

きっかけは、ミーハーな憧れからだった。俳優業という見果てぬ旅路に踏み込んだ少年は、芝居という決して征服できない”怪物”を前に何度も跳ね返され、打ちのめされてきた。それでも、がむしゃらにぶつかっていくことで強く大きく成長した。
「自分では自分が成長したかはあんまりわからなくて。むしろ人から評価を受けることで、初めてわかることのほうが多いんですよ。そういう意味では、このあいだ、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』(以下、『ロミジュリ』)で久しぶりに(木村)達成と共演して、そこで改めて思うことはありましたね」
木村達成は、同じ青学7代目キャストの仲間。卒業後も同窓会感覚で定期的に顔を合わせることはあったが、同じ”板の上”で芝居をするのは約4年ぶり。空白期間があったからこそ、お互いの成長に新鮮な感動を覚えた。
「彼からしたらものすごく僕が成長したように見えたみたいで、『この数年どういうことをしてたの?』って聞かれました。それで、いろんなワークショップを受けたり、テレビ局に行ったり、『刀ミュ』の稽古で怒られたこととか(笑)、いっぱい話して。そしたら達成が『それだけ頑張ってたら今の麻璃央があるのもわかる』って言ってくれて。『テニミュ』で一緒にやってきた仲間にそう認めてもらえたことが、僕にとっては自信になりました」
黒羽から見て、木村の成長も驚きだった。
「前よりずっと歌が上手くなっていて、ヤベえなって思いました(笑)。お互いこの数年間、何もしてなかったわけじゃないんだって、一緒にやってすぐにわかったし。そうやって少なからず成長できているのであれば、今まで辿ってきた道は決して間違いではなかったんだって実感できました」

守るものができたことで、仕事と本気で向き合えた

一方で、プライベートの面でも大きな変化があった。
「ちょうど3年ぐらい前かな。本気で悩んだ時期があったんです。このまま役者を続けるか、辞めて地元に帰るか」
それは、20代前半の若者には重すぎる選択だった。どちらの道を選べばいいのか、ギリギリまで悩んだ。決断させたのは、親からの「帰ってきていいよ」という言葉。それが逆に本気の火がついた。
「あのとき、もう絶対に役者は辞めないと思ったし、本気で続けていくって決めた。今の仕事のモチベーションは、もっと稼いで親に楽をさせること。たぶん結婚して子どもを持ったのと同じ感覚だと思います。守るものができたことで、俳優として、ひとりの男として、本気になれました」

黒羽麻璃央は、野心も、嫉妬心も、隠さない

「最近、すごく舞台が好きだなって改めて気づいたんですよ。もっとたくさんの舞台に出たいし、そのためにはもっと自分の実力を上げていかなくちゃいけない。『ロミジュリ』を経験して余計にそう思いました」
『ロミジュリ』で黒羽が演じたのは、ロミオの友人・マーキューシオ。主人公であるロミオを演じたのは、『テニミュ』の先輩にあたる古川雄大だった(大野拓朗とWキャスト)。
「僕は今、古川さんをすごくリスペクトしています。古川さんがどういう道を辿って今に至るのかを知りたくて、知人から古川さんの出ていたミュージカルのDVDを借りているところです。いい俳優さんを見ると、すぐヤキモチを妬いちゃうんですよね」
黒羽はこうした野心をまったく隠さない。他人を見てジェラシーを感じるのは、自分にないものがそこにあるから。その嫉妬心は決してネガティブなものなんかじゃない。俳優として健全なのだ。
「嫉妬心は尽きないです。最近だと『くろステ』(舞台『黒子のバスケ』)で一緒になった糸川耀士郎くん(赤司征十郎役)とか。このあいだの公演(同ULTIMATE-BLAZE)は2幕まで僕が主役だと思っていたんですけど、やっぱり最後の最後で全部彼に持っていかれちゃっている気がして悔しいなって。すごく素敵な俳優だし、同い年だし、お互い切磋琢磨していけたらと思うひとりです」
芝居のことに話が及ぶと、とめどなく言葉が溢れ出てくる。その勢いに、彼が今、どれだけ芝居に夢中になっているのかがよくわかる。もしも黒羽がロミオなら、恋しいジュリエットはただひとり。芝居こそが、彼の運命の相手なのだ。

人気に甘えていたら死ぬ。実力で黙らせられる人間になりたい

黒羽は焦りや不安も隠さない。
「純粋にもっと上手くなりたいという気持ちが強くて。でも、作品の現場に入ると、ちゃんと基礎から学べない。基礎を身につけるには、しっかりトレーニングを受ける必要があります。それを同時進行でこなすのには限界があるなっていうのが今の本音。仕事のペースを落としてでも、修行するなら、徹底的にやらないと。それこそが今の僕には必要なんです」
この7月で26歳。いよいよ20代後半に差しかかろうとしている。いつまでも若手俳優の金看板は通用しない。そのことをいちばんよくわかっているのは、他ならぬ彼自身だ。
「今のままでもたぶん生活はできると思うんです。でも、じゃあ30歳になったとき、ただ人気が売りだけの俳優にはなりたくない。もちろん肩書きとか、話題の作品に出ているとか、そういうふうに評価してもらえるのはすごくありがたいことなんですけど、そこに甘えてたら俺は死ぬ。ちゃんと実力で周りを黙らせることができる人間になりたいんです」
噛みしめた言葉に、熱が迸(ほとばし)る。
「実力派になりたいんです、圧倒的な」
容姿に恵まれた俳優は、時として軽んじられることもある。とくに若い女性ファンの多い2.5次元舞台で活躍する俳優は、なおさらのこと。だからこそ彼はなりたいのだ、野次さえも実力で黙らせることができる人間に。
今から2年前。あるインタビューで「あなたの武器は何か」と聞かれ、「武器はまだない」と答えていた。
そしてあの頃よりずっと精悍(せいかん)な顔つきになった黒羽は、容姿でも人気でもなく、“実力を武器にすること”を選んだ。
「だって、アイツうめえなって思わせることが、いちばんカッコよくないですか。芝居にしろ、歌にしろ、ダンスにしろ。どれをとってもスゴいなって思わせられるのがいちばんカッコいい。ダンスはそんなに得意じゃないし、芝居も歌もまだまだですけど、できることをどんどん伸ばして、自分のバロメーターを全方位に広げていきたいです」
容姿も人気も移ろいやすい。だけど、実力は錆びないし揺るがない。本物の実力者は何があっても生き残っていける。
「将来的には何かしら演劇で賞が欲しいです。お芝居って正解もないし、点数をつけるものでもない。でもその中で人に評価してもらって、何かカタチとして残せることって大事だと思う。何でもいいから、お芝居で賞をもらえる俳優になりたいです」

夢への道は一本道。黒羽麻璃央は、もう迷わない

19歳の冬、北風の吹きすさぶスタジアム通りを不安に揺れながら辿っていた少年の面影は、もうそこにはなかった。では、数多の経験を積み、25歳になった黒羽は、あの日の自分に何と声をかけるだろうか。
「ちゃんとまだ俳優やっているよって。まずはそう教えてあげたい。そしたら安心すると思うから」
何度も辞めようと思った。何度も泣いた。でも、そのたびに歯を食いしばって諦めなかったから、今、自分はここにいる。
「いずれ経験を積んだら、嫌でも技術を身につけなきゃいけない瞬間が出てくる。だから、今はがむしゃらにやればいいよって思います。そう言う僕だってこれからまだまだ挫折することがいっぱいあるだろうし、キツいことがたくさん待っているんだろうけど、ひとつひとつ乗り越えて頑張っていくから。だから今は一生懸命やりなって、そう言ってあげたいですね」
駅から日本青年館ホールへ続く、まっすぐな一本道。それはまるで、夢へと続く道のようだ。一歩一歩、踏みしめながら、その道を歩いてきた。
6年が過ぎた今も、まだ果ては見えない。道は、どこまでも続いていく。だが、その果てしなさにもう心が折れることはない。なぜなら彼は決めたから。たとえどこにつながっているのかわからなくても、この道をひたすら前へ突き進んでいくことを。
どこまでも、愚直に、まっすぐに。黒羽麻璃央は、もう迷わない。
黒羽麻璃央(くろば・まりお)
1993年7月6日生まれ。宮城県出身。AB型。第23回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストで準グランプリを受賞し、芸能界入り。2012年、ミュージカル『テニスの王子様』2ndシーズン(菊丸英二役)で初舞台を踏む。以降、ミュージカル『刀剣乱舞』シリーズ(三日月宗近役)、舞台『黒子のバスケ』シリーズ(黄瀬涼太役)など2.5次元舞台の人気作に出演。2019年はドラマ『広告会社、男子寮のおかずくん』(テレビ神奈川ほか)で主演を務めるほか、6月からはテレビバ/YouTubeオリジナルドラマ『寝ないの?小山内三兄弟』シーズン2に出演中。また、7月からはドラマ特区『コーヒー&バニラ』(MBSほか)、木ドラ25『テレビ演劇 サクセス荘』(テレビ東京系)に出演。映画では7月に『広告会社、男子寮のおかずくん』、9月に映画『いなくなれ、群青』の公開が控えている。

「2.5次元俳優の原点」特集一覧

サイン入りポラプレゼント

今回インタビューをさせていただいた、黒羽麻璃央さんのサイン入りポラを抽選で3名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

応募方法
ライブドアニュースのTwitterアカウント(@livedoornews)をフォロー&以下のツイートをRT
受付期間
2019年6月28日(金)18:00〜7月4日(木)18:00
当選者確定フロー
  • 当選者発表日/7月5日(金)
  • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
  • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから7月5日(金)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき7月8日(月)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
キャンペーン規約
  • 複数回応募されても当選確率は上がりません。
  • 賞品発送先は日本国内のみです。
  • 応募にかかる通信料・通話料などはお客様のご負担となります。
  • 応募内容、方法に虚偽の記載がある場合や、当方が不正と判断した場合、応募資格を取り消します。
  • 当選結果に関してのお問い合わせにはお答えすることができません。
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  • 賞品の不具合・破損に関する責任は一切負いかねます。
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