漫画『【推しの子】』赤坂アカ×横槍メンゴ×担当編集・サカイ(後編)/漫画の話をしない編集者が、スター作家たちともたらす化学反応

近年、右肩上がりの好調が続く漫画業界。漫画の制作現場にも注目が集まり、漫画家だけでなく編集者への関心も高まってきた。メディアでも編集者に関する記事を目にする機会が増え、ライブドアニュースでもこうした記事を掲載しては、大きな反響を集めている。

では、編集者は、何を考えて仕事をしているのか?
漫画家は、編集者に何を求めているのか?

「担当とわたし」特集は、さまざまな漫画家と担当編集者の対談によって、お互いの考え方や関係性を掘り下げるインタビュー企画。そこで見えてきたのは、面白い漫画の作り方は漫画家と編集者の関係性の数だけ存在し、正解も不正解もないということだ。

第2回は、「週刊ヤングジャンプ」で連載中の『【推しの子】』から、主に原作を担当する赤坂アカ、主に作画を担当する横槍メンゴ、担当編集のサカイが登場。それぞれ『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜(以下、『かぐや様』)』、『クズの本懐』などのヒット作を持つ作家ふたりにとって、サカイは「一度でも組んだら離れたくない」と思わせるほどの人物だという。

口癖は「編集者ごとき」。漫画編集を激務だとはまったく思っておらず、「いずれAIに置き換わる仕事なのでは?」とさえ考えている――そんなサカイの編集術とは? スター作家のふたりが彼という編集者に魅了される理由とは?

インタビュー後編では、漫画編集者のイメージを覆すかもしれない異色の鼎談をお届けする。

インタビュー前編はこちら
取材・文/岡本大介

「#担当とわたし」特集一覧

赤坂アカ(あかさか・あか)
1988年8月29日生まれ。新潟県出身。O型。2011年に『さよならピアノソナタ』(原作:杉井光)のコミカライズ版で商業誌デビュー。主な漫画作品に、『ib インスタントバレット』、『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』など。『かぐや様』はTVアニメ化・実写映画化を果たし、アニメ第3期の制作、映画の続編公開(2021年8月20日予定)も発表されている。
横槍メンゴ(よこやり・めんご)
1988年2月27日生まれ。三重県出身。O型。2009年に「マガジン・ウォー」(サン出版)でデビュー。主な漫画作品に、『君は淫らな僕の女王』(原作:岡本倫)、『クズの本懐』、『レトルトパウチ!』など。『クズの本懐』はTVアニメ化、実写ドラマ化も果たした。
担当編集者・サカイ
1986年生まれ。2010年に集英社に入社し、「週刊ヤングジャンプ」編集部に配属。担当作品に『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』、『【推しの子】』、『群青戦記グンジョーセンキ』『真・群青戦記』など。

    口癖は「編集者ごとき」。黒子に徹する編集者

    インタビュー後編では、漫画家と編集者の関係性に迫っていきたいと思います。まずはおふたりの担当であるサカイさんの人柄についてお伺いしたいのですが。
    横槍 サカイさんって、こういう自分が前に出る取材は絶対に受けない人なんですよ。だから今回は本当に珍しいんです。
    赤坂 そうそう、徹底的に表に出たがらないですよね。
    サカイ いや、本当に自分なんかが出るなんて恐れ多いですから。でも、きょうは普段からお世話になっているライブドアニュースさんの取材ということで、覚悟を決めてきました。
    赤坂 『かぐや様』の単行本は毎回カバー下にいろいろなネタを仕込んでいるんですけど、一度サカイさんにやってもらいたいと頼んでも、2年間拒否され続けているくらいですから。
    ▲『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』第1巻。コミックスのカバー下には毎回、漫画やイラストなどが描かれている。
    ©赤坂アカ/集英社
    サカイ 拒否というか、「編集者ごとき」がしゃしゃり出るなんておこがましくて。
    横槍 これこれ! サカイさんは「編集者ごとき」っていっつも言うんですよね。
    赤坂 でもこれはサカイさんありきの企画ですから、きょうこそは赤裸々にしゃべってもらいますよ。
    サカイ わ、わかりました。
    よろしくお願いいたします! サカイさんがおふたりの担当についたのはいつ頃ですか?
    赤坂 僕はかれこれ5年、いや6年くらいになるのかな。集英社に来て最初の担当がサカイさんでしたからね。
    サカイ そうですね。「ミラクルジャンプ」の頃から数えると6年になります(※『かぐや様』は2016年から「週刊ヤングジャンプ」に移籍)。
    横槍 私は『【推しの子】』からなので、まだ2年くらい? そもそも、サカイさんはどうして私を担当してくださったんですか?
    サカイ 単純に前任の編集者が異動になって、「じゃあ誰がいいか」となったときにたまたま自分に決まったんです。
    横槍 それは編集長とかが決める感じ?「きょうからお前はメンゴ担当な」とか。
    サカイ そうですね。メンゴ先生がもともと赤坂先生と友達だったから、というのはあったと思います。編集部としてはメンゴ先生に「週刊ヤングジャンプ」で連載をしていただきたいという強い希望があったので、そのほうが何かとスムーズだろうと思ったんじゃないですかね。
    横槍 あははは。そういえば当時は、編集部から次の連載のプレッシャーが強くて、のらりくらりかわしていたんですよね(笑)。
    そうしたら、ちょうど赤坂先生から『【推しの子】』のアイデアが上がってきた。
    サカイ そうです。編集部的にも、こんなに素晴らしいマッチングがあるのかと。
    赤坂 メンゴ先生を週刊連載に引き入れたのは僕の功績だということをお忘れなく(笑)。編集部内での僕の査定も上がったんじゃないですか?
    サカイ いやいや、赤坂先生は集英社を代表する作家さんですから、そんな査定なんてことはしませんが。でも編集部的には、本当にありがたいとしか言いようがないです。

    開口一番、「自分はクリエイティブには何も口を出しません」

    おふたりにとって、サカイさんはどんな編集者ですか?
    赤坂 サカイさんに担当についてもらって驚いたのは、開口一番、「クリエイティブは作家の仕事なので、自分は何も意見を言いません」と言われたことです(笑)。
    サカイ え? そんなこと言いましたっけ?
    赤坂 言ってた言ってた。「やった! 100%自由にやっていいんすか?」って嬉しくなりましたね。なかなかそこまで言ってくれる編集者さんっていませんから。
    横槍 そうですよね。たいていの編集者さんは何かしら意見をしてくる……というかある種ストッパーのような役割でもありますし。かなり二人三脚で作るタイプの編集者さんも多いですし。
    おふたりは編集者からあまりあれこれ言われたくないタイプなんですね。
    横槍 うーーん、作品や相性によるかな……。でも、基本的には信頼して任せてくれるタイプの人が好きかも。
    赤坂 僕も言われたくない(笑)。
    横槍 でも作家によるんですよね。意見をバンバン言ってもらいたいタイプの漫画家さんももちろんいらっしゃるので、どちらがいいというわけではなくて、単純に漫画家と編集者の相性なんですよ。
    サカイさんは、おふたりの性格を見抜いてそう接しているんですか?
    サカイ いや、自分の場合はそれが唯一のやり方で、それしかできないだけです。

    そもそものスタンスとして、自分には創作物を楽しむ才能がないと自覚しているので、漫画家さんが面白いと思っている部分(クリエイティブ)に関して口出しはしません。

    その部分を表現するために、論理的に破綻していたり、わかりにくいところを僭越ながらもご指摘させていただくのみです。「その意図に対して、このままでは読者に違う感情を抱かれる確率が高い」とか。

    そこから自分がする提案も「“自分はこう思う”という主観」ではなく、「こうすれば読者はこう思う確率が高い」という論理的な思考のみです。
    赤坂 自分ですべてを決めたいという漫画家は、サカイさんに担当してもらうと本当にラクだと思いますよ。
    サカイ 赤坂先生は論理的に破綻しているようなことは絶対ないので、こちらこそラクさせていただいています。
    漫画家と編集者は二人三脚というイメージもありますから、そこまで徹底しているのは意外ですね。
    横槍 ここまでビジネスライクな担当さんとは初めて出会いました。でも実際に担当していただいて、めっちゃやりやすいことに気がついたんです。私にはサカイさんみたいな人が合っていたんだなと改めて実感しました。
    赤坂 そうそう。自分の作品や能力に自信があって、その代わり、売れなくても自分の責任だと思える人にとっては最高の編集者だと思います。
    その反面、いろいろと意見やアイデアを出してほしい漫画家さんにとっては、ちょっと物足りない感じもするということですかね。
    サカイ それはあると思います。赤坂先生やメンゴ先生はいい感じで言ってくださいますが、自分には「こういうのを描いてほしい」とか「こういうのが面白い」とご提案できるものは何もないので、そういうことを求められる漫画家さんには役立たずと思われている可能性はもちろんあります。

    でも、自分にできることは論理的な思考だけなので、漫画家さんが表現されたい意見やアイデアを効率的に伝えるために、お考えを映す鏡のような存在になれたらと思っています。
    横槍 誰かにとっては最高の編集者さんでも、別の誰かにとってはそうじゃないことはよくありますから。こういうのってきっと正解はないんでしょうね。

    「面白さ」は個人の主観。作家にも決して感想は伝えない

    作品内容に一切口を挟まないのは、どういう考えから来ているのでしょうか?
    サカイ おふたりにもよく言っているんですけど、編集者っていうのは会社に所属するサラリーマンなんですよね。つまり一介の会社員に過ぎないんです。

    自分の才覚だけを武器に裸一貫で勝負している漫画家さんとは根っこが違いますから、自分の主観としての意見を伝えることには慎重になっています。

    もちろんそうは思わないタイプの編集者もいて、「自分が作っている!」とまで思っている編集者も、それはそれでまったく構わないんですが、編集者は結果に対して責任の取りようがないので、自分は盲目的に盛り上がることはありえません。

    だから自分が目指すことといえば、できる限り気持ちよく漫画が描ける環境を用意することだけなんです。
    赤坂 本当に謙虚というか、徹底して我や感情を表に出さないんですよ。
    横槍 じつは中身はAIだったりして(笑)。
    サカイ ああ、でもたしかに感情はほとんどないかもしれません。
    横槍 え、嘘でしょ?(笑)
    サカイ 少なくとも仕事においてはそうです。究極を言えば、自分は少なくとも、自分が心がけている編集者の仕事っていずれAIに置き換えられると思っているくらいですから。

    個人が考える「面白い」「面白くない」っていうのは、結局のところ経験や感覚に基づいた主観で、そこに偏りは絶対にありますよね。もしビッグデータを活用して学習させたAIに置き換えることができれば、もう人間の編集者よりもずっと優秀なんじゃないかと思うんですよ。
    赤坂 ね? 突き抜けてますよね?
    たしかに(笑)。では作品に対して、「面白い」とか「つまらない」と感想を言うことも少ないんですか?
    サカイ おそらく、これまですべての漫画家さんに対して「面白い」と言ったことはないはずです。先ほど言ったように、それは個人の主観でしかないので、「面白い」という言葉で思い浮かべる感情は人それぞれで、非常に曖昧な言葉だと思っています。
    横槍 ええええ!?
    たとえば新人さんの持ち込みとかで、明らかに「つまらない」作品はあるわけじゃないですか。その場合はどう指摘するんですか?
    サカイ そこはテクニックの部分も大きいですから、まずは「ご自身はこれの何が面白いと思っていますか?」と尋ねて、それを上手に伝えるためのテクニックをアドバイスしますね。先にお伝えしたように、論理的にどうしたらわかりやすいか、など。

    自分に漫画家さんの才能を見抜く能力があるとも考えていないので、あくまで漫画家さんが伝えたいことを拾い上げて、整理していくという感じです。
    では漫画家さんと漫画談義を交わすこともない。
    サカイ 交わさないというより、交わせないです。仕事もプライベートも含めて、そもそも漫画の話で誰かと盛り上がったことはほぼないです。
    赤坂 現役の漫画編集者が、とんでもないことを言い出しましたよ(笑)。
    横槍 ひゃー、面白すぎる!

    夢破れて編集者に。才能で勝負する人たちを支えたい

    ここまで割り切った編集者もかなり珍しいと思いますが、サカイさんはなぜ集英社に入ったのでしょうか?
    横槍 たしかに。こうなると、そこから気になってくる(笑)。
    サカイ 本当はボディビルダーになりたかったんですが、大学在学中に才能がないことに気づいてあきらめたんです。
    たしかにサカイさんはものすごく体格がいいですよね。努力し続ければなれたようにも思いますが。
    サカイ いや、それがなれないんですよ。そもそもの骨格や筋肥大のしやすさ、そうしたものに圧倒的に個人差があり、トップを獲るためにはやはり才能とセンスが必要になってくるんです。
    なるほど。そういうものなんですね。
    サカイ 夢破れていざ就活となったとき、じゃあアスリートに関わることができるスポーツ記者がいいなと思って新聞社を受けたんですけど、全滅しまして。それで最終的に集英社に入ったんです。
    赤坂 集英社に入るのだって相当な難関ですけどね。ハンター試験(注1)並みでしょ(笑)。
    横槍 そう思う。みんなが憧れて入ってきてると思ってた。
    ※注1:『HUNTER×HUNTER』(作:冨樫義博)に登場する資格試験。非常に合格率の低い、最難関の試験とされている。
    それでも、サカイさんにとっては夢破れた末に、という感覚なんですね。
    サカイ そうですね。自分なりに突き詰めて取り組んだからこそ、自分には才能がなかったと自覚できましたし後悔もありません。一応、大学も出ていますが、学者になったり、起業できるほど頭もよくない。

    だからこそ、漫画家のみなさまはもちろんのこと、アスリートや芸術家、芸人・タレント、研究者など、自分の才能で勝負している人に対して強い憧れとリスペクトがあります。

    何も才能がない人間が漫画家さんに接するにあたり、一線を越えないことが大切だと思っています。才能があるから尊敬するとか、ないから尊敬しないという意味ではなく、人格を懸けて己と向き合い戦っている方にはもれなくリスペクトがあります。
    横槍 なるほどー。私は事務作業であっても接客業であってもそれぞれに才能があると思っているんですけど、サカイさんにとってはちょっと違うんですね。
    サカイ そうですね。やっぱり己の思考と筋肉で何かを表現している人は特別視しちゃいますね。それは自分の挫折の裏返しかもしれませんけど。
    では、編集者という仕事のやりがいやモチベーションはどんなところにありますか?
    サカイ やっぱり漫画家さんの喜ぶ顔を見たら、ホッとする気持ちはあります。
    横槍 「嬉しい!」とかではなくて、「ホッとする」っていうのがサカイさんらしいですよね。
    一緒にヒット作を生み出したいとか、そういう野心はあまりない?
    サカイ まったくないです。仮に作品がヒットしても、自分としては「足を引っ張らずに済んだ」という気持ちのほうがはるかに強いです。
    「ホッとする」というささやかな感覚を得るために、激務である漫画編集を続けていられるのは、むしろ超人のような気がしてきました。
    赤坂 ですよね。やっぱりサイボーグなんじゃない?(笑)
    サカイ でも自分自身は漫画編集を大変な仕事だとはまったく思っていなくて、それどころか頭を使わないラクな仕事だと思っているんです。どれだけアドバイスや意見を出したとしても、最後に答えを出すのは結局漫画家さんで、自分ではないですから。決断することがないので、こんなにラクなことはない。

    たとえば、雑誌の編集は自分たちで誌面そのものを作り上げていくのでまた違うと思いますが、少なくとも漫画編集に限っては自分で決めないし作らないので、正直かなりラクをさせていただいているなと感じています。

    それに、漫画が売れた場合はすべて漫画家さんの功績でしかないので、そのときにたまたま自分が担当編集者としていちばんそばにいても、憧れた自分自身になれるわけでもありません。時速165kmのストレートを投げられるようになったり、ボディビルのチャンピオンになれたりとか。

    なので、自分がただ意識しているのは漫画家さんの邪魔をしないことと、サラリーマンとして自分の行いが会社に対して赤字でないことだけです。
    そういう考え方もあるんですね。ちなみにヤングジャンプ編集部にはサカイさんと同じように考えている方々も多いんですか?
    サカイ 聞いたことはないですけど、あんまりいないんじゃないですかね。
    赤坂・横槍 でしょうね(笑)。
    サカイ みなさんそれぞれの考えでやっていると思いますし、自分は他人の編集論などに興味はまったくありません。自分の考えも誰かから教えてもらったのではなく、10年以上やってきて素直に感じていることなんです。

    もし時速165kmのストレートを投げられるとか、ボディビルのチャンピオンにもかかわらず編集者の仕事をしている方がいれば、ぜひお話を伺いたいとは思います。
    横槍 私がすごく覚えているのが、打ち合わせでアカ先生と「○○がうらやましい」っていう話で盛り上がっていたら、「おふたりとも、そんなに嫉妬できるなんてスゴいです」って言われて。
    赤坂 「嫉妬ってそんなにスゴいこと? みんなしてるよね」って。
    サカイ でも、それは才能で勝負されている方にのみ許された特権であって、自分のようなサラリーマンごときが嫉妬するなんて、おこがましいというか愚かというか。
    横槍 そんなことないから! 嫉妬は全人間の権利だから!(笑)
    赤坂 ときどき、自虐に見せかけて鋭く刺しに来てるんじゃないかと思うよね(笑)。
    横槍 そうそう。サカイさんと話していると、自分がすごく強欲で汚い人間に思えることがあるもん(笑)。

    筆の速さとクオリティを併せ持つ、赤坂先生の才能にシビれた

    『【推しの子】』についてもお伺いします。赤坂先生はすでに『かぐや様』を執筆中で、そのうえでもう1本同時連載となるわけですよね。担当編集としては、どう判断してGOサインを出されたんですか?
    ▲第1巻第一話『母と子』の扉絵。掲載時には「天才漫画家・赤坂アカ “2作品同時週刊連載”始動」「漫画界 スター同士のタッグ結成」というフレーズがつけられ、漫画ファンのあいだでも大きな話題となった。
    サカイ 赤坂先生とメンゴ先生の才能をもってすれば、作品が売れる確率が高いものになることはわかっていました。ただ現実として、同時に2本の週刊連載が可能なのかというところだけは、やっぱり一抹の不安はありました。1作品の週刊連載で話作りに週4〜5日ほど時間をかけて、作画を残り時間でやる漫画家さんも多いので。

    なので、本来、赤坂先生レベルであれば編集会議(注2)はスルーしてもいいのかもしれませんが、3話分のネーム(注3)を描いていただいて、それをあえて会議にかけたんです。
    赤坂 あ、そうだった。最初にまとめて3話分のネームを描きましたね。
    ※注2:編集者が集まる会議。連載前の作品のネームについて意見交換や評価を交わし、最終的に連載するか否かを決定したりもする。

    ※注3:コマ割りやキャラクターの配置、セリフといった、漫画の構成をまとめたもの。一般的に商業誌の場合、漫画家が描いたネームを編集者が確認し、OKが出たあとで原稿に取りかかる。
    それは赤坂先生の本気度を確かめたかったから? あるいは本当に同時連載できるのかを確かめたかった?
    サカイ どちらもあります。赤坂先生はプロフェッショナルですから、やるからには原稿は落とさない(注4)だろうとは思いつつも、自分自身、ひとりの人間にそんなことができるのかがわからなくて。でも、『かぐや様』の〆切を守りつつ3話分のネームをあげていただけたので、「あ、できちゃうんだ」と(笑)。
    注4:原稿が〆切に間に合わず掲載されないこと。
    赤坂 原作だけなら、たぶんもう1本いけますよ(笑)。
    サカイ ヤバいですよね。それでいて編集会議での評価も過去トップクラスに高かったですから、その才能には本当にシビれますね。
    サカイさんは「作品に対する自分の意見を表に出さない」とおっしゃいましたが、『【推しの子】』のプロットをご覧になった際、個人的にはどう感じましたか?
    横槍 それ聞きたーい!
    サカイ 『かぐや様』のときと同じなんですが、アイデアの時点でもう売れる確率は高いだろうなと思いました。「推しの子に転生する」というのはキャッチーさと同時に切り口の新しさもあって。発想の期待値が高い作品は世の中にたくさんあると思うんです。でも、それが単なる出オチになってしまうケースも多いんですよね。
    ▲第1巻第一話『母と子』のラスト。「タイトルの『【推しの子】』とはそういう意味だったのか…!」と、度肝を抜かれた読者も多いのでは。
    サカイ でも赤坂先生は、たとえば前回話したような、主人公をヤクザから産婦人科医に変えるとか、ブラッシュアップしていく段階でこれしかないっていうベストな答えを毎回確実に用意できる。それが本当にスゴいところだなと感じています。
    赤坂 本当ですか? あざまーす!(笑)
    サカイ いやいや、自分なんかが赤坂先生の才能を語るなんておこがましいんですけども。
    横槍 大丈夫、きょうはそういう企画だから(笑)。
    サカイ そ、そうですよね。でも『【推しの子】』の大きなポイントとしては、やっぱりメンゴ先生の存在も大きいです。赤坂先生のネームを最大限の形でアウトプットしてくださっていて、そこに生まれるグルーヴ感がいちばんの魅力だと思っています。
    横槍 ほらね? こうしていつも私たちを立ててくださるんです。
    サカイ いや、本当にそう思っていますからね。

    一度でも組んだら離れられないのは、特殊すぎるから?

    漫画家と編集者の相性が大事というのがよくわかりました。一方で、手がけた作品の多くをヒットさせる、いわゆる敏腕編集者もいますよね。サカイさんから見て、ヒット作を生む編集者は何が違うのでしょうか?
    サカイ 敏腕編集者の方は、まずは単純に試行回数の差が大きいと思います。担当する漫画家さんが多ければ多いほど、ヒットする確率は上がりますから。

    たとえば、新人の方を含めたら「週刊少年ジャンプ」には「週刊ヤングジャンプ」の100倍もの数の漫画家さんがいるので、編集者個人の資質にまったく関係なく、自動的に確率は上がります。もちろんウルトラC的なアプローチをされる方もいらっしゃるでしょうけど、基本的にはそこがベースになるのかなと思いますね。

    そもそも、「ヒット作を生む編集者」という概念は、この世に存在しないと思います。敏腕編集者と言われる方も厳密には「『ヒット作を生む漫画家』のいちばんそばにいた編集者」でしかないのではないでしょうか。それを前提としつつ、試行回数を重ね続けられる編集者は優秀な方なのだと思います。
    赤坂 サカイさんは林(士平)さん(『チェンソーマン』(作:藤本タツキ)や『SPY×FAMILY』(作:遠藤達哉)などを担当。「少年ジャンプ+」編集部所属)を褒めることが多いよね。
    サカイ 褒めるなんて恐れ多いですけど、たしかにすごく尊敬しています。特定のひとつの部署だけで結果を出しても偶然性が強いと思いますし、部署の先輩後輩や同僚が仕込んだ企画を引き継いだので手柄の所在が曖昧、みたいなことも編集者あるあるだと思います。

    しかし、林さんは複数の部署を渡り歩きながらずっとご自身で結果を出されているので、そこには明らかに偶然や運ではない、特殊な能力があるんだろうなと思っているんです。
    横槍 林さんもたくさんの企業を受けた中で、たまたま集英社に入って漫画編集者になった方なんですよね。そのあたりはサカイさんと似てるタイプなんじゃないかなあ?
    サカイ そんな、林さんと似ているなんてとんでもないです。

    林さんはおそらく、間違いなく自分と違って、創作物を楽しむ才能をお持ちで、編集者という仕事にも楽しさを感じてらっしゃるのだと思います。そこがないと、試行回数を増やし続けることもできないと思いますので。
    横槍 私が尊敬しているのは、もちろんサカイさんもだし、あとは「週刊ヤングジャンプ」で言うと大熊八甲さん(『ゴールデンカムイ』(作:野田サトル)や『干物妹!うまるちゃん』(作:サンカクヘッド)などを担当)。やっぱり打率が全然違うんですよね。大熊さんも黒子に徹するタイプで、そこは共通していますよね。
    サカイ 自分が大熊さんを語るのも恐れ多いんですが、大熊さんは漫画も好きなんですよ。自分は漫画家さんと楽しい漫画の話はできないですけど、大熊さんはそれができるので強いですよね。
    赤坂 思うんだけど、サカイさんってそもそも漫画があまり好きじゃないの?(笑)
    サカイ いや、そんなことはないんですが、創作物を楽しむ才能はないと思っています。世の中に楽しめる漫画がほとんどない。それでも『かぐや様』や『【推しの子】』をはじめ、自分が担当させていただいている漫画は全作品、毎週すり合わさせていただいて楽しめるものなので、非常にありがたい限りです。

    創作物を楽しむ才能があれば、漫画コミュニケーション能力も上がり、さまざまなタイプの漫画家さんともお話が盛り上がるのでしょうが、自分は非常に感性の低い限定的な言語しか話せません。一方、赤坂先生とメンゴ先生はおふたりとも“マルチリンガル”で漫画コミュニケーション能力が非常に高いので、自分にも合わせていただいているだけという認識をしており、大変感謝しています。

    そもそも、同じ日本語のようなものを話しているように見えても、「面白い」「かわいい」「楽しい」などの言葉に対して思い描くイメージが人それぞれ違うように、思考回路は人によって全然違うということに対しては非常に自覚的ではあります。
    個人的にいちばん好きな漫画作品はあるんですか?
    サカイ 『テニスの王子様』(作:許斐剛)とかはめっちゃ好きです。カッコいいキャラクターがたくさん登場する作品が好きなんです、ふふふ(笑)。
    横槍 「ふふふ」って(笑)。やっぱり……かなり特殊な感じがする。サカイさんみたいな人は本当に初めて会った気がします。
    赤坂 一度でもサカイさんと組んだら離れたくないって思うのは、もしかするとこの特殊性ゆえなのかもしれない。
    サカイ 自分は、自分がいちばん普通だと信じて疑っていないんですけどね。
    赤坂・横槍 それはない!(笑)
    ありがとうございました。今回は漫画家にとっての編集者の重要性や関係性を伝える特集なんですけど、これはかなりレアケースのような気がします。
    横槍 絶対にそうですよ!
    サカイ ふふふ。いちおう取れ高のことも考えて、ほかの人が言わなさそうな内容になったら面白いなと(笑)。
    赤坂 いや、普段からこんな感じですよ(笑)。なんならきょうはマイルドなくらいで。
    サカイ きょうは集英社の広報も同席しているので、あまり過激なことは言えなくて。
    普段はもっと過激なことを言うんですか?
    横槍 言ってますね(笑)。
    赤坂 ノッていれば、「編集者なんてみんな等しく無能!」とか言ってますから(笑)。
    横槍 あはははは(笑)、怖い怖い。
    サカイ や、やめてください。ほとんど多くの編集者も、何も才能がないから普通に就職して、サラリーマンとして働いているのに過ぎないのでは?という意味合いです。

    そこを勘違いしている編集者が多いのも事実で、たとえば、人格を懸けた戦いに挑もうとしている持ち込みに来ていただいた新人漫画家さんを、「○○くん」などとイキって見下して呼んで距離感を間違うやつみたいに。自分は謙虚に業務に勤しみます。
    赤坂 自虐も行きすぎると、もはや無差別攻撃になるよね(笑)。
    横槍 大丈夫です。私たちはいつまでもサカイさんの味方ですから。何かあれば身体を張って守りますよ!
    インタビュー前編はこちら

    作品紹介

    漫画『【推しの子】』
    既刊4巻 最新5巻は8月18日(水)に発売!
    価格693円(税込)

    ©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社

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