女の子の笑顔が私のモチベーション。女子フォロワーに支持される中川原彩樹の引力

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好きなことを仕事にする、だけでは評価されない時代。モチベーションを保ち続けるには? 私にしかできない仕事って何? より高く跳ぶためのヒントは、自分らしくキャリアを重ねていく女性たちの考え方や行動から、見いだすことができるかもしれない。

「ヒントはココにある。」第4回は、Instagram(以下、インスタ)でフォロワー数約4万を誇る中川原彩樹(なかがわら・あんじゅ)。旅や写真、ファッションなどをキーワードにマルチな分野で活躍し、インスタを通じて仕事の依頼を受けることも多い彼女は、まさに「時代の生き方」を体現している存在といえる。しかし当の本人は、「インスタブームはいずれ終わります」と至って冷静だ。彼女が考える、5年後、10年後の生き方とは?

「ヒントはココにある。」一覧
中川原彩樹(なかがわら・あんじゅ)
高校卒業後、アパレルブランドに1年間勤めた後、19歳でカンボジアに移住。日系の飲食店で働き始め、最終的にリゾートホテルのマネジャーを務める。2年間の移住生活を終え、帰国後にアパレルのECサイトを立ち上げる。現在は、アパレルブランド「LIL POLGY 1993」(リルポロジー)のディレクターを務める他、企業のSNSのブランディングや、商品のプロデュースなど、幅広く活躍。年1回、主催しているイベント「Tropical girls BBQ」は、200人の定員がわずか数分で埋まるほどの人気イベントとなっている。

■この人と仕事がしたいか。直感に従って仕事を選ぶ

トップス・Ally pico knit cami、ボトムス・Sabrina weight fringe bell bottom、バッグ・Jane fringe turquoise suede bag/全てLIL POLGY 1993、その他は私物。

――「仕事は何ですか?」とよく聞かれると思いますが、どう答えていますか?
自分でも分からなくなってきていますね…(笑)。ファッションブランドのディレクターというのが肩書きのひとつかな。「LIL POLGY 1993」というブランドを今年新しくリリースして、そのディレクターを務めています。あとは、商品のプロデュースやコラボ、旅行会社でツアー商品のプロデュースをしたり。こういった仕事は、長期的に携わることが多いです。

最近は、トークイベントに出演したり、イベントのプロデュースをしたり、空間を作ってほしいという依頼を受けたりもしていますね。あとは、観光局や旅行会社から依頼を受けて、PRを兼ねて海外に行かせていただくことが多いです。
――本当に幅広いですね。インスタで商品をPRするような仕事は受けないんですか?
PRの仕事は、自分が本当に良いと思ったものしか受けないようにしているんです。インスタを長く続けてきた中で、そこはブレないようにしていますね。依頼をいただいたときは「使ってみて、良かったら投稿します」とお伝えしているので、もしかしたら「ちょっと面倒くさい人」と思われているかもしれません(笑)。
――仕事を選ぶポイントは?
お仕事をさせていただく前に、担当の方に一度お会いするようにしています。その方とお仕事したいと思ったら引き受けますし、何か違和感があるときは引き受けません。
――「仕事相手がどんな人か」が重要なんですね。
そうですね。仕事の内容にはこだわりますが、業種にはこだわらず、その人と一緒に仕事をしたいか、あるいは自分の気持ちがわくわくするか。だから今、“なんでも屋さん”みたいになっているんですけど(笑)。
――ファッション関係の仕事が多いのはなぜでしょう?
10代のときに「行きたいときに行きたい場所に行けて、会いたいときに会いたい人に会える」というのを、自分のライフスタイルのテーマにしようと決めていました。カンボジアから帰国したときに、そのテーマを実現するためにはどうすればいいかを考えて始めたのが、アパレルのECサイト。自分にはアパレルのスキルしかなかったんです。
■「かなった」の証。ドリームノートに記すハートマークと感謝の言葉

ノートとスマホは必需品。

――理想のライフスタイルを実現するために、続けていることはありますか?
高校生の頃から、ドリームノートをずっと書いています。やりたいことを全部書き出して、それがかなったらハートマークを付けて、「ありがとうございました」というひと言と、かなった日付を書くんです。やりたいことは「このお店のドリンクを飲みに行く」とか、小さなことでもいいんですよ。もう何冊目なんだろう? 10冊くらいはノートを使い切ったかもしれません。
――やりたいことは、思い付いたときに書くんですか? それとも、1年に1回などまとめて?
思い付いたときに書いています。その方が、自分の素直な気持ちを書き写せると思うので。ドリームノートは家に置いてあるんですけど、メモを取るためのノートは常に持ち歩くようにしていますね。スマホのメモアプリも使います。考えたことって、結構すぐに頭の中から消えちゃうので書いて残しておくようにしているんです。
――書く以外に意識していることは?
やりたいことや、会いたい人の名前を、周りの人に言うようにしています。言っておくことで「そういえば会いたいって言ってたな」って私のことを思い出してくれてイベントに呼んでくれたり、お仕事につなげてくださったりすることもあるので。今まで、人とのつながりで仕事が成り立ってきたので、本当にありがたいと思っていますね。
――仕事をする上でのマイルールはありますか?
人とお会いした後に、すぐに感謝を伝えるようにしています。それは仕事だけじゃなくて、友達とランチした後も同じ。「時間を作ってくれてありがとう」というメッセージを、すぐに送りますね。

そういう行動を取るようになったのは、19歳のときにカンボジアで知り合った方がきっかけです。「人の印象に残る人になった方がいい」「人の目を見て話すし、相づちを打つのもうまいから、最後にお礼のメールを送るようにしたら、もっと人の印象に残るんじゃない?」って言われて、今も継続しています。
■ネガティブな私を変えたのは「一歩踏み出す勇気」

(左)何十回も訪れているという世界遺産のアンコール・ワット。
(右)カンボジアへ行く楽しみのひとつが、現地の子どもたちに会うことだそう。

――人生の中で、カンボジアでの2年間というのはどのような時間だったのでしょうか?
私の人生のターニングポイントです。高校卒業後に就職して、毎日同じ電車に乗って…という生活を1年間続けていたんですね。その頃「20歳になる前に、もっといろいろなことを経験したいし、もっといろいろなところに行きたい。日本を飛び出したい」と考えていました。

たまたま、Facebookを見ていたら、知り合いが「カンボジア激動ツアー」という投稿をシェアしていたんです。「これに行きたい」と思ったんですけど、絶対に家族に反対されるなと思って、申し込んで全て手配が完了してから報告しました。
――準備が整ってからの報告だったんですね。
やっぱり、おじいちゃんやおばあちゃんには反対されましたね。でも、母だけは唯一「行っておいで」と背中を押してくれましたね。「決めるのは自分だから、自分がやりたいようにしなさい」と言ってくれたんです。確かに、何か決断をするときって結局決めるのは自分なんですよね。だから、普段からあまり人に相談はしないんです。
――ツアーで行く予定が、最終的には2年も滞在していましたね。それはなぜですか?
カンボジアのことを知りたいし、どうせ行くならツアーの2週間だけじゃ足りない、と思ったんです。そこで、知り合いの方が経営している日系のレストラン兼バーみたいな店に「住み込みで働かせてください」とお願いして、働くことにしました。

1カ月過ごしてみたらカンボジアのとりこになってしまって、日本に帰国した2カ月後にカンボジアに移住しました。
――カンボジアの魅力は何ですか?
当時のカンボジアには、日本人があまり住んでいなくて。日本食専門店もなかったし、国が発展していくさまを肌で感じられるところが刺激的だったんです。次々とお店もできるし、国自体がエネルギッシュに前進しているのを感じて、この国に住みたいと思いました。
――言葉は通じたんですか?
カンボジアは、英語とクメール語が公用語なんですけど、当時の私の英語力って、数字を言えるくらいのレベルだったんですよ。ましてや、クメール語なんて全然聞いたこともない未知の言語。だから、めちゃくちゃ勉強しましたね。今は、クメール語も少し話せます。
――カンボジアでの生活を経験して、変わった部分はありますか?
今は周りからポジティブマインドの持ち主だと思われていますが、私はもともとネガティブなタイプなんです。カンボジア行きを決めたときも、ベッドの上で体育座りをして、ひとりで泣いてポテトチップスを食べながら「どうしよう…」と悩んでいました(笑)。

あのとき、どうしてカンボジアへ行けたのか…自分でもすごく不思議で。でも一歩踏み出してみたら、案外行けたんですよね。
――衝動みたいなものがあったんですね。
20歳になる前に、そういう自分を変えたいという気持ちがあったんですよね。自分の中で、20歳はすごく大きな節目だと感じていたんだと思います。あとは、普通、大学に進学した人たちは22歳で卒業して社会人になるから、私も「22歳までに何かを成し遂げたい!」と漠然とした野望もありました。負けず嫌いなんですよ。
――移住生活を終えてからもカンボジアへ行っていますか?
ときどき行きますね。今はテレビや雑誌などで特集されてカンボジアのイメージが変わってきたと思うんですけど、それでもまだ「不衛生」とか「地雷」というイメージも少なからずあるようで…。だから、自分を変えてくれた国に何か恩返しがしたいと思っているんです。例えば、旅行会社さんとツアーを組んで、みんなでカンボジアへ一緒に行くとか! 今後実現したら良いな、と思っていることのひとつです。
■“その日だけ”じゃない。「明日から頑張ろう」と思えるモチベーションを与えたい

――写真を撮り始めたのは、カンボジアに行ったことがきっかけ?
写真を撮ること自体は、昔から好きでした。スマホが主流になる前も、よく写真を撮っていましたね。高校時代からブログをやっていたんですけど、更新するにはやっぱり写真が必要じゃないですか。私服で通っても良い高校だったので、コーディネートを撮ってブログにアップしたりしていました。
――今はインスタがメインになっていますが、そうなったのはいつからですか?
カンボジアから帰国して、自分でECのアパレルサイトを始めたときに、ちょうどインスタがはやり始めたんです。自分の洋服を売るのに、インスタを使えたらいいと思って、アカウントを作りました。毎日コーディネートをアップしたり、もともとカフェが好きだったので、カフェへ行ったときの写真をアップしたりしていたら、徐々にフォロワーさんが増えました。

だから、昔からの“好き”の積み重ねが、今につながっているんだと思います。“好き”を発信し続けていたら、海外のカメラマンからオファーがあったり、ブランディングのお仕事が来るようになったりしました。「インスタ映えを狙ってカフェに行ってるんでしょ?」とか言われると、「いや…昔から好きで行ってたんだけどなぁ」という気持ちになりますね。
――そういうふうに見られるのが嫌なんですね。
そうですね。でも、自分がそう見せているから仕方ないという部分もあります。日本にいるときはオフィスへ行って仕事をするし、パソコン作業もめちゃくちゃしています。でも、そういう部分って、インスタでは見せないじゃないですか。だから、テイクアウトのドリンクを飲んでいるところや、ミーティングで使ったカフェを投稿することが多くなります。そうすると「この人、普段は何をしてるんだろう?」「毎日楽しそう」みたいなイメージも与えてしまうんですよ。

でも最近は、それでいいと思っています。何をしているのか分からないくらいがちょうどいいのかもしれないなって
――主催している「Tropical girls BBQ」について教えてください。
毎年夏に開催しているイベントで、今年が3回目の開催でした。海の家を貸し切りにして、200人定員で参加者を募集したんですが、すぐにチケットが売り切れて驚きましたね。一緒に主催している海の家の社長さんに「女の子だけでBBQイベントしたい!」と言ったら、「じゃあ、うちでやればいいじゃん」と言ってくださって。トントン拍子に話が進んで、実現させることができました。これも、やりたいこととして口に出していたから、かなったんだと思います。

イベントの楽しさを伝えるために、一度空間をセッティングしてリハーサルしたんです。そこに友達を呼んで写真を撮って、インスタで告知したんですよ。それで雰囲気が伝わったから、成功したのかなと思います。

今年開催した「Tropical girls BBQ」。空間作りはもちろん、フードにもこだわっている。

――そこまでできるモチベ―ションって、どこから来るんですか?
フォロワーさんの愛ですね。私のフォロワーさんは、若い方が多いんですけど、3時間のイベント代に6500円というのは、彼女たちにしてみれば高額じゃないですか。交通費もかかるし、地方から参加するなら宿泊費もかかります。そんなお金を払ってまで参加してくれるフォロワーさんたちのことを考えると、私もイベントに対して熱量が上がりますね。

あとは、女の子がキラキラする瞬間を見たり、自分が作った空間で笑っていたりする姿を見ることで、私のモチベーションが上がるんです。そのためのプラットフォームは、写真や映像、リアルイベント…何かを通してそこに行き着けば良いな、と。

「Tropical girls BBQ」(2017年)に参加した女の子たち。

――あくまでディレクターであって芸能人ではないので、フォロワーさんとの距離感が難しそうですね。
芸能人ではないけれど、フォロワーさんとは親しい友達でもない…。だから、遠過ぎず、近過ぎない距離感を大事にしています。
――では、フォロワーの皆さんにとってどういう存在ですか?
“パワースポット人間”になりたいんです。「イベントで会ったその1日だけが楽しかった」、「インスタを見て気持ちが変わった」などではなく、フォロワーさんが「明日から頑張ろう」と思えるモチベーションを与えられるような人になりたいですね。
――中川原さんにとっての「パワースポット人間」はいますか?
何人かいますね。そのうちのひとりが母で、すごく尊敬しています。でも、そう言えるようになったのは最近ですね。昨年末に、母と話をしていて「ママは、彩樹がやりたいと言ったことに一度も反対したことはないよ」って言われたんですよ。自分が生きてきた25年間を振り返ってみたときに、確かに1回も「ダメ」って言われたことがないと気付きました。娘のことを信頼して、やりたいことを応援することが、自分だったらできるかなと考えたときに、母の心は偉大だと感じましたね。

■感謝を口にすることが、次の仕事の扉を開く

――普段、ファッションのトレンドなどの情報はどこから得ていますか?
インスタと、海外の方が運営されているファッションのサイト、Pinterestをよく見ています。あとは、海外に実際に行って情報収集する。海外では色味が参考になることが多くて、インスタの加工にも活かしていますね。

でも正直、インスタにはちょっと飽きてきているんです(笑)。今までは、1日に1回更新するっていう自分のルールを守ってきたんですけど、最近は更新が空くこともあって…。
――今後、実現したいことはありますか?
先日25歳になったんですが、今年1年は日本の地方に行きたいと考えています。まだ行ったことのない、知らない場所を巡りながら、女の子15人くらいで濃い女子会をしたいです。

イベントの定員が100人、200人規模になると、ひとりずつと話せる時間はどうしても短くなってしまうんですよね。だから、おいしいご飯を食べながら、じっくり向き合っておしゃべりできればいいな、と思っています。
――そういう企画みたいなものは、常に頭の中にあるんですか?
急に思い付いて「どうしよう、どうしよう」と毎回慌てていますね。イベントは、寿命が縮むんじゃないかと思うくらい、毎回大変です(笑)。それでもやっぱり、女の子がキラキラできる、リアルな場所を作っていきたいんですよね。
――5年後、10年後の人生については、どう考えていますか?
結婚して子どもがいるかもしれない…。やりたいことは、自分の内側から永遠に生まれてくると思うので、子どもが生まれてもずっと仕事を続けたいんです。

だから、子どもを産んでも働けたり、ペットと一緒に出勤できたりする会社を作りたいと思っています。女性のために、理想のライフスタイルと子育てを両立できる環境を用意したい。誰かに何とかしてもらうよりも、自分がそういう会社を作った方が早いなと思っています。そういうビジョンは明確にありますね。
――その未来を実現させるために必要なことは何だと思いますか?
人とのつながりですね。私は自分の願望を人に話すんですよ。その話を聞いて、周りが助けてくれたり、人を紹介してくれたり…の繰り返しで、今までやって来られたという実感があります。人とのつながりや縁に関しては、神様にすごく感謝しています。

人に話すと笑われるんですけど、私は寝る前に「神様、今日もありがとうございました」って言って寝るんですよ。そうやって感謝の言葉を口にしていると、新しい仕事が舞い込んでくることがあるんです。出会いに感謝すると、もっと感謝したくなるような出会いがやって来ることも。

だから、感謝の気持ちを持つのは大事だなと思っています。すごく当たり前のことを言っていますけど、意識していないと案外すぐに忘れてしまうんですよね。


インタビュー・文=東谷好依
写真=渡邊眞朗
デザイン=桜庭侑紀、msk
企画・編集=msk
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