物足りないくらいがちょうどいい。Chocomooのイラストに私たちが惹かれる理由

写真拡大 (全10枚)

好きなことを仕事にする、だけでは評価されない時代。モチベーションを保ち続けるには? 私にしかできない仕事って何? より高く跳ぶためのヒントは、自分らしくキャリアを重ねていく女性たちの考え方や行動から、見いだすことができるかもしれない。

「ヒントはココにある。」第5回は、イラストレーターのChocomoo(チョコムー)。モノトーンで描かれるポップなイラストは、性別や年齢を問わず、幅広い層に支持されている。今回、作品制作の様子を見せてもらったところ、彼女の手は一瞬たりとも止まらず紙の上を動き回り、あっという間にイラストで余白を埋め尽くしてしまった。「頭の中で思っていることを紙に写しているだけ」という彼女に対し、企業からのラブコールが絶えない理由とは?

「ヒントはココにある。」一覧
Chocomoo(チョコムー)
京都府出身のイラストレーター。ポップで独創的なモチーフを、全てモノトーンで描くのが特徴。日本をはじめ海外のアパレルブランドや企業とのコラボレーション、さまざまなアーティストへのイラスト提供を行っている。また国内外のアートショーにも参加するなど、幅広いシーンで活動中。

■思いも寄らぬ人生が開けた街、ニューヨーク

サインペンや筆ペンなど、さまざまな種類のペンを使い分けている。

――Chocomooさんは、子どもの頃からイラストの仕事に興味を持っていたのでしょうか?
小さい頃から絵を描くのが好きだったんですが、それを仕事にしようとはまったく思っていませんでした。高校卒業後、何か手に職を付けなければと思い、トリマーの専門学校に通って、資格を取ったんです。ところが、トリミングサロン就職後に動物アレルギーを発症してしまい、辞めなければいけなくなってしまって…。そこで「私は、動物の他に何が好きだっけ?」と考えた結果、地元・京都のジーンズショップに転職しました。
――そこから、どのようなきっかけでイラストレーターに?
ジーンズショップで働いていたときに、友達とふたりでアメリカ・ニューヨークへ遊びに行ったんです。友達も絵を描くことが好きな子だったので、ふたりでスケッチブックを持って公園に行き、芝生の上で座りながら絵を描いていたんですね。
そうしたら、たまたま通り掛かったおじさんが「ギャラリーに飾ってみない? 明日3枚くらい持ってきて」と声を掛けてくれて。自分の絵を「飾ってみない?」と言ってもらえたのは初めてだったので、すごくうれしかったですね。急いで数枚描いて持って行き、飾ってもらったところ30ドルくらいで売れたんです。
――ニューヨークから、イラストレーターとしての人生が始まったんですね。
そう言うとかっこいいですけど、全然そんなことないです(笑)。ニューヨークが「絵を意識するきっかけを与えてくれた」と言った方が正しいですね。帰国後、当時やっていたブログに作品を載せ始めるようになり、それを見た方から少しずつお仕事の依頼をいただくようになりました。とはいえ、いきなりイラストだけで生活するのは難しかったので、2年間はジーンズショップの仕事と二足のわらじで活動していました。
――ニューヨークで最初に描いたのは、どんな絵だったんですか?
作品を飾っていただいたお店は、スニーカーショップ兼ギャラリーだったので、その雰囲気に合わせて、カニエ・ウエストやスヌープ・ドッグなどのアーティストの絵を描きました。今のテイストとはちょっと違いますが、当時からモノトーンで描くスタイルでしたね。

――モノトーンにこだわっている理由は?
自分では、小学生のときからずっと習っていた書道の影響かなと思っています。モノトーンって、何か物足りない感じというか、未完成の美みたいなところがありませんか?
――余白を残すイメージでしょうか。
まさに! 昔から、クラシックなおもちゃとか、カクカクした動きのアニメーションとか、ちょっと物足りなくて心配になってしまうような感じの世界観がすごく好きだったんです。自分もそういう作品を作りたいと感じたんですよね。

アトリエには、海外で出会ったアンティークなおもちゃがずらりと並んでいる。

■仕事をするときは「自分がわくわくするか」が大事
――Chocomooというペンネームは、海外の方にも覚えてもらいやすそうですね。
イラストの仕事を始めた当初は、本名で活動していたんですが、全然名前を覚えてもらえなくて…。その頃、私はコーヒーが飲めなくて、いつもチョコレートドリンクを飲んでいたんです。それを見た友達が面白がって、私のことを「チョコムー」って呼び始めたんですね。
スパイク・リー監督の映画「クロッカーズ」に、チョコレートドリンクをずっと飲んでいる主人公が登場するんですけど、その主人公が飲んでいたのが「チョコムー」という名前なんです。私はその映画を知らず、ただ単純に「イントネーションがかわいいな」と思って、Chocomooとサインし始めたんですよね。そうしたら名前を覚えてもらえるようになったので、今もそのままペンネームとして使っています。
――いろいろな企業から依頼を受けると思いますが、仕事を選ぶ基準を教えてください。
一番は、自分がわくわくするかどうか。「チョコレートを作っている企業と仕事がしたい」と考えているときに、実際に依頼が来たこともありました。考えもつかなかった分野からお話をいただけたときも、「今までやっていなかったから面白そう」と思ってお引き受けすることが多いですね。
――自分から発信して、仕掛けていくこともありますか?
仕掛けるというほどではありませんが、SNSやブログでは、好きなことや興味があることをアップしていますね。そういうものを見たという方からお話をいただくこともあります。何気ない発信が、お仕事につながることもありました
――イラストの仕事を始めるにあたって、意識して行っていたことはありますか?
誰かと会わなければ何も始まらないと思って、積極的に人に会いに行っていました。以前、ニューヨークにパトリシア・フィールド(※)のお店があったんですが、そこでパーティーが開催されたときも、パトリシアに会うために足を運びました。パーティーでは、パトリシアを遠目に見ただけだったんですが、スタッフの中に私のSNSをフォローしてくれていた人がいて。「今度、パトリシアに会わせてあげるよ」と言ってくれたんです。

ニューヨーク滞在中にパトリシアのオフィスに呼んでいただき、絵を見せたら気に入ってくれて、似顔絵を描きました。そこから何回かご飯に行きましたね。6、7年前の話ですが、今でも鮮明に覚えています。
※アメリカで活躍するスタイリスト。人気ドラマシリーズ「SEX AND THE CITY」のスタイリストに抜てきされ、一躍カリスマ的存在に。その後、映画「プラダを着た悪魔」の衣装を担当するなど活躍している。

――会いたいと思ったら、スターであろうと会えるのがすごいですね。
その代わり、ずっと念じ続けていますよ(笑)。毎年、年始になると、ノートに20個くらいやりたいことを書き出すんです。「運動する」とか「ゴロゴロしない」とか、自分次第でどうにでもなる目標から、「チョコレートメーカーとコラボしたい」とか「◯◯に会いたい」とか、ドラマチックな願望まで。そのノートを1カ月に1回くらい見返して「これは叶っているな」とチェックしていますね。

私は自分に対してすごく甘いので、すぐに寝たり怠けたりしてしまうんです。だから、定期的に「私はこういうことをしたかったんだ」と思い出すために、ノートを見返す習慣付けをしています。
■まるでアスリート。ケンカ腰で挑む、ライブペイントの壁

思っていたよりも描く面積が多く、ライブペイントをするのは大変だったそう。

――最近、何か印象的なお仕事はありましたか?
イタリアの自動車メーカーのFIAT(フィアット)さんとコラボして、100台限定の車を発売しました。外から見ると白い車なんですけど、フロアマットやドリンクホルダー、ヘッドレストカバーなどに私のイラストが描かれているんです。2年前くらいから、乗り物関係の仕事をやりたいなと思い続けていたので、この願望も叶いましたね。実際に乗ってみたら、自分の絵に囲まれた空間というのは新鮮で、小さなギャラリーが移動している感じで面白かったです。
――今まで、紙以外で「これに描くの?」と思ったものはありましたか?
9.11(アメリカ同時多発テロ)の数年後に、ニューヨークの壁にイラストを描いてほしいという依頼をいただいたことが印象に残っています。頻繁に訪れていたときに、あるギャラリーの前をよく通っていたんですよ。そのギャラリーのオーナーが、私がハートの絵を描いていることを知っていて依頼してくれました。9.11の記憶を忘れないようにするためのモニュメントに、日本人の私がイラストを描かせてもらえるというのは、感慨深かったですね。
――ライブペイントをされることも多いようですが、人に見られながら描くことは緊張しませんか?
100%集中するまでに時間がかかります。集中し切ると自分の世界に入って周りが見えなくなるんですけど、初めの5分くらいは時間配分やお客様の視線が気になって「あー、いきすぎたな…」などと思うことがありますね。インクが垂れてしまって焦ったこともありました(笑)。そういうときは垂れた部分を活かした絵を描いちゃいます。
――ライブペイントのとき、絵の構想は立てていかないんですか?
そうですね。考えると逆に描けなくなってしまうので。会場が暑いときは、溶けそうになっているキャラクターの絵を描いたり、寒ければアイスの絵を描いたりすることもあります。パズルを埋めていくように、そのときのインスピレーションに従って描いていきますね。
――会場で音楽をかけたりするなど、ライブペイントの際に行っているルーティンはありますか?
自分を奮い立たせるために、テンション高めの音楽をかけてもらっています。90年代のHIP HOPが多いですね。あとは、本番5分前とか10分前になると、人と話さずに集中します。何も考えず、何も見ず、人とも話さずに自分と向き合うみたいな…。
――ゾーンに入る準備ですか? アスリートみたいですね!
そうですね。確かに、本番前はアスリートみたいな感じかもしれません。海外でライブペイントするときは、真面目すぎて心配されることもあります(笑)。海外のアーティストは、ビールを飲みながらライブペイントをする方も多いので、私も「どうぞ」とお酒を差し出されることがあるんですけど、絵を描く前は一切飲まないんですよ。飲んだら描きたくなくなって、止めちゃうだろうな、と(笑)。
■イラスト、やること、打ち合わせの内容…全てを手書きで記録する

――SNSを拝見すると、常に絵を描いているイメージがあります。仕事以外でも絵を描くことは多いですか?
仕事でもプライベートでも、ずっと絵を描いていますね。スケッチブックにアイデアを描いたり、自分の作品づくりをしたりしています。だから、自分で時間を見つけて作業時間を作らないと、追い付かなくなっちゃいますね。1日ごとにスケジュールを組んで、作業時間を確保するようにしています。
――フリーランスはスケジュール管理も仕事のうちだと思いますが、Chocomooさんなりの仕事術があれば教えてください。
1日ごとのスケジュールは、iPhoneに打ち込んでいます。でも、基本的にはアナログ人間なので、その日どんなことをしたか、寝る前に手帳に書き出すようにしています。自分の手を使って、鉛筆で書くという作業が好きなんですよ。

あとは、やることノートを作って、タスクをリストアップすること。打ち合わせの内容など、全部の仕事を1冊にまとめて、それを見れば全部分かるようにしています。メールで決まったことがあれば、その内容や期限もすぐに書く。物事を後回しにしてしまう性格なので、“そのときにやる”を習慣化するようにしています。
――さまざまなクライアントとお仕事されているので、1冊にまとめることで、仕事の全体量も把握できそうですね。ところで、ご自身の作品の強みって何だと思いますか?
強みがなかなか分からなくて、ある企業の方と打ち合わせをしたときに「私にお話をくださったのはなぜでしょうか?」と聞いてみたんです。そうしたら「ターゲットが広いことと、モノトーンでいろいろな人が入りやすい世界観だと思ったからです」とおっしゃっていただいて。それを聞いて、商品にするときに落とし込みやすいのが、私の強みなんじゃないかなと思ったんですよね。
■未来は未定。ある日突然、カラフルな絵を描き始める日が来るかも?

めったに描かないというモノクロ以外の作品。

――自分の意図とかけ離れたイラストの使い方をされてしまったことはありますか?
自分のスタイルが曖昧だったころ、描いたイラストに企業さんが色を付けて提案してくださったことがあって、「これは私のやりたい表現と少し違うな」と感じました。そういう違和感が積み重なって、自分のスタイルを自覚できるようになっていったんです。
――自分のスタイルとは?
いろいろな作品を見に行くのが好きで、美術館やギャラリーにもよく足を運ぶんです。見る分には、悲しい作品やネガティブな作品も好き。でも、自分が作品を作るときは、基本的にポジティブなイメージを心掛けています。「こんなことが描いてあるよ」と発見してもらうなど、クスッと笑ってもらえるような作品にしたいと思っていますね。

例えば、友達と楽しくお酒を飲んだときのことを思い出して、ビールジョッキが踊っている絵を描いたり、自分が人に言われてうれしかった言葉をさりげなく入れておいたり。「これはネタになるな」と思ったことを、iPhoneにメモしています。
――今後、こういうものにイラストを描いてみたいという願望はありますか?
自分の可能性が、まだよく分かっていなくて。「ずっとモノトーンでいくんですか?」とよく聞かれるんですけど、それも分からない。今、頭に浮かんでくるイメージがモノトーンだからそれに従っているだけで、ある日突然、カラフルな絵を描き始めるかもしれません。それはそれで面白いですよね。

今、興味があるのは、映像とか立体物。紙以外の世界で作品を作りたいという気持ちが大きいです。

アトリエには、これまでの作品が飾られている。

――Chocomooさんのイラストは、動くとさらに楽しそうですね。
AIさんや安室奈美恵さんなど、アーティストのライブでイラストを映像化してもらったときは、世界が広がる感覚を受けました。フィアットさんのウェブサイト上でも、キャラクターを自由に動かせるコンテンツを作っていただき、面白いなと思いましたね。今後は、ストーリー作りから関わって、映像作品にも挑戦してみたいと考えているところです。
――イラストレーターの仕事には、広がりがあるなと感じます。
自分が頭の中で思っていることを紙に写して、それを商品にしてもらったり映像にしてもらったりしているので、「イラストレーターという呼び方で合っているのかな?」と思うことが多いんですけどね(笑)。絵の専門的な勉強を何もしてこなかったこともあり、イラストレーターを本職にしている方と同じくくりに入れていただいたら申し訳ないという気持ちもあります。

だから最近、職業を聞かれたときは「絵を描くことが仕事です」と言っています。見てくださる方がいる限り、楽しみながら、自分のできる範囲で表現していきたい。それが、私の仕事のスタンスですね


インタビュー・文=東谷好依
写真=渡邊眞朗
デザイン=桜庭侑紀、msk
企画・編集=msk
「ヒントはココにある。」一覧