元気って人からもらうもの? 83歳のクリエイター・若宮正子からの問いかけ

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人生は楽しい。「83歳のプログラマー」として世界から注目を浴びる若宮正子(わかみや・まさこ)さんは取材中に何度もそう口にした。終活なんてしているヒマはない。挑戦したいことは山ほどあるから。

「高齢化が進み、先の見えない現代社会」という一文を目にしたことがある。しかし、彼女がキラキラとした目で展望を語るたび、そんなものは幻想ではないかと首をひねってしまうのだ。

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1935年東京生まれ。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)へ勤務。定年後にパソコンを独自に学び、1999年にシニア世代のサイト「メロウ倶楽部」の創設に参画するなど、シニア世代へのデジタル機器普及活動に尽力している。2016年秋からiPhoneアプリの開発をはじめ、2017年には米アップルによる世界開発者会議「WWDC 2017」に特別招待される。2018年には高齢者とデジタル技術をテーマにした国連会議で基調講演する。内閣府が進める「人生100年時代構想会議」の最年長有識者メンバーにも選ばれた。
―以前はどのような会社にお勤めでしたか?
高校を卒業してすぐに大手の銀行に就職し、そのまま定年まで勤めました。私が入った当時は、お札を指で数えてそろばんで計算していて、ロボットに近い作業ができる人が優秀な社員と思われていましたね。

ところが銀行が機械化、オンライン化するにつれてその辺りの事情が変わってきました。

ロボットでもできる作業をしていた人はむしろ不必要になって、余った人は営業部門に回されました。私はいろいろな提案をしていたせいか、企画開発部門に転属になりました。

あの頃のコンピューターは、とにかく恐れ多い存在。どんと1部屋を占領していて。重役室ですらエアコンを入れていない時期に冷房が入っていたので、私たちは「きっと重役よりも偉いのよ」なんて言い合っていました。ふふふ。
―若宮さんがコンピューターに触れるようになったのはいつ頃ですか?
退職する少し前です。最近では家にコンピューターを持つ人もいるらしいと聞いて、退職金で購入しました。

買ったのは、コミュニケーションツールとして使いたかったからです。もちろんインターネットなんてものはなくて、電話線を使ったパソコン通信で毎晩のように「キーキーキー! ガーガーガー!」って大きな音を立てていたので、もう恥ずかしかったこと(笑) 町内の人に「あそこの家は何をやっているんだ?」って不審がられていたでしょうね。

でも面白かった。今のSNSなんかよりもずっと面白かったです。

それからしばらくして、インターネットの時代がやってきました。高齢者世代がネットを通して実りのある豊かな生活を送れるように、というコンセプトのウェブサイト「メロウ倶楽部」の発起にも関わりました。今も世話役を担当しています。
―今後、さらにIT化が進むことでどのような世界が訪れると考えますか?
"重役"以上の「コンピューター様」がいつの間にか一家に1台、さらには個人のポケットに入るまでになりました。ただ、それもいずれはなくなるだろうと考えています。
―スマホを持たなくなる時代がやってくる?
そう思いませんか? 鍵を探さなくても顔認証で玄関が開く、認証の時点で空調が回り始めて電気もつくとか、そんな時代がやってくると思います。今はみんなスマホがポケットに入っていなかったら青い顔になるでしょう。あんなもの、置き忘れて大騒ぎするくらいなら持たない方がいいんですよ。
―2017年には、ご自身が開発したiPhoneアプリ「hinadan」が評価され、米アップルが毎年開催する開発者向けイベント「WWDC」(ワールドワイド・デベロッパーズ・カンファレンス)に招待されました。
「スマホというのは若者向きで私たち年寄りが面白いと思ったり、役に立つアプリがちっともない」という声をあちこちで聞いたので、挑戦しました。

「81歳のバアさんがプログラミングを始めて、アプリを作った」というのに強いインパクトがあったのでしょう。CNNが取材して、書いた記事を世界中に拡散したんです。

その後に日本のアップルから「アメリカであなたに会いたいという人がいる」と誘われました。別にアメリカのアップルに友達も親戚もいないし、「誰なんですか?」と尋ねたら「CEO(最高経営責任者)です」って。「CEOって会社で一番偉い人ですか?」「そうです」。さすがにそこまで言われたら行かなきゃ悪い、と渡米しました。
―現地でティム・クックCEOと話したこともニュースになりました。
忙しい方ですからね。握手して、すぐにどこか行ってしまわれるものだと思っていたら「いろいろと話を伺いましょう」ってどっかり構えられてしまって。

私の目の前にいる人は、ハコも中身も作っている会社で一番偉い人。それなら今、ここで私が高齢者の不満を言わないでどうするの!と奮起して「年寄りの指だとスライドやスワイプがやりにくい」とか「画面のチラツキがこたえる」とか必死になって伝えました。最後には「だからさ、年寄りには使いにくいのよ!」なんてタメ口になってしまって(笑)
―クックCEOはどんな方でしたか?
誠実で優しい方、という印象です。ただ、先代のスティーブ・ジョブズさんも本当は社員思いの方だったような気がするんです。本ではいろいろと書かれていますが。

今は、私たちがアプリをダウンロードすることで、一部の収益がアップルに入りますよね? ああいうお金の集金手段を作った背景には、ジョブズさんが重病で、あまり命が長くないと自覚していたからではないでしょうか。今では、そうした新しいビジネスモデルのおかげで、わずかでも次のヒット商品が売れるまでの収入が期待できる。

表面的には「怖い人」だって思われていても、部下のために新しい収益源を模索していた人。私はそう理解しています。
―今はどんなことに興味を持たれていますか? やはりプログラムですか?
プログラムだけじゃなくて、面白ければ何でもやりたいです。最近だと、3Dプリンターで出力する物を作る簡単なアプリにハマっています。自宅の近くに3Dプリンターが設置されている工房があって、ペンダントも作ったんですよ。500円ちょっとでできる。
後は電子工作でしょうか。私が理事を務めるブロードバンドスクール協会が目下、小学生にプログラミングをお教えしている関係で、子ども達に「IchigoJam」(子ども向けのプログラミング学習教材)を教えておりまして。でも、大人や年寄りがやってもいいと思いませんか? 今はそっちに興味があります。

IchigoJamのキットは、自分でハンダ付けして基盤を作るところから始まります。年齢に関係なく勉強になる。「コンピューターは二進法である」ということをジイちゃんバアちゃんが学んでくれたら、すごく有意義なんじゃないかな、って。
―精力的な若宮さんの平均的な1日を教えてください。
それがね、平均的な1日ってないんです(笑) 例えば、ある日は急に思い付いたことがあって5時に目覚めて、起きて仕事をして、疲れたら休憩。別の日は朝の7時50分までに虎ノ門に行かなきゃいけないとか。毎日、やることが違います。あえて言えば「生活パターンがない」のが生活パターンでしょうか。
―そちらの方が健康に良かったりするのでしょうか?
どうでしょう。体に良いか悪いかよりも、今は興味のある仕事がどんどん増えて、それをこなしていかなきゃいけないから。睡眠時間も1日3時間だったり8時間だったりバラバラですね。
―食生活で気を付けていることはありますか?
特にないです。今日も料理を作る時間がなくて。出来合いのものを買ってきたり、半製品を利用したり、出先で食べちゃうこともある。自分で料理するのも好きですけど、そのときどきですね。ビタミンなんかも気にしない。お酒も常識的な範囲です。
―タバコは吸いますか?
吸わないです。これは健康とは関係なく、おいしいとは思わないから。定期的な運動もしていませんけど、歩く機会はすごく多いですね。この前、旅行したときに計測したら1万8000歩にもなって。好奇心旺盛だから、気になる横丁なんかにはすぐ入っちゃう。

今回のように「体に良いことしてますか?」と聞かれることも多いんですよ。何もしていない人はみんな引け目を感じちゃって。なんだか“健康恐怖症”みたい。以前に私も元気な高齢者に話を聞いたら「健康!? そんなことを気にしてるヒマが俺にあると思ってるのか」と怒られちゃって(笑) 「俺にはミッションがある。死んでもやらなきゃいけないことがある」んだそうです。最近は、あまりにも健康寿命が強調されすぎている気がしますね。
―「元気がない若者にひと言」という質問を受けることも多いのでは?
多いです。私、すごく不思議に思うんですよ。元気って人からもらうものなんですか? お中元なら分かるけど「元気をもらう」なんて…。昔はそんな発想自体なかった気がします。

別に何かに挑戦して失敗してもいいと思うんですよ。講演会で「これからの子どもたちに何をしてあげたらいいですか?」って質問がよく出るんです。私は「なるべくたくさん失敗をさせてあげてください」って答えます。親心、ジジババ心でついつい失敗させないように導こうとする気持ちも分かりますけど。

ロボット教室でも、ロボットが一発で歩き出したら成功だとは思わない。倒れたら、どうしてそうなったかを調べて新しいデータが得られますよね。いろんな失敗をした方が次のロボットを作るときに有益な情報としてつながっていきます。

若い頃に英語教室に通っていたことがあったんですが、先生がみんなの前で私に表彰状をくださったことがあったんです。理由を聞いたら「この1年間で一番たくさんの間違いをした人だから」って。私が間違えたことばかり発言するから、みんなが覚えたんだ、と。

いいじゃないですか。どんどん失敗して人生楽しんでいきましょうよ。

企画・インタビュー・文=森田浩明
写真=西田周平
デザイン=桜庭侑紀
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