漫画『乙嫁語り』森 薫×大場 渉(後編)/大手週刊漫画誌と同じやり方をしていたら、いっこうに漫画家は育たない
近年、右肩上がりの好調が続く漫画業界。漫画の制作現場にも注目が集まり、漫画家だけでなく編集者への関心も高まってきた。メディアでも編集者に関する記事を目にする機会が増え、ライブドアニュースでもこうした記事を掲載しては、大きな反響を集めている。
では、編集者は、何を考えて仕事をしているのか?
漫画家は、編集者に何を求めているのか?
「担当とわたし」特集は、さまざまな漫画家と担当編集者の対談によって、お互いの考え方や関係性を掘り下げるインタビュー企画。そこで見えてきたのは、面白い漫画の作り方は漫画家と編集者の関係性の数だけ存在し、正解も不正解もないということだ。
第6回は、2008年から始まった『乙嫁語り』の作者・森 薫と、担当編集の大場 渉が登場。森といえばメイドへの熱烈な愛と、あまりにも細かい描き込みや画力の高さで知られる作家だが、大場とは商業誌デビューから20年近くタッグを組んでいる。
20年以上も編集に携わっている大場は、今年4月に気鋭の新雑誌「青騎士」を立ち上げたばかり。彼が発する言葉からは、大手週刊漫画誌に対して、それ以外の漫画誌編集者としての矜持が強く感じられる。
「組織が大きくなると、“サラリーマン編集者”が増える」など厳しい発言も飛び出すのは、マイナー誌に希望を抱くからこそ。時代に風穴を空けようとする編集者のプライドを感じてほしい。
- インタビュー前編はこちら
- 森 薫(もり・かおる)
- 1978年9月18日生まれ。東京都出身。漫画家。同人活動を経て、2001年に『エマ』で商業誌デビュー。第9回文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞を受賞する。2008年より、「Fellows!(現「ハルタ」)」で『乙嫁語り』の連載を開始し、現在は「青騎士」に移籍して連載中。同作はフランス・アングレーム国際漫画祭世代間賞、マンガ大賞2014を受賞するなど、受賞歴多数。
- 担当編集者・大場 渉(おおば・わたる)
- 1974年生まれ。1997年にアスキー(現在はKADOKAWA)入社。「週刊ファミ通」や「月刊コミックビーム」での編集業務を経て、2008年に「Fellows!」を創刊。2021年4月には新雑誌「青騎士」を立ち上げる。担当作品に『エマ』、『乱と灰色の世界』、『健全ロボ ダイミダラー』など。
担当編集が変わらないのは、じっくり漫画家を育てるため
- 大場さんはこれまで「月刊コミックビーム」や「ハルタ」、「ASUKA」といった雑誌で編集者を務めていますが、わりと作品作りにも深く関わっている印象があります。
- 大場 たしかに関わることは多いです。でもこれは雑誌が置かれている状況の違いかなと思います。僕がやってきた雑誌は新人を起用することが多いので、漫画家に任せっきりにするとほとんどが作品の体をなさないんですよ。
- 森 前編でも言いましたけど、私はそもそもネーム(注1)も描いたことがなかったくらいですから(笑)。
- ※注1:コマ割りやキャラクターの配置、セリフといった、漫画の構成をまとめたもの。一般的に商業誌の場合、漫画家が描いたネームを編集者が確認し、OKが出たあとで原稿に取りかかる。
- 大場 少なくとも、うちの雑誌で描いている漫画家に関していえば、すごく乱暴な言い方をすると「読者を楽しませる漫画を描けない」人が多いんです。仮に描けたとしてもその1作品で終わってしまって、継続して生み出し続けることは難しいと思います。
- 森 そこはやっぱり大手の漫画誌とは違うところでしょうね。商業誌デビューを目指している漫画家志望者が、最初に「ハルタ」や「青騎士」に原稿を持ち込むことって、まずないと思いますから(笑)。
最初はみんな「週刊少年ジャンプ」や「週刊少年マガジン」、「週刊少年サンデー」といった大手に持ち込むわけじゃないですか。すぐにものになりそうな上手い人たちは、だいたいそっちに獲られてしまうと思うんですよ。 - なるほど。「ハルタ」にはかなり荒削りな原石が集まるわけですね。
- 森 そうだと思います。だから編集者さんの役割も、おそらく大手とはまったく違うんじゃないですかね。まあ、私はあまり大手の編集者さんを知らないですけど(笑)。
- 大場 それはもう全然違いますよ。というよりも、うちが大手と同じやり方をしていたら、いっこうに漫画家は育たないし、ヒット作なんて夢のまた夢になってしまいます。
以前、「ハルタ」の新人さんたちと「ゲッサン(月刊少年サンデー)」の新人さんたちとで合同勉強会をしたことがあるんですけど、あちらの新人さんは絵もストーリーも優秀で、とにかくデキがいい。それに対してこちらの新人は、荒削りでつたない作品ばかり描いていて(笑)。
それでも、僕らみたいな漫画誌の編集からすると、なんだこりゃと思う作品を描く人ほど漫画家にしたいと思うところはあります。
うちの新人たちといえば、それこそ森さんを筆頭に、ひとくせもふたくせもあるヤツばかりで(笑)。そういうヤツらが「もしかすると将来化けるかもしれない」っていう淡い期待を抱かせてくれるんですよ。 - 森 ふふっ、まあ社会不適合者でしたね(笑)。まともに人と会話もできなかったんですけど、漫画を描いていく中でまた得られて今ではなんとか一般人のフリができるまでになりました。
- 大場 僕らはそういうところから漫画家に向き合っていかないといけないんですが、でもそれは、「月刊コミックビーム」時代からずっとそうですから。だから根本的なところで大手とは編集者の役割が違うんですよね。
- 大手誌とは違って担当編集がずっと変わらないのも、漫画家さんをじっくりと育てるためなんですね。
- 大場 そうですね。それだけ時間をかけて漫画家と向き合うことができますし、そこはいいところだと思います。まあ、それでもどうにもならないことも多々あるんですけどね。
- 森 でも、それは仕方がないと思いますよ。そうやって何十人ものヒナを育てて、そのなかで将来的に雑誌で活躍できる人が数人育てばいいっていうやり方ですよね。そうやって育てられた漫画家はその出版社への土着精神が強いので、「売れたからほかで連載します」っていうこともあまりないような気がしますね。
「連載=就職」ではない。漫画家には積極性が大切
- 漫画家さんの将来性はどこで判断するものなんですか?
- 大場 答えなんてないですし、そこを考え始めたら終わりです(笑)。ただひとつ言えるのは、技術というのはある程度は後天的に養うことができるんです。
なので、たとえ今はつたなくても、それはむしろ伸びしろだと思っていて、そういう意味でのへたさはあまり気にはしませんね。 - 森 将来性に関しては、漫画家自身の積極性というか、意識が大きいような気がします。
- 積極性ですか?
- 森 はい。私は基本的には漫画家って個人事業主だと思っているんですけど、なかには就職だと考えている人たちも多いと思うんですよ。そうなると出版社に所属しているだけでヨシとしてしまったり、もっとひどい場合には、「漫画家志望」という肩書きだけで満足してしまう人もいるんです。
- なるほど。
- 森 それでも若いうちは、周りもなんとなく応援してくれたり尊敬してくれたりするんですけど、現実はそんなに甘くないじゃないですか。いくら新人を育ててくれる編集者だからって、完全に受け身の人を育てることはできないですから。
そこはひとりの作家として、もっと主体性や積極性を持つべきだとは思います。連載を持ったからといって、それは雇用されたわけではないんですよね。安心素材にはならないわけです。 - 大場 その通りだと思います。やはり化ける新人は漫画家として大成しようっていう気持ちがものすごく強いんですね。その姿勢は純粋に嬉しいですし、そうなるとこちらも自然と前のめりになっていきますよね。
- そういった根本の部分にある気持ちというのは、編集者がどうにかできるものではないんですね。
- 大場 そうですね。そこは結局のところ、本人にしか築けないプライドなんじゃないかと思うんです。「自分は漫画家なんだ」という気持ちですね。
これは編集者も同じで、「自分は編集者である」というプライドがあるかないかで、大きく変わってくるんです。それでいうと、今も昔もひどいヤツはたくさんいますから(笑)。
“サラリーマン編集者”は、作家より数字を見るようになる
- 大場さんの周りにも、そういう編集者がいるのでしょうか?
- 大場 漫画業界には、「役に立つ編集者は全体の5%くらい」という話もあります。「編集者」である前に「サラリーマン」だという意識が強くなってくるので、そうなるとなかなか自分は漫画の編集者だというプライドも築きにくくなってきます。
- いわゆる大企業病ですね。
- 大場 優秀な新人をたくさん抱える大手雑誌であればそれでもいいんです。でも、うちらのような中小雑誌がそれをやり出したらもうおしまいですよ。漫画家も育たないし、ただただ大切な才能をすり減らすだけで終わってしまう。どの編集者も「理想」と「現実」の二面性は持っていて、ホントは良い本を作りたい。
ただ、あまりにも「商売の規模」が大きくなりすぎると、その中心にあったはずの「理想」を見失ってしまう。出版社に限らず、あらゆる企業はそうやって腐っていくものなので、そこはみんな自覚しておくべきだとは思うんです。 - 漫画家さんの立場として、森先生はいわゆるサラリーマン編集者に対してはどう感じますか?
- 森 難しい質問ですね。漫画家にもいろいろなタイプがいますし、人間としての相性の問題もありますしね。それこそ先ほどの話のように、大手と中小では考え方がまったく違うので、一概には言えないと思います。
そのうえで、あくまで私個人として答えるならば、漫画について語ることを持たない編集者さんとはちょっと難しいような気がしています。「漫画家と編集者が一緒にいて、むしろ漫画について語る以外の何をしろと言うの?」という気持ちが強いので(笑)。きっと根っこの部分が漫画オタクだからなんでしょうね。 - 森先生は今でも漫画をよく読まれるんですか?
- 森 そうですね。毎月200冊くらいは新刊を買っています。
- スゴい! めちゃくちゃ読んでますね。
- 森 既刊3巻くらいまでの新作を中心に、エロと幼年漫画以外はすべて読みます。そんな感じなので、とにかく漫画について話せない編集者はやっぱり厳しいんです。どんな意見でも考えでもいいから、話してもらいたいって思っちゃいますね。
「青騎士」では実力のある漫画家をひとりでも多く育てたい
- 今回、新たに立ち上げた「青騎士」には森先生も一緒に移籍されました。森先生は、掲載誌を移ることについてはどう感じているんですか?
- 森 家を引っ越しするのに抵抗がある人とない人がいると思うんですけど、それと同じです。
私はあまり抵抗がないタイプで、住んでいるあいだはその家に愛着が湧くし、ご近所さんとも仲良くなるんですけど、でもそこにずっと住み続けられるわけではないとも思っていて。雑誌も同じで、そもそも「月刊コミックビーム」の頃から「いつ雑誌がなくなるかわからない」って言われてきていますから(笑)。
だから今回も「変わるんですね。じゃあ引っ越し準備だ!」くらいの感覚ですね。唯一気になるのは雑誌を定期購読してくださっている読者さんのことで、もし私の作品目当てで買ってくれていたなら、そこはちょっと面倒をかけてしまうので「すみません」って思っています。 - 既存のファンがちゃんと「青騎士」にたどり着いてくれるか、という心配はありますか?
- 森 そこはあまり心配していません。私自身、好きな作家さんが掲載誌を移るということは何度も経験していますけど、そのたびに次の雑誌を探し出して、どこまででも追いかけていますから(笑)。
- 創刊したばかりの「青騎士」ですが、今後はどのような漫画誌に育てていこうと考えていますか?
- 大場 雑誌というのは、創刊したときがもっとも純粋で熱量も高いものなんですよ。だからこそ、僕としては今の創立メンバーを大事にして、実力のある漫画家をひとりでも多く育てていけたらいいなと思っています。
- 息の長い雑誌になればいいですよね。
- 大場 でも、10年もすればたっぷりと脂肪が乗って、すっかり別物になってしまうことは多々あるので、長さにはあまり興味がないです(笑)。そうなったらまた新雑誌を立ち上げるだけですよ。「赤騎士」とか「白騎士」とか(笑)。
時代に風穴を空けるのは、中小漫画誌の役割である
- ここまでお話を伺ってきて、大手誌と中小の漫画誌では、編集者のあり方や漫画家との関わり方が全然違うんだとわかりました。ぶっちゃけ、苦労も多そうですね。
- 大場 まあ、それも込みで楽しんでいるんですよ。それに、時代に風穴を空けるのっていつだって中小漫画誌だし、創刊誌なんです。
漫画業界って、決して大手が総取りしているわけではないんですよね。それがこの業界の面白いところだし、中小の魅力でもあると思うんです。 - 『鬼滅の刃』(作:吾峠呼世晴)や『呪術廻戦』(作:芥見下々)といったメガヒット作品に目を奪われがちですが、たしかに漫画業界というのはものすごく裾野が広いですよね。
- 大場 そうなんです。だから僕らは、荒削りだけど尖った作品を世に出す。そこから時代を先取りする作品や作家が生まれる。そして、10年くらいで変化が必要になる。
そうして役割を終えた雑誌から姿を消し、また新しい雑誌が生まれる。僕らはそんなスクラップアンドビルドを繰り返すことで、この漫画業界を駆け巡っているんです。 - 森 よくわからないけど、なんかカッコいいセリフ(笑)。
- 大場 うまく締まったでしょう(笑)。
- インタビュー前編はこちら
作品紹介
- 漫画『乙嫁語り』
- 既刊13巻
価格682円(税込) ※12巻は726円、13巻は748円。
©森薫/KADOKAWA
サイン入り色紙プレゼント
今回インタビューをさせていただいた、森 薫さんのサイン入り色紙を抽選で1名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。
- 応募方法
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\『#乙嫁語り』既刊13巻発売中!/
— ライブドアニュース (@livedoornews) August 13, 2021
作者 #森薫 サイン入り色紙を1名様にプレゼント!
・フォロー&RTで応募完了
・応募〆切は8/19(木)18:00
インタビューはこちら
▼前編https://t.co/6yANYrGvEC
▼後編https://t.co/d4MfxsUt1m pic.twitter.com/nTu4mrdktk- 受付期間
- 2021年8月13日(金)18:00〜8月19日(木)18:00
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