近年、右肩上がりの好調が続く漫画業界。漫画の制作現場にも注目が集まり、漫画家だけでなく編集者への関心も高まってきた。メディアでも編集者に関する記事を目にする機会が増え、ライブドアニュースでもこうした記事を掲載しては、大きな反響を集めている。

では、編集者は、何を考えて仕事をしているのか?
漫画家は、編集者に何を求めているのか?

「担当とわたし」特集は、さまざまな漫画家と担当編集者の対談によって、お互いの考え方や関係性を掘り下げるインタビュー企画。そこで見えてきたのは、面白い漫画の作り方は漫画家と編集者の関係性の数だけ存在し、正解も不正解もないということだ。

第3回は、「別冊マーガレット(以下、「別マ」)」で連載中の『消えた初恋』を作る3人にインタビュー。原作担当のひねくれ渡は本作で連載デビュー、作画担当のアルコは『俺物語!!』などで知られる人気漫画家だ。本来、接点のなかったふたりを結びつけたのは担当編集の澤田である。

青木と井田という男子高校生ふたりの恋愛模様を中心に描く『消えた初恋』は、コミカルなシーンをふんだんに挟みながらも、初恋のみずみずしさを届ける注目作。インタビュー前編では、ひねくれ×アルコのコンビ結成秘話など本作が生まれた経緯、作中で描かれる恋愛観について聞いた。

インタビュー後編はこちら
取材・文/川俣綾加

「#担当とわたし」特集一覧

ひねくれ渡(ひねくれ・わたる)
2017年、「第1回 集英社少女マンガグランプリ powered by LINEマンガインディーズ」にて、男子高校生ふたりの日常を描いた『どっかそのへん』が特別賞を受賞。2019年、「別冊マーガレット」にて作画にアルコを迎えた『消えた初恋』が連載スタート、注目作となる。
アルコ
1999年、「別冊マーガレット」にて『雨ノチ晴レ』でデビュー。2005年から連載開始した『ヤスコとケンジ』が大ヒット、2008年にドラマ化される。2011年から『俺物語!!』(作画担当、原作は河原和音)の連載がスタートし、大反響を呼ぶ。同作は『このマンガがすごい!2013』オンナ編1位を獲得、2013年に「講談社漫画賞 少女部門」、2016年に「第61回小学館漫画賞 少女向け部門」を受賞。アニメ化・実写映画化も果たした。2019年からは『消えた初恋』の作画を担当。
    担当編集者・澤田(さわだ)
    2014年に集英社に入社し、「別冊マーガレット」編集部に配属。立ち上げ担当作品に『消えた初恋』のほか、『うちの弟どもがすみません』、『シンデレラ クロゼット』、『ひなたのブルー』、『僕は小さな書店員。』など。

      もとはオリジナルの同人誌に掲載された作品

      『消えた初恋』の連載が決まるまでの経緯を教えてください。
      澤田 集英社とLINEマンガが合同で開催している「集英社少女漫画グランプリ(注1)」に、ひねくれさんが作品を投稿してくださったのが始まりです。ひねくれさんの描いた『どっかそのへん』が特別賞を受賞し、デビューには至りませんでしたが、私とひねくれさんが出会うきっかけになりました。
      注1:「集英社少女漫画グランプリ powered by LINEマンガインディーズ」。デジタル漫画の新しい才能を見つめるため、集英社の少女漫画誌と「LINEマンガインディーズ」が合同で開催したコンテスト。ひねくれさんは2017年開催の第1回に応募。
      ▲2017〜2019年にLINEマンガに投稿した『どっかそのへん』。関西のどこかを舞台に、ふたりの男子高校生のゆるい日常を4コマ形式で描いている。全32話。(画像はLINEマンガのスクリーンショット)
      その後、何度かネーム(注2)をやりとりする中で、ひねくれさんが送ってくれた『消えた初恋』のプロトタイプとなる80ページほどの同人誌がすごく面白くて。私のほうから「これ、連載しませんか?」とご提案しました。
      ※注2:コマ割りやキャラクターの配置、セリフといった、漫画の構成をまとめたもの。一般的に商業誌の場合、漫画家が描いたネームを編集者が確認し、OKが出たあとで原稿に取りかかる。
      『消えた初恋』の前身は同人誌だったんですね。
      ひねくれ はい。2017年にネットで公開して、その1年後、同人誌にしました。その頃、ちょうど澤田さんとご縁ができたのでアドバイスがもらえたらと送ってみました。
      ひねくれ先生の描いた同人誌は、現在の作品のストーリーと同じものだったのでしょうか?
      澤田 ストーリーは基本的にそのままですが、80ページにまとめるため、たくさんの要素をギュッと詰め込んでいる印象でした。

      なので、ギュッと詰め込んだ部分を分解して、キャラクターの心情をもう少し丁寧に読者に見せるようにすれば、連載としてもいい形になるのでは、と。それが2018年初頭くらいだったと思います。
      その時点で、「別マ」で掲載することも決まっていたのでしょうか。
      澤田 いえ。というのも、私が初めてこの同人誌を読んだとき、「もしかして掲載誌は『別マ』じゃないほうがいいのかも?」と思っていたんです。ストーリーの中心が、青木と井田という男子高校生ふたりの恋になることはすでに決まっていたので、それをきちんと描き切れる媒体に掲載したほうがいいんじゃないか、と。

      そんなことを考えながら、社内の別の編集部に相談しようとしたとき、「別マ」の編集長が「一生懸命に恋してる話なんだから、『別マ』の読者にも魅力が伝わるよ」と言ってくれまして。
      ほかの雑誌で掲載する可能性があったんですね。
      澤田 ひねくれさんの原稿が心から面白かったので、その魅力が読者の皆さんにストレートに伝わる場所はどこだろう?と。

      ただ振り返ってみると、いろいろなことに自分がいちばん縛られていたんだと思います。背中を押してくれた編集長のおかげで私自身の世界も広がって、こうして読者の皆さんからの反響もあるのでよかったです。
      では、作画がアルコ先生に決まった理由は?
      澤田 いちばんの理由は、この作品が持つコミカルなノリを楽しく描いてくださることです。

      また、井田が短髪だったこともポイントでした。短髪の男の子をカッコよく描ける少女漫画の作家さんにお願いしたいというこだわりが私の中にありまして。アルコさんの描く短髪男子は本当にカッコいいんです。
      ▲第1巻第2幕より。©アルコ・ひねくれ渡/集英社
      たしかに……!
      澤田 作画担当をどなたにお願いするか編集長と相談していたところ、「アルコさんに聞いてみよう」という話になり。ドキドキしつつ、アルコさんにお声がけした感じですね。
      なるほど。
      澤田 編集長が『俺物語!!』を担当していたので、それが今回の組み合わせに影響しているともいえます。アルコさんの名前が挙がったタイミングで、ひねくれさんがアルコさんの大ファンだとわかったことも大きいです。
      ひねくれ ずっとアルコ先生の作品が大好きで、とくに『ヤスコとケンジ』は家族でハマり、とても影響を受けました。本当にありがたいです。一緒にお仕事できる運びになって、なんてありがたいことだろう、と感謝でいっぱいの日々です。
      アルコ先生は『消えた初恋』のネームを読んで、どう感じましたか?
      アルコ すごく面白かったので、お話をもらったときは「えっ、いいんですか!?」と即答でした。もう前のめりで(笑)。そのくらい素敵なお話だったので、誘ってくれて嬉しかったです。

      読者が楽しめればOK。「別マ」にレギュレーションはない

      同人誌ではどこまでストーリーが描かれていたのでしょうか?
      ひねくれ 1巻のラストとほぼ同じです。青木が消しゴムの名前の勘違いに気づいて、井田との関係が始まるまでです。

      タイトルも『消えた初恋』そのまま。パッと思いついたタイトルでしたが、ほかにしっくりくるものもなかったので、そのままにしています。
      とてもキャッチーなタイトルですよね。
      澤田 ひねくれさんから『消えた初恋』のタイトルを聞いたとき、私もぴったりだと感じました。だから変更することは全然考えませんでしたね。

      ただ、1巻が発売して、全国の書店員の方から「面白い」と編集部や販売部に感想を寄せていただけたのですが、その際に「2巻の表紙はもうちょっと明るくしてみては?」と言われたこともあって。
      たしかに1巻は、机に伏せて視線をこちらに投げる青木、頬づえをつく井田、横を向く橋下と、静けさを感じさせる表紙でしたね。一方で本編はコメディタッチな部分もいっぱいあって、ギャップを感じさせます。
      澤田 そうですね。もしかしたらタイトルと1巻の表紙から受ける印象が、中身のコミカルなノリと少しズレているように見えたのかもしれません。でも、今も「ぴったりなタイトルだ」という気持ちには変わりないですね。
      ▲第1巻の表紙。インタビューでも語られているとおり、キャラクターたちの表情はややウェットな印象。
      ©アルコ・ひねくれ渡/集英社
      ところで、「別マ」で連載するにあたり、主人公の性別やストーリーの内容など、媒体ならではの決めごとはあるのでしょうか?
      澤田 何か細かいレギュレーションがあるわけではないですね。面白くて、「別マ」の読者の皆さんが楽しめればOK、だと思います。担当編集によって、また時代や読者層の移り変わりによってさまざまな例外もありますし。

      個人的には、恋愛のときめきや楽しさを大切に描けている作品が望ましいと思います。
      各編集者のハンドリング次第なんですね。
      澤田 もちろん、どの作品を掲載・連載するかは編集部全体の会議などで決まるので、最終的にはそこでの判断になりますが、「これはやってはいけない」「こうしなければいけない」はじつはないのかなと。
      そのうえで、『消えた初恋』で恋愛のときめきを広く読者に届けるために、「もっとこうしたほうがいいんじゃない?」と、澤田さんからひねくれ先生、アルコ先生に伝えたことはありますか?
      澤田 どうでしたかね……。そういえば、ギャグがノリノリになっているときに、「ときめきなシーンがもう少しあったほうがいいんじゃ?」みたいな相談を、連載初期にひねくれさんにしましたね。最近は全然そういうこともないですけど。

      作品の楽しみ方はそれぞれ。読んだ人自身に発見してほしい

      『消えた初恋』は、少女漫画のようでもBLのようでもあり、ギャグもテンションが高くて多角的な魅力がありますね。
      ▲第1巻第1幕より。じつは青木と“いい感じ”だったことに気づき、思わずセルフツッコミする井田。作中には、クスリとくるコミカルなシーンが随所に差し込まれている。
      ©アルコ・ひねくれ渡/集英社
      ひねくれ 同人誌の頃は、一応BLという認識でしたが、澤田さんやアルコさんと一緒に作ったことで、少女漫画的な部分が生まれ、ジャンルが定まらない作品になっているのかもしれません。

      ネーム自体も混沌としているのですが、それが「多角的な魅力」となっているのは、アルコ先生の作画のお力だなぁと思います。
      ちなみに、『消えた初恋』の紹介文や帯などを読むと、「BL」とは書いていないんですね。
      澤田 こちらから「こういうジャンルです」と言い切るのではなく、まずは読者の皆さんに読んでもらって、それぞれの楽しみ方を発見してもらえたら嬉しいなと思っています。

      作品をどう感じるかは、やっぱり読者の皆さんにおまかせしようかなと。ただ、「真剣に恋をしている人たちを丁寧に描こう」ということはいつも意識しています。
      ▲第4巻第14幕より。井田とのことを真剣に考えているからこそ、青木は葛藤し、ときに後悔してしまうこともある。
      ©アルコ・ひねくれ渡/集英社
      「好き」の感情に気づくまでのエピソードや、相手を知る努力をする青木の姿からは、とても丁寧に「真剣に恋愛をしている人たち」を描いているのが伝わってきます。
      ひねくれ 青木も井田も、ひと目惚れする性格じゃなかったので。どこに惹かれたのかな、とキャラの気持ちを追うのに時間をかけています。
      キャラクターの心情や心の変化を丁寧に描いているので、恋愛初心者のための教科書的な作品にもなっている気がしました。
      ひねくれ とくにそう描こうと意識しているわけではないのですが、青木は不器用で悩みがちな子なので、共感してもらいやすいかもしれません。

      私自身も、青木の言動に「へぇ〜、そうやって前に進むんだ!」と気づかされることがあります。
      澤田 ひねくれさんは、「この人たちは次に何をするのだろう?」と、いい意味で少し距離を置いて見つめるタイプの作家だと私は勝手に思っています。「この子はどうする?」「どう考える?」と、1つひとつ丹念にシミュレーションする人ですね。

      アルコさんも、ひねくれさんのネームを最高の形で出すことだけを考えてくださっていて。私もすごくいい組み合わせになっていると感じますし、読者の皆さんには「真剣に恋をしている人」の姿を通して、ときめきをお届けできたら嬉しいですね。
      インタビュー後編はこちら

      作品紹介

      漫画『消えた初恋』
      既刊5巻 最新6巻は8月25日(水)発売予定!
      価格484円(税込)

      ©アルコ・ひねくれ渡/集英社

      「#担当とわたし」特集一覧

      コミックス1〜5巻セットプレゼント

      漫画『消えた初恋』のコミックス1〜5巻セットを抽選で1名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

      応募方法
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      受付期間
      2021年7月7日(水)18:30〜7月13日(火)18:30
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