ゴツプロ!第六回公演『向こうの果て』演劇の新しい可能性を探って――その情熱の先に見えるもの

ウィズコロナの世界で、演劇はどのように変化していくのだろうか。そのひとつの試金石となる舞台が、まもなく幕を上げる。

それが、ゴツプロ!第六回公演『向こうの果て』だ。これまで男性キャストのみで公演を行ってきた演劇集団・ゴツプロ!が、初の女性キャストとして小泉今日子を迎えることで話題を集めている本作は、松本まりか主演でドラマ版がWOWOWにて放送されることも決定。

小説版も発売されるなど、小劇場演劇では珍しい大規模なメディアミックスを展開している。さらに、すべてのキャリアで楽しめるauスマートパスプレミアムにて、全公演がマルチアングル生配信されるという大胆な試みも。

新型コロナウイルス感染症によって深刻なダメージを受けた演劇界にとって、希望の活路となった舞台公演の生配信。だが、そのクオリティはまだまだ玉石混交だ。その中で、4種類のアングルを自由に切り替えられるライブ配信は、ユーザーにとって新たな観劇体験となり得る可能性がある。

この挑戦が、演劇界の未来をどのように変えていくのか。先駆者たちが懸ける想いを聞いた。

撮影/後藤倫人(D-CORD) 取材・文/横川良明
ヘアメイク/熊谷波江(株式会社Ange.G)

※撮影・取材は新型コロナウイルス感染症予防に配慮したうえで実施しました。
※(2021年4月24日追記)この取材は、4/25〜5/5/までの有観客公演中止が決定される前に実施されました。
※(4月27日追記)au以外も利用できるauスマートパスプレミアムでの無観客生配信(4/28〜4/30)が決定しました。
※(5月1日追記)5/5『向こうの果ての果て』無観客イベント生配信が決定しました。
※(5月6日追記)5/14〜本公演のマルチアングル動画のアーカイブ配信が決定しました。
詳細はau特設サイトでご確認ください。

「auスマートパスプレミアム」特集一覧

塚原大助×小泉今日子×山野海

3月末日。都内の稽古場では『向こうの果て』の稽古が進められていた。力の入ったクライマックスを演じ終え、心地よい疲労感と充実感をまといながら、インタビューに応じてくれたのは、ゴツプロ!主宰の俳優・塚原大助、『向こうの果て』の脚本・演出を手がける山野海(作家名は竹田新)、そしてヒロイン・律子を演じる小泉今日子の3人だ。

今作は、“太陽のような女”律子と、彼女を取り巻く男たちを描いた物語。舞台は、昭和60年の東京。小さなアパートの一室で、男性が殺害され、この部屋に住む律子が逮捕された。裁判が進むにつれて、律子の数奇な人生と、ふたりの過去が明らかになっていく。

創作の前線に立つ3人は、今作とどのように向き合っているのだろうか。

山野さんの物語には、昭和の人たちの想いがある

『向こうの果て』の着想のきっかけを聞かせてください。
山野 「雨がバタバタうるさいの」と言って、女が男を刺す。これが、今回のお話の冒頭の場面なんですけど、この画(え)が最初に浮かんできたんですね。私はわりと台詞や画が最初に浮かんできて、そこから物語を膨らませることが多いんですけど、『向こうの果て』もそう。そこから、法廷劇というスタイルと、ひとりの女を取り巻く男たちという構図が見えてきたという感じですね。
小泉 山野さんの作品って、昭和の時代のちょっとすくいとれなかった人間たちの想いを、物語にすることで昇華してあげているようなところがあって。最初に脚本を読んだときも同じことを感じたんですよね。

昭和の終わりから始まって、私の演じる律子という女性の過去が少しずつ明らかになっていくんですけど、きっと律子のような女の人があの時代にはたくさんいただろうし。それを今、物語にすることで、誰も光を当てることのなかったあの時代の人たちの想いをちょっとすくい上げることができたのかなって気がしました。
山野さんの中に昭和という時代に惹かれるものがあるのでしょうか?
山野 最初から意識していたわけではないんですけどね。私は4歳から子役の仕事をしていて、だから年齢のわりに昔の俳優さんたちをよく知っているんですよ。

昔、「新国劇」という劇団があって、そこには映画やテレビには出ないけど素晴らしい舞台の俳優さんがたくさんいらして。芸事にかける想いとか、生きるエネルギーとか、そういうのを近くで目の当たりにしていたのは大きいのかもしれない。
小泉 あと、おばあちゃまが俳優で、おじいちゃまが劇作家だったんだよね。
山野 そう。祖母が無声映画時代の女優だったので、活動弁士さんがついているような無声映画もギリギリ観ているんですよ。今はこの業界もだいぶ綺麗になりましたけど、昔はもっと混沌としていた中で、夢を持って生きている人や、芸の世界でしか生きられなかった人たちがいた。その想いや生きざまを残したいというのは、後付けですけど、意識するようになりました。
小泉 私と山野さんは同い年なんですけど、私も子どもの頃から映画やテレビドラマを観るのが好きで。当時好きだった俳優さんや作品の名前を出したときに、わかるって言ってくれる友達は山野さんだけ(笑)。

キラキラしているアイドルも好きだったけど、一方で名脇役みたいな渋い俳優さんを見るのも大好きだったので、そういう世界を自分が舞台の上で演じられるのはすごく楽しいですね。
小泉今日子

ちょっと不幸な小泉さんが大好物なんです(笑)

律子という役は最初から小泉さんを想定されていたんでしょうか?
山野 100%そうです。2000%と言ってもいい。オファーのオの字もしていないときから、私と塚原の頭の中では小泉さんだって。
塚原 間違いない。小泉さんしかいないって。
山野 私の中で、小泉さんは枠のない女優さんなんです。この役だからこういう性格とかじゃなくて、いつも流れていて。でもそれは単に気持ちを抜いているのでもなくて。その役の気持ちだけ真ん中に置いて、あとは相手や状況によっていかようにでも変わることができる。そこが律子とリンクしました。

あとは単純なんだけど、小泉さんのちょっと不幸な役、私、わりとファンで(笑)。
小泉 そういう人、いる。私が誰かに髪とか引っ張られているところで爆笑する人(笑)。友達からも「いじめられているのが似合う」と言われます。
山野 すっごい大好物(笑)。きょうの稽古でも、いろんな男に引っ張られて、どんどん髪が乱れるんですよ。ラストとかものすごくいい感じの乱れ髪で。キタキター!と興奮してました(笑)。
山野海

律子に流れる芸事の血が、男たちの心を浄化している

小泉さんは律子という女性にどんなことを感じましたか?
小泉 山野さんが「相手や状況によっていかようにでも変わることができる」とおっしゃっていましたけど、人間って少なからずそういうところがあると思うんです。相手は鏡だから、いい鏡にはいい自分が映るし、曇った鏡には曇った自分が映る。

律子の場合、愛情という、精神の真ん中に来るものをちゃんと教わってこなかったがために、目の前にある鏡だけをいつも頼りにして生きてきちゃったのかなって。
律子を演じるにあたって、コアになる感情は悲しみ? それともまた別の何かでしょうか。
小泉 空っぽな感じですね。芯がないから。悲しみということさえ、わからない気がする、律子は。
山野 律子には、芸事をしている人間の血が流れているんですよね。瞽女(ごぜ:視覚障害がある女性の旅芸人)の子として生まれた父親は、ずっと津軽三味線を弾いていて。そこから民謡歌手になって、一座を率いて青森を巡業していた。

「お父さんの音色が耳から離れない」という律子の台詞がありますけど、明るく、幸せに、太陽みたいに生きたいのに、先祖の業から逃れられない苦しさがそこにはあるんです。

芸事をする人たちの唄や三味線を聴いて人が感動したり涙を流すのって、その音色が自分の心に寄り添ってくれたり、浄化してくれるから。男たちが律子に惹かれるのも同じ理由なんですよね。直接、三味線を弾くシーンはないけれど、律子には芸事の血が流れている。だから、周りにいる男たちは律子に“同期”するし、浄化されるんだと思います。
左から塚原大助、小泉今日子、山野海

ずっと僕の中に小泉今日子という人物がいるんです

そんな律子に惹かれる男のひとりである公平という役を、塚原さんが演じます。
塚原 もうずっと僕の体の中に律子という女性がいて。離れようとした時期もあるんですけど、離れられないんですよね。
山野 律子という女性に出会った男たちはみんな、たとえとっくに別れていても、逃れられない。忘れたくても忘れられないし、離れようと思えば思うほど惹きつけられてしまう。その中でも、特に律子に強く惹きつけられているのが、塚原演じる公平なんです。
塚原 このお話が動き出したのは今から2年前。当時から小泉さんとは一緒にお仕事をさせていただいてましたが、律子を小泉さんが演じると決まってから、ずっと僕の中に小泉今日子という人物がいるんです。

何をしていても、常に意識している。それは一緒にやれてうれしいとか、好きですとか、そういうことじゃなくて。一緒に舞台をつくる責任だったり、この物語に共に向かっていく間柄だから分かち合える何かを共有しているんですよね。
実際に、小泉さんと芝居を重ねてみていかがですか?
塚原 とにかくプランを決めずに、その場で律子と向き合ったときに感じたものを大切にしようと思っているんですけど。
小泉 男たちがみんな悲しい目をしているんですよ。私を見つめるときに、子犬のような目をしていて。
塚原 それは小泉さんが悲しい目にさせてるんですよ。
小泉 それが今、意外と快感になってる(笑)。この人はこんな悲しい目をするんだって。中でも一番悲しそうなのが塚原さんです。そこに引っ張られずに、自分がどれだけ空っぽでいられるかが、今回のポイントですね。
律子と公平は、一言では説明できない結びつきがあります。ふたりの背負った宿命についてどんなことを感じていますか?
小泉 もっと普通の関係だったら、普通に幸せになれたのになって。きっと律子は公平と心中できたほうが幸せだったと思う。それなのに、なんで「生きろ」って言われるんだろうって。
山野 ひどすぎる話だよね。
小泉 律子は、お父さんにも最愛の人にも「生きろ」と言われて。でもそれって律子にとっては希望の言葉ではなくて。
山野 呪縛だよね、律子にとっては。
小泉 最後もね、公平は少しでも律子に幸せな時間を与えたかったんだろうけど。あのささやかな希望が、悲しすぎるよね。
山野 お前が考えているんだろうって話で恥ずかしいですけど、書きながら泣いていました(笑)。今回の主題歌である『時雨』という曲は三味線奏者の小山豊さんが教えてくれた曲で。執筆のときはまだその曲を使うかどうか決めていなかったんですが、ずっとこの曲を聴いて書いて号泣するという日々でした。

古い映画を観たときに抱いた憧れが、この作品にもある

律子や公平たちとは生きる時代も環境も違う。そんな現代の観客にこの作品がどんなふうに届けばいいなと思いますか?
山野 世の中に悲恋の話はたくさんありますけど、いわゆる大人の男と女の物語ってあんまりない気がするんですね。お互いがお互いを思いやるがゆえにすれ違う。こういうのは、まさに大人の妙。

いろんな経験をしてきて、人間の正直になれない部分とか弱さもよくわかった大人たちなら、きっと楽しんでいただけると思いますし、若い方が観てもわかる部分はあると思います。たとえ時代や世代が違ったとしても。
小泉 私たちも若いときに古い映画を観て、たとえば成瀬巳喜男(映画監督)の世界がカッコいいと思ったことってあるじゃないですか。そんなふうに自分は知らない世界だけど、この色っぽさは何だろうと興味を持ってくれる若い子はたくさんいる気がします。

私も子どもの頃、親から「早く寝さない」と言われながらも、眠い目をこすって22時台のドラマを覗き見していた。この作品は、そういう憧れに近いものを感じ取ってもらえる世界だと思います。
塚原 ゴツプロ!が描くのは、今よりもう少し前の、もっと人間が欲望や感情をむき出しにして生きていた時代。そんな時代に生きた男と女が繰り広げる感情のぶつかり合いを直に浴びるのって、面白い体験だと思うんですよね。

人を想うことって、こんなに苦しい、悲しい、幸せなんだとか、そういうものを直に浴びてもらえたらうれしいです。
この昭和のちょっと物悲しい作品の空気が、今作が上演される下北沢・本多劇場の空気感にも合う気がします。
山野 本当にぴったりだと思う。サイズ感も大きすぎず小さすぎず、ちょうどいいし。
小泉 わかる! 私は歌手だったから、若いときにあんまり演劇を観ていなくて。初めてびっくりした演劇が、岩松了さん作・演出の『水の戯れ』(1998年)だったんです。それを上演していたのが、本多劇場。私にとっての本多劇場って大人の世界なんですよね。だから、ぴったりというのは、すごくわかる感じがします。
塚原 周りを見ても、本多劇場グループと一緒に育ってきたという演劇人はたくさんいる。やっぱり夢があるんですよね、本多には。僕たちのような劇団なら、駅前劇場でやって、ザ・スズナリでやって、本多劇場でやるんだっていうストーリーがあって。本多は、その目標を一歩一歩叶える場所でもあった。

ゴツプロ!が本多劇場でやるのは今年で4年目ですけど、かけがえのない場所だという想いはすごく強いですね。

演劇の醍醐味は、舞台と客席でエネルギーを交換できること

この『向こうの果て』はドラマの放送も控えていますが、演劇だからこそ味わえる面白さはどこにあると思いますか?
小泉 今回、はっきりここはこの空間というものを美術で定めてはいなくて。時空も、場所も、役者が表現するんですね。私も、衣装も変えずにいきなり中学生になったり。かと思えば、現在に戻ったり。

数歩歩くだけで、そうやって場所も時間も表現できるのが舞台の良さ。何もしなくても3歩歩けば一瞬で過去に時間が飛ぶ。そういう楽しみを今回の作品では味わってもらえるかなと思います。
塚原 ゴツプロ!にとっても、抽象的なセットですべてを表現するのはまた新しい挑戦です。そこがすごく難しいところでもあり、可能性があるところだと思うので、山野がどう演出していくのか、いち役者としても楽しみです。
山野 私は、演劇は役者の表情や台詞を観に来るのではなくて、エネルギーを観に来るものだと思っているんですね。しかも、お客様はただ座って観ているだけじゃない。お客様から発するエネルギーが我々に伝わり、我々のエネルギーがお客様に伝わり、そうやって螺旋を描いていくように天にのぼっていく感覚を味わえるのが生の演劇の面白さ。

そんなエネルギーの交換が演劇の醍醐味だと思っているし、コロナ禍を経て改めてそれを強く感じますね。
劇場は、パワースポットに近いところがありますよね。
山野 本当にそうだと思います。だから、ある意味正直でいないといけないというか。
小泉 バレるよね、嘘がバレる。
山野 そう、バレる。舞台に立って、何となくだらしなさそうに見える人は実際そうだったり。どんなにひどい役をやっていても、すごく綺麗だなと思う人は、生き方も美しい。演劇をやるときは、嘘をつかずに、綺麗なエネルギーを届けたいですね。私自身は薄汚い大人ですけど(笑)。
小泉 (すかさず)綺麗だよ。
山野 ありがとう!
塚原 (やや間があって)……綺麗だよ?
山野 おそいよ!(笑)

自分でカット割りを決められるなんて楽しそうじゃん!

今回はマルチアングルで全公演が生配信されますが、演じ手としての心境は?
小泉 私、マルチアングルの意味がまだあんまりわかっていない(笑)。
ユーザーが、自分の手元で観たいアングルを選べるんです。
塚原 たとえば、今日子さんが見たい人は今日子さんのアングルを選べるっていう。
小泉 手元で? 楽しそう!
山野 喜んでくれた、うちの主演女優が(笑)。
小泉 楽しそうじゃん! 舞台って、台詞をしゃべっている人を観ているとは限らないじゃないですか。奥で黙っている人を観たいときもあるし。それを家にいながらできるっていうこと?
塚原 そうです。すごく演劇に合っているなって。
小泉 合っているよね。自分でカット割りを決められるんだ。やっと理解(笑)。
山野 おそい!(笑)
塚原 よく初見だとストーリーを追うのに精一杯で、役者の細かいお芝居まで観ることができないじゃないですか。でも、これなら1回劇場で観て、次は配信で観ようとか、そういう楽しみ方もできる。
小泉 確かにあるもんね、全部終わったあとに初めて印象に残る人とか。「あの人、あのシーンでなんて言ったっけ? 巻き戻させて!」ってなることがけっこうある。
塚原 そういうとき、気になる人の表情などを配信でまた観ることができるんです。
山野 初日から千秋楽まで生配信されるのも面白いですよね。やっぱり演劇は生き物だから、1公演1公演、違ってくる。そうやって変化していくのを観ていただけるのも、また贅沢な楽しみですよね。
小泉 しかもそれが1回でいくらとかじゃないんでしょ?
塚原 そうです。月額499円(税込 548円)です(笑)。
小泉 すっごいお得じゃないですか(笑)。
このやりとりを見ているだけでも、小泉さんのチャーミングな魅力が伝わってきますが、演じる律子は“太陽のような女”や“夜叉のような女”など、いろんな形容をされます。おふたりは、小泉今日子はどんな“女”だと表現しますか?
山野 “柔らかな女”だなと思います。さっきの、枠がないという話もそうなんですけど、何にもとらわれていない。すごく柔らかな女だなって思います。
塚原 僕は“背中を押す女”ですね。今日子さんはそんな意識ないかもしれないけど、ずっと背中を押してもらっているような感覚があるんですよ。一緒にいるだけで元気になれるし。僕にとっては、背中を押してくれる存在です。
小泉さん自身は、どんな“女”でありたいと思っていますか?
小泉 “つなぐ女”ですね。今回、山野さんが書いた脚本もそうだけど、自分たちが見てきたものや文化をつないでいきたい。

先達の方たちからいろんなことを教わって成長させてもらってきたので、そういったことを次の世代につなげたいなって。それが今、私が表に出る仕事でも裏でする仕事でも、一番大事にしているテーマなんです。
――ゴツプロ! 第六回公演『向こうの果て』au特設サイト
後半ページは塚原大助×本多愼一郎×金 山の座談会を掲載。演劇配信の可能性を語り合う
塚原大助(つかはら・だいすけ)
1976 年7 月16 日 生まれ。東京都出身。2016年にゴツプロ!を旗揚げ。劇団員として参加するふくふくや、ゴツプロ!作品の他、こまつ座公演や明後日公演など、外部作品にも数多く出演。
小泉今日子(こいずみ・きょうこ)
1966年2月4日生まれ。神奈川県出身。歌手、俳優としてテレビや映画、舞台などに多数出演。エッセイなど執筆家としても活躍中。2015年より株式会社明後日の代表を務め、舞台制作を手がける。
山野海(やまの・うみ)
1965年9月16日生まれ。東京都出身。4歳から子役として活動。1999年、劇団ふくふくやを旗揚げ、全公演に出演。作家「竹田新」として同劇団の脚本を担当する。ゴツプロ!では脚本の他、演出も手がける。
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