塚原大助×本多愼一郎×金 山

俳優と演出家が互いに熱を誘発させるように、稽古に励む裏側で、前例のないマルチアングルによる全公演配信に向けて着々と準備を進めているのが、この企画の仕掛け人であるKDDIの金 山だ。普段は映画事業に携わっているという金が、なぜゴツプロ!とタッグを組み演劇配信を手がけることになったのか。

本多劇場グループの総支配人・本多愼一郎と、公演のプロデューサーも兼ねる塚原大助と共に、演劇配信の可能性について語り合ってもらった。
左から本多愼一郎氏、塚原大助氏、金 山氏

最初からマルチアングルでやると決めていた

今回、『向こうの果て』で全公演マルチアングル動画による生配信を行うことになった経緯を聞かせてください。
塚原 この『向こうの果て』が5月14日からWOWOWさんでドラマ化されることになりまして。WOWOWさんからKDDIの金さんを紹介いただいたというのが、最初のきっかけですね。
金 昨年、1回目の緊急事態宣言が発出されて、映画館や劇場が休館になるという事態が起きました。そこから外出自粛期間が明けて、いろんな制限を受けながらも、映画館や劇場は営業を再開しています。

しかし、お客様の中にはなかなか劇場まで足を運べないという方も大勢いますし、この事態がいつ終結するかも依然として見えない。だったら、もっとこの特殊な状況と共存していく方法を真剣に考えていかなければいけないよねという声が社内でもありました。そこで力を入れることになったのが配信です。
生であることが魅力の演劇を配信することに対して、どんなイメージがありましたか?
本多 正直、コロナ禍以前は、配信に対して消極的でした。うちの劇場でも、配信にトライしてみる団体さんはいましたけど、あえてそれを観るという感覚が自分の中にはなかった。収録して編集したものをDVDにするケースは多数あったと思いますが、ライブ配信というのは…。
塚原 正直、こういう状況にならなければ、僕も発想すらなかったと思います。
金 だからこそ、最初に塚原さんにお会いしたときから「ただ1画面で撮ったものを配信するなら僕はやらない」とお話しました。
塚原 まだ会って1分も経たないタイミングで「僕がやるなら尖ったことをやりたいです」と、この柔らかい物腰でおっしゃるからびっくりして(笑)。
金 そこで提案したのが、今回のマルチアングルによる全公演生配信でした。ライブの楽しさを100だとしたら、いくら配信をしても同じ100の楽しさにはならない。それくらい、生で観るのと画面越しに観るのとでは受け取るものが違うと思うんですね。

だけど、100になるべく近づける努力はできる。その価値提供のひとつがマルチアングルでした。
KDDI株式会社・金 山氏

マルチアングルで観る演劇って面白いねと言わせたい

マルチアングルのどんなところに可能性を感じますか?
本多 演劇の醍醐味は、観たいポイントを自分で決められるところ。その自由さが、魅力です。だけど、映像にすると、どうしても編集によって決められたカットしか観ることができない。

そこがずっと演劇を映像にするうえでの課題だったので、観たい画面を自分で選べるという点に可能性を感じましたね。
塚原 しかも、それを全公演で生配信というのも面白いなって。同じ演目でも、決してまったく同じ芝居にならないのも、演劇の魅力のひとつ。初日から千秋楽に向けて芝居が熟していくのを楽しみたいというお客様にとっては、全公演を生配信するのは価値があることだという気がしました。
金 1台のカメラで全部まかなったほうが、ビジネスとしては効率がいいんです。でも、直接劇場に行けないお客様のことを考えたときに、1台のカメラで引きの画で撮っているだけの配信を流したところで、価値があるとは思えなかった。

観劇の面白さは観るポイントを自分で選べる能動性。その体感により近づけていくには、マルチアングルという手法が最適なんじゃないかと。
塚原 僕たちとしても初めてのことなので挑戦です。ただ、配信でご覧になる方にもより楽しんでいただけるよう、今回の公演では演出とは別に映像監督にもついてもらうことにしました。

稽古場にも入ってもらって、カメラワークのディレクションをしてもらう。今回のマルチアングルを成功させるには、絶対に欠かせないポジションです。
金 それも、映画監督として活躍している方にお願いしました。
塚原 作品をつくるのは演出家。そのうえで、映像作品としてのクオリティを高めるのが、映像監督の役割。配信だからってクオリティが低いものは絶対に見せたくなかった。

映像であれば、生の劇場ではできないような表情のアップなども見せられる。そういったアドバンテージを活かし、生の舞台の下位互換ではなく、マルチアングルで観る演劇ってめちゃくちゃ面白いねと言っていただけるものをお届けしたいです。
ゴツプロ!主宰の俳優・塚原大助氏は本公演のプロデューサーも兼ねる
金 本来ならばすべての演者さんにカメラを向けて、自分の好きな役者さんをずっと追えたり、逆にずっと俯瞰して観たり、可能な限り選択肢を与えられるのが理想なんですけど。それには環境面とかクリアしなきゃいけない条件がいろいろある。今回は、まず今の自分たちにできる最大値にトライすることが目標です。
本多 今回の試みが、これからの舞台配信の活路となる可能性は十分にある。どういったものになるのか、期待しています。

配信は、演劇から離れた方と距離をつめ直すチャンスになる

コロナ以前は、演劇の配信について決して積極的ではなかったとおっしゃっていましたが、コロナ以降、本多劇場では『DISTANCE』という、ひとり芝居の無観客生配信公演にいち早く取り組むなど、ウィズコロナ時代の演劇のあり方を模索してきました。
本多 普段あまり観劇になじみのない方が小劇場に行くのって、非常にハードルが高いと思うんですね。多くの人にとって観劇といえば、学校で行われる年に1回くらいの舞台鑑賞や、どこかの劇団が行う学校公演を体育館で観たという程度。その時間ですら多くの人にとっては非常に特別感のあるもので。

もっと気軽に劇場に遊びに来てほしいと私たちがいくら願っても、なかなかそうはいかないのが現実です。そんな中で、家で観られる配信というのは、観劇のハードルがぐっと下がりますよね。
塚原 そう思います。この1年、いろんな劇団が配信に挑戦しているのを見て感じました。
本多 小さいお子さんがいらっしゃるとか、今はなかなか自由に家を空けられないけど、若いときからずっと演劇が大好きだったというファンのみなさんが、僕たちが想定しているよりたくさんいらして。

そういった方たちから、配信なら観られるという声を多くいただきました。配信は、そんなふうに一定期間演劇から離れてしまった方たちと距離をつめ直すチャンスでもあるんですよね。
本多劇場グループ総支配人・本多愼一郎氏
金 日本全国どこにいても、ネットさえあれば観られるというのは大きいと思います。これまでは、遠方にお住まいの方に届けようとしたら、編集してDVDになるまで待たなければいけなかった。そうすると、どうしてもタイムラグが出る。その差を埋めて、たとえば北海道の知床にいる方と、東京の下北沢にいる方が同時に同じものを観られるのは配信ならではかなと。
本多 時間を共有できるということは、得がたい価値ですよね。サブスクリプションが普及して、好きなコンテンツを好きな時間に観られる今の時代に、開演時間が決まっていて、そこに行かなきゃ観られない演劇は、ある種、無駄といえば無駄だし、非常に不便でもあった。

でもその反面、そうした観劇の前後の時間も含めて、劇場に行く楽しみでもある。いろいろ融通をつけて、開演時刻までにスタンバイするライブ配信のあの感覚はそれに近いものがあるなと思って。単なる配信ではなく、ライブ配信にできるだけこだわりたい気持ちがあります。
金 さっき観劇のハードルが高いという話が出ましたが、これってどのジャンルでも同じだと思うんですね。たとえばアートにあまり触れたことのない人にとっては、美術館は自分たちが行く場所じゃないと思うかもしれない。そういう線引きをいかに取っ払えるか。そのきっかけとなるのが、まず観てもらうことだと思います。

今回、配信という形でもまず観ていただける人が増えれば、そこから劇場で観ることに興味を持ってもらえるかもしれない。たとえそれが0.01%であっても、新しいお客さんを連れてこられる可能性があるなら、そこは頑張りたいですね。
塚原 観劇人口をいかに増やすかは、僕たち演劇人にとって永遠のテーマです。こうした配信が興味を持ってもらえるきっかけになるなら最高ですね。
本多 その可能性は十分あると思います。本多劇場でも何度かライブ配信を行っていますが、そのたびに視聴者の方からより劇場に行ってみたくなったという声は多くいただいていますから。

ドローンを飛ばすというアイデアも考えています

観劇体験としての配信の可能性についてはいかがですか。それこそ劇場での観劇ではできないことも、配信ならできるということがあれば、ぜひ聞いてみたいです。
塚原 劇場だと、客席からの一方向でしか観ることはできません。でも配信なら、天井からとか、サイドからとか、あるいは舞台後方から客席に向けてとか、カメラを設置する場所によっていろんな角度から楽しむことができる。これはすごく新鮮だし、お客様にとってもうれしいことじゃないかなという気がします。

あとは、金さんがマイクロドローンを使ってみたいという話をしていて。まだ検討中ですが、それは面白そうだなと。
金 劇場に行く楽しみについての話がありましたが、それをより配信で味わっていただくためには、そういう手法もあるのかなと。

たとえば、ドローンが本多劇場の階段を上がって入り口を通り、あのいろんな公演のチラシがびっしりと貼られたロビーを抜けて、客席に入る。すると、舞台上には演者たちがいて、自己紹介をする。そこから本編に入っていくだけで、高揚感が格段に違ってくると思うんですね。
本多 うちとしては、敷地内であれば問題ないです。気になるのは、安全性ですね。
塚原 そうですね。そこは、お客さんのいないゲネプロ(本番同様に舞台上で行う通し稽古)の間に撮影したりして。
金 現地には行けないけど、なるべく現地に近い感覚を、配信のお客様にも味わっていただけるような、そういう価値提供にはこだわりたいですね。ライブを楽しむには、そこまでに自分のエネルギーをいかに高めていけるかが重要だから。

あと5分で始まるというときの、あのワクワク感。それを、離れた人にも感じていただけるよう、本多劇場の空気感を体験できるような仕掛けはぜひトライしたいです。

エンタメに触れる時間が、気持ちを豊かにする

一方で、劇場でしか体験できない価値もあります。
塚原 これはよく演出の山野とも話すんですけど、役者がいて、スタッフがいて、お客さんがいて、劇場という空間がエネルギーでパンパンになるんですよね。

しかも僕たちが一方的にエネルギーを提供するのではなく、僕たちもお客さんからエネルギーをもらっている。そのエネルギーの交流が、生の醍醐味。あれは劇場というスペシャルな空間でしか感じられないことだと思います。
本多 特に、本多劇場のある下北沢という街は、ライブを体感できる街だと思っています。ライブハウスや古着屋、飲食店もたくさんあって、観劇の行き帰りに覗いてみるだけでも楽しめるつくりになっている。

それが、昨年のコロナ禍以降、完全に崩壊してしまった。本多劇場グループは昨年の緊急事態宣言を受けて、4月7日から約2ヶ月間全館休館に追い込まれました。あの2ヶ月を経て、より多くの方に生の演劇に触れていただきたいなという気持ちは高まりましたし、何があろうがとは言いませんが、休館ということはもうしたくありませんね。
金 重要なのは、こうした状況下でもちゃんと劇団や劇場が存続できる仕組みをつくること。そのためにも、コンテンツを生み出せる環境を維持しなければいけません。そこで僕たちができるのが、ビジネスとして成立するようなモデル形成です。

たとえば、アメリカではちゃんとエンターテインメントがビジネスとして成立している。だから、新しい作品をどんどん生み出せる。日本もそうなっていかなければいけないし、そのために自分たちにできることは恐れず惜しまずやっていきたいです。
最後に、エンターテインメントにとって大切なことは何だと思いますか?
本多 お客さんが楽しんでくれることですね。演者もお客さんからエネルギーをもらっている。それは、劇場も同じです。みんなで楽しく高め合っていける空間でありたいし、お客様の楽しみこそが劇団の楽しみであり劇場の楽しみです。
塚原 それに尽きますね。今まさに僕たちは稽古の最中(取材時は3月末日)ですが、やっぱり楽しいんですよ、演劇をつくることが。根底にあるのは、今、これをやって僕たちは生きているんだという充実感や充足感というものであって。

それがお客さんに伝わることで、エネルギーの交流が生まれる。その交流をひとりでも多くの方としたい、というのが僕の純粋な気持ちです。
金 今ってどうしても無駄なことをどんどん省く流れになっていますけど、エンターテインメントに触れる時間は決して無駄ではないと思うんですよね。演劇や映画を観たり、音楽を聴いたり、本を読んだり。そういう時間が気持ちの豊かさを生み、思考を広げるきっかけになる。だから、絶対になくしたくない。

まだまだ演劇界の置かれている状況は厳しいし、いろんな逆風が吹いているけど、僕たちにできる最大の援護射撃をしながら、より多くの人に作品を観てもらう努力をしていきたいです。
本多愼一郎(ほんだ・しんいちろう)
1975年11月3日生まれ。東京都出身。本多劇場創業者・本多一夫氏の長男。2013年より、東京・下北沢の本多劇場をはじめ、8つの劇場を運営する本多劇場グループの総支配人。
金 山(キン・サン)
韓国ソウル出身。KDDI株式会社・サービス統括本部。映画出資事業や映画割引サービス「auマンデイ」を立ち上げ。VR映画『世界で一番やさしい時間』、映画『FUNNY BUNNY』などをプロデュース。

    公演情報

    ゴツプロ!第六回公演『向こうの果て』
    公式サイト
    https://52pro.info/mukounohate/
    Twitter
    https://twitter.com/52pro52pro
    公演期間:2021年4月23日(金)〜2021年5月5日(水・祝)
    会場:本多劇場(東京都世田谷区北沢2-10-15)
    生配信:auスマートパスプレミアム https://pass.auone.jp/main/
    auスマートパスプレミアム
    映像・音楽・書籍・マルチアングル動画などのエンタメコンテンツのほか、アプリやクーポン、サポートなどを月額499円(税込 548円)で利用できるサービス。auユーザー以外でも加入でき、初回30日間無料。

    ――ゴツプロ! 第六回公演『向こうの果て』au特設サイト

    [PR企画:KDDI 株式会社 × ライブドアニュース]