
増税後の価格据え置きは「使命」――庶民の味方であり続ける、サイゼリヤの企業努力

ミラノ風ドリア299円、ペペロンチーノ299円、グラスワイン100円。
1000円でいっぱい食べられて、飲めて、ちゃんとおいしい。
庶民の味方でおなじみのイタリアンワイン&カフェレストラン「サイゼリヤ」は、1967年の創業以来、圧倒的な低価格と品質へのこだわりを持ち続け、2019年現在は国内約1100店、海外約400店と、外食不況と言われる時代に快進撃を続けている。
ライブドアニュースは、サイゼリヤを率いる堀埜一成社長にインタビューを実施。<前編>では、キッズメニューの難しすぎる「間違い探し」や、おいしさを数値化し、メニュー開発に生かすための「脳波研究」について聞いた。
<後編>では、消費税増税後も価格据え置きを決断(実質2%の値下げ)した背景、消費者やスタッフの安全を考えて導入した割れない樹脂製グラスについてなど、サイゼリヤの「人を大切にする」理念について掘り下げていく。

より良いものを提供するために、野菜を種から改良
- サイゼリヤと言えば、真っ先に「安くておいしい」というイメージが浮かびます。これは創業以来変わらない理念ですよね。
- イタリアの食をリーズナブルに提供するというのは創業以来のポリシーで、使命とも言えます(笑)。より良いものを提供するために、種から品種改良(※)もしていますしね。
※サイゼリヤは自社で農場を持ち、レタスやトマトといった野菜などを栽培している。 - そこまでやるかという感じで、もはや外食業の範ちゅうを超えている気がします。
- たしかに。ウチは品種改良や食材の生産から加工、配送までを一貫する“製造直販業”を目指しています。僕が会長(創業者の正垣泰彦氏)から頼まれた“外食業の産業化”というのは、言い換えればそういうことなんです。
- 企業として産業化、技術化していきつつ、すべてコストダウンのためというのがサイゼリヤらしい。
- 理念は会長が築き上げたものですが、もう変えられないですよ。僕は、2009年に社長に就任した際に会長に「理念以外はすべて変えます」と言いました。逆に言えば、理念だけは絶対に残しますと。
- 企業にとっての理念は、創業者の魂ですからね。
- 会長はよく「金持ちだけがイタリアワインとイタリア料理を楽しめる世界は良くない」と言うんです(笑)。どんな人でも、イタリア料理を楽しめる世界を作るという思いが、この会社の根底に流れている。
客単価を上げるのではなく、客数を伸ばす方向で動いているのはそのためで、店舗数の増加はウチにとって至上命題でもあるんです。 - 大手外食業の店舗数が横ばい、あるいは減少傾向にあるなかで、サイゼリヤは積極的に店舗を増やしていますよね。
- それでも、まだ出店できていない県が14もありますからね。現時点でそこへ進出してもなかなか難しいので時期は考慮しますが、いつかは47の全都道府県に出店したいと思っています。

コストダウンの秘訣は、「徹底的に無駄をなくす」こと
- 10月から消費税が増税しましたが、その後も税込価格を据え置いたことが、大きな話題となっています。SNSでは心配する声も上がっていますが、苦しくはないですか?
- 「余裕です」と言いたいところですが、そりゃ正直、苦しいです(笑)。

- ですよね…。企業努力に頭が下がります。
- でも僕は技術屋ですから、無駄をなくすためのネタはまだまだストックがあるんです。
- ここまでコストダウンに取り組んで、まだ無駄があるんですか!?
- あります。むしろ「無駄をなくす」以外のことに手を出すと、必ず品質に影響が出るので、それは極力やりたくないんです。
ただ今回唯一やってしまったのが、メニューからイカをなくしたことですね…。もともと原価率80%くらいというかなりギリギリのラインだったんですが、そこへ来て漁獲高が激減したことや消費税の増税が加わったことで、さすがにどうにもならなくなりました。
とくに中高生に人気があった商品なので、本当に申し訳ないなと思っています。

- 消費税増税にもかかわらず価格を据え置きということは、実質的には2%の値引きですよね。
- そうなります。だからメニューにデザートを増やして、若干ですが客単価を上げる方向に調整したんです。

- デザートを強化すると客単価は上がり、「Make Your Favorite.」(※)を進めることで商品点数も増えたので、全体の売り上げが102.5%になれば、消費税で2%減っても100.5%は確保できるという計算です。
※オリーブオイルやチーズ、唐辛子などの調味料を提供し、消費者が自分好みの味を作ることができるという、サイゼリヤが提案している「Make Your Favorite.」。ドリンクバーでは、ノンアルコールのカクテルを自作できる。
「我ながらどうかしてる」高級調味料を無料で提供
- 複数のメニューを自分なりに組み合わせられる「Make Your Favorite.」(以下、MYF)は、売り上げ増につながる一方で、消費者にとっても楽しい体験ですね。
- これはイタリアンで統一しているウチだからこそできることで、和洋中が入り乱れるほかのファミレスさんではできないと思います。
どんな商品を組み合わせてもケンカをしないように設計してありますし、調味料を合わせることを前提にしたパスタのアーリオ・オーリオなどはその最たる例ですね。
調味料は無料も有料も用意しているので、お客様にはなるべく自由な発想で組み合わせを楽しんでいただきたいです。 - 調味料の種類はかなり豊富ですよね。無料で使うのが申し訳なくなるくらいです。
- グランモラビアチーズを無料で出しているのはウチくらいじゃないでしょうか。我ながらどうかしていると思います(笑)。
でも「MYFしよう!」と謳いながら調味料のほとんどが有料オプションだったら、ちょっと嫌でしょう。 - たしかに。今だと無料の調味料だけでもバリエーションが楽しめるので、すごくお得感があります。
- ありがとうございます。これからも何とか無料で頑張っていきますよ。
- 組み合わせの可能性だけを考えたら、バリエーションはほぼ無限ですよね。
- そうですね。僕らが想定もしていなかった組み合わせをSNSでオススメしているお客様もいて、斬新さに驚くこともよくあります。
つい先日もアーリオ・オーリオにディアボラソースをかけて、さらに焼肉を入れている方がいて、試しに真似をしてみたら、おいしいんですよ(笑)。エスカルゴをパスタに入れたり、ほうれん草のソテーに入れている方もいますよね。
じつはエスカルゴに使っているバターはめちゃめちゃいいヤツなので、たしかに合うんです。我々にとっても、新しい発見をお客様が楽しみながら発信しているのはうれしいです。

- 個人的にはペコリーノチーズが大好きで、何にでも入れちゃいます。
- あれはちょっとクセがあるので、同じくクセのある食材、たとえばトマトや青豆との相性が抜群なんです。
逆にクセのない食材には、グランモラビアチーズのほうが合いますよ。2種類のチーズを食材によって使い分けるのも、MYFのコツのひとつです。 - たしかに、青豆に入れると最高においしいですよね。
- そもそもイタリアでは、大きなペコリーノチーズをガリッとかじって、そのまま生のそら豆を食べるというのが主流ですから。

- そうした現地の食べ方情報もそうですが、サイゼリヤのメニューにはフリウリ風フリコなど地方のメニューもあります。これら現地の情報はどのようにリサーチされているんですか?
- それはもうごく単純で、僕らが毎年イタリアに行って、食べ歩いているんですよ。
- それは社長ご自身もですか?
- 毎年行っていますよ。観光客が来ない地元のお店にふらっと行って、そこで「リコッタチーズはどんな食べ方をするのがうまいの?」とか、聞いて回るんです。
すると「普通は蜂蜜をかけるけど、苦味が欲しいから私はマーマレードで食べる」とか、いろいろと答えが返ってくる。そこから、新しいメニューのヒントが生まれることもあるんです。 - 社長自らが食べ歩いて取材するというのは新鮮ですね。
- イタリアにいるウチの関連メーカーに声をかけると、どうしても接待がメインになっちゃうから、最近は知らせずに行くことが多いですね。
ちなみに今年はとある村に面白いチーズがあるという情報を聞きつけて、行ってきました。
東京五輪までにはキャッシュレス環境を整備
- 10月より一部店舗ではキャシュレス決済の実証実験中ということですが、今後のキャッシュレス化の見通しについてはいかがですか?
- 少なくとも首都圏では、東京オリンピック前までにキャッシュレス環境を整える予定です。
以前から言っていたのは「究極の後出しジャンケンをします」と。キャッシュレスの業界はソフトもハードも日進月歩ですから、設備投資が無駄にならないよう、推移を見守っていたんです。でも増税のタイミングとも重なって、いざ端末をそろえようにも手に入りにくい状況になって。
今はいくつかの端末を視野に入れつつ、どんな形にするのがいちばんいいのかを探っている段階ですね。 - 現金払いをするとお釣が2%増額したAmazonギフト券で受け取れるサービスが導入されて、そちらも話題になっていますね。
- ウチがキャッシュレス化に無関心だと思ったのか、Amazonさんに話をいただきまして。結果的には動くのが遅くなってよかった(笑)。
樹脂製グラスを導入した当初は「ボロクソに言われた」
- 2018年にはガラス製のグラスを撤廃し、樹脂製のグラスを導入したことも話題となりました。導入から約1年が経ちますが、消費者の反応はいかがですか?
- 導入当初は、そりゃボロクソに言われました。
「まずく感じる」とか「ビールくらいガラスのジョッキで飲ませろ」とか。なかには「こんなに軽いなんてどういうことや!」って怒る人もいて。軽いことは別にいいんじゃないかとも思いましたけど(笑)。
今ではだいぶ落ち着きましたが、お叱りを受けることは多々ありますね。

- 思った以上の拒否反応でしたか?
- いえ。ある程度は予想していました。
ただそれ以上に「安心・安全」を向上させるにはやらないとダメだと思ったんですよ。ガラスはお客様がケガをする危険はもちろんですが、スタッフ側のリスクも大きいんです。 - ケガ以外のリスクですか?
- そうです。ガラスが割れて少しでも肌に傷が付くと、食中毒につながる危険が増えるので出勤できなくなるんです。
それにガラスは目に見えないので、どこに飛び散ったかもわからない。破片を見つけて処理する時間も必要ですし、キッチン内であればスタンバイしている食材に入り込んでいる可能性もある。
そのリスクを考えて、以前からガラスを極力なくそうと音頭を取っていたんです。 - 樹脂製グラスを導入したことで、リスクはかなり減少しましたか?
- もちろんです。今ではガラスの異物混入はゼロになりましたし、スタッフやお客様のケガもグンと減りました。
ついでに言うと、ガラスよりもかなり軽いために一度に持てるジョッキの数も増えました。メリットとデメリットを比較すると、メリットのほうが上回っています。 - 最初こそ違和感があったものの、今ではあまり気にならなくなったという消費者も多いと思います。
- とくにワイングラスなどはそういう声が多いですね。
実際にイタリアの田舎などでワインを注文すると、よくわからない湯呑み茶碗みたいなグラスで出てくることも多いんですが、そういうものだと思えばすぐに慣れますから。
ホールやキッチンの運営は『ファイナルファンタジー』と同じ
- 樹脂製グラスの導入もそうですが、サイゼリヤは消費者だけでなく、従業員をとても大切にしている印象を受けます。
- 従業員もお客様も、どちらも大切にしようというのがウチの考え方です。
僕が社長になっていちばんお金と力を注ぎ込んでいるのは、じつは教育費用なんです。他社から引く手あまたでありながらも辞めたくないと思える会社が理想的で、まだまだ改革途中ではありますが、チャレンジはしています。 - 『サイゼリヤオリジナル店舗運営ゲーム』というボードゲームを共同開発し、人材育成に活用しているとか。

- 面白いでしょう。これは店舗運営の疑似体験ができるゲームなんですが、店舗運営に関わる社員1600名を対象にして、今年から研修に利用しているんです。
まぁ実際にゲームをやると70%の人はお店を潰しちゃうんですけど(笑)。 - リアルだったら笑えない結果ですね。
- まあ、そうならないための疑似体験ゲームですからね。あと『クックの達人くん』っていうアプリゲームも作ったんですよ。
- どんなゲームなのでしょう?
- 現場スタッフのスキルを上げるためのものです。
お客様が多数来店されたとき、オーダーが重なった際にどんな手順で調理を進めるのが効率的なのかなど、このゲームで遊びながら鍛えられます。 - なんだか面白そうですね。
- 『ファイナルファンタジー』でも攻撃順って重要じゃないですか。こいつの魔法は強力だけど発動までに時間がかかるから、その前にこうしてああしてとか。
ホールでもキッチンでもやることは同じで、次の展開を予測しながら戦略的に作業を組み立てるのが大事なんですよ。それをサイゼリヤ用に特化させたものを作りたかったんです。 - 作りたいものをパッと作れちゃうのがスゴいと思います。
- でも簡単ではなかったですよ。最初は大学にお願いして原型を作ってもらい、アプリメーカーに持ち込んでゲーム化してもらってと、手間も時間もそれなりにかかっています。
あとはバーチャルだけじゃなく、倉庫を買い、そこに実際の店舗を模した疑似店舗も作りました。新しいオペレーションなどはまずそこでシミュレーションして問題点を修正したり、いろいろな用途で役立っています。

サービス重視で、従業員が犠牲になってはいけない
- 社長はかなりの改革型ですが、社員や店舗からの反発や混乱はありませんか?
- それがウチの人間はみんなが素直なので、そういったことはほとんどないんですよね。
むしろ、こちらのアイデアに対して「もっと知りたい」とのめり込んでくる人間のほうが多いです。でもつい最近にやった組織改革には、さすがに混乱していましたね。 - それはどんな改革ですか?
- これまでの“店長”や“マネージャー”といった肩書きを廃して、1600人に対して上長をひとりだけにしたんです。
- どんな組織なのか、ちょっと想像もつきません。
- でしょ? だから現場も混乱しましたけど(笑)。従業員には、枠組みにとらわれてほしくないんです。
- なるほど。脳波計測の話からアプリゲームまで、本当にさまざまな先進技術を取り込んで挑戦されているんですね。それでいて理念は変わらずというのが素晴らしいです。
- 我々の使命は本物のイタリア料理をより安く多くの人に提供することですが、そのために従業員が犠牲になってはいけないとも考えています。
お客様も従業員も全員がサポーターであり、ラグビーでたとえるならノーサイド(敵味方なし)の精神を、ウチは大切にしています。

- 堀埜一成(ほりの・いっせい)
- 1957年2月7日生まれ。富山県出身。O型。京都大学大学院農学研究科修了後、味の素に入社。生産管理の技術担当として、制がん剤の探索やアミノ酸の製法改良などに携わる。「元上司からの誘いを2年断った」のち、現会長である正垣泰彦と出会い、ビジョンに惹かれて2000年にサイゼリヤに入社。同年11月には、取締役に就任。マーチャンダイジング本部長、エンジニアリング部長、オーストラリア支部社長などを経て、創業者の正垣泰彦氏の後を継ぐ形で2009年に代表取締役社長に就任。
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