重要なのは「原動力」と「子供心」。『二ノ国』誕生秘話から紐解く、日野晃博の思考術

『妖怪ウォッチ』シリーズや『レイトン教授』シリーズ、『イナズマイレブン』シリーズなど、数々の人気コンテンツを生み出し続ける日野晃博(株式会社レベルファイブ 代表取締役社長/CEO)。

日野が手がける作品の特徴に、大々的なクロスメディア展開が挙げられる。ひとつのコンテンツをゲームだけでなく、テレビアニメや映画などマルチメディアで展開することで大きな市場を生み出す手法だ。これまで日野は、コンテンツホルダーのトップとして制作陣の最前線で指揮を執り、結果を残してきた。日野が優秀なゲームクリエイターであると同時に、稀有なプロデューサーとして知られる理由でもある。

ところが8月23日に公開される映画『二ノ国』は、これまでと少し趣が異なるようだ。そもそも原作のゲームは2010年に誕生。現実世界「一ノ国」ともうひとつの魔法世界「二ノ国」を舞台にしたファンタジーRPGで、ゲーム内のアニメーションをスタジオジブリが制作。当時、大きな話題を呼んだ。

本作で日野は製作総指揮、原案・脚本として作品に深く携わっており、ストーリーやキャラクターも一新。ゲームとはまた違った、映画独自の魅力を打ち出そうとしている。

インタビューでは本作の制作秘話を紐解きながら、日野流の仕事術やクロスメディア戦術の核に迫っていく。

撮影/西田周平 取材・文/岡本大介

ものづくりには意地でもやり遂げる「原動力」が不可欠

クリエイターとプロデューサーの両方の顔を持つ日野さんですが、新規コンテンツを立ち上げる際に大事にしていることは?
ひと言で言えば、自分の中にある「原動力」ですね。「何か作って」と言われて、そのコンテンツにふさわしいアイデアがあったとしても、やっぱりそれだけでは作れないんです。「この作品が世に出たらどうなるんだろう?」と考えた際、どれだけの意味や価値があるのか、自分自身が本当に興味を持てるのか。その感覚が大切だと思います。

ですから、企画を立てたものの推し進めるだけの原動力が生まれなかった作品も実際にあって、そのまま放置状態になることもあります。逆に、今回の映画『二ノ国』のように、進めていく中で「意地でもやり遂げたい」という原動力が育っていく場合もあります。
もともと『二ノ国』はレベルファイブ設立10周年の記念タイトルとして生まれた作品で、当時は続編を作ることすら考えていなかったそうですね。それが映画化されたのはなぜでしょうか?
2、3年前にワーナー・ブラザースさん(アメリカのエンターテインメント企業)から「一緒に映画を作りませんか?」とお誘いいただいたのが直接のきっかけです。当時はまだ『二ノ国』を題材にするとは決まっていませんでしたが、プロデューサーなどの方々に『二ノ国』をやりたいと熱い要望をいただきまして。僕自身も特別な思い入れのあるタイトルだったこともあり、それならチャレンジしてみようと動きはじめました。
日野さんにとって、どのような位置付けの作品だったんですか?
『二ノ国』はベースとなる世界観をスタジオジブリ(以下、ジブリ)の方々と一緒に作り上げていった作品です。ジブリさんに対するリスペクトも含め、個人的にもすごく楽しかった思い出があります。『二ノ国』というタイトルも含め、ある種の「品格」が感じられるものになったなと感じる作品ですね。
「品格」とおっしゃいましたが、もともと日野さんはコンテンツを作る際に「タイトル」を重視されているとか。
そうですね。僕はタイトルこそコンテンツの最初の情報であると考えているので、まずはカッコいいタイトルを決めて、その上で中身を作っていきます。『イナズマイレブン』も『妖怪ウォッチ』もそういう思考パターンで作ってきました。

だけど、その意味では『二ノ国』はかなり苦戦した記憶がありますね。最初は異世界ファンタジーによくありそうな名前を片っ端から付けていったんですが、どうにもしっくりこなくて。ジブリの鈴木(敏夫)プロデューサーからも「タイトルがなぁ…」と難色を示されたりして(笑)。

ジブリ鈴木敏夫を動かした「タイトル」の妙

そもそもスタジオジブリがゲーム内アニメの制作を手がけたことも当時は衝撃でした。何か特別なツテがあったんですか?
いや、とくにないですよ。
すごい判断だと思いました。
いやでも、ジブリが生み出す美しい世界観でゲームを作りたいというのは、クリエイターなら誰もが一度は夢見ることじゃないですか? だからその気持ちに突き動かされるまま直訴しにいって、あれこれとアピールしただけなんです。
鈴木(敏夫)プロデューサーもタイトルにこだわりがある方のようですから、どうやって説得したのかとても興味があります。
『二ノ国』の企画書を初めてジブリに持参したときのことは覚えていますね。当時はまだ『二ノ国』ではなく仮のタイトルだったのですが、鈴木さんが「タイトルが良ければ(ジブリが)やってもいいよ」って言うんですよ。「え? タイトルが良ければやってくれるの?」ってビックリしましたね。
そこで先ほどの話に戻るわけですね。試行錯誤の末に『二ノ国』というタイトルが生まれ、口説き落とす決め手になった、と。
まあ、鈴木さんの発言はただの冗談半分だったと思いますけどね。それよりも実際はスケジュールがちょうどハマったとか、そういうもろもろの条件がうまく合致したんだと思います。要するに運が良かったんですね(笑)。

ただ僕の中では、鈴木さんとのやり取りはすごく印象に残っているんです。「タイトルで受注を決めるのかよっ!」っていう衝撃とともに(笑)。僕自身、そのときの仮タイトルに納得がいっていなかったのは事実で、それを見抜いたような鈴木さんの言葉が記憶に残ったんです。

クリエイターは妥協しない。非情になることも必要

ゲームのみならず、エンタメ界のヒットメーカーとして広く知られる日野さんですが、これまでやってきた中で「ヒットの法則」のようなものはありますか?
よく同じ質問をいただくんですけど、正直に言ってわからないですね。結果としてヒットしたものもあるし、思ったほどではなかったものもありますし。その違いがどこにあるのか、いつも考えているんですけど、いまだに答えは見つかっていません。
では質問を変えて、普段からこだわっていることは?
うーん。「逃げずに作る」っていうことですかね。これがけっこう難しくて、制作過程にはいろいろと嫌なことや大変なことが次々に出てくるんですね。それでも途中で諦めず、一生懸命に作り続ける。

そういう粘り強さは僕自身も大切にしていますし、それはレベルファイブという会社全体の個性でもあると思います。あとよく言うのは「子供の心を持ち続けること」です。「小学5年生の心」ですね(笑)。
具体的にはどういうことですか?
突き詰めれば、自分の意志に正直であることです。嫌なものは嫌だし、ダサいものはダサい。自分が本当にダメだと思ったことは、たとえ相手がどんなに偉い人だったとしても曲げずに発言すること。そういう”利かん坊”的な気持ちは、いつまでも持ち続けたいと思っています。
妥協をしないということ、ですね。
クリエイターにとっていちばん大切なことって、ダメなものをちゃんとダメだと言えるかどうか、そしてそれをいつまでも繰り返していけるかどうかだと思うんです。

たとえば何度も作業のリテイクを出し続けたとして、そうすれば相手もいよいよ限界という雰囲気になりますよね? でも、そんな状態でもダメなものはダメだと言えるかどうか。普通はそこで「(大変そうだし気の毒だから)もうこれでいいか」と妥協するじゃないですか。

でも僕はしないんですよ。そこは自分でも「俺ってサイコパスだな」って思うんですけど(苦笑)。

映画『二ノ国』はいつものクロスメディアじゃない

そうした仕事へのこだわりが、今回の映画でどのように反映されたのかお聞かせください。本作はキャラクターやストーリーをゲームから一新し、さらには恋愛映画として楽しめる内容にもなっています。このような方向に舵を切った理由は何でしょうか?
ゲーム版、たとえば1作目の主人公は13歳の少年です。つまりプレイするユーザー層も、同じくらいの小〜中学生がターゲットでした。でも今回は、映画『二ノ国』としてしっかりとヒットを目指さなくてはいけない。そのためにはどうしたらいいか? どんなテーマならみんなが興味を持ってくれるのか?

映画であることを踏まえてストーリーを考えたとき、ティーンというか、高校生くらいの若い子たちが感じ取ってくれるものがあるといいなと思い、恋愛というテーマが生まれました。
▲主人公は車いすの少年・ユウ(CV:山﨑賢人、写真中央)。ユウの親友で、バスケ部のエース・ハル(CV:新田真剣佑、同右)とその恋人・コトナ(CV:永野芽郁、同左)。
これまでレベルファイブの作品といえば、ゲームと映像の一体感が大きな特徴でしたが、本作はそれとは違うコンセプトなんですね。
あくまで『二ノ国』の仕組みや世界観を使って優秀な映画を作ることが最大の目的で、無理にゲーム版と合わせようとは考えていないんですね。そもそもゲームとテレビアニメ、劇場アニメとでは面白さを感じるポイントが違いますし、作り方のセオリーもそれぞれまったく違うと思っていますから。
そう考えると、これは新しいクロスメディア展開の形ですよね。
たしかにそうですね。たとえば『妖怪ウォッチ』って、劇場アニメの設定はあくまでゲームやテレビアニメと共通していることが原則としてあるんです。それは『イナズマイレブン』や『ダンボール戦機』も同じですね。

でも、今回の『二ノ国』はすべて映画用に作られた設定です。そういう意味で、ゲームとアニメを連動させてヒットを狙う従来の戦略とはまったく違いますし、僕らとしても新しいアプローチになりました。作品によってクロスメディア展開のあり方は変わってもいいし、実際に我々を取り巻く市場環境も大きく変わりつつあるのかなとは感じていますね。
▲現実世界「一ノ国」で命の危険にさらされたコトナを救うため、ユウとハルは魔法の世界「二ノ国」で手がかりを探そうとする。

久石譲の指摘で気づいた『二ノ国』の本質

ここからは映画の内容について詳しく伺っていきます。映画は主人公たちが「一ノ国(=現実世界)」と「二ノ国(=魔法世界)」を行き来する展開で、ゲーム版でいうと1作目に近い構造ですよね。
じつは、僕が最初に書いたシナリオでは、ほとんど「二ノ国」、つまりファンタジー世界だけで進行するストーリーだったんですよ。これは僕が根本的に現実世界よりもファンタジー世界が好きな性分からそうなったと思うんですが(笑)。
たしかに2作目の『二ノ国II レヴァナントキングダム』(2018年に発売されたPS4/Windows用ゲームソフト)は、魔法世界の「二ノ国」がメインでした。
だから自然とそうなってしまったんです。でも、そのシナリオを(『二ノ国』音楽担当の)久石譲さんに見せた際、「『二ノ国』はふたつの世界を行き来する話なんじゃないの?」と指摘され、ハッとしまして。…ハッキリ言ってショックを受けたんです。

たしかに久石さんのおっしゃる通りで、僕はいつのまにか自分の好きなものだけを見て、作品の本質を見失っているんじゃないか、と。もちろん内容が面白ければいいじゃないか、という考え方もありますけど、『二ノ国』の最大の魅力はふたつの世界がつながっていることで、その構造がもたらすジレンマにあるんだと思い知らされたんです。
その久石さんの指摘を手がかりに、ふたつの世界を行き来するストーリーへと生まれ変わったんですね。
あともうひとつ、僕がファンタジー世界をメインにしたシナリオを作っていた理由って、特定の現実世界を舞台にすることを敬遠していたんですね。

たとえばゲーム版の1作目は「ホットロイト」というアメリカの架空の街が舞台でしたから、それをベースに映像化すればアメリカの物語になります。でもそれは日本やアジアの人にとっては馴染みが薄い物語に見えるかもしれません。だったら無国籍のファンタジー世界にしたほうが全世界に向けて展開できるじゃないか、と。そういう皮算用もあったと思うんです。
同時にその戦略も変更されたんですか?
そうですね。どうせ作り変えるなら日本でヒットさせたいと思い直して、思い切って現代の日本を舞台にしようと吹っ切ることができました。
それにしても、久石さんはそういう根本的な指摘もされる方なんですね。
ガンガン言ってきますね(笑)。ほかにも、たとえばセリフに「殺す」っていう表現が多すぎるとか。テーマとして「命のやり取り」が含まれる作品なので、どうしても避けては通れないワードなんですけど、久石さんは温かい物語が好きな方ですから。

僕としては最初にすでにガツンとやられているので、「久石さんの意見は聞かないといけないな」と思い、そのワードはかなり削ることにしました(笑)。
▲魔法世界「二ノ国」に飛ばされたユウとハルは、そこでコトナとうりふたつのアーシャ姫(写真左)と出会う。

見どころは「究極の選択」。『二ノ国』の根底にある世界設定

本作の軸は、親友の男の子ふたりがヒロインを巡り「一ノ国」と「二ノ国」のどちらを選ぶかという、かなりシリアスな葛藤にありますね。
これは先ほど話した最初のシナリオにはなかった要素で、「一ノ国」と「二ノ国」を行き来するシナリオにした段階で生まれたアイデアです。

ひとりはファンタジー世界である「二ノ国」にいたい。もうひとりは現実世界の「一ノ国」にいたい。でも両方は選べないという状況で、親友同士だったはずなのにすれ違いはじめ、やがて心が離れていく展開を描きたかったんです。「究極の選択」を迫られるというのが、この作品の大きな見どころになっていると思います。
その葛藤や選択の根源となっているのが、ふたつの世界が密接にリンクしている『二ノ国』ならではの設定で、シナリオに最大限に活かされていますね。
ゲームや映画に限らず、近年は異世界モノのエンタメ作品ってたくさんあると思いますが、『二ノ国』がほかと違って個性的なのはそこですよね。それぞれの世界に、対となる人物がいる。命がつながっている設定ですね。そこは今回のストーリーでもキモになっている部分です。
▲コトナを救うため、”もうひとりの彼女”であるアーシャをどうするか。ユウとハルの意見が対立する。
その設定がストーリーの中で揺らいでくる、映画ならではのトリックも面白いと感じました。
ゲームをプレイしていた方であれば、その設定の仕組を理解していると思いますが、映画で初めて『二ノ国』に触れた方は、何が本当なのかわからない。

ゲーム経験者と未経験者で、ドラマから受ける印象が少し違ってくるんじゃないかと思うんです。僕としては、そういう『二ノ国』の捉え方の違いも含めて、楽しんでいただけたら嬉しいですね。
ちなみに映画に登場する「二ノ国」と、ゲームで登場する「二ノ国」に関連性はあるのでしょうか?
僕の中では『二ノ国II レヴァナントキングダム』の主人公・エバンが、”エスタバニア”という国を建国してから数百年後の世界のつもりで設定を作っています。

エバンはいろいろな国がひしめき合う中で初めて「二ノ国」を統一を果たした人物なんですけど、その時代は(中国の)秦の始皇帝のように、それほど長くは続かなかったと解釈していて。各地でたびたび反乱が起きるなどして、敵対する大きな勢力も生まれてきていて…と、なんとなくそういうイメージで考えています。まあ作中で明言はされていないので、あくまで裏設定なんですけど。
なるほど。それでは最後の質問です。もし「二ノ国」があったなら、日野さんはどちらの世界で暮らしたいですか?
それは聞くまでもないですよ。僕は完全に現実逃避型ですから、即答で「二ノ国」です(笑)。

でも、王族とまでは言わないですけど、町人Aとかだとちょっと嫌だなあ。せっかくのファンタジー世界ですから、せめて名のある戦士として転生して、剣をふるって戦うくらいの体験はさせてください(笑)。
日野晃博(ひの・あきひろ)
株式会社レベルファイブ代表取締役社長/CEO。『妖怪ウォッチ』『イナズマイレブン』『レイトン』『二ノ国』各シリーズなど、さまざまな作品で企画原案、シナリオ制作、プロデューサーを務め、続々とヒット作を生み出す。つねに新しい挑戦を続け、"世界一のエンターテインメントブランド"を目指す。

作品情報

映画『二ノ国』
8月23日(金)全国ロードショー
http://wwws.warnerbros.co.jp/ninokunijp/
製作総指揮/原案・脚本:日野晃博
監督:百瀬義行
音楽:久石譲
主演:山﨑賢人
原作:レベルファイブ
アニメーション制作:オー・エル・エム
製作:映画「二ノ国」製作委員会
配給:ワーナー・ブラザース映画

©2019 映画「二ノ国」製作委員会

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