赤字上等。成功するまで諦めない――サイゼリヤは「失敗を楽しむ」企業だった

ミラノ風ドリア299円、ペペロンチーノ299円、グラスワイン100円。
1000円でいっぱい食べられて、飲めて、ちゃんとおいしい。

庶民の味方でおなじみのイタリアンワイン&カフェレストラン「サイゼリヤ」は、1967年の創業以来、圧倒的な低価格と品質へのこだわりを持ち続け、2019年現在は国内約1100店、海外約400店と、外食不況と言われる時代に快進撃を続けている。

キッズメニューの難しすぎる「間違い探し」や、おいしさを数値化し、メニュー開発に生かすための「脳波研究」、割れない「樹脂製グラスの導入」など、ホットな話題にも事欠かない。

きわめつけは、10月の消費税増税後もほとんどのメニューで税込価格を据え置くという“神対応”。つまり実質2%の値下げを行ったということで、この暴挙(!?)とも言える措置には「うれしいけどマジで大丈夫なの?」と、ユーザーから心配の声があがるほどだ。

ライブドアニュースは、これらすべての仕掛け人である堀埜一成社長にインタビューを実施。京都大学農学部出身のエンジニアで、無類のアイデアマンでもある堀埜社長の口から飛び出したのは、「失敗OK。とにかく試す」実験精神と、驚くべき「逆転の発想」だった。

撮影/西田周平 取材・文/岡本大介

外食産業は、いまだに精神論が優先されてしまう

株式会社サイゼリヤでは2010年より「脳波の測定」に着手していますが、初めてこのプロジェクトを知ったときは衝撃でした。どのような経緯で立ち上がったのでしょうか?
僕はそもそも味の素(株式会社)からサイゼリヤに来た人間なんですが、その際に会長(正垣泰彦)から託されたミッションが「外食業と農業の産業化」だったんです。脳波研究も、大雑把に言えばその一環です。
「外食業と農業の産業化」とは、どういう意味ですか?
外食業や農業は、まだまだとても“産業”とは呼べないんです。たとえば製造業であれば、産業化するためには研究開発が必要になってきます。R&D(リサーチ&デベロップメント)と呼ばれますが、新しい技術を生み、革新的な商品へとつながっていくためにはこの工程が欠かせないんですよ。

とくに外食業って、多くのお店でいまだに精神論だったり、個人の技能に重点が置かれがちなんですよね。でもこれからの時代はそうではない。労働時間や賃金、福利厚生などの待遇面を製造業並みに底上げしないと外食業に未来はないと思っているので、そのために研究開発部門を立ち上げたんです。
“脳波”というアイデアは、その研究開発部門から出てきたんですね。
そう。開発のトップを小川さん(小川豊/執行役員研究開発部長)にお願いしたのが大きかった。もともとキリンの開発研究者で、かつマーケティングもやっていた人なので、いろいろなことをよくわかっているんですよ。

しかも「予算は青天井でいい」と伝えていたから(笑)。
予算が青天井? それはスゴい。
「青天井でいい」と言われて、本当に青天井で予算を組む人はいないからね(笑)。ただ、それくらい開発にかけていたのは事実です。

脳波研究は、「創業者の脳を残す」から始まった

「脳波研究」についてですが、小川さんによると「試食してアンケートを取るより脳波のほうが正直だから」という目的で立ち上げたそうですね。
現在の主な目的はそうなんですけど、じつは最初に狙っていたのはちょっと違うんですよ。
当初の目的とは?
どうにかして会長の脳を残せないか、と。
ええ!? 脳を残す?
会長の味覚はずば抜けて敏感で、僕らが感じることはできないレベルでいろいろなことを感じられるんです。でも、その感覚を的確な言葉にして周囲に伝えられるかと言ったら、これはやっぱりなかなか難しい。

しかし脳波研究を使えば、どういうときにおいしいと感じたり、あるいはまずいと感じるか、細かいところまで如実にわかるかもしれない。そのデータを蓄積すれば、おいしさという漠然とした概念を数値化できるんじゃないかと考えたんです。
スゴい発想ですね。それで、実際に会長の脳波データを採取したんですか?
それがまだなんです。会長が在籍しているあいだにやろうとは思っているんですが…。今は代わりに簡易的な脳波研究器を使って、マーケティングに役立てています。
簡易的な脳波研究と言うと?
ウチでは2種類の脳波研究をやっていて、ひとつは千葉工場の脳波研究室で測る本格的な10極タイプのもの。これはかなり精密なデータが得られるんですが、むしろ得られるデータが膨大で複雑すぎるので、それを分析・解析するのはまだ難しいんです。

それに対して、1極で脳波を測る「感性アナライザ」と呼ばれる装置もあって、こっちはデータ量も少ないので、より実用的です。
▲サイゼリヤの「脳波研究」で使用されている、10極タイプの測定装置(写真上)は企業から購入。1極タイプの測定器(写真下)は慶應義塾大学と共同で開発したという。
10極タイプの測定装置の研究も進めつつ、今は主に1極タイプの「感性アナライザ」を活用しているんですね。
そういうことです。動かせない10極タイプとは違って、1極タイプはポータブルなので、試食だけじゃなくいろいろな事柄に使えてかなり便利ですね。
▲10極タイプの脳波研究のグラフ。脳の動きを、詳細まで分析できる。

センスだけで勝負しない。脳波研究で客観的な数値を見つける

お客さんの動きを想定し、テストキッチンなどで用いられる1極タイプの脳波研究では、どんなことがわかるんですか?
好奇心や好きの度合い、あるいはストレスなどをリアルタイムで測定できます。しかも場所にとらわれずに使えるため、入店から着席、注文、実食、会計まで、すべての行程で脳波状態がわかります。

それらのデータを活用することで、メニュー開発はもちろんのこと、店舗の設計やデザイン、接客など、外食業に関わるすべての事柄にフィードバックさせられます。
単なる新メニュー開発だけにとどまらない可能性も…!
そりゃもう、いろいろ面白いことが考えられますよ。

たとえば目線の動きを追うアイトラッキングの技術を組み合わせれば、メニュー作りやお店の看板といったデザイン面にも生かせるでしょうしね。人間はどんな色や形に注目するのか、どこに魅力やストレスを感じるのかもより明確になってくると思います。
まるで色彩心理学や、購買心理学のようですね。
まだまだ日本の外食業は、デザイナーのセンスだけで勝負しているところがありますから。味にしろデザインにしろ、まずはちゃんとした評価軸を作るのが大切で、それが“産業化”にもつながっていくと思っています。
なるほど。脳波研究による近年の成果には、どんなものがありますか?
最近、脳波的に初めてパーフェクトと呼べる食材を発見しましたね。
脳波的にパーフェクト?
人が食品を食べた際に生じる脳波のうち、我々が注目すべき脳波は3種類あるのですが、その3つともがポジティブに反応する食材はこれまでになかったんです。
どんなにおいしいと思う食べものでも?
そうなんです。どんなにおいしい料理でも食材でも調味料でも、何かひとつはネガティブな反応が出るものなんですが、ついに3種類すべてがポジティブな反応を見せる食材を発見したんです。あのときはみんなが「ついに見つけたぞ! これや!」とめっちゃ盛り上がりましたね。
ずばり、それは何でしょう?
企業秘密です(笑)。でも今のメニューには、その食材をいろいろと取り込んでいることはたしかです。
気になりますね…。その食材を取り入れたことで、売り上げが伸びることも?
それが、今のところあまり因果関係はなさそうで(笑)。まあ、あくまで食材のひとつですしね。でも研究結果を商品開発にフィードバックしていくというサイクルは始まったばかりなので、いつかは売り上げアップにもつながると思っています。

それに脳波研究が真にスゴいのは、言葉に頼らないところなんですよね。日本語なんてわからなくたっていいし、むしろ言葉をしゃべる必要すらない。

世界中のどんな人でも、それこそ赤ちゃんからお年寄りまで、すべての人を対象にして直接本音が聞けることは、マーケティングにとってこれ以上ないと言っていいほど有用です。
▲映像を使った脳波研究の様子。今後、多角的な活用が期待される。

サイゼリヤは「成功するまで諦めない」会社

社長には、はるか先の展開が見えているんですね。あまり目先の利益や結果にはこだわっていないようにも感じます。
研究開発というのは30年とか50年とか、そのくらいのスパンで考えるべき事柄ですから、そもそも僕の代で結果を出そうとすら思っていないんですよ。
かなり辛抱強いですね。
これはウチの社風でもあるんですけど、うまくいくまでやるっていう気の長い会社なんです。開発だけでなく、店舗運営においてもそうなんですよ。
外食業でそういうスタンスを貫いているのって、かなり異例な気がします。
でも本当にそうなんですよ。ウチが中国で成功したのも、うまくいくまで撤退しなかっただけですから(笑)。多くの企業が中国に進出しては赤字を出して引き返してきますが、最初から利益を出すなんて不可能で、ウチからすれば最初は赤字になるのは当然です。
誰もが「成功させよう」と思って出店しますが、そうではないんですね。
むしろ最初から利益を出していたら市場はそれ以上大きくならないですから。ある店舗数に達して初めて利益が生まれるような設計をして、そこに達するまではひたすら我慢しかないんです。

ミートソースを怒られるまで甘くした結果、逆にファンが付いた

多くのことにチャレンジをしているぶん、失敗も多いですか?
そりゃもちろんですよ。そもそもウチは失敗を前提に挑戦するケースも多いですからね。はたから見たらアホみたいな実験だってしていますよ。
たとえばどんな実験ですか?
同じ敷地にサイゼリヤを2店舗作ってみたり(笑)。1店舗にするには大きすぎる敷地面積だったので、試しに隣り合わせでふたつ作ってみたんですよ。
それって、意味があるんですか?
僕もそれを知りたかったんです(笑)。

内装の雰囲気を変えたら使い分けてもらえるのかなとか。お客さんが少ないときは一方をクローズしちゃえばいいし、経費もかなりコンパクトにできるじゃんとか。

まあ、おかげでダメな部分ははっきりしましたから。
失敗から何を得るかが大切なんですね。
そうですね。成功を目指して失敗してしまうのが普通で、まさか失敗するために運営する人はいないですよね。それでもやっていくうちにNGのデータが蓄積されていくんです。

それは同時に、正解の枠がどんどんと明確になっていくということでもあるんですよ。
逆転の発想というか、独特な思考法ですね。
そこはウチの特殊なところなんです(笑)。

新業態のお店で、ミートソースをどこまで甘くできるか試したこともありますね。だんだんと甘くしていって、お客様から怒られたらやめようと思っていたんですけど、結果的にめちゃくちゃ甘くなって、逆にファンが付いちゃったこともあります(笑)。

僕なんかは甘すぎてとても食べられないレベルだったので、あれにはビックリしました。でもさすがにやりすぎた感があるので止めましたけど。

難しすぎる間違い探しは、深夜番組をヒントにした

SNSでよく話題になるのが、キッズメニューに掲載されている難易度の高い間違い探しです。どうしてこんなに難しいのでしょうか?
間違い探し自体はキッズメニューを作った当初からあって、最初はごく簡単なものだったんです。

でもある日、くりぃむしちゅーさんがやっている『くりぃむナントカ』というテレビ番組を観まして。“芸能界ビンカン選手権”という間違い探しのコーナーがあるんですが、絶対見つけられないじゃんっていう超難しい問題が混じっているんですね。

その感覚が新鮮で面白いなと思って、それで10個ある間違いのうち、1個か2個は究極に難しくしようと思って試してみたのが始まりです。
そうだったんですね! 大人が必死になって探してもわからないレベルですよね。
左右に並べて見比べると、余計に見つかりにくいように作ってあったりもするんです。上下に並べるとわかったりとか。
▲実際の間違い探し。「難易度が異常」と話題になることも多い。
たしか一度、簡単なバージョンに戻ったことがありましたよね。
お客様から「難しすぎる」っていう声が届いて、会長からも「やりすぎ」と怒られたんです(笑)。でも僕が社長になったら、担当者が「復活させてもいいですか?」と言ってきたので「いいよ」って(笑)。

ただその代わりに、ちゃんとテーマを設けて食育の教材になるようにしようと。そういう流れで、だんだんと進化してきています。
ちなみに最新(10月現在)の間違い探しはやや簡単なような気がするんですが。10個見つけられました。
わかりました? 毎回解けないとストレスが溜まっていくだろうから、数回に一度はちょっと簡単にしているんですよ。そして次回からはまた超難しくする。そうするとまたハマってくれるでしょ?
完全に掌の上で踊らされていたんですね…。
いやいや、これは偶然に難易度の低いもので出したときに発見したことなんです。こういう手法もアリだなと(笑)。

<後編>では、増税後も価格据え置きを決定した理由、割れにくい樹脂製グラスを導入した背景、ユーザーが自由に味をカスタマイズできる新サービスなど、進化し続けるサイゼリヤをより深堀りしていく。

サイゼリヤのイメージが変わること間違いなしの刺激的なインタビューを、どうぞ召し上がれ!(11月19日配信予定)

堀埜一成(ほりの・いっせい)
1957年2月7日生まれ。富山県出身。O型。京都大学大学院農学研究科修了後、味の素株式会社に入社。生産管理の技術担当として、制がん剤の探索やアミノ酸の製法改良などに携わる。「元上司からの誘いを2年断った」のち、現会長である正垣泰彦と出会い、ビジョンに惹かれて2000年に株式会社サイゼリヤに入社。同年11月には、取締役に就任。マーチャンダイジング本部長、エンジニアリング部長、オーストラリア支部社長などを経て、創業者の正垣泰彦氏の後を継ぐ形で2009年に代表取締役社長に就任。
ライブドアニュースのインタビュー特集では、役者・アーティスト・声優・YouTuberなど、さまざまなジャンルで活躍されている方々を取り上げています。
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