勝負には負けて良い… プロギャンブラー・乃武喜が日本人につけるクスリ。

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海外を巡り15年間プロのギャンブラーとして食ってきた男がいる。発狂寸前になり、出入り禁止になったカジノは数知れず。それでも後悔はない、この「働き方」が自分なのだと男は胸を張る。

私たちと少し違った生き方をする人たちに話を聞き、これからの働き方を探る「アウトサイダーの労働白書」。第4回は、プロギャンブラー・新井乃武喜に“誰にでもできる人生の勝負”について教わった。新井は「失敗を好きになってほしい」と言う。

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新井乃武喜(あらい・のぶき) プロギャンブラー、講演者、作家。1971年生まれ。東京都出身。大学卒業後、プロギャンブラーを目指し、25歳の時に単身渡米して修行を始める。2年後には、プロギャンブラーとして世界中のカジノを周遊して生計を立てる。ギャンブルの世界では神の領域とされる「勝率9割」を達成。15年間で世界6周、訪れた国は82カ国になる。現在は、プロギャンブラー人生で得た経験や生きざまを伝える講演や、雑誌などでの記事執筆、各種メディア出演などで活動。著書に『勝率9割の選択』(総合法令出版)など。
■「就職以外にも仕事はあるんだな」衝撃を受けた友達の進路
―ギャンブルって昔からお好きでしたか?
全然です(笑) 始めるまではアホか!って思ってました。
―プロギャンブラーとして食べていく。そんな人生を選んだきっかけは何ですか?
大学生のとき、卒業の近い友達が突然「僕は大道芸人を目指す」と言い出したことがひとつにあります。当時はそんな生き方もあるのか、と衝撃を受けました。

そいつ、フランスの小学校にいたから視点が国際的で。「路上で芸をしてお金をもらうんだ」って聞いたときは「それって仕事なの?」って思いましたよ。
―受け入れるのが難しかった?
「大道芸で食えてる人がフランスにはいるんだ」って熱弁するんですけど、僕の中で消化するのに数週間はかかりました。ただ、いったん整理できると「僕たちが当然と思っている就職以外にも『仕事』ってあるんだな」って、仕事の選択の枠がブワーっと広がったんです。

もうひとつ、別の友達が大手の出版系メディアに入社して、望んでいない仕事をさせられてウツになっちゃったのも大きいと思います。上司との人間関係もうまくいかなかったようで。

彼はすごくその会社に入りたくて、願いがかなったはずなのに。「望んだ会社に入れても、望んだ生活が手に入らない可能性もあるんだ」と知りました。

当時の僕には、就職してサラリーマンになって社長を目指すってプランしかなかった。でも彼らを見て、起業しようと決めました。
■ギャンブルとの出会い。卒業旅行で20万円勝った
―そこからギャンブラーに?
いえ。具体的には決まっておらず、まずは起業のために資金集めをしようと。大学の在学中にNHKの凖社員になって600万円ほど貯めました。

ギャンブルと出会ったのは、卒業旅行のとき。海外へ遊びに行くにしてもはっきりとした目的が欲しかった。ニューヨークに行って自由の女神を見て、グランドキャニオン回って、みたいな普通の旅はちょっと面白くないなと思いまして。

目的がある旅をしたいと考えて唯一出てきた行き先がラスベガスだったんですよ。「ギャンブルの都」でチャレンジしてみようと。

起業資金の600万円のうち80万円くらいなら失ってもいいや、って考えていました。失うにしても全体からしたら大した割合じゃないですからね。

ガンガン賭けて、睡眠は1日3時間。ゴハンも食べずにずっとカジノのフロアーにいて。卒業旅行は数人で行きましたけど、みんなが観光している中、僕だけカジノとホテルの往復でした。
―勝ちましたか?
最終的には20万円の勝ちです。あまりにもずっとカジノにいたので、そこの偉い人がVIP待遇にしてくれて、ホテルもタダで泊めてくれました。

初心者のビギナーズラックですね。1年後に「次はもっとうまくやれる」と、再びベガスに行きました。そのときは100万円ほど勝っています。
―英語はしゃべれましたか?
ほぼしゃべれないですね。「I Wanna Stay」とか「Here」とか、そのくらい(笑)。

3回目は前回の3カ月後くらいに行きました。その頃には貯金は1000万円くらいになりました。起業資金も十分だと思ったのでNHKも辞めました。
―NHKを辞めるのにためらいはありませんでしたか? かなりの安定コースだと思いますが。
実は「今のままで年収1000万円コースと、準社員から社員に格上げするコースを用意します」って提案されて。でも違うな、と感じて「辞めます」って告げました。即決でした。貯金のために生きているわけではないので。
■ホテルの部屋に現れた「鬼」
―それでプロギャンブラーの道に?
まだですね。アメリカを回って起業のヒントを探しているうちに、気が付いたらまたベガスにたどり着いていました。

もう1回ベガスで遊んで思い出作りをしよう、そんな軽い気持ちでカジノへ出向き、今回は1000万円のうち120万円までは使ってもいいかな、と考えました。

夢中で賭けていたんですけど、気が付いたら30分で40万円ほど負けました(笑)。冷静に考えたら「あれ? これあと2回くらい賭けたら終わりじゃん」って。

僕、カモだと思われていたんですよ。悔しかったな。「なめやがって。それだったら逆に相手をカモってやろう」って一度カジノを離れて、数学的に勝てる確率の高いブラックジャックをひたすら勉強しました。辞書片手に洋書を何十冊も読みあさって……。ギャンブラーになろうと本気で考えたのは、それからしばらくしてからですが、当時の悔しさはモチベーションのひとつですね。

ギャンブルで食ってやろうと決めてから、まずは日本で本格的に修行を始めました。でもいろいろな誘惑が多くて集中できない。携帯電話の電波が入らない環境で、勉強を終えたらすぐにカジノに行ける場所を探した結果、やっぱりベガスに行き着きました。2〜3カ月ベガスのホテルに滞在して、4日間帰国してまた向こうへ。そんな生活を1年半ほど繰り返していました。
―修行時代の様子を教えていただけますか。
朝に起きてすぐカードに取り掛かって、集中が切れたらマクドナルドでメシを買って戻ってきて、食べたらまたカードをめくって。1日13〜4時間もそんなことをやっていたんです。

そうしたら静かなホテルの部屋の中で誰かの声がする。キョロキョロと探したら、すごい形相の男が目の前にいました。驚いて指差したら、その男も同じタイミングでこちらを指差してきて。

鏡だったんです。本当に鬼のような恐ろしい顔でした。「あ、このままだと気がおかしくなる」とハッとして、急いで日本に帰国しました。頭の回路が変になっていたのか、戻ってから1カ月間毎日ラーメンを食べ続けました。今考えても一線ギリギリのところにいたんだなってゾッとします。
―おかしくなる寸前だった?
はい。でも、そこまでのめり込んだことも事実で。

これまでは全てにおいて本気になれない自分がいて。友達が先生だ、医者だ、看護師だって先に進んでいく中で、僕は何も進路が見えなかった。初めて「これは本気になれる」「自分の人生をぶっこめる」と思えたのが勝負の世界だったんです。

それからは腹をくくって、さらにブラックジャックを勉強して、いろいろな国を回りました。ところが、連勝を重ねていくうちに出入り禁止をどんどん食らうようになってしまいます。「あいつ、10日のうち9日は勝ってないか?」と気付かれて追い出される。隠れてこっそり賭けていたら警備員がやって来て、裏口から逃げ出すこともありました。

でも、稼げることは稼げた。それからはポーカーも手駒に加えていろいろな国を回りギャンブルで生活していました。14年ほどで80カ国以上です。ラスベガスを拠点に3カ月間勝負して、冬になったら暖かいメキシコに移動して1カ月間戦って。夏はヨーロッパやカナダに北上して、また3カ月勝負して。2012年からは日本に腰を落ち着けています。
■乃武喜流・常識を壊す方法「トライしないと得られない」
―異色の「働き方」をする新井さんからすると、日本の一般的なサラリーマンはどのように見えますか?
時代とともに常識は変わります。終身雇用とか年功序列とかが絶対だった時代はもう終わった気がします。ただ、そうした考えにとらわれている人もまだまだ多いじゃないですか。

一度、自分の中のいらない常識を崩してあげると新しい働き方が見えてくるのでは。僕が大道芸人を目指すと言った友達に驚いて変わったように。スタート地点はそこです。
―では、自分の常識を崩すための身近な方法はありますか?
簡単な方法だと、行きと帰りの道を意識的に変えてみる、いつも行く飲食店で普段と違うメニューを頼んでみるとか。小さな挑戦って大事です。とは言え全部が全部新しいことをするのも疲れちゃいますから、半分くらい定番から外して選んでみる感じで。

そうすると「前のほうが良かったな」というほうが多いですよね。でもたまには「あ、これおいしい!」ってこともある。トライしないと「勝った味」って得られないんですよ。

いつもと違う帰り道にきれいなアジサイが咲いていて感動する。新しいお店に入って「いい接客だったな」ってニコニコする。そういう小さな心の動きでいいんです。0.1でもカウントを積み重ねて「自分は前より成長しているな」と思い返して、少しだけ前に進めたことをほめてあげてほしい。

僕、コンビニでもよく「ギャンブル」するんですよ。ちょっと前に、いつも買うメロンパンの横に期間限定の味があって。確かチョコミント味だったかな。

いろんな商品が開発される中で、店員はチョコミント味が売れると思ったわけで「じゃあその勝負に乗ってやろう」って。
―おいしかったですか?
いや正直、自分は普通のメロンパンのほうが良かった(笑)。でもね、トライしないとそれも語れない。「マズかった」って話のネタがひとつ増えて笑えるじゃないですか。だから「マズい」っていうのも、ある意味「勝ち」なんですよ。
―なるほど。
「勝負」って言葉は文字通り、「勝」と「負」がひとつになっています。絶対に勝てる勝負もないし、絶対に負ける勝負もない。経験があるから今度「ミント味の食パン」が店に並んでも選ぼうとは思わないでしょう。

いや、選んじゃうかな(笑) もちろん負けの確率は高いけど、小さなことならチャレンジして、失敗して、笑っちゃうくらいでいいのかもしれない。

僕もたくさんの失敗をしてきました。その中で勉強して気もおかしくなりそうになって、高い勝率をつかむことができるようになりました。根本的に負けることを恐れたらプロギャンブラーは一度も勝負できない。みんな、失敗を繰り返してだんだん勝てるようになっていくんです。
■失敗を好きになってほしい
―成功している人を見ると「ずっと勝っている」と勘違いしてしまいます。
そんな人はひとりもいませんよ。ただ勝負の経験が少ないと、負けたくないことばかりが頭に浮かんでしまう。だからこそ小さな勝ちを重ねていくことが大事です。

自分の人生が袋小路だと思っている人がいたら、帰りに違う道を歩いてほしい。コンビニで普段選ばないパンを手に取ってほしい。必ず何かの変化があるから。それが成功なのか失敗なのかは分からないけど。それでも、まずは負けるところから始めましょうよ、って肩をたたきたい。

というか、もう逆に、失敗したとき「やった!」って思ってほしい(笑) 僕も負けた日は悔しいですよ。でも心のどこかでこんなのも悪くないって思う自分もいて。だって「次の日に勝てる確率が上がった」って話でもありますから。

繰り返しになりますが、コンビニだって勝負はできる。まずは100円のパンで試して、あちゃーって頭を抱えて、失敗を好きになってほしいです。

それに、勝ちと負けを重ねていけば自然と体が動くようになっていくし、余計な考えに頭を使う余裕もなくなっていく。体と頭ってつながっているんだって実感できるようになります。
―あれこれと考えすぎた結果、動けなくなることもありますね。
日本人はマジメで勤勉。良い部分もありますがデメリットもあります。それは、勉強ばかりで1歩を踏み出せないこと。

実力は「理論×経験」です。まず理論を知り、次に実際にやってみる。例えば成功が10点満点なら、理論が3〜5点までいったら経験してみる。そこから改善して、理論が1点増えるごとに経験回数も増やしていく。

日本では理論が9点くらいで経験に移りましょう、という風潮も強いです。最近ネットでも「正しいかどうか」ってすごく大きな基準になっていて、ますます動きにくくなっていますよね。

ぶっちゃけると、頭で計算したことって実戦ではそこまで役に立たないんですよ。実戦で「うわ、全然違うじゃん!」という現実を知り、また勉強するともう1段階上に行ける。バランスよく成長させていくのがもっとも効率よく最高の点数にたどり着く方法です。
■今よりお金は減るかもしれないけど
―老後の不安はありますか?
ないですね。人って割と早く死ぬんです。老後を迎える前に結構な人が亡くなります。それなら、もっと今の人生の積み重ねに集中してもいいんじゃないかな、と思います。

20代で老後を心配して進路を選ぶ人もいるけど、本当にそれまで生きていられるのかを真剣に考えたほうがいいんじゃないでしょうか。それに、老後の不安を抱えているのに定期的な運動をしていない人もいたりして、何かちぐはぐですよね。

老後とか、普通に生きなきゃとか、漠然としたよく分からない不安は忘れちゃっていい。そんなものに惑わされて自分がやりたいことを見失ってしまうことが一番問題です。

僕がポーカーの台に座ったら他の人はみんなお年寄りだったことがあって。「みんな、いつからやってるんですか?」って聞いたら、ニヤリと笑って「お前が生まれる前から」って。

またプレーが良いんです。若い連中なら真っすぐに勝負するところを、彼らはわざと負けたりして裏をかいてくる。70、80歳の人たちが「おいおい、ケツが青いな」って笑ってる。老練ってやつですよね。カッコいい。
―自分の思ったように生きるため、どんな対策をとるべきでしょうか?
月並みですけど「この仕事は向いてないかな」「会社ヤバいかな」という状況になる前に、自分がやりたいイメージを持って、あらかじめ勉強するなり準備しておくことでしょうか。

この下積みって、やりたがらない人も多くて。きっとそういう人はモヤモヤを抱えながらも「そこまで先を心配していない」のだと思います。ただの心配好き。本当にマズいと思った人はいやでも動きますから。
―乃武喜さんにとって「正しい人生」とは何だと思いますか?
正しい人生って人の数だけあるから難しいですけど、僕は「スマイル」を基準にしています。どちらを選んだら自分がスマイルになれるか。単純な話です。

金持ちになるためじゃないし、人から良く見られるためじゃない。仕事や趣味がみんなからドン引きされてもいい。自分が幸せになるために生きたいです。

僕たちは1日で多くの時間を「労働」に費やしていますよね。だったらステキな人生を送るためにそこを見直すことは大事なことではないでしょうか。今の仕事よりお金や称賛は減るかもしれないけど、楽しいな、がんばれるなって基準で選ぶほうがいい。

今の世の中って、多くの人が休日を求めています。でも「求めなくなること」が理想じゃないでしょうか。僕がギャンブルを選んだひとつの基準は“休みたくない仕事”だったから。残業を助長するわけじゃないですけど、ただひたすら「会社に行きたくない!」って思うなら、本当に自分がやるべき仕事なのかどうか問い掛けてみる必要があるのかも。

なんにしても、全てはコンビニから始めよう!ということです(笑)。

企画・インタビュー・文=森田浩明
写真=西田周平
デザイン=桜庭侑紀
撮影協力=六本木・BACKDOOR
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