北村匠海『キミスイ』との運命的な出会いを経て――「改めてスタートラインに立てた」

「普段は本当に低体温なんで」――。静かに微笑むさまは、DISH//のボーカリストとしてギターを手に、ステージで激しく体を揺らして歌う姿とはまるで別人である。佇まいも話の内容も、10代とは思えぬ落ち着きと思慮であふれている。やや物憂げでクールに見えるが、決してとっつきにくいわけではない。北村匠海はただ、大人なのだ。生来の性格に加え、彼自身のキャリアに育まれたのであろうこのスタンスが、初主演映画『君の膵臓をたべたい』で存分に活かされることになった。

撮影/祭貴義道 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc.
スタイリング/鴇田晋哉 ヘアメイク/佐鳥麻子

【僕】は北村匠海そのもの? 「ぜひ演じてみたい役だった」

おそらく多くの人がタイトルを一度は耳にしたであろう、住野よるさんのベストセラーを実写化した『君の膵臓をたべたい』。クラスの人気者の女子高生・山内桜良(浜辺美波)と、ひょんなことから彼女が膵臓の病に侵されていることを知る、地味なクラスメイト【僕】の交流が描かれます。北村さんは台本を読んで、【僕】の気持ちが手に取るようにわかったとか?
【僕】が他人とのあいだに壁を作り、距離をとって自分の世界の中だけで生きていて、それに満足している感じが僕の中学時代と重なりました。僕は、音楽と出会ったことで変わっていったんですが、【僕】が桜良と出会い、少しずつ心を開いていく過程も、僕の経験と似ているものを感じました。
あんなにカワイイ、クラスの人気者の女の子が積極的に自分に話しかけてきたら、世のたいていの男子は喜ぶと思いますが、【僕】は邪険にはしないものの、微妙に迷惑そうですね(笑)。
普通の人の感覚では理解しがたい部分も多いかと思いますが、僕のような人間にとっては、すごく親しみやすく、感情移入しやすかったですね。
オーディションで決まったそうですが、その時点で「この役は自分だ」という思いがあった?
原作・脚本を読んで「これはぜひ演じてみたい役だな」と思いましたね。ここまで自分と重なる役柄に出会うこともあまりないだろうと思ったし、思い切ってのびのびやれたらいいなと。
実際、演じるうえでは役作りなどもほとんど必要がなかった?
そうですね。月川(翔)監督も【僕】のような学生時代を送られていたそうで(笑)、そういう点でもお互いのイメージを一致させて臨めましたし、映画初主演という特別な機会に、リラックスしてお芝居ができたのはうれしかったです。完成した作品を見て、僕自身、泣いてしまったんです。
自分の作品を見て素直に泣けるというのは、それだけ役になりきっていて、いち観客としてすんなり物語に入りこめたということですね。
それがすごくうれしかったし、この映画とは運命的な出会いだったんだなと感じています。
【僕】と桜良の、恋人でも親友でもない関係性が印象的です。桜良は【僕】のことを「仲良しくん」と呼びますが、この微妙な距離感を北村さんはどんなふうに見ていましたか?
これに関しては僕自身の経験にもなかったので、正直「これは何なんだろう?」って思いましたね(笑)。【僕】は恋をしたこともないし、友達さえいない。だから、そのどちらでもないんでしょうが、じゃあ何なのか? と考えたとき、漠然と「大切」って言葉が浮かんできたんです。
「大切」?
恋愛でも友情でもないけど、この人のことを大切に思う。それは、この映画のタイトルに込められている思いとも重なると感じます。
たしかに「親友」というポジションは、桜良と同性の恭子(大友花恋)がしっかりとつかんで離さないんですよね。桜良が恭子との関係を大切にしつつ、その親友にも言えないこと、できないお願いを【僕】に託すというのも、すごく興味深いですね。
すごく面白い部分ですよね。桜良と恭子の関係って、女性の友情や(良い意味で)独占欲が表れていて、面白かったし、リアルだなって(笑)。
桜良が【僕】に親しげに話しかけるのを見て、恭子が敵意むき出しの視線を【僕】に向けてきたり…。
撮影現場では浜辺さんと大友さんがすごく仲がよくて、僕は少し離れたところにポツンといました(笑)。僕だけでなく、役者がみんな、作りすぎずにナチュラルにそこにいられたというのが、この映画の魅力につながってると思います。余命が…というドラマではあるけど、誰もが日常を生きていて、それが切り取られているんですよね。
ごく普通の生活がきちんと描かれているからこそ、“秘密”が感動を呼ぶんですね。
自分が出ている映画を見て素直に泣けたのも、それがすごく大きいと思います。ちょっとした距離感、関係性…「映像の中をリアルに生きるってこういうことなんだな」と感じました。とくに最近では、振り切ったタイプの役が多かったので、スッと肩の力を抜いて演じられて、大きな経験になりました。

中学時代に築いていた他人との壁…!?

撮影が行われたのは昨年の秋、ドラマ『仰げば尊し』(TBS系)の直後ですね?
そうです。そこが苦労した部分で…(苦笑)。『仰げば尊し』で演じた安保圭太という役から、なかなか切り替えられなくて。
たしかに『仰げば尊し』の安保圭太は、同じ高校生とはいえ、不良タイプで見た目も雰囲気も今回の【僕】とはまったく異なりますね…(笑)。
ドラマを撮影している期間にリハーサルがあったんですが、ドラマの撮影が終わった足で映画の現場に行くと、切り替えるのが難しくて…(苦笑)。なんとか中学時代の自分を思い出すような感覚で。僕、演じている役柄によって、その撮影期間中は日々の生活もガラッと変わったりするんですよ(笑)。
役柄に引きずられやすい?
そもそも、もとからテンションが低めで普段から低体温なので、自分自身とは違うタイプ…テンションが高めの役をやるときは、意識的に私生活から作り込むようにしています。映画『ディストラクション・ベイビーズ』を撮っていた頃は、ガニ股で(撮影が行われた)愛媛県を歩いてたし…。
『ディストラクション・ベイビーズ』も不良役でしたね。
そうなんですよ。去年の夏の『仰げば〜』の撮影中は、サングラスにアロハシャツを着て、太い袴みたいなパンツに雪駄(せった)で、撮影現場に財布だけ持っていくような感じでした。それを忘れて、【僕】に切り替えるのは大変でしたが…。とはいえやはり、もとが自分と近いので、一度、取り戻してしまえばしっくりきました。
撮影は滋賀県や奈良県、福岡県などで行われましたね。
ロケなので、家に帰らずに撮影以外でもひとりで過ごす時間が多くて、役や物語と真剣に向き合える時間をしっかり作れたことも大きかったですね。
いま、お話をしていても、19歳らしからぬ落ち着きを感じますし、「低体温」とご自身でおっしゃるのもわかる気がします(笑)。ただ、人と話をすること自体が嫌いとか、苦手だという印象は受けません。中学の頃、他人とのあいだに壁を作っていたのはなぜなんでしょう?
中学生のときにちょうど、ドラマ『鈴木先生』(テレビ東京系)に出演したんですけど、そのドラマの中の学校生活に慣れすぎてしまって、実際の中学生活と一瞬とまどってしまう部分があったというか…。
ドラマの中の学園ライフが理想的すぎた?(笑)
客観的に物事を見るようになっていたのかなぁ。気づいたら中3に…(苦笑)。『鈴木先生』では、土屋太鳳さんをはじめ、現在も、すごい活躍をしている、芝居のできるメンバーが集まっていて。ほとんどが実際に中学生で、一番上の松岡茉優さんも高校1年生かな? そういう、自分と近い年齢の俳優が真剣にお芝居の話をしている環境が、すごく心地よかったんです。
どうしても、実際の中学生活と比べると…。
実際の中学生活もすごく大切にしていたのですが、いろいろと受け入れるのに時間がかかってしまって、壁を作ってしまうほうが多かったというか…。そうするほうが楽だったのかもしれません。
早く大人になりたかった?
それは、小学生の頃から持っていた感覚ですね。大人に対して憧れがあったのかな。でも、いまとなっては、学校の空間が懐かしくもあり、寂しさも感じますが…。
実際、大人になってみて楽しいですか?
楽しいですね。卒業して社会人となったいま、仕事をして、日々が確立されていく感覚がすごく好きですね。
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