ネットをオフにした24時間の船旅も楽しい、はるか南の楽園「父島」

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「どこにもいかないまま、夏が終わってしまった…」「9月になったけど、まだまだ遊び足りない!」

そんな不完全燃焼を抱えているあなた。週末にひょこっと「東京の島」へ出かけてみるのはいかがでしょうか。思わず「ここは東京?」とつぶやいてしまう、うれしい「裏切り」に出会えること請け合いです。

「島好きライター」である薮下佳代さんが、東京の島の楽しみ方を5回にわたってガイドします。

島好きライター
薮下佳代(やぶした・かよ)
編集者・ライター。2009年、新島を訪れてから東京の島の魅力にはまり、2011年、大島から神津島までの5島を紹介する東京の島のガイドブック「島もよう」(エスプレ)を制作。2018年夏、東京11島を取材した「東京 島の旅 伊豆諸島・小笠原諸島」(京阪神エルマガジン社)を出したばかり。
 
小笠原諸島・父島。都心から南にはるか1000km。

大小30余もの島々で構成されているので、小笠原諸島と呼ばれます。しかし、人が住んでいるのは父島と母島のみ。(無人島の名前も嫁島、弟島、姉島など家族の名前になっていて面白いですよ)

大陸と一度も地続きになったことがなく、独自の進化を遂げた固有の動植物が多いため、自然の宝庫、東洋のガラパゴス、太平洋に浮かぶ楽園などと呼ばれ、2011年には世界自然遺産にも登録されました
そのため、東京の島といっても、伊豆諸島と小笠原諸島では文化も歴史もまったく違うのですが、それでもやっぱり同じ東京の島。竹芝から船に乗って辿り着けます。

ただし、移動手段は船のみ。しかも片道24時間かけて行かなければなりません。
定員894人の巨大な「おがさわら丸」はまさに海の上のホテル!
「おがさわら丸」の運航は週に1便。同じ船が東京へと戻ってくるため、現地滞在は3日間、つまり、行き帰りの船中2泊を含む5泊6日が小笠原諸島へ行く通常コース。それを「1航海」といいます。

また、来た船で戻らず、次の船で帰る「2航海」ならば、ゆったり11泊12日(行き帰りの船中2泊を含む)で過ごせるため、父島からさらに足を延ばして母島へ渡ることも可能です。

とはいえ、なかなかそんなに休めないという現実も…。まずは1航海に挑戦です!
 
 
 
ずっと行きたいと思いつつ、なかなか行くことができなかった理由。

それは仕事や休みの調整はもちろんですが、何より24時間の船旅に、少し躊躇してもいました。実は島が大好きなのに、船旅があまり得意ではありません。ずっと船が揺れていたら?24時間も耐えられるだろうか?不安ばかりが募ります。
東京湾を走る時は甲板へ。レインボーブリッジやお台場、羽田空港など東京の名所が海の上から楽しめます。
けれど、いざ乗ってみれば、それはまったくの杞憂に終わりました。むしろ、この24時間の船旅があるからこそ、小笠原への旅は深まるのではないか、とさえ思えるほど!
 
24時間かけてでも行く価値が小笠原には確かにあります。そして、24時間の船旅は、日常生活と切り離され、ゆったりと過ごせる貴重な時間だったのです。

特に2016年に新しく就航した「新おがさわら丸」になってからは、運航時間が1時間半も短縮され(以前は25時間半)、まるでホテルのような快適な空間に生まれ変わりました。

ショップやレストランも充実していますし、展望デッキでは持ち込んだお酒やお惣菜などをつまみに一杯。いつのまにやら、ほかの旅人たちと仲良くなって一緒に酒盛り、なんてことも!
いつも人がいっぱいの展望デッキでは、海を見ながら食事やお酒が楽しめます。
船内で人気の島塩ラーメンを食べて、島気分を盛り上げます!
携帯電話の電波は東京湾を出ると弱くなり、ほとんどの時間は圏外に。つまり、電話もメールもSNSからも自然と離れることができるのです。常時接続が当たり前になっていると、こうした時間がむしろ貴重に思えます。
甲板のデッキでビールを飲んだり、流れ星を見たり。船内にはたそがれスポットがいっぱい。
天気が良ければ、遮るものもなく水平線に沈む夕日を独り占め、夜は満天の星も楽しめるのだとか。最高にぜいたくな時間です。

シャワールームもとてもきれいで、まったくストレスを感じませんでしたし、私はといえば、小笠原へ行く前に仕事を詰め込みすぎたせいでぐったりしていたため、ベッドに横たわり(2等寝台からは2段ベッドでカーテンを引けば個室に)、時間を気にせずぐっすり眠ることができました。

肝心の揺れですが、まったく気にすることなく過ごせましたよ!
特2等はコンセントとTVがついており、カーテンを閉めれば個室に。寝心地抜群のフルフラットベッド。
わずか24時間とはいえ、スマホや仕事などから遠ざかり、心と体をゆったりと休め、小笠原を存分に楽しむための旅支度をする。そんな大切な時間なのではないかと思いました。

ぐっすり眠ったら、もう朝。11時には父島に到着です!
 
 
 
父島の海は、今まで見たどんな島とも違っていました。深い深い青をたたえた海もあれば、透き通るエメラルドグリーンがまぶしい海もあって。同じ海なのに、見るたびに色が変わっていきます。
ウェザーステーション展望台からは、遠くにザトウクジラが跳ぶのが見えました。
ただただずっと海を眺めていたいほどでしたが、この美しい海にいるというイルカやクジラに会いに、ツアーに参加することにしました。

私が参加したのは、小笠原の景色が堪能できる無人島「南島(みなみじま)」へ行き、さらにドルフィンスイムとホエールウォッチングもするという、なんとも欲張りなツアー!
ダイビングやシュノーケルなどの海のツアーをはじめ、あらゆるアクティビティツアーが充実しているので、事前に小笠原村観光協会のHPからチェックを。
国の天然記念物にも指定されている南島は、ガイドの同行が必須の場所。上陸できるのは1日100人までと決められているので必ずツアーに参加を。

船に揺られ、美しい海と白砂がまぶしい南島にまずは上陸。丘に登れば父島の南端に位置する赤い岩山、通称「ハートロック」までくっきり。
中央に見える赤い岩がハート型に見えませんか?
白い砂の上には「ヒロベソカタマイマイ」というカタツムリの化石がいっぱい。入り江になっている「扇池」の透明度は抜群!夏はそこで泳げるそうです。

船に戻って、今度はいよいよ、イルカたちと対面!
 
目の前をスイスイと泳いで行くイルカの群れを発見し、さっそくドルフィンスイム。浮かんでいたら、真下をくるくると回転しながら楽しそうにイルカたちが泳いで行きました。その姿のかわいいこと!
 
何度かドルフィンスイムを堪能して、次はクジラを見に移動します。吹き上がるクジラのブロー(潮吹き)が間近に!大きな背びれと小さな背びれ、親子のクジラが見えました。大迫力のクジラの姿に大興奮。

イルカは1年中、5〜12月まではマッコウクジラ、12〜5月まではザトウクジラがベストシーズンとのこと。1年中楽しむことができるんですね。

はるばるやって来た小笠原の海は、ただただ美しかった!

江戸時代、無人島(ぶにんじま)と呼ばれたことに由来した小笠原の英名「ボニンアイランド」から、“ボニンブルー”とも呼ばれる小笠原の青い海。
コペペ海岸、ジニービーチ、ジョンビーチなど、珍しい名前のビーチがいろいろ。
海の上からだけでなく、たくさんあるビーチや展望台からもボニンブルーの海が堪能できます。集落から一番近い大村海岸(前浜)でさえ、十分美しい! 自分のお気に入りの景色を探してみてください。
 
 
 
なんと小笠原ではその亜熱帯性の気候のもと、コーヒーを栽培している農園がいくつかあるそうです。
USK Coffee」では、栽培から焙煎まで手掛けており、ここでだけしか飲めないおいしいコーヒーがいただけます。
島の固有さは食文化にも表れています。

小笠原でしか食べられない島食材といえばアオウミガメ。開拓時代、牛や豚などの代わりに貴重なたんぱく源として食していた文化が今も残っています。
 
食用として捕獲できるのは小笠原だけ、しかも年間の捕獲数が決まっているといいます。刺身や煮込みのほか、唐揚げ、カレーなど種類も豊富で驚きました!
南国酒場こも」で食べたカメの煮込み。臭みもまったくなく、おいしくいただきました!
ほかにも島魚を使った刺身やカルパッチョ、フライ料理などのメニューも必食。春には味の濃い島トマトが出回りますし、春から夏にかけて採れるパッションフルーツの果汁を生のまま種ごと入れたぜいたくサワーは島の名物です。
TETSUYA KITCHEN」のカレーは、島魚と島野菜がたっぷりのっていてボリューム満点!
父島の大村地区のメインストリートから一本裏手にある「ボニン通り」には飲食店が集中しており、“父島銀座”とも呼ばれています。

夜は近隣の宿に滞在する観光客で毎夜にぎわいます。ツアーで一緒になった人と隣り合ったり、道でバッタリ遭遇したり。

お店の方やツアーのスタッフ、行きの船から一緒だった人たちとだんだんと顔見知りになっていくのが面白くて楽しくて。
島のランドマーク的な存在のお土産物屋さん。
小さな集落ですから、会えば皆会釈しますし、「今日はどこに行くの?」なんて声を掛けたり。毎日歩いたメインストリートやお店もいつしか見知ったものになり、たった4日の滞在にもかかわらず、島にどっぷりとなじんでいたことを最終日に知るのでした。
 
 
 
出港日当日。15時の船の出港に合わせて、港には島でお世話になった人たちがぞくぞくと駆けつけていました。

島を出て行く船を見送る、小笠原名物“お見送りのセレモニー”が行われるのです。島の人たちに「いってらっしゃい」と声を掛けられて、ハッとしました。「帰る」のではなく「行く」。旅の終わりの名残惜しい気持ちとともに、なんだか晴れやかな気持ちになる、そんな不思議な言葉でした。
 
船に乗るとすぐさま甲板へ。乗客全員が船の片側へと集まります。船が出港してもなお、手を振り続けます。見えなくなるまでいつまでもいつまでも。

さらに、ここからがお見送りのセレモニーのクライマックス!

なんと、遠ざかる「おがさわら丸」の後を追いかけ、別れを惜しむようにいろんな船が並走するのです。なんとこれは漁船やツアー会社などが船を出し、誰でも無償で乗せてくれるのだそう。

手を振りながら、最後には船からダイブ!今までに見たことも聞いたこともない、父島独特のお見送り。強烈な思い出として心に残りました。
並走する船にも手を振る人の姿が。このあと、この人たちは海へダイブするんです!
帰りの船の中ではいつの間にか仲良くなった旅人同士で一緒にお酒を飲んだり、写真を見せ合ったりと、旅の思い出話で最高に盛り上がります。

行きの船よりもさらにアットホームな、誰も彼もが知り合いのような空間に。24時間なんて本当にあっという間。いつのまにか都心に到着していました。

遠くてもなお旅人が訪れたくなるのは、今までに見たことのない別天地を求めているから。けれど、そこには確かに住む人たちがいて、暮らしがあって、人と人との交流がありました。

初めて訪れた島なのにどの風景にも、どこか懐かしさを感じてしまうのが不思議で。何度も通ったメインストリートやボニン通り、毎日買い出しに行ったスーパーの前を通るたび、声を掛けてくれた優しいお母さんを今でも思い出します。小笠原はリピーターが多いと聞きましたが、その理由が心底分かりました。島に帰りたくなるんですよね、きっと。
 
 
 
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「島の旅」といえば、沖縄? それともハワイ? いえいえ、実は東京にもあるんです、すぐに行ける素晴らしい島々が。次の週末にでも思い立ったら船や飛行機でらくらく行ける伊豆諸島から、上陸できるかは“運次第”な絶海の孤島・青ヶ島、そして24時間もの船旅を経てたどり着ける憧れの小笠原諸島まで。東京の有人島11島すべての過ごし方、見どころ、ごはん屋さん、宿、おみやげまでを紹介する、唯一無二の旅行ガイド。(京阪神エルマガジン社 1200円+税)
イラスト/阿部伸二(カレラ)
写真/衛藤キヨコ
編集・文/薮下佳代
デザイン/矢部綾子(kidd、マップ)、桜庭侑紀