ロボットにだって、考えがある。ある少年とロボットのショートストーリー。

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かつてSF作家のアイザック・アシモフが、小説『われはロボット』の中で記述した「ロボット工学三原則」。人間を傷つけないために、ロボットが従うべきルールを示したものです。でもそんなルールを、ロボットが守らないときとは?日経「星新一賞」、創元SF短編賞など数々の賞を受賞した八島游舷さんが、学校を舞台に少年と1体のロボットの関わりをやさしく描きます。

ロボット工学三原則

第一原則:ロボットは人間を傷つけてはならず、また人間が傷つく状況を放置してはならない。
第二原則:第一原則と矛盾しない限り、ロボットは人間の命令に従わなくてはならない
第三原則:第一、第二原則と矛盾しない限り、ロボットは自らを守らなくてはならない。

『ロボット工学ハンドブック』第56版、2058年刊行(Asimov, Isaac. I, Robot. 引用箇所は八島游舷訳))
§

 中学校の同級生に、ある日、ロボットが加わった。
「槙野です。ごらんのとおり、ぼくはロボットです」
 教室のパネルに名前を書くと、マキノは振り返って微笑んだ。自然な人間の少年の声だ。
 手足・頭は人間型で、手には五本の指がある。
 ぼくらと同じくらいの背の高さのボディーは、全体が明るいベージュ色。
 青く透明な一本の線が、腕、胴、足に伸びる。そのパーツがアクセントになっている。制服は着ていない。
 顔に鼻と口はなく、目の上のまつげがわずかに角度を変える。そのまつげと目の形で表情を表しているらしい。
 転校生は注目を浴びるが、そいつがロボットであればなおさらだ。
「ねえねえ、マキノくん、ちょっと触っていい?」
 昼休みにさっそく女子たちが相手の返事も待たずにぺたぺた腕や肩に触っている。
 男子たちはそれをうらやましそうに眺めている。
「柔らかくてちょっとあったかいね」
「ヒトに優しいのがコンセプトですから」
「人間そっくりのロボットもいるんでしょ?」
「ええ。でもぼくは人間そっくりである必要がないので」
 女子の一人一人に顔を向ける頭や手足の動きは滑らかだ。
 その様子を、ぼくは教室の片隅から見ていた。
「あいつ、すごいなじみ方だよな」テツヤがぼくの肩に手を掛けた。「お前よりなじんでるんじゃないのか、トモミチ」
 その爽やかな声には、悪意がこびりついていた。清潔な白シャツにポツリとついてしまった染みのように。
「そうだね」
 テツヤが話しかけると、ぼくはドキドキしておなかが痛くなる。
「あいつ、仲間にしてやってもいいな。あ、でもそうするとお前はいらなくなるか」
 テツヤはだれよりも強く、優しく、賢く、かっこいい。
「お前はバカだもんな。自分でも分かってるだろう」
「うん。分かってるよ」
「お前に話しかけるのはクラスの中でぼくだけだ」
「そうだね」
 だってそれがテツヤ自身の命令だから。
 クラスのだれもテツヤの言うことに逆らえない。
 テツヤはぼくを黙って見た。メガネの奥の目はひどく冷たかった。
§

 マキノは、他の生徒同様に扱われていた。教室では先生に当てられ、グループ作業に参加し、宿題が出された。
 その日、さっそくあった国数英の小テストで、同級生たちはマキノの点数に注目していた。ひそかに賭けをしていたのだ。
 ロボットなら成績はいいはずだ。
 いや、ロボットが人間に勝てるはずはない。
 男子、女子の間で様々な予想が飛び交う。
 結果、マキノの成績はどの科目も中の上だった。
「わざと手加減をしてんじゃねえの」一人の男子が言った。そうかもしれない。ぼくもそんな気がした。
「なあ、マキノ。ロボット工学三原則ってのがあるんだろう。お前、ぼくたち人間には逆らえないんだよな」テツヤが訊いた。
 マキノは黙ったまま、あいまいな表情を浮かべていた。
「おい、ロボット。なんで今ごろ入ってきたんだ?」
 やはり、マキノは答えなかった。
 この学校は、大学の付属中学っていうことで、新しい学習方法やら学習システムやら、なにかといろいろ新しい実験をしてる。
 ぼくらはモルモットというわけだ。
「先生たちに言われたのか?」
「……」
「まあいい。そのうち確かめてやるよ」
 マキノが学校に入った理由。
 ぼくは、それを知っている。
 先生たちは、ぼくがテツヤからいじめを受けていないか疑っているのだろう。
 マキノは、それを調べるために来たんじゃないか?
 テツヤは、教師・生徒の両方から人気を集める優等生で、いじめっ子には見えない。
 親が有力な政治家で、この学園にも多額の寄付をしているらしい。
 一方、ぼくはクラスの中で二番目に背が高い。
 いじめられているようには見えないのだ。
§
 マキノが来て五日後。みんなが帰ってがらんとした教室には、夕日が差し込んでいる。
 ぼくとマキノだけが残っていた。
 帰るしたくをしているところにマキノが話しかけてきた。
「トモミチくん。もしかして、きみはテツヤくんからいじめられているんじゃないか?」
「変なこと言うなよ。そんなはずないだろ」
 ぼくは何気ない様子で答えた。
「ずっと見てたよ。テツヤくん以外、だれもきみに話しかけないよね」
「ぼくとテツヤは友だちなんだから、ぼくに話しかけるのは当たり前だろ」
「そうなんだ」
「小さいころから家が近くだったし、二人だけでよく一緒に遊んだんだ。ゲームもよくやってたし……」
「今は?」
「うん。だから……だから、これもきっとゲームなんだ」
なにが原因でこうなってしまったのだろう。ぼくはあるときテツヤの「仲間」ではなくなった。
きっかけは、ほんのささいな言葉の行き違いだった気がする。
「悪いのはテツヤくんなのかい?」
「違う。悪いのはぼくだ」
「ぼくもきみと同じかもしれないな」
「どういう意味だよ」
「テツヤくんは特別なんだ。ぼくを造った会社――ノクティ・ロボティクスは、テツヤくんのお父さんに大変お世話になってる。ぼくはテツヤくんに対してはなにもできない」
「じゃあ、いったいなにがしたいんだよ」
「言っておくけど、ぼくはきみを助けることなんかできない。ぼくの任務は、きみがいじめられているかどうか、確認するだけだ」
 マキノの目がまばたきもせずにぼくを見ていた。
「なんだよ、それ」
 ぼくはなぜか頭に血が上った。
「テツヤは……ほんとうはいい奴なんだよ。ずっと友だちだったし、これからも……お前に……お前に人間の気持ちなんか分かってたまるかよ。ロボットのくせに!」
 ロボット相手に、ぼくは、何を感情的になってるんだろう。
「どちらにしても、この問題は解決しない――きみ自身が問題に立ち向かわない限り」マキノは静かに言った。
 ぼくは、自分のカバンをつかむと教室を出た。
 もうマキノの顔など見たくもなかった。
§
 次の日には、ぼくの気持ちも少し落ち着いていた。マキノの態度が以前と同じだったからかもしれない。
 ロボットだから変わらないのか?
 ロボットだから裏切らないのか?
 マキノはそれからもぼくに話しかけてきた。
「テツヤからなにも言われてないの?」ぼくを無視しろって。
「もし言われていても、関係ないよ」
 同級生たちは、相変わらずぼくを無視し続けていた。
 そんな中でマキノが話しかけてくれるのは、正直、うれしかった。
 マキノに話しかける生徒も減っているように見えたのは気のせいだったろうか。
 昼休みに、テツヤが、一人で弁当を食べているぼくに声を掛けた。
「おい、トモミチ。今晩、『お宮参り』するからな。午後八時に家を抜け出して来い」
「あの、テツヤ……」
「なんだ?」
「『お宮参り』をしたら、ぼくも仲間に入れてくれる?」
「ちゃんとできればな」
 ぼくは、親に気づかれないように、夕食後に裏口から家を出た。
「お宮参り」は、肝試しに似た一種の儀式だ。夜、木造旧校舎の校長室から、証拠の品を持ち出す。
 老朽化した旧校舎は、立ち入り禁止だ。
 八十年の歴史ある旧校舎は、文化財として保存されるという話だった。だが取り壊そうという反対意見もあり、補強工事が行われないまま、八年くらい放置されている。
 四か月くらい前にも生徒が「お宮参り」をしているところを巡回の警備員に見つかって、休学させられた。
 それから監視の目は厳しくなったはずだが、伝統行事というものはなかなかすたれないらしい。
 静まり返った夜の校舎は、別世界のようだ。
 校門の前の街灯の下に、道の反対方向から来る人影が見えた。
「マキノ……お前も呼ばれたのか」
「『お宮参り』は禁止されているんだろう。それをしてみせたらぼくも仲間と認めるってさ」
「……いいのか?」
「先生たちに見つからなければね」
「……もし見つかったら?」
「ぼくの受ける処分はきみたちより厳しいだろうな。そういう決まりだから」
 テツヤの目的ははっきりしている。マキノが先生の手先か確かめたいのだ。
 学校の玄関には、テツヤの取り巻きが二人と、もう一人、小柄な一年生がいて、キジマと呼ばれていた。
 彼も、今晩の試練の対象らしい。
 ぼくとキジマは、スマホを取り上げられ、代わりに懐中電灯を手渡された。
「証拠の品をちゃんと持ってきたら、お前たち三人を仲間として認めてやる。古いトロフィーが校長室にたくさんあるはずだ。それを一人一つ持ってこい」テツヤが宣言した。
「危険なわりには意味のない行為だ」マキノが静かに答える。
「それでもやるんだ。でも、ロボット。まずお前は先生の手先じゃないことを証明しろよ」
 マキノは、こめかみから自分のSIMカードを抜き取り、テツヤに差し出した。
「これでいいかな? ぼくはどこにも通信できない」
「通信が必要になったらぼくがしてやるよ」テツヤはぼくのスマホをもてあそびながら、せせら笑った。
「んー……やっぱりそのロボットがなにかズルしそうだ。ぼくも行く」
ぼく、マキノ、そしてキジマは、旧校舎に向かった。五メートルほど間を空けてテツヤがついてくる。
 扉はすべて施錠されていたが、旧美術室の扉には合い鍵があり、お宮参りを主催する数人のボス格の生徒たちの手に渡っているらしい。
 テツヤが鍵を開け、ぼくらは旧校舎に入った。
 空には頼りない三日月。懐中電灯がないと暗い廊下はほとんどなにも見えない。
 子どもっぽいかもしれないが、ぼくはその暗闇になにかが潜んでいるような気がした。
 キジマはもともと気が弱いのだろう。無言でぼくの後にぴったりついてきている。
 頼りにされている、という気持ちはぼくを少しだけ強くした。
 少し離れてテツヤがこちらを見ている。ぼくたちが歩いた後の、安全な経路をなぞってきたのだ。
 二階に上がる。階段がひどくきしむ。
 廊下の木の床板は壊れかけている。
 ぼくは黙って校長室の扉を開けた。
 校長室の中を照らす。やはり床板があちこち抜けている。
「トロフィーがありますよ。あそこの棚の上」キジマが指さした。
「危険だな。中に入らないほうがいい」マキノが言った。
「でも入らないと!」そう言うくせに、ぼくは、足を踏み出す勇気がなかった。
「仲間にしてもらえない?」マキノがぼくをじっと見た。
「ぼくは行きます」キジマが言った。
「え?」
 さっきまで気弱そうだったキジマの言葉とは思えなかった。
「ぼくは仲間はずれにされたくないんです」
 そう言って、キジマは右足を部屋の中に踏み出す。足下の板が大きくたわんでバランスを崩しかける。
 あわてて体勢を立て直し、右足を持ち上げてさらに一歩前に踏み出してこらえた。弾みで二歩さらに大股で進む。
 だがキジマはトロフィーに気を取られて足下を見ていなかったのだろう。バキッと大きな音がし、ギャッと声が聞こえた。床板を踏み抜いたのだ。
 床には、教室の机ほどの大きさの穴がぽっかりあいていた。
 懐中電灯でその穴から下を照らすと、一階に落ちたキジマが右足のくるぶしを押さえてうめいている。
「トロフィーを……取ってください」足を押さえたキジマが叫んだ。「先輩だけでも」
「そうだ。トロフィーを取らないとお宮参りしたことにならない」テツヤが言った。
「おい、ロボット。お前、行かないのか。命令には従うんだろ」
「ぼくはロボットだからね」
マキノの答えは意外だった。
「よし。トモミチ、お前はいいのか? 今のまま仲間はずれで」
「……」
 違う。ぼくは動かなかった。
 ぼくは……。
「ぼくはロボットじゃない」
 つぶやいた声はテツヤに聞こえなかったかもしれない。
「ぼくは行かないよ、テツヤ」
 ぼくはテツヤを見返し、はっきり言った。
「最初に断るべきだったんだ」
 マキノがうなずいたように見えた。
 ぼくとマキノは、一階に降りた。
「おい……待てよ」テツヤがうろたえてついてきた。
 ぼくたちは、キジマの肩を支えて、テツヤの取り巻きたちが待つ体育館前に連れて帰った。
 キジマを地面に下ろす。
 マキノは改めて、キジマの足の様子を見た。
「くるぶしを骨折しているようです。救急車を呼ぶしかありません」
 その言葉を聞いて気が緩んだのか、キジマは弱々しく泣き出した。
 テツヤは骨折と聞いて顔色を変えた。
「ぼくの責任じゃないぞ。そいつは自分で部屋に入ったんだからな。おい、ロボット。お前も見てたよな」
 マキノはテツヤのほうは見ていなかった。
「トモミチ、ごめん」
 マキノがそう言った気がした。口のない彼の口からため息がもれた気がした。
「え?」
 いきなりみぞおちに衝撃が来た。声を上げるひまもない。
 ぼくを殴ったのはマキノだった。
 なぜ?
 頭が混乱し、意識が薄れていった。
§
 翌日、昨日の出来事についてのうわさが全校中に流れていた。
 みぞおちに決まった一発で、ぼくはしばらく気を失っていたらしい。
マキノがぼくを殴ったことで、キジマのケガまで、いつのまにかマキノのせいということになっていた。取り巻きたちもそう証言したらしい。
 マキノは、体育館の前で、拘束具を付けられたまま、放置されていた。
 生徒たちが遠巻きに見てひそひそ話している。
 相手がロボットでも、電源を完全にオフにするには、特別な手続きを経た上で、特別な許可を持つ人しかできないらしい。
 マキノの処分が職員室で話し合われている、と聞いて、ぼくは自習になった教室を抜け出した。
「教員の命令を無視するようでは使い物になりません」中年の女性教師が甲高い口調で雄弁をふるっていた。
「おまけに生徒二人にケガを負わせるなんて。だから言ったじゃないですか。学校にロボットなんか入れるべきじゃなかったんです」
 廊下にいてもはっきり聞こえた。ケガ? ぼくは殴られただけでケガなんてしていない。
 息を吸い込んだタイミングに正確に合わせたのか、痛みさえ大してなかった。
「子どもどうしじゃないですか。たまにはケンカくらい……」若い男性体育教師がなだめるように言った。
「子どもどうしじゃありません。人間とロボットです! そもそもなぜロボットを導入する必要があったんですか?」
「以前にもお話ししましたけど」体育教師は辛抱強く説明した。
「我々教員の視線だけではいじめは見つけにくい。かといって、生徒の一人に任せるには荷が重すぎる。子どもたちを傷つけるわけにはいかんでしょう。ロボットならともかく。『ロボットの生徒』という位置付けがどうしても必要だったんです」
「でも、このロボット、なんの役にも立っていないですよね」
「そうでしょうか」
 昼休みの前に、マキノは、危険なロボットとして廃棄処分が決定されたことが、先生から告げられた。
 昼休みに、ぼくはまた体育館に行った。マキノの姿はなかった。
「マキノは?」
 ぼくは、体育館の入り口にいた体操着姿の女子に聞いた。
 女子が指さす先。トラックの荷台に載せられ、マキノが運ばれていく。
「ちょっと待って!」
 ぼくは叫び、校庭を横切るトラックめがけて走った。
 運転手が走ってくるぼくに気づいてトラックを止めた。
 ぼくは思わずマキノに手を伸ばした。
「トモミチ」
 マキノはその手を取って、ぼくを見つめた。
 その手はふしぎに柔らかく、温かかった。
「来てくれたんだ。よかったよ。ひとこと言っておきたかったんだ」
「……」
「やっぱりきみたち人間はふしぎだね。ぼくたちにはまだ理解できない。きみたちのややこしい感情につきあうより、いっそ機能停止してもらったほうが楽かもね」
 マキノは微笑んだようだった。
「でもきみの行動を見届けて一つだけ分かった。きみは自分が思うほど弱くない。ぼくがここに来たことは無駄じゃなかったよね。きみならいつかは自分の力でなんとかできる」
「もういいか」
 バックミラーの中で様子を見ていた運転手が言った。
 ぼくは小さくうなずくと、トラックは土ぼこりを上げて去っていった。
八島游舷(やしまゆうげん)プロフィール
「天駆せよ法勝寺」で第9回創元SF短編賞を受賞。「Final Anchors」で第5回 日経「星新一賞」グランプリ、「蓮食い人」で同優秀賞をダブル受賞。UWC英国校(国際バカロレア)、筑波大学を経てシカゴ大学修士。アートナビゲーター。https://YashimaYugen.comで作品と創作方法論を公開。Twitter: @YashimaYugen
イラスト/関川恵
デザイン/上條慶