広島市中区のアステールプラザで今月1−2日に開かれた「広島国際平和会議2006」で、南アフリカでアパルトヘイト撤廃に尽力し、1984年にノーベル平和賞を受賞した南アフリカのデズモンド・ツツ大主教が講演を行った。要旨は以下の通り。

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 広島は、原子爆弾を投下されるという悲惨な経験をしたが、これから立派に立ち直った。人びとが持っている、憎しみを乗り越える精神力や許しを与えた寛容さは、驚くべきものだ。平和記念公園に行って“あやまちはくりかえしませぬから”という文字を見て、どこにも、誰に対しても、自らが体験した苦しみを与えないという決意を知って感銘を受けた。

 南アフリカでも同様の方法で「憎しみ」を乗り越えることに成功した。多くの人は混乱を予想し、実現不可能だと言ったが、国際社会の支援もあり、アパルトヘイト(人種隔離)撤廃後の和解を達成した。「忘れる」のではなく、「真実を知る」ことを重視したことが、偉大な成功をもたらした。

 多くの人が虐殺され、死体を焼いている横でバーベキューを楽しむような、恐ろしい光景もあった。悲惨な現実から目をそらし、「過去は水に流そう」という人もいる。しかし、忘れることは良い結果をもたらさない。忘れた者は、それを繰り返すからだ。現在の中東では、復讐が連鎖している。

 悪をまっすぐに見据えること。傷を癒やすには、傷口を開き、消毒し、絆創膏(ばんそうこう)を貼るしかないと決意した。罪に対して刑罰を与える「復讐の正義」のほかに、被害者と加害者と社会の関係修復という観点から罪に対処する方法を考える「修復の正義」というものがある。

 罪を犯した人を、そうでない人と同じように大切にする。罪を犯した人がいつまでも殺人鬼でいるわけではなく、人は変わることができる。敵だった人でさえ、友人になることができる。南アフリカではこれが実現できた。世界のほかの場所でも、できるはずだ。

 南アフリカに「ウブントゥ」という単語がある。これは、“人は人のために生き、孤立しては生きていけない、配慮し、助け合って生きる”という人間観を表したもの。この単語を英語に訳すのは難しいが、こうした考えを理解して初めて、「ともに生きる」ことができる。

 目を覚まして欲しい。私たちは、人類という家族の一員だ。思いやりに満ちた世界の実現を手伝ってほしい。【了】

デズモンド・ツツ 1931年南アフリカ・ケープタウン生まれ。南アフリカのアパルトヘイト解決に向けた指導的な役割を評価され、84年にノーベル平和賞を受賞。94年にアパルトヘイトが法律上廃止された後、黒人などが受けた人権侵害を調査する「真実和解委員会」の委員長に就任。南アの人びとの和解に寄与した。

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