「あの子、またゲームを……」。スマホ画面を凝視し続けるわが子の姿に感じる一抹の不安。「まさかゲームに依存しているんじゃ――」。2011年に国内初のネット依存治療専門外来を設立した久里浜医療センター名誉院長の樋口進氏が語る、「ゲーム依存」の恐ろしさ。

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【写真を見る】クレジットカードにとんでもない額の請求が来る場合も

 皆さんは、「子どものゲーム依存」と聞いてどのような症状を思い浮かべるでしょうか。

 今まさにお子さんを育てておられる30代後半〜40代の子育て世代の方々は、「子どもの頃に“ファミコン”や“プレステ”などテレビゲームをやり過ぎて怒られた」と、自分の体験を思い出すかもしれません。また、その親世代、つまり、現在小中学生のお孫さんを持つような方々の中には、「テレビゲームに熱中する息子や娘に手を焼いた」というご記憶をお持ちの方もおられるのではないでしょうか。

「ゲーム依存症」をどう防ぐか

 ところが、これらの世代の方々が経験した「ゲーム」と現代の「ゲーム」には、決定的な違いがあります。それは「オンライン」の世界につながるかどうかです。

 かつてのゲームは一人でプレイするか、複数だとしても、せいぜい兄弟や友人など数人と同じ空間で行うのが一般的でした。一方、現代のゲームはインターネットにつながることで、リアルタイムで世界中の不特定多数のユーザーとチームを組んだり、対話をしたりしながらプレイすることが可能になりました。これにより、ゲームの世界の奥行きは飛躍的に広がったといえるでしょう。ところが、それと同時に深刻な問題も鎌首をもたげているのです。

親に無断で数百万円を課金するケースも

〈今年3月、国民生活センターが呼びかけた“とある注意”は、まさにそのような問題が表面化したものだった。公表されたのは「オンラインゲームの無断課金トラブル」についての報告。これによると「子どもが無断でオンラインゲームに課金してしまった」など、小中高生のオンラインゲームに関する相談が、2022年度だけで4024件も寄せられたという。しかも、平均課金額は約33万円にも上り、中には親に無断で数百万円もの課金をしていた例まであると、保護者らに注意を呼びかけたのだ。

 子どもたちを高額課金に駆り立てるものとは一体なんなのか――。それこそが、ゲーム依存という「病気」なのである。〉

WHOが病気と認定

 19年、世界保健機関(WHO)は、疾病や死因の分類の国際統一基準である「国際疾病分類」を約30年ぶりに改訂しました。国際疾病分類は国内の病院でも診断の際などに用いられる、いわば「病気の公式カタログ」。そして、22年に正式に発効したこの新分類で大きな注目となったのが、新たに追加された「ゲーム行動症」という病気でした。

 それまで国際的に診断基準が確立されていなかったゲーム依存について、WHOが正式にゲーム行動症という病気だと認定したのです。ここでは便宜的に「ゲーム依存」という言葉を使いますが、WHOも認定した病気だということはよく理解しておいていただきたいと思います。

 実際の医療現場では、この国際疾病分類の診断基準に従ってゲーム依存の診断が下されることになりますが、当然のことながら、ゲームを長時間プレイしているという「過剰使用」だけで依存症と診断されるわけではありません。では、ゲームの過剰使用と病的な依存とでは、どこがどう違うのか。私がよく患者さんたちに説明するのは、過剰使用の結果として学業や仕事、家庭生活などに明確に問題が認められれば、ゲーム依存が疑われるということです。

ムキになって反論する場合…

 例えば、高額課金の話などまさに典型ですし、学校に登校できなくなるとか、会社を欠勤しがちになるとか、家族関係が破綻してしまうとか。「長時間プレイ」の結果として別の問題が顕在化している場合、ゲーム依存の可能性は非常に高いといえます。

 また、一般的に依存症は「否認の病」と言われます。周囲の人から「ゲームに気を取られ過ぎだ」などと指摘されたときに「昨日ちょっとやり過ぎただけ」「大事な話をするときにはやっていないから問題ない」などとムキになって反論するようなら、依存の世界のドアに手をかけたサインかもしれません。明らかに度を越した状況にありながら、それを指摘されたときに強く否定したり怒りだしたりする。このような反応は依存症の患者さんにはよく見られます。

 ゲーム依存は、本人が「やり過ぎ」を感じた入り口から、この「やり過ぎを否認し始めるまで」のスピードが非常に速いのが特徴です。つまり過剰使用の状態から、あっという間に依存症に陥ってしまう。そしてこの特徴は、子どもの場合、さらに顕著に現れます。

発症年齢の低下に拍車が

 もともとゲーム依存は思春期の子どもたちの割合が一番多く、年齢が上がるにつれてその数はだんだん減っていきます。思春期の世代はゲーム人口自体が多いですから、このような傾向は当然といえば当然です。ただ、近年特にゲーム依存を発症する年齢の低下に拍車がかかっているのです。

 久里浜医療センターでは11年にネット依存の専門医療を開始しました。そして、新規外来患者のうち12歳以下の子どもはここ数年で毎年のように増加しています。16年時点では12歳以下の患者は一人もいませんでしたが、22年時点では全体の18%を占めるまでになっている。つまり「5人に1人は小学生以下」という状況になっているのです。

常軌を逸した反応

 小学生以下の子どもたちの相談で多いのが、ネット通信を切断したりスマホを取り上げたりしたときに大暴れして抵抗するというもの。このような相談は高校生など思春期の子を持つ親御さんからも聞かれますが、高校生くらいになると理性的な部分もありますから、よほど特殊なケースを除けば極端な暴力や破壊行動には走りにくい。ところが小さな子どもは、理性による制限がかかりづらい分、ゲーム環境を奪われたときの反抗が激しくなるのです。

「小学生の反抗なんてたかが知れているだろう」と思われるかもしれませんが、ゲーム依存に陥っている子どもたちの反応は常軌を逸しています。大声を出したり暴言を吐いたりに加え、家の中の物をめちゃくちゃに破壊したり親に手を上げたりして、警察が呼ばれるケースも珍しくありません。そうして「手に負えなくなってしまった」と、親御さんが病院に連れてくるのです。

「うちの子にはスマホを持たせていないから大丈夫」と安心している方もいるかもしれませんが、オンラインゲームができるのはスマホだけではありません。今や、各家庭にあるようなポピュラーなゲーム機にもオンライン通信の機能がついていて、そういったゲーム機でゲーム依存に陥るお子さんも多くおられます。

依存リスクが高い「ガチャ」

 久里浜医療センターではゲームに限らず、ネット依存全般の治療を行っています。ただ、SNSや動画サイトといったゲーム以外でのネット依存は案外少なく、9割以上がゲームへの依存です。さらに当院を受診するゲーム依存患者の大半を占めるのがオンラインのゲーム依存で、テレビゲームなどオフラインのゲームに依存している方は100人に1人いるかいないかくらい。オンラインとオフラインでここまで差が出るのは、それだけオンラインゲームが依存しやすい作りになっているからです。

 国内のオンラインゲーム人口は数千万人といわれますが、全体のパイを考えれば、これからもユーザー数を大幅に増やしていくことはもう難しい。そうなるとメーカーが売り上げを伸ばすためには、ユーザー一人一人に「ヘビーユーザー」になってもらうしかありません。結果として、ユーザーをゲームの世界に引き留めるさまざまな仕掛けが、より巧妙化していくのです。中でも私が特に依存リスクが高いと感じるのが「ガチャ」と呼ばれる課金システムです。

気が付けば何十万円に

 ガチャはもともと、レバーを「ガチャガチャ」と回してカプセルに入った玩具を手に入れる抽選式の販売機の名前でした。皆さんも街中で小さな販売機がたくさん並んでいるのを目にしたことがあると思います。この仕組みをオンラインゲームに導入したのが「ガチャ」というわけです。

 ユーザーは一定の額を課金することで、ガチャガチャを回すように、中身がランダムに決まるアイテムを手に入れることができます。アイテムにはゲームの攻略をたやすくしたり、優位に進めることができたりする効果があるのですが、このとき多くのユーザーは「いったい何が出るのだろう」という高揚感を得ているのです。ガチャの中には、なかなかお目にかかれないレアアイテムが含まれていることも多く、人によってはお目当てのアイテムが出るまで延々とガチャを回すことになってしまいます。

 このような仕組みでは、「ゲームに勝った/負けた」という本来の楽しみ方以外に「ガチャで当たった/ハズれた」というギャンブルのようなワクワク感が入り込みます。ガチャの1回当たりの課金額はせいぜい数百円ですが、それが心理的ハードルを下げ、気付けば何十万円という額を課金してしまうのです。

パチンコと同じ光景

 さらに、これもギャンブルとよく似ているのですが「ここまで課金したら、もう後には引けない」という気持ちになることも多いようです。よくパチンコで負けが込んでいる人が「負けた分はパチンコで取り返すしかない」と底なし沼にはまり込んでしまいますが、オンラインゲームのガチャでは、それと非常に似た光景が繰り広げられているのです。あるとき、うちの病院で調べると、オンラインゲーム依存の患者さんの中で「課金の経験がない」という人は一人もいませんでした。それくらい、ガチャには依存に結び付くリスクがあるのです。

「小学生の子どもたちがどうやって何十万円も課金するのか」と疑問に思う方もおられるでしょう。高額課金をしてしまう子の多くは、両親のクレジットカードを使用したり、祖父母にねだったりして課金をするケースが多いようです。クレジットカードを子どもに渡していなくとも、カード番号と氏名、裏面のセキュリティコードさえ入力すればオンライン決済は可能ですし、一度親の許しを得て決済したときのカード情報が自動保存されているケースもあります。

子どもの依存症治療には多くのハードルが

 スマホやゲーム機の設定で制限をかけることもできますが、ネットに詳しい子どもなら少し調べて自力で解除してしまう。そうして決済を繰り返し、後日、高額請求を目にした親がようやく子どものゲーム依存に気付くことも多々あります。

 さらに、低年齢でのゲーム依存では、治療が難しいという問題も指摘できます。先ほど「否認の病」の話をしましたが、ゲーム依存の子どもの中には「否認」以前に、そもそも何が悪いのかを理解していない子もたくさんいます。場合によっては「親が何とかしてくれるだろう」と安易に開き直っているケースもある。そういう子は、治療によって症状を改善しようというモチベーションが欠落してしまっていることも多いのです。また、そうでなくとも治療に使われる認知行動療法のプログラムが難解で理解できないなど、子どもの依存症治療には多くのハードルが存在します。

 このような理由から、子どものゲーム依存は治療に長い時間がかかることも珍しくありません。そうすると、その分「学校に通えない」とか「友人関係を築けず引きこもる」といったトラブルも長引くことになってしまう。人生の早い時期にこうしたつまずきを経験させないためにも、子どものゲーム依存は予防するに越したことはないのです。

どうすれば依存を防げるのか

 とはいえ、現代社会において、一切、オンラインゲームをさせないというのも難しい。では、子どものゲーム依存を防ぐためにはどうすればよいか。

 私の経験上、ゲーム依存には子どもが育つ環境も大きく影響しているように思います。例えば、小さな頃からネットを自由に使える環境にあったとか、家族の中にオンラインゲーム好きがいるとか、そういうところが入口になっているケースも多い。最近は、ベビーカーに乗っているような年齢からスマホを子どもに渡して動画を見せている親もいます。子どもをおとなしくさせるためスマホ動画に頼らざるを得ないときがあるのは分かりますが、将来におけるリスクはきちっと認識しておくべきです。

 また、スマホやゲーム機を購入する際には、必ずお子さんと話し合ってルールを決めるようにして下さい。大切なのは「守れるルール」にすること。曜日によってゲームをしていい時間を変えたり、手伝いや宿題など条件によって時間を変えたりすると、ルールが複雑になって大抵うまくいきません。それよりは「何があっても夜何時以降はスマホを触らない」とか「ゲームは毎日何時まで」とシンプルなほうが、子どもは守りやすいでしょう。

親への不満

 当然ですが、親子で決めたルールは親も守るべきです。少しでも「例外」を作ってしまえば、そこからルールはなし崩しになってしまいますし、親と子の信頼関係にも響きかねません。

 ゲーム依存の子の話を聞いていると、親への不満をよく口にします。「親が聞く耳をもたない」とか「一方的なルールを押し付けられる」とか、多くはコミュニケーション不足によるものです。それに、依存症になる子どもたちは、対人関係が苦手で親や友人との関係がうまくいっていないケースも多いようです。

 もし、ゲームの過剰使用など、お子さんに依存の兆候が認められるなら、一度子どもとの関係を見つめ直してみるのもいいのではないかと思います。

樋口 進(ひぐちすすむ)
久里浜医療センター名誉院長・顧問。精神科医。2011年に久里浜医療センター院長に就任し、ネット依存治療専門外来を設立。インターネットやギャンブル、アルコール依存症の診療に携わる傍ら、うつ病、パニック障害、統合失調症等の一般精神疾患も幅広く診療する。22年4月より現職。『心が壊れる「ゲーム依存」からどう立ち直るのか』など著書・監修多数。

「週刊新潮」2024年5月2・9日号 掲載