どんなときも、誰に対しても120%を求める。吉田鋼太郎が蜷川幸雄から受け継いだ思い

「四十にして惑わず。五十にして天命を知る」どころか、吉田鋼太郎の人生は五十代半ばにして激変した。

2014年に出演したNHKの連続テレビ小説『花子とアン』の嘉納伝助役が大きな話題を呼び、2016年から始まったドラマ『おっさんずラブ』シリーズで、田中 圭、林 遣都、千葉雄大らと戯れる姿は多くの視聴者の心を鷲づかみにした。

この成功の礎となっているのは、それまで積み重ねてきた努力――20代から立ち続けてきた舞台での経験に裏打ちされた、たしかな演技力。これだけ映像作品への出演が多いにもかかわらず、吉田はそれと並行して、いまも毎年、舞台に立ち続けている。

そんな彼が、亡き蜷川幸雄の後を継いで芸術監督を務める『ジョン王』が上演される。主演を務めるのは、吉田にとっては後輩であり“盟友”の小栗 旬。改めてこの機会に蜷川イズムの継承、小栗 旬の魅力などについてたっぷりと話を聞いた。

撮影/平岩 享 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc.
※この取材は、彩の国シェイクスピア・シリーズ第36弾『ジョン王』の中止が決定される前に実施されました。

稽古初日で逃げ出した、蜷川さんとの苦い出会い

「彩の国シェイクスピア・シリーズ(※)」の36作目となる『ジョン王』ですが、もともと同シリーズは2016年に亡くなった蜷川幸雄さんが演出を務めてきました。数多くの蜷川作品に出演された吉田さんですが、蜷川さんとの出会い、当時の印象などについて教えてください。
※シェイクスピアの全37作を上演するという企画で、1998年の『ロミオとジュリエット』(大沢たかお主演)からスタート。これまで、小栗 旬や藤原竜也といった蜷川組の常連に加え、松坂桃李や溝端淳平など、吉田とは30歳近くも歳の離れた俳優たちも参戦してきた。
蜷川さんの作品を最初に見たのは17歳の頃で、松本白鸚さんが主演を務めた『リア王』だったんですけど、度肝を抜かれました。「スゲぇな…」と。まだ僕自身は芝居を始める前でしたね。

その後、大学で芝居をするようになって、「シェイクスピア研究会」というサークルでシェイクスピアばかりやっていて。その後、大学を中退して役者の道に入ったんですが、ちょうど蜷川さんが演出する唐十郎さん作の『下谷万年町物語』のオーディションがあったんですね。

主演に受かったのは渡辺 謙さんで、僕は落ちて「ちくしょう!」って思ったんですけど(笑)、でも「その他大勢」の役で使ってもらえることになったんです。でも、稽古の初日に蜷川さんにメッチャ怒られたんですよ。「その他大勢」の役なのに。
どんなふうに怒られたんですか?
「おい、そこにいるお前。ちゃんとやれ!」ってすごい勢いで怒られたんです。女装した白塗りの男たち100人くらいが踊り狂うってシーンだったんですけど、女装も初めてだし踊り狂うのも初めてで、どうやったらいいかわからなくて、オロオロしてたら怒られました。それで「蜷川さんとお芝居するのはもうイヤだ。もういいや」って思って逃げたんですよ(苦笑)。
「逃亡」だったんですか?
逃亡ですね。次の日から稽古に行かなかったんですね(笑)。怖いし、1月で寒かったし、何もかもがイヤで「これ、別に俺がやんなくてもいいだろう」って自分に言い聞かせて。でも逃亡ですからね。どう自分を正当化しようとしてもそれは言い訳ですよ。蜷川さんとは二度と会わないだろうと思っていました。
演劇の世界で生きていくのに、蜷川さんと交わらないというのは、ものすごい“枷(かせ)”ですね。
そうなんですよ。いろいろご活躍されて、日本のトップを疾走してらっしゃいましたけど、それを横目で見ながら「俺には関係ねぇ」って思ってました(笑)。それが40歳で『グリークス』で気に入っていただき、そこから蜷川さんが亡くなるまで、ほぼ毎年一緒にお仕事しているという状況でしたね。
20年の時を経て受けた蜷川さんの稽古はいかがでしたか?
とにかく長い芝居だったので、自分の出番になるまで、稽古が始まるまでも2週間くらいあったんですね。そのあいだに、ある者は怒鳴られ、ある者は降ろされ…という修羅場のような稽古でしたし、本当は逃げたかったんですけど(笑)。

でも今度逃げたら自分が自分を許せなくなると思って、一生懸命、自分でプランを立てて、珍しくひとりでエア稽古しましたね。蜷川さんのお芝居でいい役をいただけるって大きなチャンスなので。

あとで聞いた話なんですけど「鋼太郎さんが出てきた途端に蜷川さんの顔色が変わった」って。寺島しのぶが「蜷川さん、鋼太郎さんのことを一生手放さないんじゃないかってくらいのリアクションだったよ」と言ってくれたんですけど、本当にその通りになって「もういいよ」って思うくらい、蜷川さん漬けの人生を送ることになりました。

「偽善者!」役者人生の教訓にしている、蜷川さんの一言

ずっとご一緒されて、蜷川さんとの思い出で最も心に残っていることは?
いっぱいありますけど…シェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』という、僕が初めて蜷川さんの作品で主演させていただいた芝居があって。非常に評判がよくて、ロンドンのロイヤル・シェイクスピア・シアターで公演をさせていただけることになったんです。シェイクスピアの故郷でステージに立てるという、役者を志すものにとって夢のようなチャンスをいただきました。

結果は、初日からスタンディング・オベーションをもらえる大成功。初日後に乾杯があったんですけど、それまでどうなることかと緊張していたのですごく嬉しくて、ちょっとハメを外しつつ飲んでいたんです。そうしたら、ある方が僕のそばに来て「鋼太郎、あまりはしゃぐな。蜷川が嫉妬してるから」って。
「まだあしたもあるんだから」じゃなく、「蜷川さんが嫉妬するから」?
最初は意味がわからなかったです。だって蜷川さんの作品であり、蜷川さんの功績に対してみんながあれだけ称賛しているわけで、むしろ蜷川さんがいちばん喜んでくれてるんじゃないかって思っていたので。でも、その方から「蜷川はそうは思わない」って。「お前がはしゃぎすぎるとお前の手柄みたいに思っちゃうから、『スゴいですね、蜷川さん』と言ってこい」とアドバイスされたんですね。

正直、「蜷川幸雄ってそんな小っちゃいヤツなんだ!?」って思いましたね(笑)。でもやっぱり、ものを作る人間ってそうなのかもしれない。手柄とは言わないけど、自分にスポットを当ててほしいという思いがあるんだなと。それは僕も思慮不足だったと思います。蜷川さんに抜擢していただいて、そのおかげでここに来ることができたんだから、なんでそこを最初にきちんと押さえておかなかったんだろうって。

そのことがあって、蜷川さんがすごく身近になりました。好きになったし、雲の上の遠い人じゃなく、ちゃんと人間としての感情で動いている人なんだなと。
蜷川さんは、ご自身の言葉で役者を褒めたり、叱ったりされる方だったんですか?
絶対に自分の言葉で言いますね。過剰なくらい言葉を使います。でも、叱るときに絶対に悪意や「イジメてやろう」みたいな感情はない。嘘がないんです。だからどんなに稽古でしごかれても、みんな嫌いにならずについていくんです。
これまでに言われて心に響いた言葉を教えていただけませんか?
僕は一度、稽古で「偽善者!」と言われたことがあります(苦笑)。

普通に生きてて「偽善者」って言葉、使わないでしょ? というか、たいていの人間は偽善者であって、それをある意味、暗黙の了解として生きているわけですよ。だからはっきりと「偽善者」って言われて、めちゃくちゃイヤでした!
どんな場面で言われた一言だったのでしょう?
野村萬斎さん主演の『オイディプス王』の再演の稽古で、僕はオイディプス王を最後に追放する役だったんですけど、初演のときに、王を追放しつつ、抱きしめるというシーンがあったんです。再演でもそのままでいいんじゃないかと思ってやったら「おい、偽善者!」って言われて。「この人はいったい、何を言ってるんだ?」って思いましたね。

蜷川さんからしたら、再演をやるにあたって、何でもう少し工夫してこないんだ?という意味を含めての言葉だったんです。でもそれなら「鋼太郎、初演はそうしたけど、俺はちょっと違うと思うんで少し変えてみないか?」と言えばいいじゃないですか。それをいきなり「偽善者!」ですからね。本当、しばらく立ち直れませんでしたよ…。みんなの前で大声で「偽善者」って言われるなんてね(笑)。
ただ、すごく大きな教訓になりました。芝居をするときに絶対に一度、立ち止まらなきゃいけないなと。本当にその芝居で自分は嘘をついてないか? 「こうすればみんながなんとなく、まあいいかなと思うだろう」と思っていた部分を突かれたわけですよね。もっと考え抜けってことでもあるし、お前は俳優として、一度やったことをもう一度繰り返すのか?という問いかけでもあるんだと思います。
以前、高良健吾さんが映画『蛇にピアス』で蜷川さんから「恥知らず!」と怒られたことで「恥を知る」ということについて考えたとおっしゃっていました。
「恥知らず」なんて全然いいほうですよ(笑)。僕なんてみんなの前で「偽善者」ですよ? いまでも芝居するたびに自分が偽善者になっていないか考えますね。

蜷川さんの非日常を引き出す演出を大事にしたい

蜷川さんの後を継いで2017年に「彩の国シェイクスピア・シリーズ」の2代目芸術監督に就任し、同年の『アテネのタイモン』以降、演出を務めていますが、シリーズを引き継ぐにあたって大切にしていること、吉田さんが考える“蜷川イズム”とはどういった部分でしょうか?
蜷川さんのお芝居の稽古って、膨大な、とてつもないエネルギーを役者たちがぶつけ合い、芝居を成立させていくというスタイルなんですよね。たとえば、すごく上手な人がいて、そこまで大声を出さなくてもテクニックでそのシーンを乗り切ることもできるんだけど、蜷川さんはそういう上手な人たちに対しても120%を求めるんです。

普通に考えたら「これで十分に成立しているでしょ?」と言いたくなる芝居でも、蜷川さんはそうは思わない。「それはわかるんだけど、もうちょっとやってみようよ。よし、(別の役者に)お前、思い切りワーッとやってみろ! これに対してお前はどう返す?」みたいな感じで、演じる側がどんどん追いつめられていき、それによって上手でテクニックがある人も、それまでとは違う領域に足を踏み入れ始めるわけです。

予定調和で考えていたものを一度壊して、そこを突破して、誰も見たことのないところへ役者を連れていこうとするし、誰より自分がそこにたどり着こうとする人なんですね。でも、それって大変なことですよ。役者からブーイングが出るかもしれないし、後を受け継いだとはいえ、演出家を長くやってきたわけじゃない者が同じことをやっても、役者に「それはできないよ」と言われるかもしれない。だから、そこには戦いがあるわけです。
シェイクスピアの悲劇の場合、日常じゃない物語――人が死んだり、恨みと憎しみで殺し合ったり、愛し合ったあまりに死なないといけなかったり、日常を突き抜けたお芝居があるわけで、何か特別な、日常で使わない感情が必要だし、それを引き出すのが蜷川幸雄という演出家だったんです。そういう演出家ってあんまりいないんですよ。

だから、その部分は大事にしていかないといけないなと思っています。でも理屈じゃないんですよね。さっきの高良の話じゃないけど普通、人は人に向かって「恥知らず」って言わないでしょ? でも、それがまかり通る現場なんですよ、蜷川さんの稽古場は。「恥知らず」、「偽善者」、あと「存在的バカ」というのもありましたね(笑)。
とはいえ、吉田さんが稽古場でそういう言葉を発して演出するというわけではなく…。
僕は使いません。ただ、蜷川さんの作品を経験したことのある役者たちは、そういう情熱を持って稽古場に来てくれるので、その部分で苦労はないんですが、初めての人はその熱にビックリしますよね。みんながスゴい声、スゴいテンションで汗びっしょりになっているのを見て、怯えています(笑)。

田中 圭のような座長がいると、現場の雰囲気がよくなる

蜷川さんが演出を務めていた頃から、吉田さんは蜷川さんと若い俳優陣のあいだに立って、作品の解釈や演出意図について話したり、稽古に付き合ったりされていたそうですね。
若い俳優で、技術的に追いついていない役者が何人かいたとしても、蜷川さんはそれを教える時間はない。だから「そこを鋼太郎がやってくれ」とは言われていました。セリフの言い方であったり、ブレスの取り方みたいな細かい部分を教える、もともとそういう“係”だったんです。
それは、若い人たちを育成しようというよりは、作品のために必要なこととして?
どちらかというとそっちですね。シェイクスピアの場合、セリフが本当に難しいし、ちょっとやそっとのことじゃできないんですけど、彼らはそこに立ち向かってくる。

原石のようなもので、やり方さえ教えてやれば、そこで磨かれてダイヤモンドが見えてくるヤツもいるんです。じつは本人たちも自分が原石であることを知らないし、それを知ると本人たちも驚くし、こっちも「お前、スゴいじゃん」と驚きがあります。それは我がことのように嬉しくなりますね。

加えて、ちゃんと話せるヤツがひとりいれば、そいつは一緒にお芝居をできる役者になるわけで、そういう役者がいっぱいいたほうが、芝居全体のクオリティも上がるし、それは彼らにとっても僕にとってもいいことなんです。
ドラマ『おっさんずラブ』で共演された林 遣都さんや千葉雄大さんなど、映像作品での若い俳優陣との関係性の築き方に関して、意識している部分はありますか?
舞台と映像ではまた全然(接し方が)違ってきますよね。映像だと、そこでディレクターが芝居が「成立している」と言えば成立しているし、それはオンエアを見てもちゃんと成立してるんですけど、10数秒のシーンで「はいOK! 次に行きます」となったら、そのシーンがよかったのか悪かったのかとか練り直したりはしないわけじゃないですか。

舞台はまずその繰り返しなんですよね。映像から初めて舞台に来た若い子たちにとっては「こんなに稽古するんだ?」「こんなにダメ出しされるんだ?」と、まずそれが新鮮なんです。そこに戸惑いつつ、稽古を繰り返し、何度もダメ出しされて、ちょっとずつよくなっていったという自覚が生まれたとき、彼らはすごく喜ぶんですよ。

あちこちで若いヤツらが「鋼太郎さんに教えてもらった」とか「感謝しています」と言っているけど、ただそれだけのこと――稽古をしてダメな部分を指摘し、直すという当たり前のことをしてるだけ。単に彼らは、それを経験したことがなかっただけなんです。
それが映像作品だと…。
ほとんどないんですよねぇ…。たとえば『おっさんずラブ』だと田中 圭ってヤツはすごく面倒見がいいので、あいつはけっこう、言うんですよね。「もっとこうしてみたら?」とか。でもそういう座長さんは多くないと思います。

実際、ああいう座長がいると現場の雰囲気がよくなるんですけど、やはり映像の世界は“その場限り”という空気が強いですよね。時間にも追われていますし。だから映像の世界では(舞台のような若手との関係性は)あまり生まれないですねぇ。
50代半ばにして突然、映像の世界で引っ張りだこになるという、人生の大きな変化はどのように受け止めましたか?
ある意味、考え方をすべて変えなきゃいけなかったですね。それまでは舞台を観てくださる方にしか認知されていなかったのが、その何百倍の人々に知られて、道を歩いてても気づかれるようになって。それまではこれっぽっちもそんなこと考えてなかったのに、普段の行動に気をつけなきゃいけない人生が始まりました(笑)。それは、ものすごい変化ですよ。
人々の注目を集めること自体は楽しんでますか?
最近ね、ようやく楽しめるようになりました。つい、いままでのクセでね、飲み屋で大きな声で下ネタ言ったりしていましたけど、最近は「下ネタって何?」という感じで(笑)。

シェイクスピア作品は、あまり上演されないものほど面白い

2019年の『ヘンリー五世』を見た小栗さんが、14年ぶりのシェイクスピア作品を自分がちゃんとできるのか?という不安を吉田さんに漏らしたという記事がありました。あの小栗 旬をして「できるかな?」と不安にさせるシェイクスピア作品の難しさというのは、どういう部分なんでしょうか?
まず、膨大なセリフ量ですよね。それをあらゆる声色、トーンを使って話さなくてはお客さんに飽きられてしまうし、通じない。3時間の公演を終えると、本当に心身共にボロボロになるんですよ。それを1ヶ月、さらに地方公演も入れれば2ヶ月続けないといけない。身体のことも気をつけないといけないし、すごいストレスです。本当に大変なことですよ。

その大変さ、怖さは小栗もよく知っているし、彼自身も蜷川さんに鍛えられていますからね。声がまったく出なくなって、そのせいで稽古が3日間休みになったこともありますし。修羅場を踏んでるんで、怖さをわかっているんですよね。しかもシェイクスピアからしばらく離れていますからね、そりゃ不安だと思います。僕でも半年くらい舞台をやらないと「もう1回、できるのか?」と思いますもん。
これだけ時代をまたいで愛され続け、何度も上演されるシェイクスピアの戯曲の魅力はどこでしょうか?
何通りもやり方があるところですね。たとえば芝居に「78歳の老人」という登場人物がいたら、純粋にその年齢に近い役者を連れてくればいいじゃないですか。でもシェイクスピアの作品では、78歳のおじいちゃんの役を20歳の女優さんが演じても全然いいんです。むしろそのほうが面白い場合もあるんですよね。
今作も、女性の登場人物を含めたすべての役を男性キャストが演じる“オールメール”公演ですね。
シェイクスピアの芝居って、日常を離れた“舞台”という世界の色合いがものすごく濃いんです。役者の目線で言うと、そこに現代を生きている我々の感情、感覚を持ち込まないといけないし、それを持ち込むには、難しい言葉で書かれたセリフをちゃんと話せなくちゃいけない。

やらないといけないことが山のようにあるんですけど、それはあくまでも可能性のひとつに過ぎないわけです。そんな芝居はなかなかなくて。大変だけど確実にやりがいがあって、やっているうちに、いつのまにかうまくなって、ひとつ上の段階に進んでいたりするんです。どんな演劇学校で2〜3年学ぶよりも、『ハムレット』を1回やれば一人前の役者になれると言うくらいですから。いろんなものを与えてくれるお芝居です。
『ジョン王』はシェイクスピア作品の中でも最も上演される機会が少ない作品であり、タイトルロールのジョン王は英国の歴史上、最も愚かな王様ともいわれる存在ですね。
往々にしてシェイクスピア作品というのは、あまり上演されることがない作品、あまりよくないといわれている作品ほど面白いということがあるんですよ。

この『ジョン王』もそうで、『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』のようなちゃんとした構造を持ち、物語として成立しているものではない。みんなちゃんとした物語のほうに飛びつきがちなんですけど、粗削りなぶん、だからこそ磨きがいがあり、磨いていくとやっぱり中からダイヤモンドが出てくるんですよ。その典型のようなお芝居だと思います。

すごく面白いですよ。周りがみんな好き勝手なことを言って、ジョン王はオロオロして、小栗が演じる私生児フィリップが真ん中で「こいつら、何を好き勝手言ってやがるんだ?」と怒るという、みんなが勝手放題をする芝居です。人間のエゴと欲がむき出しになった戦いなので、芝居にするにはもってこいのお話だと思います。
とくに今作の見どころを挙げるとしたら?
小栗 旬が3時間しゃべり続けるんですけど、そんなの主演映画でもないでしょ? しかも一生懸命、汗水たらしながら! それだけでも面白いと思います。

さっきも言いましたが、日常では絶対に起こりえないことが目の前で起こるんです。映画や芝居を観に行く楽しみって、日常を離脱して、非日常を経験することにあると思います。そういう意味で、この『ジョン王』は、まず日常ではお目にかかれないことばかりが起こる芝居なので、楽しんでもらえると思います。

小栗 旬ほど業界のことを考えているヤツはなかなかいない

吉田さんは演出という立場で、俳優・小栗 旬の稽古をつけることになりますね。
いま彼も海外で頑張ったりしていますけど、本当にすごい努力をする役者で、自分が何をすればいい役者になれるかをつねに考えている男なんですね。俺も小栗と芝居をするのは久しぶりだし、いまは小栗が何を持ってきて、何を見せてくれて、何をこちらに与えてくれるのかと期待しているところですね。

久しぶりですから、実際に稽古に入って本読みをしてからじゃないと、俺が小栗に何をしてやることができるのかはまだわかんないですね。もし滑舌がよくなかったり、本の読みが甘かったりしたら、そこは一からやらなきゃいけないかなと思ってます。でも彼としても、久しぶりだからこそ、一から鍛え直してやったほうが安心するかもしれません。楽しみです。ワクワクしていますね。
吉田さんは、小栗さんが主演を務めた映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』(蜷川実花監督)を見て、蜷川さんに鍛えられた役者の“匂い”を感じたとおっしゃってましたが、その匂いとはどういうものなんでしょうか?
うーん、それは(藤原)竜也もそうなんだけど、何だろうなぁ…。(しばし黙考)竜也も小栗もなんというか、やっぱり日常から少しだけずれた感じがするよね? 「日常に本当にこんな人いる?」という雰囲気、匂いがあるかな?

なんていうのかな、リアルではない感じというか…。わかります?(笑)一度、死んだ人みたいな感じかな? いや、ちょっと違うな…。
先ほどおっしゃったシェイクスピアの非日常の世界、もしくはハリウッドのヒーロー映画で描かれるSFの世界を生きているような?
あぁ、ちょっと近いかもしれない。そんな感じかな。それこそ彼らは(蜷川さんの舞台を通じて)地獄を見てるんでね。一度、地獄の淵を見たことのある目をしているよね(笑)。
吉田さんにとって、小栗さんは後輩であり、ご自身を映像の世界へと引っ張りこんだ存在でもありますが、そうした関係性を含め、改めて吉田さんにとって小栗 旬とはどういう人間ですか?
やっぱりみなさんご存知のように、しっかりしてるんですよね。プロデューサーもやるし、監督もやるし、『シュアリー・サムデイ』はあいつが自分でキャスティングして、そのメンバーのほとんど(綾野 剛、鈴木亮平、ムロツヨシ、勝地 涼など)がいますごい売れっ子になってるし、「スゴいな、小栗の先見の明は」って素直に思います。

役者バカって感じではなく、どうすれば日本の俳優、映画界、ドラマ、演劇界がもうひとつ上のレベルに行くことができるのかを、いつも生意気にも考えているんですよね。あいつのそういう思いがどこまで伝わるのかはわからないけど、そこまで考えているヤツなんて、なかなかいないですからね。頼もしいですよ。

一方で、こちらとしては何かひとつに絞ったらいいのに…とも思うんですよ。ひとつを突き詰めたらスゴいことになるのにって。でも、それも含めて“面白い人”ですよね。

いまは海外で自分を鍛えているけど、最終的にどこに行き着くのか? それが小栗に何をもたらすのか? それはすごく興味がありますね。

歳を重ね、演じられなくなったときの気持ちを覗いてみたい

吉田さんは、ご自身が最終的にどこに行き着くのかを考えることはないんですか?
僕は本当に自分のことだけ、俳優としてどこまでできるのか?ということしか考えてないですね。

この先、年齢を重ねれば動き回れなくもなるでしょうし、いまみたいな大きな声も出せなくなるでしょう。僕は、自分の中にある欲求や不満をワーッと声に出して形にすることが芝居だと思ってやってきたし、いまもそう思ってるけど、その「出したい!」という気持ちがなくなっちゃうと、芝居をする意味がなくなっちゃうんですよね。

いつまでも言いたいことがある、という気持ちをどうキープし続けるか? 有名になって、お金もそこそこ手に入れば、そういう気持ちもなくなってくるものなんですよ。でも、そうなると芝居をする目的を考え始める。その答えがこれからハッキリするだろうし、「もういいや」と思ったらやめちゃうだろうと思います。

この先、身体が動かなくなって、演じられなくなったときに自分の気持ちがどうなっているのか、それを見てみたい気はしますね。
いま、そうした「芝居をしたい」という気持ちを維持すべく、意識していることや実践していることはありますか?
一応、毎朝トマトジュースを飲んでみたり…(笑)、散歩したりするくらいかな? あとは映画を1日に1〜2本は観るようにしてみたり。
サラッとおっしゃいましたが、この忙しさの中で映画を1日に1〜2本というのはかなりハードなのでは…?
もちろんNetflixとかも含めてですけどね。続けられるのは、「観たい」という気持ちがあるからなんですよね。
先ほど、50代半ばで人生が変わったという話が出ましたが、そうした転機が訪れたときにきちんと受け止めて飛躍するために、これまでやってきてよかったと思うことは?
それはもう、とにかく他人よりもいい芝居をするにはどうしたらいいかを考えることですね。逆にそれしかやってこなかったというか、そのためにやれることは全部やりました。映画もたくさん観るし、本も読むし、いろんな体験をする。

結局、役者というのは人が書いたことを演じるわけで、言ってみれば他人の思い、経験で書かれたものを形にするんです。自分の経験ではないことをすべて、自分のことのように思えないといけないんですよね。

そうすると、やはり「あぁ、わかる」「これもわかる」という実際の経験、体験があるに越したことはないわけです。そのために、やらなくてもいい体験を買ってでもするという姿勢で生きてきました。
いまの年齢(61歳)になって、脚本を読んで「これはちょっとよくわかんないな」ということはありますか?
それはほとんどないですね。この歳でそれがあると本当大変ですよ(笑)。
吉田鋼太郎(よしだ・こうたろう)
1959年1月14日生まれ。東京都出身。B型。大学在学中からシェイクスピア研究会に属し、大学中退後、本格的に役者を志す。1997年、演出家の栗田芳宏と共に劇団AUNを結成し、自ら演出も務めながら主にシェイクスピア作品を上演。2000年の『グリークス』以降、蜷川幸雄作品の常連となり、「彩の国シェイクスピア・シリーズ」を含む、多くの作品に出演。映像作品では2010年公開の小栗 旬初監督作品『シュアリー・サムデイ』、ドラマ『半沢直樹』(TBS系)などを経て、NHKの連続テレビ小説『花子とアン』、『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)が大きな話題に。2017年12月に蜷川幸雄の後を継ぎ、「彩の国シェイクスピア・シリーズ」の芸術監督に就任し、シリーズの演出を務める。2020年はドラマ『SUITS/スーツ2』(フジテレビ系)が放送中のほか、WOWOWにて『連続ドラマW 太陽は動かない−THE ECLIPSE−』も放送予定。

舞台情報

彩の国シェイクスピア・シリーズ第36弾『ジョン王』
*本舞台は5月7日に中止が決定されました。
https://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/7700
https://horipro-stage.jp/stage/kingjohn2019/

サイン入りポラプレゼント

今回インタビューをさせていただいた、吉田鋼太郎さんのサイン入りポラを抽選で2名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

応募方法
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受付期間
2020年5月21日(木)12:00〜5月27日(水)12:00
当選者確定フロー
  • 当選者発表日/5月28日(木)
  • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
  • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから5月28日(木)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき5月31日(日)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
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