「誰ともうまくやれない」生きづらさも物語に変えて――志村貴子、魔法のペン先
百合にBL、男女の恋愛。志村貴子ほど、ジャンルもカテゴリーも超えて、物語の世界を自由に飛び続ける描き手は、いない。
やわらかく誘惑するような絵で、つねに私たちの心をつかんで離さないのは、愛らしくて人間くさいキャラクターたち。目に見えない傷を癒やしてくれる変幻自在のストーリー。志村のペン先は、魔法にかかっている。
『放浪息子』では第二次性徴を前に「男らしさ」に足踏みする少年の揺れる心を、『青い花』では幼馴染の少女同士のキラキラした、でも綺麗事だけではない恋愛を描いた。
今年でデビュー22年目。志村が最新作『おとなになっても』で選んだテーマは、35歳の女性同士が出会って恋に落ちる“おとな百合”だった。
男と女の境界、めんどくさい家族、母と娘の軋轢(あつれき)――志村貴子は描きながら問い続ける。
高校見学で出会った『聖闘士星矢』BL同人、走った衝撃
- 志村さんが最初に百合、BLを描いたのは、それぞれいつですか?
- 百合は連作短編『どうにかなる日々』(2002-04)でいくつか描いたのが最初ですね。BLは、『敷居の住人』(1998-2002)を連載していた頃なのでだいぶ昔ですが、商業誌だと『麗人』(2001-02)に描いた連作『ハッピーなエンド』と『先生のくせに』です。ただ、商業誌以前も勝手に自分で描いてはいました。
- 志村さんほど男女の恋愛ものも、BLも百合も、ジャンルの垣根なく描かれている作家さんはいないと思います。もともと、マンガ好きのお兄さんたちの影響でいろんなマンガを読んでいたんですよね。
- そう、年の離れた兄が3人もいたもんだから、各世代の本を、ジャンル関係なく読めたんです。野蛮な絵をガシガシと描き殴っていた子ども時代の私に、少女マンガも読む兄が「そうじゃない! こんなふうに、もっときれいな絵を描け!」と『なかよし』を見せてきたこともありました(笑)。
その影響もあって、お姉さん世代が読んでいるようなマンガに出会えたことが、ものすごく大きかったと思います。小学生の頃に三原順先生の『はみだしっ子』や『ルーとソロモン』、成田美名子先生の『みき&ユーティ』やくらもちふさこ先生の『いろはにこんぺいと』を読んでいたりもしました。 - それは早熟ですね。
- カテゴリーを気にせずにBLとかにも興味が持てたのも、いろんなマンガが身近にあったのが大きいです。あの頃出会ったなかでも、青池保子先生の『イブの息子たち』はスゴかった。本当に何でもアリの世界観で。
- たしかに。三原先生から青池先生まで、多感な時期に読んでいたら、確実にその後の人生に影響が出そうな作家さんばかりですね。
- ちなみにBLは、中学生のときに衝撃的な出会いを果たしました。学校見学の一環で県立高校の文化祭に行ったんですけど、漫研をのぞいたら、『聖闘士星矢』のBL同人が展示してあったんです(笑)。
『聖闘士星矢』自体は、その頃マンガやアニメで人気があったし、まわりにも好きな子がいたので知っていたんですが、キャラクターたちを使ってBL妄想をするという発想がなかったので、びっくりしちゃって。 - 強烈ですね(笑)。よく教師の目をかいくぐって展示できたものです。
- ホントに。そういえば一緒に文化祭に行った子もオタクというか、むしろ率先してコミケについて教えてくれるような子でした。その時点でたくさんマンガは読んでいましたけれど、そういう子たちの存在も大きかったです。
- 男女の恋愛もの、BL、百合。それぞれに描くときにスタンスの違いはありますか?
- よく聞かれるのですが、ありがたいことにどの雑誌でものびのびと描かせてもらっているので、あんまりないかもです。もちろん、雑誌のカラーを考えることはありますが、結局どこでなにを描いてもあんまり変わらないかもしれないですね。
志村作品がエロいのは……「むっつりなんでしょうね」
- 「エロ」についてもお聞きします。志村作品の持つエロさについて考えたときに、一見ちゃんとしていたり、社会的に成功していたりする人があわせもっている性的に意外な側面に焦点を当てていることが多いように思いました。どんなところから発想されているのでしょうか?
- なんでしょう……むっつりなんでしょうね(笑)。
- (笑)。たしかに、そう言えばひとことで済むのかもしれないです。
- 自分のなかでもうまく消化できてないんですけど、小中学生の頃に我が身に起こった、ちょっと性的な被害なんかもたぶん無関係ではなくて、源流にあると思うんです。そのあたりの嫌な記憶だったり、それだけではない複雑な感情とか。
そうしたものを消化したいという気持ちもあって、どうしてもエロが切り離せないんだと思います。それを一切排除した作風ももちろん有りだと思いますが、私の場合はなぜか、どうしてもついてまわりますね。 - そういえば『青い花』の第1話では、“ふみちゃんがおしっこもらしちゃった”という子どもの頃の回想シーンがあり、強く印象に残っています。
- 昔はよく、読者さんやいろんな人に「志村さんはおもらしとか痴漢が好きですよねー」って言われて(笑)、「やめてください! 語弊があります!」って必死に否定していました。私が好きなわけじゃなくて……。
- 大人になってからも忘れられない性的な思い出って、ありますよね。
- そう、苦い記憶であればこそ、どうしてもついてまわると思うんです。
- なにか自分にとって衝撃的な事件があって、それを理解するために、いろんな形で何度も描いているというのと近いでしょうか。
- そうだと思います。恋愛ものは好きだけど考えることは苦手で、アプローチがちょっと屈折したところから入っているのはそのためだとも思います。
だから、エロはこれからも切り離せない問題だと思いますね、どうしても。もちろん、それが好きという部分もないわけじゃないんですけど……これについては、まだまだ描きながら考え続けるのだと思います。
白黒はっきりつけるのが怖いのかもしれません
- 志村さんは初めての連載作『敷居の住人』から、一貫してなにかの“あわい”に光を当て続けていると感じます。男と女という性別のあいだ、子どもと大人のあいだ、親と子のあいだ、など。志村さんの作家性によるものでしょうか?
- そうなんですかね。自分がわりとふらふらしているのもあって、白黒はっきりつけるのが怖いのかもしれません。
- 過去のインタビューでは、ご自身が小中学生の頃に女の子らしくすることに抵抗を感じて、男の子っぽい格好をしたりと、ジェンダー的にあやふやな時期があったとおっしゃっていました(『ユリイカ 総特集 志村貴子』インタビュー)。「ふらふら」はそうした点を含めてでしょうか。
- そうですね。そこに向き合っている、というのはたしかにあります。そういう意味では、初めて『コミックビーム』に描いた読み切り『ぼくは、おんなのこ』(1997)が私のベースになっているんだと思います。自分自身のことがよくわからなかったときに描いた作品でした。
- デビュー作ですね。
- ただ、その後いざ連載をしてみようかとなったとき、『ぼくは、おんなのこ』で描こうとしたことを掘り下げずに、全然関係ない主題で『敷居の住人』を始めてしまった。描きたいものがまだ見つからない時期だったから、『敷居』は行き当たりばったりというか、見切り発車だったんです。
『敷居』で、主人公ちあきの、中学生・高校生特有の、なんだか自分でもよくわらかない苛立ちみたいなことを描いているうちに、最初に描いた読み切りのことを思い出しました。『ぼくは、おんなのこ』はある種「自分の物語でもある」という面があったので、『敷居』の次に描くものはそれを掘り下げる形にしたいなと思うようになりました。
しんどくて、キッチンで泣いた『どうにか』の頃
- 読者としては、志村さんの作品に共通する“境界を行きつ戻りつする”ストーリーはとても魅力的ですが、その一方で、ふらふらし続ける、つまり、キャラクターたちが悩み続けるのって、描き手としてしんどいことではないですか?
- しんどいですね。『放浪息子』(2003-13)のときは、修一に自分のしんどさが重なってつらいときもあったし、『どうにかなる日々』もところどころ自分のしんどい気持ちを投影していたので、「もうやめたい、やめたい……」って、泣きながら描いていました。
- そんなことが……。編集U村さんは『どうにかなる日々』から『青い花』(2006-13)『淡島百景』(2015-)『こいいじ』(2015-19)『おとなになっても』(2019-)まで、長きにわたり志村さんの担当をされていますが、その頃のことは覚えていますか?
- U村 もちろんです。あのときは本当に大変そうで、キッチンで泣いていらっしゃいましたね。それで、「これ以上の無理はお願いできないな……休みましょう」って『どうにかなる日々』をすぐ終了しました。
- 志村さんは当時、どのような心境でしたか?
- 「すみません、しんどいです」と言って……、そのときは、「じゃあその後どうするんだ?」ということを考える余裕もなく、ただつらくて、現実から逃れたいというのがすべてだった。何も持っていない私が、マンガを手放してしまったら本当にやっていけないんですけど……。
だから、そのあとでちょっとお休みをいただいたのは、すごくよいきっかけでした。U村さんが“リハビリ”に付き合ってくれて。娯楽にだけ目を向けているうちに、創作意欲というほどの大層なものでもないんですが、「私、やっぱりマンガ描きたい」という言葉がポロッとこぼれて。そしたら、U村さんが即座に「今、“描きたい”って言いましたね? よし言質とった!」と(笑)。 - U村さんの辣腕・編集モードが全開に(笑)。
- そう(笑)。そうしてU村さんが私と足並みを揃えてくれたおかげで、うまく戻ってこられましたね。普通なら見放されてもおかしくないポイントが私にはいっぱいあったのに、状況を見ながら付き合ってくれた。本当に恵まれていたと思います。
そうじゃなければ、こんなに好きに描かせてもらえてなかったですし、しんどいままの状態からから抜け出すことも難しかったかもしれない。出会いとかタイミングは本当に重要だと思いますね。 - そのしんどさは、長く続けることで少し変わってきましたか?
- はい、ここ10年くらいは、キャラクターたちのことも俯瞰の位置から見るようになったので、やっと少しマシになりました。
『敷居の住人』は主人公も作者も反抗期だった
- 『敷居の住人』は初めての連載作品ですが、思春期真っ只中の男子・ちあきが、家族や友達、女の子たちとぶつかっては近づいたりと、青春の行き場のない焦燥感が溢れている作品です。最後までちあきがどこに行くのか、まったく予想かつかずドキドキしました。
- あんなに描き手に描きたいものがないマンガもないよな、と思います。だから、あの頃じゃないと描けなかった。ちあきだけじゃなく、作者である私もまさに思春期だったんです。もちろん成人していましたが、遅れてやってきた自分の思春期や反抗期が乗っかって、「今16歳です!」みたいな、怒りにまかせたお話になってしまった(笑)。
- 主人公も作者も思春期!
- そう。最初はもっとぼーっと考えていて、「なんかだわかんないけど、やってみよー」とのんびり始めてしまったら、あまりにもつかみどころがなさすぎる話になってしまった。そこで打ち切りをくらいそうになってようやく「そりゃ出版社に利益がなかったら切られるよ」と自覚が芽生えました。
母と娘の確執を繰り返し描くのは、理解したいから
- 家族という言葉が出ましたが、『淡島百景』では、親子三代にわたる母と娘の愛憎のせめぎあいが描かれています。「母と息子」とも「父と娘」とも違う、「母と娘」特有の複雑な感情が生々しくも美しいです。
- はい、『淡島』では、お母さんと確執がある娘の話をちょこちょこ描いています。それは、今まで私が目を背けていたようなことを、描くことでリハビリ行為のように、少しずつ外に出そうとしているんだと思います。
うちは、わかりやすく荒れている家ではないんですが、ちょっと複雑というか、友達にはあんまり言えない親のめんどくささがある。マンガでも、けっして母親という存在を悪者にしたいわけではないですが、描くとどうしても母と娘の関係のことになりがちですね。 - 実体験そのままではなく、感じたことの断片を物語の形にして出している。
- はい。私の父親はもう亡くなっているんですが、かつての私は自分でも自覚しているほどマザコンで、父がまだ元気だったときにも「お母さんが先に死んじゃったらどうしよう。お父さんとなんて、うまく暮らせる気がしない!」と不安だったほど、父とはあまり接点がありませんでした。
それが大人になってからは、父親とふたりきりの空間が、意外なことに苦痛じゃなかった。むしろ母親との口ゲンカが絶えなくなって、顔を合わせればいつも口論になる。だから、うまくやっていくには、もう母親とは会わないことだ、くらいまでいってしまって。 - そんな背景があったんですね。
- 父親が亡くなってもう10年以上経ちますが、父が生きていた頃には、私もときどき実家に帰ることはありました。でも亡くなってからは、冠婚葬祭でもない限り実家に戻ることがなくなりましたね。戻ったとしても、滞在時間10分くらいで、一生実家に帰りたくないくらいなんですけど……。でもその問題を、なんとかしないといけないな、と思って。
- 母娘間の悩みを抱えている人はものすごく多いので、志村さんのマンガに救われる人たちがたくさんいるはずです。我々に志村さんのマンガがあってよかったのはもちろんですが、志村さんにもマンガがあってよかったと言えるかもしれませんね。
- はい、まだうまく言語化できない感情をマンガで昇華させているんだと思います。「お母さん」という存在を憎く思っているわけではないものの、描くことで、「この“受け入れられなさ”はなんだろう?」と、考え続けています。
- なるほど。抱えているモヤモヤをマンガの形に変えて描く作業は、救いになりますか?
- そうだと思います。昔はあまりしてこなかったというか、できなかったことでした。それが、『淡島』を描くようになってから、ちょっとずつ、いろんな形でできるようになった。『淡島』以前にも、「母と娘」については『青い花』で描きましたが、だんだんと形を変えて出てくるようになりましたね。
特定のキャラに肩入れせず、ニュートラルで描きたい
- 全作品のなかで、とくに思い入れのあるキャラはいますか?
- 長い付き合いだったので、『放浪息子』や『青い花』のキャラたちは忘れられないですね。どの子が、というよりも、作品全体を通して。読者さんもそのふたつの作品への思い入れがすごく強い方が多いです。
- なるほど。キャラクターを創造するとき、どんなことを工夫しているのでしょうか?
- 描く側はなるべく、特定のキャラクターに肩入れしすぎず、いちばんニュートラルな状態でいたいです。それと「この子はこういう性格で、家族はこうで……」とか最初に細かく決めるのではなく、描きながら、ちょっとずつ特徴を増やしていくことが多いですね。
そうするうちにキャラクターを好きになることが多いんですけど、だからといって「好きだから、えこひいきしちゃおう」とはなりたくないです。 - 誰でも平等に、嫌な目にも遭うし、幸福が訪れることもある。
- そうですね。だからときどき、どのキャラに対しても突き放したように見えることがあるかもしれないです。でも、どのキャラクターにも思い入れはある。そしてそれも、20年描き続けるうちに変わってきた感情というか、昔だったらそういうことは考えられなかった。
私が思春期・反抗期真っ只中だった『敷居の住人』の頃は、主人公を含め、キャラクターに思い入れを抱くなんて、恥ずかしくてできなかったんですよ。 - ええっ! 主人公にさえも?
- 2017年から、画業20周年の区切りで原画展を開催していただいて、そのときに『敷居』はさすがにもう読み返しても大丈夫だろうと思ったんですが、まだ全然読み返せませんでしたね(笑)。「はああ〜!! 恥ずかしい、死んじゃう!」って。
「みんな、自分が中学生の頃に描いたものと向き合える?」「言っとくけど私、この頃中学生だからねっ!」という気分でしたね(笑)。 - 中学生の頃に描いたものに向き合う勇気、到底ないです……。そのくらい、気恥ずかしさがまだまだあるんですね。
- だから、私は『敷居』と向き合えるようになって初めて、きっと本当の大人になれるんだと思います。40も過ぎてそんなことを思っちゃうぐらい、若気が至っている作品ですね。おばあちゃんと呼べるくらいの年齢になったら、なんでも「あら〜懐かしい!」って言えるかもしれないです。
長いこと、絵柄に特徴がないのがコンプレックスだった
- 2014年にはアニメ『アルドノア・ゼロ』のキャラクター原案も務めていましたが、志村さんの描くキャラクターは、ほかとは比べようのない独特の愛らしさがあります。キャラクターの描き方について、「確立した!」という瞬間はありましたか?
- 全然ないです。自分ではホントに特徴がない絵だと思っていて、それが長いことコンプレックスでした。今も「つかんだわ!」という実感はないし、まだブレてると思います(笑)。「いったいいつ完成するの?」と思ってますね(笑)。
- 読者目線だと、そんな葛藤があるとは思えないほど完成しているように見えます。キャラの顔や身体を描くときに大事にしている点は?
- 長いこと「瞳」をどう描けば正解なのかわからない状態が続いていたんです。とくに『敷居』のときは、黒目部分をどう描いたものかと悩んで。トーンを貼ってみたり、真っ黒に塗ってみたりと迷い続けて、結局ちょっとずつカケアミ(※角度を変えつつ短い線の束を手で描き込んでいくマンガの技法)にしてみようとなり、今に至ります。
- 瞳は作家さんの絵柄を左右する最重要な要素のひとつですね。
- ほかの作家さんがどう描いているのかは今もすごく気になります。だから、いろんなところから影響を受けて、「私もこうやってみよう」の繰り返しですね。そういえば昔、ある少女マンガ誌に投稿したとき、瞳にトーンを貼っていたんです。そうしたら選評が返ってきて、「瞳はカケアミで描こう!」と指導されて。
私はやっぱりそのときも反抗期だったので、「え、何その目の描き方を指定してくる感じ。好きなように描かせてよ!」とカチンと来て(笑)。それ以降、その雑誌に投稿するのをやめました(笑)。 - そんなやりとりがありましたか(笑)。
- でも最終的にカケアミを使っているので、選評が正しかったことが証明されました(笑)。別にカケアミでなくても良いとは今でも思いますが、今から思うとあらゆるパーツをどう描くのが良いのか悩んでいた頃なので、弱いところを指摘されてカチンときたんだと思います。
女性向けマンガ誌だからこそ、おとな百合を描きたかった
- 『おとなになっても』は、『こいいじ』に次いで『Kiss』で連載中の作品です。女性向けマンガ誌で“おとな百合”を描こうと思ったのは、きっかけがあったんですか?
- 『Kiss』が、男女の恋愛をテーマにしたお話が当たり前の雑誌だからこそ、ここで女同士の恋愛を描くことに意味があると思いました。
それから、自分の年齢が上がってきたこともあって、おとなの百合ものを描きたいという思いが前からあったんです。タイミングがいいことに、『こいいじ』をそろそろ畳まないと、というときに、担当さんに「次はおとな百合を描きませんか」と言ってもらえたので、「描く描く! ラッキー」と二つ返事で引き受けて。 - 描き手と編集、両者の思いが一致したんですね。担当・U村さんはフリーランスの編集者として、様々な雑誌でお仕事をされています。『Kiss』で百合ものが連載されるのは初めてだと思いますが、編集部に企画について話したとき、戸惑いはなかったですか?
- U村 とても時代に合っていて、しかも志村さんがお得意なテーマなので歓迎してくださいました。
- なるほど。志村さん自身も、短編以外で大人同士の百合ものを描くのは初めてですよね。
- そうなんです。私はアラフォー、アラフィフ百合くらいまで描きたいんですけど、『Kiss』の読者層的には30〜40代がボリュームゾーンかなということで、『おとなになっても』のメインキャラふたりは30代なかばになりました。
- 朱里と綾乃という対照的なふたりの女性キャラが主人公です。既婚者で小学校の先生である綾乃がすごくミステリアスで、次にどんな行動を取るのかドキドキしますね。
- おとなしそうなビジュアルに落ち着いたんですが、そうなると、私のなかで攻めキャラになっちゃうんですよね。ギャップが好きなので。
- (笑)。綾乃に「子どもはあきらめちゃったの?」とズケズケと聞いてくる夫の母親も気になります。
- 主人公が既婚者で家庭がある、というホームドラマ的なものは、じつは読み切り以外でちゃんと描いたことがなかったんです。結婚すると、どちらにも義理の家族ができるのだから、結婚って家族同士の付き合いの始まりでもあるんだな、と思いまして。
- 綾乃の夫の行動も、おもしろかったです。自分の妻に「あなた以外に気になる男性ができたの」と告白されたら、「不倫かー!!」と怒りようがあると思うのですが、綾乃の告白は「気になる人は、女の人なの」。まともに怒ることもできない彼の葛藤がすごくリアルでした。
- 夫の立ち位置についてはけっこう考えました。すごく嫌なヤツにしちゃうのは簡単だけど、「だから妻が女性との浮気に走った→そこに朱里という存在がいた」という流れになるのは嫌だったんです。実際のものごとって、勧善懲悪にはならないですし、「めんどくさい家族を出そう」と思いました(笑)。
「誰ともうまくやれない」生きづらさの積み重ねの果て
- 朱里の元カノの由香子も気になっています。
- このずるい女ですね(笑)。
- そうです(笑)。由香子は、朱里が美容師時代の同僚で恋人だったけれど、いつの間にか男性と結婚して子どもをもうけていた。久しぶりに再会したところ、いけしゃあしゃあと朱里を家族BBQに誘ってくる。一見、要領よく生きているように見える彼女もじつは根深い生きづらさを抱えています。
- このあたりのセリフはすごく志村さんらしいと感じたし、「そういうことを口に出してもいいんだ」ということに救われる思いでした。「どこにいても居場所がない」「誰ともうまくやれない」という生きづらさを感じているキャラを描けるのは、志村さん自身もそう感じることが多いからですか?
- むしろ、そんなことしか感じてないです(笑)。さすがに大人になってくると、まわりに合わせたり空気を読んだりして、表面上はなんとなくやり過ごすことができる。会話も成立するし、普通に付き合っていくことはできる。だけど……。
よく「コミュ力が高い」とか「コミュ障」って言いますけど、「初対面の人に対してしどろもどろにしか話せない」だけがコミュ障じゃないな、と思うんです。むしろ、表面的には成立しているようには見えるけど、人間関係を長く続けていけないことをコミュ障と言うのでは、と私は思っています。 - すごく合点がいきます。
- 私自身、断ち切ってきた人間関係がいっぱいあるんで。我が身を振り返って、コミュ障ってこういうことなんじゃないかな、という思いはつねにあるんですよね。
- そこがコンプレックスだけど、人に話せるような類の悩みでもないし、そもそもコミュ障なのでどう話していいかわからない……つらいですね。
- そうなんですよ。だから、うまくやっているように見える人でも、そういうしんどさを抱えていることがあるんじゃないかと。
私も、長く続いてる人間関係は、相手のコミュニケーション能力が高いおかげですから(笑)。よっぽど「カチっと合う人と出会えたわ!」ということがない限り。そうした思いがちょこちょこマンガにも出てくるんだと思います。 - タイトルの「おとなになっても」に象徴される部分でもありますね。大人になっても、うまくできないことはあるし、人付き合いもしんどい。でも一方で、あらたに好きな人や好きなことができる楽しさもある。さまざまな意味合いが重なっていて、素敵なタイトルです。
- よかった(笑)。
創作の苦しみ。その先にある“楽しさ”を目指して
- 日々の創作を支える楽しみや萌えはなんですか?
- ふだんから映画や海外ドラマをたくさん見るんですが、最近では映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)にハマってしまいました。劇中でのレオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの関係性がすごくよくて。上映中は毎日見に行きたいくらい大好きです。
そして萌えというと、私はずっと嵐を応援しているのですが、だからこそ、2021年以降はどう過ごしていいのかわからないです……。 - グループとしての活動休止後も、ファンに幸多きことを祈ります……! 最後に、志村さんがマンガを描き続ける原動力について教えてください
- ひとつは、当たり前ですけど、やはり人に自分の作品を読んでほしいというのがあります。自分ひとりで誰にも見せないで描いていた頃も、やっぱり「人に見せたい、褒められたい」という承認欲求の塊だったので(笑)。
それは子どものときからありましたが、プロになる前は「批判されたくない」「褒める以外の言葉はノーサンキュー!」という気持ちが強かった。今でも人に作品を評価されることは怖いけど、その恐怖よりも、マンガを仕事にすることによって気づかされたことほうが大きいですね。 - なるほど。
- 描くことで自分と向き合えることを知ったのも、マンガを仕事にしてからです。自分でも気づかなかったような気持ちや、「私ってじつはこうなんだ」と発見していく作業を通して、しんどかった心も、少し楽になったのかもしれません。
もちろん、創作の難しさはずっとついてまわるし、今もネームができなくて死にそうなんですけど(笑)、これを仕事にして食べていくと決めた以上、そこからは逃れられない。苦しいんですけど、そのなかにはやっぱり楽しさがあるから、なんとか生きてるんだと思います。 - 苦しみの先に見える景色。高難度の登山のようです。
- そんな余裕が持てるようになったのも、長く続けてこられたおかげです。途中でやめていたら、その気持ちに気づかないまま、マンガを遠ざけて、「私も昔描いてたけど、知らない!」「見たくない!」となっていたかもしれない。描き続けてよかった、と思います。
- 志村貴子(しむら・たかこ)
- 1973年、神奈川県生まれ。A型。1997年、『ぼくは、おんなのこ』(KADOKAWA)でデビュー。代表作『青い花』(太田出版)、『放浪息子』(KADOKAWA)はTVアニメ化。2015年、『淡島百景』(太田出版)で第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。そのほかの主著に『敷居の住人』(KADOKAWA)、『どうにかなる日々』(太田出版)、『こいいじ』(講談社)、『娘の家出』(集英社)、『さよなら、おとこのこ』(リブレ)など。
発売情報
- 『おとなになっても』1巻
- 発売中
¥484(税込)
©志村貴子/講談社
サイン入りコミックプレゼント
今回インタビューをさせていただいた、志村貴子さんのサインを入れたコミック『おとなになっても』1巻を抽選で3名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。
- 応募方法
- ライブドアニュースのTwitterアカウント(@livedoornews)をフォロー&以下のツイートをRT
- 受付期間
- 2019年10月28日(月)12:00〜11月3日(日)12:00
- 当選者確定フロー
- 当選者発表日/11月5日(火)
- 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
- 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから11月5日(火)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき11月8日(金)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
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