所持金0円でも楽しい「ワンフェス」ってなんだ?

写真拡大 (全60枚)

皆さんは「ワンダーフェスティバル」をご存知だろうか? 世界最大級の、フィギュアやガレージキットといった立体造形物の展示・即売イベントである。毎年夏と冬に幕張で開催される通称「ワンフェス」、知らない人にとっては「コミケ」の立体造形版といえばイメージしやすいかもしれない。

とはいえ、コミケとワンフェスには違いもたくさんある。その中でも特に注目に値するのは次の点だろう。

「ワンフェスは当日の所持金0円でも、十分すぎる“収穫”を得られるということ」

え、0円で得られる“収穫”って何だ? 現地で確かめてきた。

撮影/金本凜太朗
取材・文/飯田直人(livedoorニュース)
デザイン/桜庭侑紀
「造形と映像のあいだ」特集一覧
2019年2月10日、午前10時の千葉県の幕張メッセ前には長蛇の列ができていた。
事の発端は昨年、ワンフェスの最高責任者であるフィギュアメーカー海洋堂の“宮脇センム”が「電撃ホビーウェブ」のインタビューで次のように答えていたのを筆者が読んだことである。

“コミケは同人誌を買わないと手元に残らないので、そういう点から見るとお金を落としに行く場所なんですね。でも、ワンフェスはある意味お金を落とさなくても楽しめる場所です。ガレージキットを自分で組み立てられなくても、写真を撮るだけでも十分に楽しめます。”

貯金の乏しい筆者は、この記事を読んで「行ってみたい!」と思った。コミケもワンフェスも未経験だが、こうしたイベントは現金を握りしめて行くもの、と思い込んでいた。しかし写真を撮るだけなら0円、一切お金が要らない。入場料は必要だが、事前購入可能(チケット兼カタログ2500円)だし、当日は気軽に行ける。そういう楽しみもアリというのは、画期的じゃないか。

そういうわけで、「写真を撮るだけでも十分に楽しめます」という話が本当かどうか、確かめることにしたのだ。

撮影を担当するのは若手写真家・金本凜太朗さん(@trintaro)。金本さんも、筆者と同じくワンフェス初参戦。「ワンフェス童貞」ふたりで少し不安だが、まずはフィギュアメーカーらが多数出展する、企業ブースエリアからのぞいてみることにしよう。

企業ブースエリア

撮影開始から5秒、「写真を撮るだけでも十分に楽しめます」が本当だということが即座に理解できた。
展示物の背景がめちゃくちゃハイクオリティーに作り込まれているため、どこからどう撮っても写真の仕上がりが良いのである。
そしてもちろん、すべてのフィギュアの造形レベルが、極めて高い。躍動する髪、衣服、迫真のポージング、美しい塗装...。
細部まで精巧に造り込まれているフィギュアは、どこか一部分を切り取ったとしても、それはそれで“絵”になってしまう。なるほど。これは、撮影が楽しくないはずがない。
シャッターを切れば切るだけいい絵が撮れる。
なるほど。楽しすぎる...!
釣りにたとえるなら入れ食い状態。みんなが撮影に夢中になるのも当然だ…。
と感心していたら、背後から巨大ロボットが突然現れた。
びっくりした! バンブルビー! 怖いよ!
バンブルビーの他に、会場内にはスーパーサイヤ人なんかも普通に歩いていた。
どこかのブースの人かと思いきや、こちらは一般参加者。昼ごろからコスプレーヤーもかなり増えてくるらしい。屋外の駐車場を使って撮影会をしているようなので、そちらも行ってみることにしよう。
昼過ぎ、屋外も大勢の来場者で賑わう。

コスプレエリア

かわいいキャラも、カッコいいキャラも、そこら中でポーズを決めている。こちらのエリアも、絵になる被写体ばかりだ。

その一方で、「東京ディズニーシーの掃除の人(カストーディアルキャスト)」というかなりシュールなコスプレの参加者もいた。
コスプレとはいえ、振る舞いや話し振りはプロフェッショナルそのもの。
「『スプラッシュ・マウンテン』はどこですか〜?」と道を聞きに来た男性に、丁寧に道を教えてあげていた。
「スプラッシュ・マウンテンは、『シー』ではなく『ランド』ですね〜」
そのしばらく後に「掃除の人」は、警察官(のコスプレの人)にも道を教えていた。
この組み合わせだと、どちらが道を聞いているのか...何だかよくわからない状況になってしまっている。心なしか、掃除の人の顔も引きつっている。

しかしながら、この珍妙な光景は、われわれ取材チームにひとつの真実を教えてくれた。
「そうか。コスプレはこういう“意外なコラボ”を楽しむものでもあるんだな…」
「そうか...そうなんですね...」と、勝手な感慨に浸りながら歩いていたわれわれの視界に、突如、今にも「決闘(デュエル)」を始めようと身構える「闇遊戯」が飛び込んで来た。
「お」と思った。

これはいい。背景の自販機が、遊戯となんだか似合っている。一直線に並んだペットボトルたちが、カードを繰り出す遊戯の指先に、勢いを感じさせる構図になっている。

こんな偶然を見逃す手はない。この人に、自販機とコラボしてもらおう。われわれはそう考えて、声をかけてみた。

「すみません! 150円をお渡しするので、自販機で好きなものを買って飲んでみてください!」
「そのデュエル、受けて立つぜ...!」
謎のオーダーに戸惑いながらもコインを投入していく闇遊戯。

悩んだ末に、そのターン、彼がデッキ(自販機)から取り出した手札は…。
「ブルーラベルのイエロードラゴン」!別名「ビタミン炭酸 MATCH」だ!
「ハハッ! 最高にウマいぜ!」
変なノリに付き合ってくれてありがとう闇遊戯! 「優しさっていう強さ」を、お前に教わったぜ!
ノリのいい闇遊戯と別れたわれわれは、不審な動きをする1体のロボットに目をつけた。
何かのコスプレなのだろうが、他のレイヤーさんたちのように一ヶ所にとどまって撮影を待つのではなく、常に歩き続けている。このロボット、一体何が目的だ…。

「すみません。お話いいですか?」
声を掛けると彼は静かに振り返り、おもむろにポーズを決めた。
「あの…、コスプレですよね? 一ヶ所で待っていたりしないんですか?」
「エエ、ワタシノバアイハネ!」
「なんか、声がすごいですね。」
「ボイスチェンジャーイレテルカラネ!」
「(よくわからないけど迫力すげえ…)なるほど、ありがとうございました!」

何かのゲームのロボットキャラのようであったが、声質のインパクトが強くて、忘れてしまった。

まったく、ゲームやアニメのキャラから警察官、軍人、東京ディズニーリゾートのスタッフまで、本当にさまざまな格好の人たちが集まっている。コスプレーヤーの一群がぞろぞろと歩く光景はさながら“百鬼夜行”のような趣きで、ワンフェス童貞は、その光景を眺めているだけでも十分楽しめた。

コスプレエリアの最奥部へたどり着くと、そこには、ひときわ神々しいオーラを放っている人がいた。
北海道を応援する初音ミク「雪ミク」の和装コスプレだ。彼女がその気になれば、関東平野にだって白く美しい雪を降らせることができるのではないか? そう思わせるほどのオーラと佇まいである。

しかし意外にも、彼女が地上に降らせたのは、雪ではなく、黒くてゴツい警備員4名だった(すみません適当なことを書きました)。
それにしても、一度コスプレーヤーを間近で撮影してみるとわかるが、写真で見る印象と、その場で目にする現実の空間とのギャップが非常に大きい。雪ミクさんの2枚の写真は、そのいい例だ。写真というのは撮り方しだいで、どうとでもなるものだ。

ワンフェスで写真を撮ることの醍醐味はそういう、虚構と現実の境界みたいなものを味わうことにあるのかもしれない。

さて、そろそろ屋内に戻って今度は個人のブースを見に行こう。
移動中、通路で戦利品をすっかり広げて座り込んでいる人を大勢見かけた。

個人ブースエリア

こちらでは企業ブースのように背景まで造り込んでいるブースは多くないが、やはり造形・塗装のレベルは皆すさまじい。写真を撮って面白いことに変わりはない。出展者各自が手塩にかけて仕上げてきた作品はどれも魅力的で、全部をじっくり見て回るには3日くらいは掛かってしまいそうなほどのボリュームがあった。
展示品の中には、個人のオリジナルキャラクターもいれば、往年の有名怪獣もいる。
ダークな雰囲気の作品でも、ブースで対応してくれる作者は案外気さくな人だったりする。「写真で楽しむ」という本記事の趣旨とは関係ないが、こういうイベントにおいては出展者との交流も非常に楽しいものなんだなと実感した。
ところで、広い会場内でも抜群に目立っていたのは、高さ2メートルもあろうかというこちらの大仏の頭部。日本の銅像の9割以上を生産するといわれる、富山県高岡市の若手職人たちが出展するブースに置いてあった。
職人の皆さんは粋な法被(はっぴ)を着用。
その他、フィギュアを展示するケースや造形のためのパーツ、古いおもちゃなど、さまざまなものが入り乱れて展示されていた。こうした品々が無差別に並ぶ光景も、ワンフェスならではのものだろう。
それにしても、人が多い...。朝から大量のブースの間を歩き続けて、目が回ってきた…。午後3時。そろそろこの辺りで退散しよう。
というわけで今回の写真レポートは以上。

非常に楽しい取材だった。「写真を撮るだけでも十分に楽しめます」は本当か? という記事冒頭の問いに対しては改めて、「本当です」と答える他ないだろう。

惜しむらくは、撮影ばかりに意識を集中しすぎたため、今回は何ひとつ作品を購入できなかったことだ。欲しいものはたくさんあったんだけどなあ…。

次回はカメラと一緒に、やっぱり、現金も握りしめてこよう。