言葉はすべて単純明快。自分を飾らず何事も楽しむ。棋士・渡辺明 34歳。

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棋士というのは、当然ながら将棋というものを最優先にして、生活している人が多い。研究するのも、体力づくりをするのも、趣味で息抜きをするのも全て将棋に繋がっていると信じているであろう。

しかし渡辺と話しているとそういう印象をまるで受けない。将棋も人生の一部で、将棋を含む全ての事象を楽しんでいるといった感じだ。しかも渡辺は自分を飾らない。素直な気持ちを伝えることを常に意識しているため、将棋界への忖度は一切ない。それどころか自分自身の弱みも平気でさらけ出す。だからこそ渡辺の話はとても興味深く、頷ける部分も多いのだ。これまでの4人と大きく異なる渡辺ならではの将棋観は、我々の将棋に対する関心をさらに広げてくれることは間違いない。(編集部)

1984年(昭59)4月23日生まれの34歳。東京都葛飾区出身。所司和晴七段門下。00年に史上4人目の中学生プロに。04年に20歳で竜王を獲得し、08年に永世竜王の資格を得る。17年には永世棋王の資格を獲得。12・13年の王将戦位を含めて獲得タイトル数20期は歴代5位。家族は漫画家のめぐみ夫人と1男。血液型O。順位戦B級1組、竜王戦1組在籍。
―いよいよ今年も王将戦挑戦者決定リーグ戦が始まります。対局する6人の印象をお聞かせください。
ほとんどが毎年対局しているメンバーなので、今年のを見て、どうという感想はないですが、自分はもう年齢的には上から2番目になったんですね。王将リーグで7人中、上から2番目になったのは初めてなので、それだけ若い人が出てきているってことなんでしょうけどね。
―将棋界はまさに戦国時代ですが、渡辺棋王はどのように見られていますか?
やはり力が拮抗(きっこう)してきてるんでしょうね。要因は、今まで羽生(善治)さんが常に二冠どころか三冠以上は持っていて、そのバランスが崩れるとこういう感じになるんでしょうか。逆に、ひとりで二冠や三冠以上をずっと持ち続けられるのは、やっぱり羽生さんクラスじゃないと難しいと。そういう存在が「今まではいた」ということですよね。

将棋の内容自体はそんなにガラッと変わってはないかな。微妙には変わっていて小さい変化はあるんでしょうけど。昔の指し方が全然だめというわけではないのですが、昔にはなかった対応力が求められちゃう時代にはなりましたね
―「将棋世界」のインタビューで「あまりにも変化が激しいんでついていけない」というようなことを仰っていましたが、今でもそう感じていますか。
30代になると結構そういうこともありますからね。流行というのは、どの時代も10、20代が作るので、30代になるとその流行を見て、付いていくというか、まねるということが必要になってきますから。10代20代の頃は、自分がやっていたものが最新、最先端だったりするんですけど、逆にまねる側になってきたという変化は感じます。若い人の流行型に自分の将棋をどう埋め込んでいくかっていうか、その辺は課題ではありますね。
―昨期に比べて今期は勝率が上がっていますが、手応えは掴まれていますか?
もうちょっと長いスパンで見ないと、何とも言えないですが、1年くらい戦ってみて、ある程度の成績が改善されれば、手応えみたいなものは得られるかもしれないです。

戦法の移り変わりもだいぶ落ち着いてきましたね。2年くらい前は雁木とかいろいろ新しい形も出てきたんですけど、今はだいぶ落ち着いてきました。もう決まり切った定跡がある程度出来てきて、その形の中で、細かい変化をつけてプロは勝負しています。だいたいどの棋士もそうですね。前例から外れたところでの細かい工夫で戦います。
―早くからソフトを柔軟に取り入れているという印象があります。
今は全体的にそういう過渡期は過ぎて、ソフト無しでやっている人もいるんじゃないですかね。今は型が決まってきているじゃないですか。だから、ここ1年くらいはすごい新戦法が出てこないわけですよ。だいたい同じ形でやっているんで。すると、人の将棋を見ていればある程度分かってしまうというか、今はそういう時期です。

だいぶプロの将棋自体が行き詰まってきたかなって感じます。すごい新戦法とかも長年出てないですし。10年、20年くらい前だと完全な新戦法みたいなものが出たりしましたけど、そういうのもなくなってきました。

今は既存の戦法に対して、プロにしか理解できない工夫をしてるという状況です。その結果、似たような将棋が増えてきて、「観る方はどうなんだろう」という疑問もあります。最近のプロの将棋は、アマチュアの方から見ると、「どれも同じに見えているんじゃないかな」って気はしますね。

ソフトが出してきた戦法というのは、確かに僕ら棋士の常識を変えましたけど、もう変え終わったというか。これ以上僕らが驚くような手は出ないでしょって。個人的にはプロの出す手も行き詰まってきていると思いますけどね。人によってはまだまだあるって言う人もいるでしょうけど。

戦法で新しさを出すっていうのは難しくなっているんで、これからは組み合ってからの力が必要になってきます。”研究勝ち”みたいなことが出来る時代では無くなってきました。みんなが同じような将棋を指すわけだから、研究にはまる人っていないんですよ。

10代から20代前半頃までは序盤で研究勝ち、ということも割と出来たんですけど、今はないと思います。5年くらい前から、減ってきましたね。この1年ぐらいは特に同じ将棋なので、まずそういうことは起きないと思います。

みんなが同じ形をだいたい知っている訳で。っていうことはすごく細かいところから戦いが始まる。立合いで微妙に有利な体勢を取るのは大事なんですけど、それより組み合ってからの力が必要になるかなって感じはします。組み合ってから全部は研究でカバーできないですからね。中盤力がやはりプロの課題なんじゃないですか。その中盤力を上げる方法が分かれば苦労しないよ、っていう感じです
―最近ではどういう勉強方法を取り入れていますか?
当然、対戦相手、持ち時間、棋戦によって変えますね。例えば競馬だって同じ馬でも使うレースによって、調教が違うんですよ。競馬と一緒で持ち時間などによって、変わるんですよ。
―王将リーグは持ち時間が4時間ですが、いかがでしょうか。
4時間は平均的な長さで、言い訳がきかない持ち時間ですね。3時間はちょっと“まぎれ”が若干あると思うんですけど。始まってすぐに昼食休憩に入って、午後になったら残り1時間半、みたいな感じになるので。3時間のときは昼食休憩があるから午前中の戦い方が難しいですよね。まだ午後1時くらいから通しでやった方が、“まぎれ”は無いかなと思いますけど。4時間の場合は夕食休憩が無く、ぶっ通しなんで、変な“まぎれ”が無いっていうか。そこでワンクッション休憩があると、微妙に“まぎれ”があると思うんです。

自分に合うかは…。何時間が勝率が高いのか統計を取ったことがないんで、分からないです。1時間も長考するタイプでもないので、長ければいいというわけではないです。
―今回、さまざまな武将の中から「本多忠勝」を選んだ理由を教えてください。
適当に知っている武将の中から、他の棋士と被らなさそうな武将を(笑)。漫画で読んだだけなんですが、イメージで言うと(徳川)家康の側近で、将棋でいえば「飛車」みたいですよね。攻撃が強かったというので、何となく選んでみたんですけど。

本当に戦国武将には詳しくないんですが、マンガの「日本の歴史」や「人物伝」の知識で(笑)。地方に行っても戦国時代のものというのはあんまり残っていないんですよね。この前も萩(山口県)に行ってきたんですけど、幕末のものはそこそこ残っていて。春先には関ヶ原に行ったんですけど、陣跡地とかは残っているんですが、建造物とかではないので「ここで歴史的な合戦があったのか」とか思いを馳せながら風景を楽しむ、という感じでしたね。

最近はお寺で御朱印をもらうのが好きですね。渋くないですか(笑)。運が貯まっている感じがしていいですよね。お寺やお城で対局したこともあるので、少しずつ興味が出てきました。
―広瀬(章人)八段とサッカーつながりで3年ほど前にヨーロッパに行かれたそうで。広瀬八段は「生涯忘れられない体験ができた」と喜んでいました。
楽しかったですよ。生でヨーロッパサッカーを見に行ったのは初めてで。普段テレビで見てるものが、生で見られたのは楽しかったですね。とにかく熱いし。文化の違いも感じることが出来ました。ドイツとイタリアで見ましたが、ドイツと日本はよく気質が似てるとか言われますけど、確かにスタジアムも警備はしっかりしてるし、その通りの印象でした。

イタリアは適当過ぎるんですよ(笑)。試合開始時間に荷物チェックが間に合わなくて、「もう待てない」みたいな感じで押し込んで。だからチケットも確認してないし(笑)。

棋士がまとまった日程で海外に行くとしたらゴールデンウィークくらいしかないんじゃないですかね。だからイベント出演などは前々から調整してもらって。それで10日間くらいは空けることが出来ました。
―プロ野球ではヤクルトファンとして知られていますが、きっかけは?
中学生くらいからです。父親が巨人ファンだったんで反抗するために(笑)。野村(克也)さんが監督のときです。今はそのときのメンバーが軒並みコーチになってるんですよね。野村政権以降はそんなに見てなかったんですけど、最近中2の息子の影響で野球熱が再燃して。子どもがヤクルトを応援しているんで一緒に見ています。

今年は楽しいですよ。自分と年齢が近い選手が好きですかね。今年は33〜36歳くらいのベテラン勢が主力なので楽しいですね。10回くらい神宮球場に観に行ってます。徒歩圏内にある将棋会館の仕事の帰りに、とか。セリーグの先発ローテーションをメモしておいて、今週の先発カード予想を書いてみて、今週は厳しいな、みたいなことをしています。
―渡辺棋王の解説は分かりやすいと好評ですが、何か心掛けていることはありますか。
普段と同じようにしゃべっているだけですけどね。棋士同士で将棋の中継を見ながらご飯を食べていたら、みんな「うわ、ヒドッ」とか絶対に言っていると思うんですよ(笑)。それを解説でもそのまま。

プロ野球でもエラーとかあるじゃないですか。実はプロの将棋でもミスは起きていますからね。僕ら(観衆側)が嘆くようなプレーが起きてるんですよ。
―改めてご自分の性格についてどう分析されていますか。嘘をつかず、若手の面倒見がいいというイメージがありますけど。
それは返しがむつかしいな(笑)。他人に厳しく、自分に厳しくない。よく仕事の後に人の悪口とか言っています(笑)。

若手と交流があるのは、自分が遊びの場に参加していることが多いからでしょうか。趣味がいろいろあると、そういう機会も多いんで。フットサルをやるときも、年齢的には上の人より、下の人とのほうが多いですよね。旅行でも目上の人とは行きづらいですし(笑)。
―最近はスポーツ界での上下関係や指導者と選手の関係が話題になってますが、気を付けていることはありますか。
年が近い戸辺誠七段や、佐藤天彦名人とは10代の頃から付き合っていますが、他の後輩はそういう関係とはちょっと違うじゃないですか。何を言っても許される距離感ではないので。

先輩から言われたら嫌なことってあるじゃないですか。そういうことは言わないように最初は気を付けます。距離が縮まったらいろいろ言うようになりますけど、縮まらないまま終わる人もいるんで。そしたら最初の距離感に戻るだけだし。だから最初の距離感はちょっと意識します。
―関西の先生方は結束が固いイメージがありますね。
人の繋がりは関西の方が厚いですよね。奨励会を辞める人や観戦記者とかの送別会もすごい盛大にやってますもんね。ある新聞社の記者が将棋担当から異動するってなったとき、ベテランから若手まで全員が集まって。関東は「お世話になりました」とかは言うけど、みんなが集まって送別会まではいかないですよね(笑)。
―よく聞かれると思いますが、弟子は取る予定は無いですか?
弟子は難しいですよね。話もないです。ひとりも取っていない人のところには、話は来ないんじゃないですか。奨励会に入ってもプロになれる人は少ないじゃないですか。将棋を教えることもそうだけど、その道を諦めるように肩を叩くのも師匠の役目だから。そういう嫌なことは人に任せてるんです(笑)。一人取ったらどんどん来て…でも基本、プロになれない子のほうが多いわけじゃないですか。日々の悩みの種になってくるわけですよ。

自分の師匠(所司和晴七段)とか、教室を一生懸命やっている棋士の所に集まるのは、自然なことなのかなと。最近ようやく、四段以上の弟子をひとり持つと退職金が増えることになったんです。でも決して高い金額ではないし、弟子を育てるのはあくまで「師匠の善意」ですよね。
―強い棋士を増やすという点からすると、強い棋士が一人でも多く師匠になるのは大事なのではないでしょうか。
でも奨励会員というのはプロに習って強くなるわけじゃないですからね。勝手に強くなるし、手取り足取り教わって、プロになる人はあんまりいないですからね
―たしかに杉本(昌隆)先生が藤井七段を手取り足取り教えている、という印象はありませんね。
弟子になった時から強かったと杉本さんは言ってますよね(笑)。競馬の世界もそうなんですが、どこの厩舎に入ったからって大きくは変わらないですからね。例えば、ディープインパクトはどこの厩舎に入っていたとしても勝っていたわけで。力が抜きんでている馬以外は厩舎によって1クラスは違ってくると思いますけど、それよりは元の能力が重要ですので。
―その藤井さんついてですが、どこが強みだと感じていますか。
やっぱ終盤力でしょうね。あんなに小さい頃から詰将棋が強いわけだから。プロになってからも、そういう勝ち方が多いですもんね。同じプロ同士なのに終盤力が違い過ぎるみたいな勝ち方が。

小学生にして詰将棋選手権を優勝するというのは「努力すれば誰にでもできます」っていうことではないですよね。藤井君だって気付いたら出来ちゃっていたわけでしょ。血の滲むような努力をして、そこにたどり着いたわけじゃないですよね。
―渡辺棋王も中学生で棋士となり、高校に進学されました。藤井さんに高校生活の過ごし方をアドバイスするなら?
人の性格によりますからね。僕はサボリ体質の遊び人だったんで。今もそうだけど(笑)。授業には出ていましたよ。むしろ僕の高校生のときは学校生活が本分ですから、将棋をサボっていたんです(笑)。将棋をちゃんとやったのは高3くらいからです。高2までは将棋をやるのは対局の日くらいで、研究会もしてなかったんです。

平日は高校に通っているから研究も出来ないし、研究会とかも行けない。当時は今のようにネットでプロの棋譜も見られなかったですしね。対局の日以外は連盟に行かないから棋譜も分かんない、みたいな。

高3くらいから、周りが受験で忙しくなって、遊ぶ相手もいなくなってきたんで。やることがなくなって将棋に戻りました。・・・というかアドバイスになってないですね(笑)。だって藤井君と僕では性格が全然違いますもん(笑)

藤井君にとっては、学校行くのと、家で将棋の勉強するのと、対局に行くのと、どれが楽しいんでしょうね。僕は圧倒的に学校に行くのが楽しかったんです。高校生のときは、対局だと1日で終わるから良かったんですが、家で将棋の勉強をするのが嫌いで、でもしなくちゃいけない、という毎日でした。
―中学を卒業して高校に進学するときは悩まれたんでしょうか。
悩みましたけど、やっぱり学校に行くのが好きだったんで。高校を辞めることもできたんですけど、家で将棋の勉強をするかって言われたら多分しないんで(笑)。将棋の勉強が好きで、没頭できれば一番良いんでしょうけど、なかなか難しいですよね。
―今30代も半ばですが、プライベートは充実されていますか。19歳でご結婚された奥様との関係性も、漫画を読む限りかなり良さそうに感じます。
息子は中2なので、子育ては終わっている感じで。最近は割と自由にいろんなとこに行けるんですけど、うーん、仲はどうなんだろう(笑)。お互い好きなことをして生きているという意味ではそうですね。漫画業界の話とかよく聞くんですけど、めっちゃ大変だなと思うことはあります。
―最後に多くのファンの方にメッセージをお願いします。
今回の王将リーグは、年齢的にも上から2番目っていう立場なんで、後輩にどう対抗していくかがひとつ課題になります。6局中5局も自分より若い棋士と当たるわけですから。これから先もこういうバランスになっていくとは思うんで、ここからの5年くらいを占うリーグ戦になるかなと。ここである程度やれれば、若い棋士にも対抗していけるんだろうと思うし、駄目ならしゅんと沈んでいくのかなと。(了)

インタビュー=我満晴朗(スポニチ)
写真=浦田大作
衣装協力=甲冑工房丸武
デザイン=桜庭侑紀、野間志保
ディレクション=金泳樹、伊藤靖子(スポニチ)
企画・プロデュース=森 和文
第一弾「20代の逆襲」

読者プレゼント

今回インタビューをさせていただいた、渡辺明さんが揮毫(きごう)した色紙と、第68期王将戦挑戦者決定リーグに出場する7人と久保王将のサイン入り扇子を1名様にセットでプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

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2018年10月2日(火)18:00〜10月8日(月)18:00
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